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title: "釋迦氏譜 · 20 釋迦遺法終限相"
description: "唐代律宗高僧道宣律师所撰《釋迦氏譜》是研究佛陀生平的重要典籍。该书成书于唐初佛教鼎盛时期旨在系统梳理释迦牟尼的世系源流与生平事迹。内容涵盖佛陀族姓传承降生修道成佛弘法直至涅槃的完整谱录并涉及年代考据与教法流传。作为汉传佛教早期祖师所著的佛陀传记本书以严谨的史传笔法确立了佛陀世系的权威框架为后世研究佛陀生平提供了经典范本在佛教史学与传记文学领域具有开创性地位。"
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### 釋迦遺法終限相

> 釈迦の遺法の終わりの期限

雜阿含云。我滅度後百年。有優波崛多大作佛事。我以正法付屬人天。教法在世千歲不動。又告天帝四王。護持正法過千歲後。非法出現惡風暴雨多諸災患。四方諸王殺害比丘破壞塔寺。餘十二年諸比丘眾來集中國。拘睒彌王生子難當。手似血塗身如甲冑。有天勇力五百臣子形相並同。一日雨血得紹王位。伐四惡王並戰殺盡王閻浮提。三藏比丘為王說法。生大信敬施僧無畏。種種供養滿十二年。以得利養不修三業。自嚴飾身離出家法。天龍惡念不復護衛。高唱是言却後七日佛法當滅。至說戒日僧中鬪諍。雖百千人惟一羅漢。三藏比丘不忍聞戒羅漢欲聞。弟子交諍遂相殺害於是略盡。諸天世人悲哀號哭。大地六動各各離散。拘睒彌王聞生懊惱。諸邪見人競破塔廟及害比丘。佛法索然一時頓滅。

法滅盡經具說滅相。謂樂俗衣及好服飾。飲酒炙肉畜八不淨等。

> 『法滅尽経』には滅びの様相が詳しく説かれています。俗人の衣服を好み、華美な装飾を愛し、酒を飲み肉を焼き、八つの不浄な物を蓄えるなどです。

僧祐定以方等深密。因知三寶常住。常住之法理無興滅。興滅之來乃隨世緣業耳。晨離西隱不害千光之恒明也。

> 僧祐は方等の深い教えを確信し、それによって三宝が常住であることを悟った。常住の法には、本来、興滅は存在しない。興滅が現れるのは、世の縁や業に従っているにすぎない。朝に西へ沈んでも、千の光が常に輝いていることを損なうことはない。

余以感通之道殆非人謀。神交理會如有恒准。前約終相斯乃一期。至於大歸不無出沒。如摩耶等經千五百歲。不淨觀法無聞於時。今雖行世學者未顯。或以為滅自有行用何妨常存。又云。佛度女人正法減半。修行八敬還復千年。此亦據行有顯晦耳。如來在世尚有不見聞者。何況滅後根鈍障厚誠為滅相。故經云。我淨土不毀而眾見燒盡。斯豈不據信解明昧。故有興亡異途耶。又依善見論。佛法住世一萬年。五千年修道得三達智。後五千年修道不獲。然有剃髮袈裟相續。以斯通望經論互說增減不同。豈不隨人情所見也。又依入大乘論。佛以正法付賓頭盧羅睺羅等。十六大阿羅漢令住持佛法。又有九十九億諸阿羅漢親於佛前。受籌住壽護法不絕。諸大羅漢各有眷屬。在閻浮提及餘三方。天上為作福田護法住故不明時候也又依別傳。佛滅度後八百年中。師子國有大阿羅漢名為慶友。將欲滅度廣召四眾。佛以正法付囑迦葉乃至十六大阿羅漢。在於四洲天上住壽護法。乃至人壽減十歲時。刀丘劫起諸聖人等于時暫隱乃至人壽增一百歲時。聖人總出如前化導還復興顯。至人壽增六萬歲已。諸聖並集於閻浮提。收聚如來所有舍利。起一大塔七寶莊嚴。踊在空中諸阿羅漢。各禮佛塔作如是言。敬禮釋迦牟尼佛所有舍利。我等受佛遺囑護持正法。今時緣已盡所作已辦。我等今日奉辭涅槃。於是以願力故。空中化火滅無遺骸。如來舍利沒金剛際。爾時世界三寶名滅。至人壽七萬歲時。有七萬億數辟支佛出現。但現通化為世福田。如是乃至八萬歲彌勒下生。據此佛化時時相接也。

> 感通の道は、ほぼ人の計らいによるものではない。神と交わり理に会することには、変わらぬ基準があるようだ。先の約束がついに成就するのは、この一期のことである。しかし、根本的な帰結については、現れたり隠れたりがないわけではない。摩耶経などに「千五百歳」とあるように、不浄観の法は当時聞かれることがなかった。今は世に行われているが、学ぶ者たちはまだ顕かにしていない。ある者は「滅したと思われているが、それ自体に用があるなら、どうして常に存在していてはいけないのか」と言う。また、「仏が女性を度したことで正法は半減した。しかし八敬法を修行すれば再び千年は続く」とも言う。これもまた、行いに顕晦があることによるのである。如来が在世の時でさえ、見聞きできない者がいた。ましてや滅後、根機が鈍く障りが厚い者にとっては、まさに滅の相である。ゆえに経典には「我が浄土は壊れないが、衆生には焼き尽くされて見える」とある。これはまさに、信解の明瞭か曖昧かによって、興亡の道が異なるというのではないか。 また、『善見論』によれば、仏法の住世は一万年である。前半の五千年は修道して三達智を得る。後半の五千年は修道しても得られない。しかし、剃髪し袈裟をまとう者は絶えず続く。これをもって経論を見渡すと、互いに説くところ増減が同じではない。これこそ、人の状況や見解に随っているのではないか。 さらに、『入大乗論』によれば、仏は正法を賓頭盧尊者や羅睺羅尊者など十六大阿羅漢に付嘱し、仏法を住持させた。また、九十九億の阿羅漢が仏の御前で直接に籌を受けて、寿命を保ち法を護り絶やさなかった。各大阿羅漢にはそれぞれ眷属がおり、閻浮提およびその他の三方にいる。天においては福田を作り、法を護り住むためである。<note>その時節は明らかではない</note> また、別の伝記によれば、仏の滅後八百年頃、師子国に慶友という大阿羅漢がいた。彼がまさに滅しようとする時、広く四衆を集めた。仏は正法を迦葉尊者に付嘱し、さらには十六大阿羅漢に至るまで、四洲と天上に寿命を保って法を護り住まわせた。そして人の寿命が十歳に減る時、刀兵の劫が起こる。諸々の聖人はその時に暫く隠れる。人の寿命が百歳に増える時、聖人は総じて現れ、以前のように教化導き、再び仏法を興し顕かにする。人の寿命が六万歳に増える時、諸々の聖人は皆、閻浮提に集まる。如来の全ての舎利を集め、一つの大塔を建て、七宝で荘厳する。それは空中に浮かび、諸々の阿羅漢はそれぞれ仏塔を礼拝して、こう言う。「敬って釈迦牟尼仏の全ての舎利に礼します。我々は仏の遺嘱を受けて正法を護持してきました。今や縁は尽き、なすべきことは成し遂げました。我々は今日、お別れして涅槃に入ります」と。そこで願力によって、空中に火を化して、遺骸は全く残らなかった。如来の舎利は金剛際に没した。その時、世界の三宝の名は滅した。人の寿命が七万歳の時、七万億の辟支仏が出現する。ただ神通を示して教化し、世の福田となる。こうして八万歳に至り、弥勒菩薩が下生される。これによると、仏の教化は時々に相続しているのである。

余以佛譜所修則異於恒。准俗中譜列。始起於三五。中流從派不一。佛則始於無始。表開元求道之晨。末則終於無終。明化道之緣莫竭。由斯以言故釋尊流化訖於六萬之修齡。獨覺接統極千尺之嘉運也。然經律明相千年萬年。舉別情之所指。亦有符於滯結者。則祇桓去舍衛咫尺。佛住二十五年。城戶九億聞見三分之一。以斯例准豈不大通。

> 仏の教えの体系において修行の道筋は通常とは異なっています。 世俗の系図においては、三五（三皇五帝）から始まり、 中ごろには様々な系統に分かれていくのが普通です。 しかし仏の場合、その始まりは無始（はじめのないはじめ）であり、 これは覚りを求める旅立ちの時を表しています。 終わりもまた無終（終わりのない終わり）であり、 教化の縁が尽きることのないことを示しています。 このことから言えば、釈尊の教化は六万年の長きにわたって続き、 独覚（ひとりで覚る者）の統治も千尺（長大な期間）の良い機会に及びます。 しかし経典や律には千年、万年という期間が示されており、 これは特定の状況や理解を示すものです。 また、滞りや執着に符号する例として、 祇桓精舎は舎衛城からわずか咫尺（ごく近い距離）にありながら、 仏は二十五年もの間そこに滞在しました。 城戸（家々）九億のうち三分の一だけが仏の教えに触れたのです。 これらの例から考えれば、道理は大きく通じるのではないでしょうか。

又釋氏之姓法俗兩緣。俗則猶居王位。北天烏場主等是也。道則橫滿大千遠通六萬。綿綿葛藟連綴與法俱存。故道被東川三被誅剪。雖云此滅餘國仍存。然十六大聖億千無學。冥中弘護尋復興之。斯則滅不可滅殆非人謀。弘實可弘真歸聖力。止當憑准成教觀用相循。摧抑妄倒祛除業染。為功不已覆簣可期。背此悠悠終為虛往。故於譜末誡而序焉。

> また、釈氏の姓は法と俗の二つの縁によっている。俗にはなお王位にあるものもあり、北天の烏場の主などがこれである。道には天下に広く満ち、遠く六万に通じ、絶えることのない蔦のように、法と共に連なり存在し続ける。そのため、道が東の川に及ぶと、三度にわたって断ち滅ぼされた。ここで滅びたと言っても、他の国にはなお存続している。しかし、十六大聖や億千の無学の者たちが、冥くこれを守り育て、再び興したのである。すなわち、これは滅びようとしても滅びないものであり、人の計らいによるものではない。弘めることはまことに弘めるべきであり、真に聖者の力に帰するものである。ただ、これに依って教えと観法を正しく用い、相互に循うべきである。誤った見解を抑え、業の汚れを除き、努めを怠らなければ、積み重ねてついに成し遂げることができるだろう。これに背いて漫然と過ごせば、結局は無駄に終わる。ゆえに、譜の終わりに戒めを記して序とする。

## 釋迦氏譜

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