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title: "方廣大莊嚴經 · 27 囑累品"
description: "方廣大莊嚴經又稱大莊嚴經，由唐代譯經師地婆訶羅於公元七世紀譯出，屬大乘佛教重要經典。本經以偈頌和長行形式，詳細記載釋迦牟尼佛從兜率天降生、出家、成道至初轉法輪的完整歷程，突出菩薩行的悲智莊嚴。作為佛傳文學的代表作，它融合本生故事與般若思想，展現大乘修行者圓滿自利利他的境界。該經是研究佛陀生平及大乘佛教教義發展的重要文獻，在漢傳佛教中具有崇高地位。"
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## 方廣大莊嚴經卷第十二

> 方広大荘厳経 第十二巻

唐天竺三藏地婆訶羅譯

> 大唐天竺三蔵 地婆訶羅 訳

### 轉法輪品之二

> 転法輪品 第二

爾時佛告諸比丘：「如來化五人竟，作是念言：『優樓頻螺迦葉有大名稱，與五百弟子俱，國王奉事臣庶宗仰，我當詣彼教以正法。』即往尋之。迦葉見佛迎前問訊：『善安隱不？』爾時如來報迦葉言：『無病知足寂滅清信是為安隱。』迦葉請佛：『日既將暮，惟願沙門幸留於此，隨意所處。』佛語迦葉：『欲寄石室止住一宿。』迦葉言：『吾不愛，室中有毒龍，恐相犯耳。』乃至三語，迦葉報言：『任於中止。』

> ある時、仏は比丘たちにお告げになりました。「如来は五人を教化し終えた後、こう考えた。『ウルヴェーラ・カッサパは大いなる名声を持ち、五百人の弟子と共にあり、王は彼を敬い、臣民や庶民も尊崇している。私が彼のもとを訪れ、正しい法を教えよう』。そして、早速彼のもとへ向かった。カッサパは仏を見て、迎えに出て尋ねた。『お変わりなくお過ごしですか？』その時、如来はカッサパに答えた。『病なく、足ることを知り、静かに滅し、清らかに信じること、これが安穏なのです』。カッサパは仏に請うた。『日も暮れかけました。どうか沙門よ、ここに留まり、お好きな場所にお過ごしください』。仏はカッサパに言った。『石室に一晩泊めていただきたい』。カッサパは言った。『私が惜しいわけではありませんが、室には毒竜がおり、あなたに害を及ぼすかもしれません』。三度にわたり語り合った後、カッサパは答えた。『それならば、お好きにお過ごしください』。」

「爾時如來洗手足已，前入石室敷座而坐，龍便瞋怒身中出煙，佛亦出煙；龍大瞋怒身中出火，佛亦出火，二火俱熾焚燒石室。迦葉夜起見室盡然，驚怖歎惜：『此大沙門端正尊貴，不取我語，為火所害。』遽令弟子人持一瓶汲水而救；所有瓶水悉變為火，師徒益恐皆言：『龍火殺是沙門。』如來爾時以神通力，制伏毒龍置於鉢中，明旦持鉢盛龍而出。迦葉大喜怪未曾有：『今此沙門乃復活耶？器中何有？』見是毒龍。佛告迦葉：『我已伏之，令受禁戒。』迦葉甚慚，顧謂弟子：『是大沙門雖有神力，不如我得羅漢道也。』

> その時、如来（釈迦）は手と足を洗い終え、石室に入って座を整えられた。すると龍が怒りを発し、体から煙を吹き出した。仏もまた煙を出された。龍がさらに激しく怒り、身から火を吹き出すと、仏もまた火を出された。二つの火は燃え上がり、石室を焼き尽くした。 迦葉は夜中に起きて石室が一面に燃えているのを見て、驚き怖れ嘆き悲しんだ。「この大沙門（偉大な修行者）は見目麗しく尊く気高い方なのに、私の言葉を聞き入れず、火に焼かれてしまった。」そしてすぐに弟子たちに命じ、一人ひとりに水瓶を持たせて水を汲み、消火に向かわせた。ところが、汲んだ水はすべて火に変わってしまった。師弟たちはますます恐れ、「竜の火がこの沙門を殺したのだ」と言い合った。 そこで如来は神通力をもって、毒龍を制し伏せて鉢の中に収められた。翌朝、鉢に龍を入れて運び出された。迦葉は大いに喜び、かつてないことだと驚いた。「この沙門は生き返ったのか。器の中には何があるのか。」見ると、それは毒龍であった。仏は迦葉に告げられた。「私はすでにこれを制し伏せ、戒めを受けさせた。」 迦葉はたいそう恥じ入り、弟子たちを振り返って言った。「この大沙門は神通力を持つが、私がすでに得た阿羅漢の道には及ばない。」

「爾時如來移近迦葉所住之處在一樹下，於夜分中，四天大王皆來聽法，光明甚盛如大火炬，迦葉夜見謂佛事火。明旦白佛言：『沙門法中亦事火耶？』佛言：『不也。昨夜四天下來聽法，是其光耳。』於後帝釋下來聽法，其光轉盛。迦葉明日復問：『沙門亦事火耶？』佛言：『不也。此是帝釋來聽法耳。』於後梵王下來聽法，其光益盛。迦葉明日復問：『沙門亦事火耶？』佛言：『不也。此是梵王來聽法耳。』

> その時、如来は迦葉の住んでいる場所の近くの一本の木の下に移られました。夜中に、四天王が皆やって来て法を聞きました。その光は大変明るく、大きな松明のようでした。迦葉は夜にそれを見て、仏が火を拝んでいるのかと思いました。 朝になって迦葉は仏に申し上げました。「沙門の教えでも火を拝むのですか？」 仏はお答えになりました。「いいえ。昨夜は四天王が法を聞きに来たので、その光なのです。」 その後、帝釈天が下りて来て法を聞かれました。その光はさらに盛んになりました。迦葉は次の日また尋ねました。「沙門の教えでも火を拝むのですか？」 仏はお答えになりました。「いいえ。これは帝釈天が法を聞きに来られた光です。」 さらにその後、梵王が下りて来て法を聞かれました。その光はますます盛んになりました。迦葉は次の日また尋ねました。「沙門の教えでも火を拝むのですか？」 仏はお答えになりました。「いいえ。これは梵王が法を聞きに来られた光です。」

「迦葉及五百弟子，人事三火，旦欲然火火終不著，怪以問師。師言：『此是沙門所為故也。』俱來問佛：『我所事火然乃不著。』佛言：『欲使然耶？當令得然。』火即然矣。既然之後，迦葉滅火復不可滅，五百弟子相助滅之亦不能滅，各自念言：『復是沙門所為故也。』共往問佛：『火既得然今不可滅。』佛言：『欲使滅耶？當令得滅。』火即滅矣。

> 迦葉と五百人の弟子たちは、三つの火を管理していました。ある朝、火をつけようとしましたが、どうしても火がつきません。彼らは不思議に思い、師匠である迦葉に尋ねました。師匠は言いました。「これはあの沙門（修行者）の仕業に違いない。」そこで皆で仏様のもとへ行き、尋ねました。「私たちが管理している火に火がつきません。」仏様は言われました。「火をつけたいのか？ならばつくようにしよう。」すると、火はすぐに燃え上がりました。燃えた後、迦葉が火を消そうとしましたが、消すことができません。五百人の弟子たちが助けて消そうとしましたが、それでも消せません。彼らはそれぞれ心の中で考えました。「これもまた、あの沙門の仕業に違いない。」そこで一緒に仏様のもとへ行き、尋ねました。「火はつきましたが、今度は消えません。」仏様は言われました。「火を消したいのか？ならば消えるようにしよう。」すると、火はすぐに消えました。

「迦葉白佛言：『惟願沙門！恒住於此共修梵行，我當勅家常使供養，每以日時請佛俱行詣其家食。』佛言：『汝可先去，當隨後至。』迦葉適去，佛以神力上忉利天取彼天果，東至弗婆提取菴摩勒果，南至閻浮界取閻浮果，西至拘耶尼取呵梨勒果，北至欝單越取自然粳米，盛置鉢中飛空而還，先迦葉至坐其床上。迦葉後到，問佛：『沙門從何道來？』佛語迦葉：『汝去之後，我往四方及上忉利，取是名果及以美飯，汝可食之。』

> 迦葉が仏に申し上げました。「どうか沙門よ、ここに常に留まり、共に清らかな修行をしてくださいませ。私が家に命じて、日々のご供養を欠かさず致させます。毎日、お時間の折に、共に我が家へお食事にお連れいたします。」仏がお答えになりました。「あなたは先にお行きなさい。私は後から参ります。」迦葉が立ち去ると、仏は神通力によって忉利天に上り、そこにある天界の果実を取り、東の弗婆提へ行って菴摩勒果を取り、南の閻浮提へ行って閻浮果を取り、西の拘耶尼へ行って呵梨勒果を取り、北の欝単越へ行って自然に生えた粳米を取り、全てを鉢に納めて空中を飛びながら帰って来られました。そして迦葉が戻る前に、すでに椅子に座っておられました。迦葉が後から到着し、仏に尋ねました。「沙門よ、どちらから来られましたか？」仏は迦葉に言われました。「あなたが去った後、私は四方と忉利天の上へ行き、これらの名高い果実と素晴らしいご飯を取って参りました。あなたもお召し上がりなさい。」

「時摩伽陀國，國王大臣吏人官屬、長者居士婆羅門等，當就迦葉為七日會。迦葉念言：『彼大沙門威德巍巍相好無上，眾人見者必當捨我而奉事之。寧此沙門七日之中不來我所。』佛知其念隱而不現。七日滿已，迦葉念言：『節會已訖餘饌甚多，彼大沙門今若來者，我當飯之。』佛知其意忽然而至。迦葉驚喜而問：『如來七日之中何為見棄？』佛言：『汝先起念是以不現，今汝相憶故復來耳。』

> 時にマガダ国では、国王、大臣、官吏や役人、長者、在家信者、バラモンたちが集まり、迦葉のために七日の法会を開こうとしていた。 迦葉はこう考えた。「あの大沙門（仏陀）は、威徳が高く、相好もこの上なく優れている。人々があの方を見たら、必ず私を捨てて、あの方に帰依するだろう。何とかして、この七日の間、あの沙門がここに来ないようにしたいものだ。」 仏はその心を見抜き、姿を現さなかった。 七日が終わると、迦葉は思った。「法会も終わり、多くの食べ物が余っている。あの大沙門が今来られるなら、食事をおもてなししよう。」 仏はその心を知り、突然その場に現れた。 迦葉は驚き喜んで尋ねた。「如来よ、なぜ七日もの間、私をお見捨てになったのですか？」 仏は答えた。「あなたが最初にそう願ったので、姿を現さなかったのだ。今、あなたが私を思い慕ったので、また来たのだ。」

「爾時迦葉五百弟子，將欲祀火俱共破薪，各各舉斧皆不得下，懅而告師，師言：『是大沙門所為故耳。』即往問佛：『我諸弟子向共破薪，各各舉斧皆不得下。』佛言：『當下。』應聲即下。既下之後，斧皆著薪而不可舉。復來問佛，佛言：『可去，自當舉耳。』應時即舉。

> その時、カッサパ（迦葉）の五百人の弟子たちが、火を祀るために薪を割ろうとしていました。彼らがそれぞれ斧を振り上げましたが、どうしても振り下ろすことができません。彼らは驚いて師匠（カッサパ）に告げると、師匠はこう言いました。「これはあの大いなる沙門（仏陀）のなせる業だろう。」そこで彼は仏のもとへ行き、尋ねました。「私の弟子たちが薪を割ろうとして斧を振り上げたのですが、どうしても振り下ろせません。」すると仏は「振り下ろしなさい」とおっしゃいました。その言葉に応じて、弟子たちは斧を下ろすことができました。しかし、下ろした後、斧はすべて薪にくっついてしまい、今度は持ち上げることができません。彼らは再び仏のもとへ来て尋ねました。すると仏は「立ち去りなさい。自然に持ち上がるでしょう」とおっしゃいました。その言葉に応じて、斧はすぐに持ち上がりました。

「尼連禪河遄流箭激，佛以神力令水涌起過於人上，佛行其下步步生塵。迦葉遙望恐佛漂溺，即與弟子乘船救佛，見水涌起佛行其下步步生塵，迦葉喚佛：『沙門！欲上船不？』佛言：『甚善！』即於水中從船底入，船無穿漏。迦葉復言：『是大沙門神則神矣，猶不如我羅漢道也。』

> 「ネーランジャナー川の流れは矢のように速く激しかった。しかし釈尊は神通力で水を盛り上げ、人の頭よりも高くした。そして仏はその水の下を歩かれたが、その一歩一歩から塵が立ち上がった。カッサパは遠くからそれを見て、仏が溺れるのを恐れ、弟子たちと共に船で救いに行った。すると、水が盛り上がり、仏がその下を歩き、一歩ごとに塵が立つのを見て、カッサパは仏に呼びかけた。『沙門よ、船に乗りたまわぬか？』仏は言われた。『それは大変結構だ。』するとそのまま水中から船底を通って船に入られたが、船に漏れはなかった。カッサパは再び言った。『この大沙門は神通力においては確かに優れている。しかし、我が阿羅漢の道には及ばない。』」

「佛語迦葉：『汝非羅漢，何為貢高自稱羅漢？』於是迦葉心驚毛竪慚懼稽首：『今此大聖乃知我心。惟願大聖！攝受於我在聖法中而為沙門。』佛語迦葉：『汝既耆舊多有眷屬，又為國王臣民之所歸敬，今欲學道其可自輕，宜與弟子更熟詳議。』迦葉言：『善哉！如聖所教。然我內心非不自決，且當還與弟子論耳。』迦葉還來集諸弟子：『我已信解彼沙門法，其所得道是為真正。我今歸趣，汝意云何？』弟子答言：『我等亦願隨從歸依。』

> 仏が迦葉に言われた。「汝は阿羅漢ではないのに、何故おごり高ぶって自ら阿羅漢と称するのか。」これを聞いて迦葉は心に驚き、毛が逆立ち、恐れ恥じて頭を下げて言った。「今、この大聖者は私の心をお見通しである。どうか大聖者よ、私を聖法の中に受け入れ、沙門にしてください。」仏は迦葉に言われた。「汝はすでに年長であり、多くの眷属を持ち、また国王や臣民からも尊敬されている。今、道を学ぼうとするならば、自らを軽んじてはならない。弟子たちと共に、さらに詳しくよく相談しなさい。」迦葉は言った。「善いかな、聖者のお教えの通りです。しかし私の内心では、すでに決断しております。ただ、弟子たちと話し合うために一度戻るだけです。」迦葉は戻って弟子たちを集めて言った。「私はあの沙門の法を信じ理解した。その得た道はまことの正しいものである。私は今、帰依しようと思う。お前たちの意見はどうか。」弟子たちは答えた。「私たちも喜んで従い、帰依いたします。」

「是時迦葉與諸弟子，釋其衣服，取事火具悉棄水中，俱詣佛所稽首佛足，而白佛言：『我及弟子，於聖法中願為沙門。』佛言：『善來比丘！』鬚髮自落法服著身皆成沙門。

> そのとき、迦葉（かしょう）は弟子たちとともに、衣を脱ぎ、火を拝むための道具をすべて水の中に捨てました。そして皆で仏のもとへ行き、仏の足に頭を付けてお辞儀をし、こう申し上げました。「私と弟子たちは、聖なる教えの中で沙門（しゃもん）となることを願います」。仏はおっしゃいました。「よく来た比丘（びく）よ」。すると、彼らの鬚（ひげ）や髪は自然に落ち、法服（ほうぶく）が身に着き、すべて沙門となりました。

「迦葉二弟：一名難提，二名伽耶，各有二百五十弟子，先住水邊，見諸梵志衣帔什物事火之具隨水下流，皆悉驚愕，恐畏其兄及諸門徒為人所害。即與五百弟子泝流而上，見兄師徒皆成沙門，怪而問曰：『兄今耆舊年百二十，智慧深遠國內遵崇，我意言兄已證羅漢，今棄淨業斅彼沙門，其道勝耶？』迦葉答言：『佛道最優其法無上，我自昔來未曾見有神通道力與佛等者，其法清淨當度無量，能以三事教化眾生：一者道力神通變化，二者智慧知他人心，三者善知煩惱應病授藥。』二弟聞已心生恭敬，顧謂弟子：『汝意云何？』五百弟子同聲發言：『願從師教。』即皆稽首求為沙門。佛言：『善來比丘！』鬚髮自落法服著身皆成沙門。

> 迦葉の二人の弟は、一人は難提（ナンディ）、もう一人は伽耶（ガヤ）といいました。彼らはそれぞれ二百五十人の弟子を持ち、以前は水辺に住んでいました。すると、多くのバラモンたちの衣服や持ち物、火を祭るための道具が、川の流れに乗って下ってくるのを見ました。皆は大いに驚き、恐れ、自分の兄とその門下の人々が誰かに害されたのではないかと心配しました。そこで、五百人の弟子たちとともに川をさかのぼっていくと、兄とその弟子たちがみな修行者（サンガ）になっているのを見て、怪しんで尋ねました。 「兄上は今や高齢で百二十歳、智慧は深く、国中から尊敬されておられます。私は兄上はすでに阿羅漢の位を果たされたものと思っておりました。それなのに今、清らかな修行（バラモンとしての業）を捨てて、あの修行者たち（シャーキャムニ仏の弟子たち）に従われているのは、その道の方が優れているからなのでしょうか？」 迦葉は答えました。「仏の道は最も優れており、その教えに勝るものはない。私はこれまで、神通力や道力において仏と並ぶ者を見たことがない。その教えは清らかで、計り知れない人々を救うことができる。また、三つの方法で人々を導く。第一に、道力による神通変化。第二に、智慧によって人の心を知ること。第三に、煩悩をよく知り、病に応じて薬を施すこと。」 二人の弟はこれを聞いて心から敬いの気持ちを起こし、振り返って弟子たちに言いました。「お前たちはどう思うか？」五百人の弟子たちは声をそろえて答えました。「どうか師の教えに従いたいと願います。」そして、すぐにひざまずいて、修行者（比丘）になることを願いました。 仏は言われました。「よく来た、比丘たちよ。」すると、彼らの髪やひげは自然に抜け落ち、法衣が身にまとわれ、皆、立派な修行者となりました。

「爾時如來與千比丘俱，往波羅奈國在於林下，為諸弟子或時變現，或時說法或復說戒，覩佛威神莫不欣喜，盡成羅漢。

> その時、如来は千人の比丘たちと共にバラナシ国へ赴かれました。林の下で、時に弟子たちに変化身を示し、時に説法をし、あるいは戒律を説かれました。仏の威光と神力を目の当たりにして、喜ばない者は誰もおらず、皆が阿羅漢の境地を成就しました。

「爾時世尊從波羅奈國，與優婁頻螺迦葉兄弟三人及千羅漢，至摩伽陀國。時頻婆娑羅王久聞菩薩得成佛道，巨身丈六紫磨金色，三十二相、八十種好，十號具足已得知見，成就五眼證獲六通，梵釋四王皆悉奉事。『今入我國心甚歡喜，吾本共要成佛相度，乃不忽遺從我所願。』即勅國內嚴淨道路，王乘寶車，大臣百官前後導從，千乘萬騎出城迎佛。爾時世尊近王舍城，在遮越林於大樹下千比丘眾圍遶而坐，王遙見佛如星中月，如日初出，既如帝釋，亦似梵王處於天宮，儼若金山巍巍超絕。王心歡喜下車步進，去五威儀稽首禮佛，自稱其號作如是言：『久服尊德欽渴積時。』如來即以梵音慰問王言：『大王！四大常安隱不？統理人務無乃勞耶？』王曰：『蒙祐幸得安隱。』爾時頻婆娑羅王及諸臣民，咸覩迦葉於佛邊坐，心自念言：『迦葉耆舊眾仙之宗，豈應棄道作佛弟子？為是佛師？為師佛乎？』佛知其意，即以偈頌問迦葉言：

> その時、世尊はバラナシ国から、ウルヴェーラ・カッサパ三兄弟と千人もの羅漢たちを伴って、マガダ国へと向かわれました。以前より、ビンビサーラ王は、菩薩がついに仏陀の悟りを開かれたこと、そのお姿が一丈六尺もの黄金の輝きを放ち、三十二の優れた相、八十の好ましい特質、そして十の尊称をすべて備え、完全な知恵と五眼、六神通を得られ、梵天や帝釈天、四天王までもが皆心から仕えていると聞いていました。王は言いました。「今や仏陀が我が国に入られる。この喜びは尽きない。かつて共に誓い合った通り、悟りを得て互いに救い合おうという約束を、お忘れにならず、私の願いを叶えてくださったのだ。」そこで王は国内に命じて、道を清めて飾り立てさせました。王は宝飾の車に乗り、大臣や百官が前後にお供し、千の戦車、万の騎馬と共に城を出て、仏陀を出迎えました。 その時、世尊はラージャガハの近く、遮越林（シータ林）の大樹の下で、千人の比丘たちに囲まれて座っておられました。王は遠くから、仏陀を、星々の中の月のように、昇る朝日のように、また帝釈天や梵天が天の宮殿にいらっしゃるかのように、金の山のように気高く、荘厳で、比べるものがないお姿と見ました。王は心から喜び、車を降りて歩み寄り、五つの威儀を整えて（正式な礼法に従い）ひざまずき、仏陀の足に額を付けて礼拝し、自らの称号を述べてこう申し上げました。「長らく尊いお徳を慕い、心からお会いしたいと切に願っておりました。」如来は、梵音（清らかな響きのある声）で王に優しく問いかけられました。「大王よ、あなたの身体は常に穏やかで安らかですか？国の政務をとり行うことは、お疲れにはなりませんか？」王は答えました。「おかげさまで、幸いに安らかでございます。」 その時、ビンビサーラ王と臣民たちは皆、かのカッサパが仏陀のそばに座っているのを見て、心の中でこう思いました。「カッサパは長年修行を積み、仙人たちの宗長である。どうしてその道を捨てて、仏陀の弟子となったのだろう？彼が仏陀の師なのか、あるいは仏陀が彼の師なのか？」仏陀はその心を見抜き、偈頌（詩句）をもってカッサパに問いかけられました。

「『汝常祀山川， 歸依水火風，日月眾梵天， 夙夜勤精進，事來幾何時， 其心無懈廢，汝所奉神祇， 寧有致福不？』

> 「おまえは常に山川の神々を祀り、 水火や風にも帰依している。 日月や多くの梵天にも、 夜も昼も怠りなく励んでいるという。 そうした行いをどれほど続けたのか、 疲れもせず、心も尽きることはないのか。 おまえが仕える神々は、 本当に福をもたらすのか？」

「爾時迦葉以偈答曰：

> その時、迦葉は偈（うた）で答えました。

「『自念祠祀來， 已經八十載，風水火梵天， 山川及日月。夙夜常精進， 祈心不懈廢，畢竟無所獲， 值佛乃得安。』

> 祠にまつわる修行を始めてから、すでに八十年が過ぎました。 風・水・火・梵天（ぼんてん）、 さらに山川や日月（にちげつ）を礼拝してきました。 朝も夜も絶えず一心に励み、 祈る心を休めることは一度もありませんでした。 しかし結局、何の悟りも得られず、 仏に出会って初めて心の安らぎを得たのです。

「說是偈已，王及群臣國中人民，乃知迦葉為佛弟子。佛告迦葉：『汝起，宜應現汝羅漢神通。』迦葉即時承佛教已，踊在虛空，身上出火身下出水，或身上出水其身不濡，或身下出火其身不灼，飛行虛空七現七隱，入地如水履水如地，穿過須彌無所罣礙。於佛前地，西沒東現，東沒西現，南沒北現，北沒南現。既變化已還於佛前，長跪叉手而白佛言：『我是弟子，佛是我師。』王及臣民重明迦葉是佛弟子。

> この偈が説き終わると、王も群臣も、国中の人々も、迦葉が仏の弟子であることを知った。仏は迦葉に告げた：「汝、立ちなさい。汝の羅漢としての神通力を示すがよい。」迦葉は即座に仏の教えを受けて、虚空に踊り上がり、体の上から火を出し、下から水を出した。あるいは体の上から水を出してもその身は濡れず、あるいは体の下から火を出してもその身は焼けなかった。虚空を飛びながら七度現れては七度消え、地に入れば水の如く、水の上を歩けば地の如く、須弥山を貫通しても何の障りもなかった。仏の前の地面で、西に没して東に現れ、東に没して西に現れ、南に没して北に現れ、北に没して南に現れた。この変化を終えて、また仏の前に戻り、長跪して合掌し、仏に申し上げた：「私は弟子であります。仏こそが私の師であります。」王や臣民たちは、改めて迦葉が仏の弟子であることをはっきりと知った。

「爾時世尊告頻婆娑羅王言：『大王！色是無常苦空無我，受想行識亦是無常苦空無我。色如聚沫不可撮摩，受如水泡不得久立，行如芭蕉中無有堅，想如所夢為虛妄見，識如幻化從顛倒起，三界不實一切無常。大王！有此國來為幾何時？』王言：『有此國來七百餘代。』『所領之王盡識以不？』答曰：『知吾父耳。』佛言：『世間須臾惟道可恃，應修來福無為空過。大王當知！如人生時，雖因父母而生其身，不由父母招其果報，善惡美醜先業所為。若造諸善，命終之後，生天人中、十方佛前，若造諸惡，命終之後，生於地獄、餓鬼、畜生，一切諸法緣合即生、緣散即滅。

> 時に、世尊は頻婆娑羅王に告げられました。 「大王よ、色は無常であり、苦であり、空であり、無我である。受・想・行・識もまた、無常であり、苦であり、空であり、無我である。 色は泡の集まりのように掴むことができず、受は水の泡のように長くは続かない。行は芭蕉の茎のように堅い芯がなく、想いは夢のように虚ろな見解であり、識は幻術のように倒錯したものから生じる。三界は真実ではなく、すべては無常である。 大王よ、この国が成り立ってから、どれほどの世代が過ぎたのか。」 王は答えました。「この国ができてから、七〇〇余りの代を経ました。」 「その間の王たちを、皆ご存じか。」 王は答えました。「私は自分の父までしか知りません。」 仏は言われました。 「世の中の一切は束の間のものであり、ただ真実の道のみが頼りとなる。来世の幸せを積み、無為に時を過ごしてはならない。 大王、知るがよい。人が生まれる時、父母によってその身を与えられるが、その果報は父母によるものではない。善悪や美醜は、すべて過去の行いによるものである。 もし善を積めば、命終の後、天や人の世界、あるいは十方の仏の前に生まれる。 もし悪を行えば、命終の後、地獄・餓鬼・畜生の世界に生まれる。 すべての諸法は、縁が集まれば生じ、縁が散じれば滅するのである。」

「『大王當知！無明緣行，行緣識，識緣名色，名色緣六處，六處緣觸，觸緣受，受緣愛，愛緣取，取緣有，有緣生，生緣老死憂悲苦惱。大王！無明滅故則行滅，行滅故則識滅，識滅故則名色滅，名色滅故則六處滅，六處滅故則觸滅，觸滅故則受滅，受滅故則愛滅，愛滅故則取滅，取滅故則有滅，有滅故則生滅，生滅故則老死滅，老死滅故則憂悲苦惱滅。大王！十二因緣盡坦然無跡猶如虛空，分別本無逮得法忍。』說是法時，八萬四千諸天及人，遠塵離垢得法眼淨，無央數眾發阿耨多羅三藐三菩提心。

「爾時頻婆娑羅王得法眼淨，欣然請佛願受五戒，大臣百官國內人民，皆悉歸佛亦受五戒。既受戒已即從座起，頂禮佛足而白佛言：『世尊！乃能棄捨轉輪王位出家為道，我於昔日輙先奉請，若得道時願前見度我，於今者宿願成滿，幸蒙佛恩得履道跡，國務殷繁比更親奉。』王及群臣遶佛三匝辭退而去。王至宮已群臣上賀：『古昔諸王悉不見佛，惟獨大王得值如來。』王益欣喜復慰群臣：『卿等夙福，今幸遇佛出興於世。』因勅後宮妃嬪婇女及國內人民，長修齋戒盡令奉法。

> その時、頻婆娑羅王は法の眼が清らかになり、喜んで仏に五戒を受けたいと願い出た。大臣や百官、国内の人々も皆、仏に帰依して五戒を受けた。戒を受けた後、王は座を立って仏の足に頭を付けて礼拝し、こう申し上げた。「世尊よ、あなたは転輪王の位を捨てて出家して道を求められました。私は以前から先にあなたをお招きし、もし悟りを得られたなら、どうか最初に私を救ってくださいとお願いしておりました。今、昔からの願いが叶い、仏の御恩によって悟りの道に入ることができました。国務が多く忙しいのですが、また改めてお目にかかりたいと思います。」王と群臣は仏の周りを三回巡ってから辞去した。王が宮殿に戻ると、群臣が祝いを述べた。「昔の王たちは仏にお目にかかれませんでしたが、ただ大王だけが如来に出会うことができました。」王はますます喜び、群臣を慰めて言った。「あなたたちは前世の福によって、今、仏が世に現れたのに遇うことができたのだ。」そこで後宮の妃や侍女たち、また国内の人々に、長く斎戒を修め、皆に仏法を奉じるよう命じた。

「時摩伽陀國有一長者，名迦蘭陀，見佛入國未有精舍，以好竹園奉上如來，前白佛言：『世尊大慈憐慜一切如父如母，能棄世榮今得成佛，未有精舍，我以竹園奉上如來。』佛時呪願而為受之，恒與聖眾遊處其內。

> その昔、マガダ国にガランダという名の長者がいました。彼は仏が国に入られても、まだ精舎（修行の場）がないのを見て、立派な竹園を如来に差し上げようと心に決めました。彼は仏の前に進み出て、こう申し上げました。「世尊よ、大いなる慈しみをもって、すべての衆生を父母のように哀れんでくださいます。世の栄華を捨てて、ついに悟りを成就なさいました。それなのに、まだ精舎がございません。どうか私のこの竹園を如来に差し上げたく存じます。」 仏はその願いを聞き入れ、祝福の言葉を述べて、その竹園を受け入れられました。そして、いつも聖なる弟子たちとともに、その園の中で過ごされたのです。

「彼時摩伽陀國人民殷盛耽著俗樂，喧呼歌舞不捨晝夜，佛適入國化以法言，齋戒修心皆捨俗樂。佛有弟子名舍婆耆，入城分衛威儀有法行步安詳，路人見之無不欣悅。時舍利弗見此沙門，心自念言：『我學道久頗知法式，未曾見有如是之人，必有異聞威儀乃爾。試往問之所事何道？』時舍利弗即問比丘：『汝師是誰？願聞其志。』爾時比丘以偈答曰：

「『吾師具相好， 三界為最尊，五陰十二緣， 不住於空有。我今年尚少， 學業猶未深，不可以言辭， 說佛諸功德。』

> 「私の師は完璧な姿を備え、三界の中で最も尊い方です。</row><row>五蘊や十二因縁を悟り、空にも有にも執着しません。</row><row>私はまだ若く、学びも深くありません。</row><row>言葉で仏の功徳を語ることなどできません。」</row>

「說是偈已，告舍利弗：『我所事師，天上人中最尊最勝，積功累德不可稱載。從兜率天降生閻浮，初生之時，能於十方各行七步，舉手唱言：「天上天下唯我最尊唯我最勝，三界苦惱吾當度之。」釋梵四天咸來供事，佛之功德不可具述。』時舍利弗聞此語已，如從暗中覩日光明，語比丘言：『善哉善哉！吾少好學八歲從師，年甫十六靡不該綜，自謂為達；今者得值無上正覺真為我師，汝所言佛，今在何處？』比丘答言：『今在迦蘭陀竹園精舍。』時舍利弗將諸弟子至如來所，稽首禮足前問訊已，而白佛言：『我處長夜恒履愚迷，幸得值佛願開正路，得為沙門成就禁戒。』佛言：『善來比丘！』鬚髮自落法服著身便成沙門，佛為說法，漏盡意解得阿羅漢。前白佛言：『世尊！我與同學大目犍連，要得道時必相開示。今欲往彼，願承聖旨。』佛言：『宜知是時。』

「時舍利弗入王舍城訪目揵連，遙見目連與諸弟子遊行里巷。爾時目連覩舍利弗形狀變改，逆而問之：『有何異見容服乃耳？』答曰：『學無常師惟道所在，求法積年不遇大聖，今者得值身心徧喜，故來相求願同法味。』目連答曰：『此非小事宜共籌量。』舍利弗言：『我昔所行與汝從事，汝所學者我悉知已，請無復言。』是時目連告舍利弗言：『仁者智慧本踰於我，今之所教豈相誤耶？』作是語已隨舍利弗往詣佛所，稽首佛足白言：『違遠大聖沈沒煩惱，今得親奉願為沙門。』即捨澡瓶鹿衣杖具。佛言：『善來！』鬚髮自落法服著身便成沙門，佛為說法，漏盡意解得阿羅漢。時舍利弗、目揵連，及二百五十弟子，皆得出家盡成羅漢。

「爾時輸檀王聞子得道已經六年，中心欣喜欽渴彌積，語優陀夷言：『汝今可往請佛還國問訊起居，離別已來十有二載，夙夜悲慼不能自已，得一相見還如更生。』憂陀夷受王教已，往詣佛所，稽首佛足具述王意，乃覩諸天梵釋咸來歸命，而白佛言：『願為沙門。』佛言：『善來！』鬚髮自落法服著身便成沙門，得阿羅漢道。爾時世尊作是思惟：『本與父王要誓，成佛爾乃還國當度父母，今得佛道不違本誓。』即語優陀夷比丘言：『汝宜先往，顯汝神足，作十八變知吾道成，弟子尚爾況佛威德？』優陀夷奉佛教已，飛行而往還到本國，於迦毘羅城上虛空中現十八變，王及臣民莫不驚懼。而優陀夷，說是偈言：

「『如來甚希有， 難可得值遇，勤苦無量劫， 哀慜諸眾生。本行菩薩道， 今得願滿足，坐於菩提樹， 降伏大魔怨。破壞生死因， 銷滅諸煩惱，已得成正覺， 演說無上法。我本奉王教， 出國迎太子，說王愁念久， 言辭甚可悲。佛顧本生地， 尋當見親族，我時承佛命， 將入迦毘羅。辭佛御神通， 忽至大王所，變化若干種， 譬如淨蓮花。』父王見神變， 心生大恐懼，借問為所從， 未曾覩是變。『太子本棄國， 求道度眾生，勤苦無量劫， 今乃得成佛。王今勿驚懼， 宜應悅豫心，我已度生死， 為王太子使。』王時聞子問， 淚落如雨星，『我自十二年， 愁念無窮已，忽聞吉祥至， 如人死復穌。我子捨國位， 成道名何等？』我時答王言： 『太子經六年，勤苦得成道， 號曰天中天，三界最第一。』 『我子在家時，為造諸時殿， 刻雕陳繢飾。今者何所居？』 我時答王言：『佛得微妙法， 所處無不安，常在於樹下， 諸天來供養。』『我子在家時， 坐臥敷綩綖，皆以綺飾成， 柔軟而光澤。』我時答王言： 『天帝貢衣服，龍妃獻寶床， 佛心無美惡，未嘗見喜慍。』 『我子在家時，盛饌眾甘美， 今所膳御者，施設何等食？』 我時答王言：『持鉢從分衛， 福眾無增減，呪願彼施人， 世世令安隱。』『我子在家時， 寢臥常使安，絃歌奏清音， 爾乃從寐起。』我時答王言： 『禪定非明暗，諸佛無睡眠， 帝釋常服膺，梵王來勸助。』 『我子在家時，澡浴以香湯， 芬馥滿室中。今用何等香？』 我時答王言：『八解三脫門， 澡浴除諸垢。心寂無憂惱， 猶如淨虛空。』『我子在家時， 雜香以塗熏，清淨無塵穢， 郁烈而香潔。』我時答王言： 『戒定慧解脫，道德以為香， 十方八難處，普熏無不至。』 『我子在家時，四種妙寶床， 重疊敷茵褥，臥起而安悅。』 我時答王言：『四禪為床座， 等持心自在，不染煩惱泥， 清淨如蓮花。』『我子在家時， 兵衛甚嚴肅，出入常擁護， 目不見諸惡。』我時答王言： 『千二百羅漢，菩薩無央數， 俱為弟子眾，左右而恭侍。』 『我子在家時，象馬牛羊車， 周旋往四方，隨意而遊觀。』 我時答王言：『五通為驂駕， 飛空無罣礙，洞見一切心， 遊踐超生死。』『我子在家時， 旌旗列羽衛，人執諸兵仗， 前後為導從。』我時答王言： 『四等為防護，普濟眾厄難， 恩慧仁愛敬，以此為嚴衛。』 『我子在家時，鍾鼓導前路， 雜以眾伎樂，觀者每盈衢。』 我時答王言：『道樹成正覺， 度五跋陀羅，八萬四千天， 皆已得法眼。九十六種道， 摧伏而歸命，鳴於不死鼓， 其音徹三千。啟受皆明悟， 一切咸欣悅。』『我子王何國？ 提封為廣狹？所化幾何人？ 悉當歸伏不？』『佛領三千界， 化導諸群生，十方不可數， 靡不蒙饒益。』『我子在家時， 聽政助吾化，勸導以禮節， 奉順莫敢違。』『佛悟諸法空， 捨於四顛倒，無不歸伏者， 寂靜無為業。佛法無愛憎， 一切皆通達，化及諸眾生， 無不蒙饒益。假使有一人， 其人無量首，一首無量舌， 舌有無窮辯。如此恒沙人， 以恒沙劫數，歎佛一功德， 猶尚不能盡，況我如螢燭， 何能演日光？』

「時輸檀王聞此偈已歎言：『善哉！阿斯陀仙言無虛妄。』問優陀夷：『佛欲來不？』優陀夷言：『却後七日如來當至。』王聞是語歡喜踊躍，語諸大臣：『吾當迎佛，導從儀式法轉輪王。先勅所司平除道路，香水灑地懸繒幡蓋，種種嚴飾盡其所宜，我當出城四十里外奉迎如來。』優陀夷言：『本承佛教來報大王，今請向佛說王之意，欽渴積年願覩如來，并及萬姓咸希福祐。』王言：『善哉！願速見佛。』時優陀夷還至佛所，稽首佛足而白佛言：『世尊！王及國人計日度時願得見佛，我已告王却後七日世尊當至。』

「爾時如來到七日已，與諸弟子整持衣鉢，威儀詳序向迦毘羅城，梵釋四王聞佛還國皆來導從，梵王侍右，帝釋侍左，四王諸天前後導從，諸天龍神花香伎樂而以供散，寶幢幡蓋羅列道側，天雨香水以灑於地。如來欲行先現瑞相，十方世界三千國土六反震動，一切枯樹還生花葉，竭涸溪㵎自然流泉。王見瑞已勅諸釋種大臣百官，嚴持幡蓋燒香散花，作眾伎樂而以迎佛。王遙見佛處於大眾，如星中月、如日初出、如樹開花，巨身丈六端嚴熾盛，既見佛已悲喜交集，稽首作禮而白佛言：『世尊！離別多年今得相見。』大臣百官一切人民，皆稽首禮隨佛入城。

「爾時世尊足踰門閫地為大動，天雨妙花樂器自鳴，盲者得視，聾者得聽，躄者能行，病者得愈，瘂者能言，狂者得正，傴者得伸，毒害自銷；禽獸相和其聲清亮，環珮相觸皆悉流響，珍藏自然眾寶出現，苞匿異心皆共和合，一切眾生無婬怒癡，展轉相視如父如母如兄如弟如子如身，地獄休息，餓鬼飽滿，畜生捨身當生人天。父王覩佛巨身丈六紫磨金色，如星中月，亦如金山，梵釋四王皆悉奉侍。見諸比丘曾為外道久修苦行形體羸劣親近侍從，猶如黑烏在紫金山，不能顯發如來之德，便勅國內豪貴釋種顏貌端正，選五百人度為沙門侍佛左右，如金翅鳥在須彌山，如摩尼珠置水精器。佛弟難陀亦為沙門，難陀所使名優波離，前白佛言：『世尊！人身難得佛法難遇，諸尊貴者皆棄世榮，我身卑賤何所貪樂，惟佛慈悲願見救度許為沙門。』佛言：『善來比丘！』鬚髮自落法服著身便成沙門，在比丘中隨例而坐。難陀後至次第作禮，到優波離即止不禮，心自念言：『是我家僕，不當設禮。』爾時世尊告難陀言：『佛法如海容納百川，四流歸之皆同一味，據戒前後不在貴賤，四大合故假名為身，於中空寂本無吾我，當思聖法勿生憍慢。』爾時難陀去自貢高，執心卑下禮優波離，於是大地為之震動。

「時佛入宮坐於殿上，王及臣庶日日供養百種甘饌，佛為說法度無數眾。耶輸陀羅携羅睺羅年已七歲，來至佛所稽首佛足，瞻對問訊而白佛言：『久違侍奉曠廢供養，諸釋眷屬皆有疑心，太子去國十有二載，何從懷孕生羅睺羅？』佛告父王及諸群臣：『耶輸陀羅守節貞白無瑕疵也，若不信者今當取證。』爾時世尊化諸比丘皆悉如佛，相好光明等無差異。時耶輸陀羅即以指環與羅睺羅而語之言：『是汝父者以此與之。』羅睺羅持取指環直前奉佛。王及群臣咸皆歡喜，歎言：『善哉！羅睺真是佛子。』爾時世尊為王說法，即時得道，群臣萬姓後宮婇女，咸奉戒法淨修梵行，是時國內安靜，萬邦來賀。」

### 囑累品第二十七

爾時世尊告淨居天難陀、蘇難陀等言：「菩薩始從兜率下生閻浮，乃至出家降伏魔怨轉于法輪，汝等諸天！皆悉贊助。今復請我利益世間，演說如斯大嚴經典，菩薩所行如來境界，自在神通遊戲之事。汝等若能受持讀誦為他說者，我此法印當得增廣。若菩薩乘人聞說此經，必大歡喜得未曾有，發起堅固精進之心，求阿耨多羅三藐三菩提。是故汝等福德無量不可稱計。

「若有善男子、善女人，得聞是經合掌信受，其人當獲八種功德。何等為八？一者端正好色，二者力勢強盛，三者心悟通達，四者逮得辯才，五者獲諸禪定，六者智惠明了，七者出家殊勝，八者眷屬強盛。

「若有善男子、善女人，願樂欲聞如是等經，與說法師敷置高座，轉身當得八種坐處。何等為八？一者長者坐處，二者居士坐處，三者輪王坐處，四者護世坐處，五者帝釋坐處，六者梵王坐處，七者菩薩得菩提時所坐之處，八者如來轉正法輪所坐之處。

「若有善男子、善女人，得聞是經稱揚讚美，是人當得八種淨語。何等為八？一者言行相應，無違諍故；二者所言伏眾，可遵承故；三者所言柔軟，不麤獷故；四者所言和美，攝眾生故；五者聲如迦陵頻伽，悅樂眾生故；六者聲如殷雷，摧伏外道故；七者得梵音聲，超過世間故；八者得佛音聲，應眾生根故。

「若有善男子善女人，書寫此經流通四方，其人當有八功德藏。何等為八？一者念藏，無忘失故；二者惠藏，善能分別諸法相故；三者智藏，能了諸經義故；四者陀羅尼藏，所聞皆能持故；五者辯藏，能發眾生歡喜心故；六者得正法藏，守護佛法故；七者菩提心藏，不斷三寶種故；八者修行藏，得無生法忍故。

「若有善男子、善女人，讀誦此經受持句義不忘失者，其人當得八種圓滿：一者施圓滿，無慳悋故；二者戒圓滿，得願具足故；三者多聞圓滿，得無著智故；四者奢摩他圓滿，一切三昧現前故；五者毗鉢舍那圓滿，具足三明故；六者福德圓滿，具足三十二相、八十種好，淨佛土故；七者妙智圓滿，隨諸眾生所有意樂得具足故；八者大悲圓滿，成熟眾生無勞倦故。

「若有善男子、善女人發如是念：『云何當令一切眾生入此法門？』作是念已為人演說，以此善根當得八種廣大福德。何等為八？一者轉輪聖王福德，二者護世天王福德，三者帝釋福德，四者夜摩天王福德，五者兜率天王福德，六者化樂天王福德，七者他化自在天王福德，八者大梵天王乃至如來所有福德。

「若有善男子、善女人，聞此經典信心不逆，是人當得八種淨心。何等為八？一者得大慈心，與眾生樂故；二者得大悲心，拔眾生苦故；三者得大喜心，滅眾生憂惱故；四者得大捨心，滅眾生貪恚故；五者得四禪心，於欲界中心自在故；六者得四定心，於無色界心自在故；七者得五神通，往來佛土故；八者能斷諸漏，得首楞嚴三昧故。

「若國土城邑聚落所在之處有此經卷，當知其處離八種畏。何等為八？一者離敵國畏，二者離賊盜畏，三者離惡獸畏，四者離飢饉畏，五者離諍訟畏，六者離戰鬪畏，七者離夜叉畏，八者離一切怖畏。

「汝等當知！正使如來以戒、定、慧、解脫、解脫知見無礙辯才，於一劫中日夜常說此經功德，亦不能盡。若比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷受持讀誦書寫解說，當知是人所得功德亦不可盡。」

爾時世尊告彌勒菩薩摩訶薩及大迦葉長老阿難言：「我於無數百千億劫修習佛道，今得成就阿耨多羅三藐三菩提，為欲利益諸眾生故演說此經，如是等經付囑於汝，汝等受持廣宣流布。」

爾時世尊重說偈言：

「我以佛眼觀， 盡見諸眾生，假使諸眾生， 皆如舍利弗。有人於億劫， 以種種香花，衣服臥具等， 供養如是眾，所獲諸功德， 不如一日夜，供一辟支佛。 假使諸世間，皆如辟支佛， 有人於億劫，以種種香花， 衣服臥具等，供養如是眾， 所獲諸功德，不如以淨心， 一稱南無佛。假使諸世間， 皆如佛世尊，有人於億劫， 以種種香花，衣服臥具等， 供養諸如來，所獲諸功德， 不如有一人，能於日夜中， 讀誦此經典。若人過無數， 百千萬億劫，以種種香花， 衣服臥具等，供養如前說， 無數聲聞眾，一切辟支佛， 及彼諸如來，所獲諸功德， 不如有一人，受持此經典， 乃至四句偈，分別為他說。 我所說諸經，此經為最勝， 一切諸如來，皆從此經出。 是經所住處，即為有如來。 若有書寫持，處處廣流布， 即能演一句，歷劫無窮盡， 福惠自莊嚴，盈滿如大海。 若聞是經者，應當常修習， 功德無有量。」

佛說此經已，彌勒菩薩摩訶薩，大迦葉長老、阿難，淨居諸天、摩醯首羅，及諸天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦婁羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等，皆大歡喜，信受奉行。

## 方廣大莊嚴經卷第十二