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title: "佛說立世阿毘曇論 · 8 天住處品"
description: "佛說立世阿毘曇論由真諦三藏於南朝陳代譯出，屬阿毘曇類論典。該論以佛教宇宙觀為核心，系統闡述世間與出世間的結構、眾生業力與輪迴關係，並詳釋世界成住壞空過程。其內容融合說一切有部思想，兼具經律論三藏特質，為研究早期佛教宇宙論與哲學體系的重要文獻。該論不僅助益修行者理解因果法則，亦為漢傳阿毘曇學發展奠定基礎，在佛教思想史與典籍傳承中具有承先啟後的地位。"
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### 天住處品第八

> 天住処品第八

佛告比丘：「是須彌山王，東、西、南、北凡有四邊，其東邊真金所成、西邊白銀所成、北邊琉璃、南邊頗梨，其一切邊眾寶所成。是須彌山，七性最饒。山之極頂中央平正最勝處所，是忉利天善見大城，周圍四方十千由旬。純金為城之所圍繞，高一由旬，城上埤堄高半由旬，門高二由旬，其外重門高一由旬半，十十由旬有一一門。城之四面為千門樓。是諸城門眾寶所成，種種摩尼之所嚴飾，譬如北地妙好氍毺，人非人等、龍獸草木及諸雜花莫不必備，亦如耳璫眾寶莊嚴填滿具足；是諸城門亦復如是，或有一切諸眾生相、種種樹木及雜花相莊嚴其外。是城門邊，莊嚴象軍、莊嚴馬軍、莊嚴車軍住是城門。是諸天子莊嚴鎧仗聚集其中，護國土故、欲遊觀故、為莊嚴故。城外四邊，七重寶柵周匝圍繞，其最裏者真金所成、次用白銀、第三琉璃、四頗梨柯，其外三重雜寶所成。七重之外，諸多羅樹七重圍繞，其最裏樹真金為本、次是白銀、第三琉璃、四頗梨柯，其外三重眾寶為本。金多羅者，白銀、琉璃、頗梨眾寶為其花葉，子亦如是。銀多羅者，黃金、琉璃、頗梨柯寶為其花葉，子亦如是。琉璃多羅，金、銀、頗梨為花子葉。頗梨多羅，金、銀、琉璃為花子葉。其外三重花葉、菓子並眾寶成。是多羅樹，微風吹動出妙音聲，能令眾生起五繫縛：一者生愛、二者起縛、三起迷亂、四生執著、五不厭離。譬如五分音樂、如精妙樂師五音繁奏，能起眾生五種欲心，是樹音聲亦復如是。其七重樹間，處處皆有眾寶花池，縱廣一百天弓，天水盈滿，四寶為塼，搆壘底岸，金銀琉璃及頗梨柯之所成就。其池四邊，亦四寶甎以為階道。一一池中有無量花，五寶所成，謂金、銀、琉璃、頗梨柯、呵梨多。是諸池內，有四寶船泛漾其中，謂金、銀、琉璃、頗梨。復有八種水戲之具：一者跳入水樓、二者以七寶函注水灌身、三者擊水之具以為音樂、四者水濺以為嬉戲、五者水輪車、六者浮屋、七者寶輪鷿鶙、八者繩縷自縋旋迴擊蕩。其中男女諸天乘船遊戲，是時寶船隨心遲速。男女諸天若作是意：『願欲向彼。』船即到彼。是諸天等若作是意：『願取彼花來至我所。』花便自至。其中果報自然風起，吹眾名花遍散諸天。復有別風，吹諸花鬘莊嚴身首，或為寶冠、或為瓔珞、或為臂印乃至腰繩、或為足鉗。池岸四邊有五種寶樹：一金、二銀、三琉璃、四頗梨柯、五呵梨多。其樹行間有眾寶堂殿，五寶所成，諸男女天於其中住。是其城外，多有諸天遍滿國土。多羅樹外寶塹三重，其一一塹廣二由旬、深一由旬半，下廣於上，有如壺口。於其塹中天水盈滿，亦四寶塼之所搆成，金、銀、琉璃及頗梨柯，其塹四邊亦四寶塼以為階道，一一塹中又有無量四寶諸花，有四寶船泛漾其中，金、銀、琉璃、頗梨等寶之所成就。復有八種水戲之具：一者跳入水樓、二者以七寶函注水灌身、三者擊水之具以為音樂、四者水濺以為嬉戲、五者水輪車、六者浮屋、七者寶輪鷿鶙、八者繩縷自縋旋迴擊蕩。其中男女諸天乘船遊戲，是諸寶船隨心遲速。男女諸天若作是意：『願欲往彼。』船即到彼；是諸天等若作是意：『願取彼花來至我所。』花便自至。其中果報自然起風，吹眾名花遍散諸天。復有別風，吹諸花鬘，莊嚴身首，或為寶冠、或為瓔珞、或為臂印，腰繩足鉗亦復如是。塹之中間眾寶堂殿，天諸婇女之所住處。於其堂間布置寶鑊，一一鑊中植諸花草，五色異相各為行列。其三重塹外有七寶樹之所圍繞，謂金、銀、琉璃、頗梨柯、蓮花色、寶螺石、呵梨多等。是樹林中，處處皆有七寶花池——天水盈滿，乃至寶船遊戲——及諸殿堂，男女天眾之所居止。多有諸天遍滿國土，亦如上說。是時塹外諸七寶樹，開七寶花，謂金、銀、琉璃、頗梨乃至呵梨多等。是其林中諸女天等謳歌作樂，無量天子從大城出入林觀聽；是其城中諸天子等謳歌作樂，外諸女天入城觀聽。因是方便往來戲樂，分於大城四分之一。中央金城，帝釋住處。十二由旬有一一門，四面四百九十九門，復有一小門，凡五百門。是城形相，亦衛四兵。柵、塹、樹、池雜林宮殿，作倡伎樂及諸外戲。種種莊嚴，皆如前說。是城中央釋提桓因所住之處，寶樓重閣名皮禪延多，長五百由旬，廣二百五十由旬，周迴一千五百由旬，柱高九由旬，四寶所成——一金、二銀、三琉璃、四頗梨柯——四種寶塼以為柱礎。其樓四方有四階道，一切諸壁並四寶成。三層皮持之所圍繞，第一層真金所成、二白銀、三琉璃。其一一層三重寶鈴，微風吹動出妙音聲，譬如五分音樂，如前所說多羅樹聲，能令眾生起五欲縛。其閣四邊却敵寶樓，東邊二十六，三面各二十五，凡一百一所。一一却敵方二由旬，周迴八由旬。其却敵上復有寶樓，高半由旬以為觀望。一一却敵有七女天，一一女天有七婇女。樓閣之內有七萬七百房室，一一房內有七天女，一一天女婇女亦七。其天女者，並帝釋正妃。其外却敵及內諸房，凡四億九萬四千九百。正妃三十四億六萬四千三百，婇女妃及婇女合有三十九億五萬九千二百。皮禪延多重閣最上當中央圓室，廣三十由旬，周迴九十由旬，高四十五由旬。釋提桓因所住之處，並是琉璃所成，地皆柔滑，眾寶填廁。譬如北地妙好氍毺，人非人等、龍獸草木及諸雜花，莫不必備，亦如耳璫眾寶莊嚴、填滿具足；帝釋住處亦復如是，皆以琉璃所成、眾寶莊嚴。其地柔軟，脚所履踐即便陷沒，脚若起時還復如本，如細綿聚及兜羅綿；帝釋住處亦復如是，脚踐則沒，舉足便起。灑散雜花燒香芬馥，懸諸天衣及寶花鬘，如是處者，釋提桓因與阿脩羅女舍脂共住。帝釋化身與諸妃共住，一切諸妃作是思惟：『帝釋與我共住，帝釋真身與舍脂共住。』是其城內四邊住處，衢巷市鄽並皆調直。是諸天城，或有住處四相應舍、或有住處重層尖屋、或有住處多層高樓、或有住處臺館雲聳、或有住處四周却敵，隨其福德，眾寶所成，平正端直。是天城路，數有五百，四陌相通，行列分明皆如棊道，四門通達、東西相見。巷巷市鄽寶貨盈滿——第一穀米市、二衣服市、三眾香市、四飲食市、五花鬘市、六工巧市、七婬女市——處處並有市官。是諸市中，天子天女，往來貿易、商量貴賤、求索增減、稱量料數，具市鄽法。雖作是事，以為戲樂，無取無與、無我所心，脫欲所須，便可提去。若業相應，隨意而取；業不相應，便作是言：『此物奇貴，非我所須。』當四衢道，象馬車兵之所莊嚴，及諸天子止住其中，或為守護、或為戲樂、或為莊嚴。市中間路，一切琉璃，軟滑可愛，眾寶莊嚴。譬如北地妙好氍毺，龍獸花草皆如前說，乃至燒香散花、懸諸天衣，亦復如是。復於處處竪立幡幢。天大城內，如是等聲恒無斷絕，所謂象聲、馬聲、車聲、螺聲、波那婆聲、鼓聲、牟澄伽聲、笳聲、音樂聲。又有聲言：『善來善來。願食願飲，我今供養。』是善見大城，帝釋住處。復有天州、天郡、天縣、天村，周匝遍布須彌山上。善見大城其西北角，從門閫外二十由旬，忉利諸天有善法堂，逕三十由旬，周迴九十由旬，高四十五由旬，並琉璃所成，地皆柔滑，眾寶填廁。譬如北地妙好氍毺，人非人等、龍獸草木及諸雜花，莫不必備，亦如耳璫眾寶莊嚴、填滿具足；善法妙堂亦復如是，柔滑可愛，脚踐便沒、移足還起，種種莊嚴具如前說。有三皮持之所圍繞：一真金所成、二白銀、三琉璃。其一一層三重寶鈴，微風吹動出妙音聲，譬如五分音樂，如前所說多羅樹聲，能令眾生起五欲縛。是堂中央，眾寶大柱聳出堂上，其柱最頂覆金露盤，種種莊嚴並皆具足。是中央大柱圍一由旬，徑三分之一。其一椽桷有十六柱，其一一柱復十六柱之所圍遶，一一椽桷為二百七十二柱之所支持。其諸椽桷分為三分，一分有四千五十二周迴，三分一萬二千一百五十六，椽桷都有三十二億六千四百三十二柱。是柱下至地，上不至桷，如一髮許。或有一柱，上至於桷，下不至地，如一髮許。以是義故，是善法堂住在空中，不可了覺。四方門屋：一者正東、二者正西、三者正南、四者正北。是善法堂外，處處有大寶池，天水盈滿，四寶為塼搆壘底岸，金、銀、琉璃及頗梨柯之所成就。其池四邊亦以寶塼為其階道。一一池中有無量花，五寶所成，謂金、銀、琉璃、頗梨柯、呵梨多。是諸池內，有四寶船泛漾其中。復有八種水戲之具：一者跳入水樓、二者以七寶函注水灌身、三者擊水之具以為音樂、四者水濺以為嬉戲、五水輪車、六者浮屋、七者寶輪鷿鶙、八者繩縷自縋旋迴擊蕩。其中男女諸天乘船遊戲，隨心遲速。空中諸花自然來集，莊嚴天身乃至多有諸天殿堂，皆悉遍滿，亦復如是。是善法堂外有大園林，金城圍遶，周迴一千由旬，城高一由旬，埤堄半由旬。其門高二由旬，十十由旬有一一門，九十九門又一小門。是諸門者，眾寶所成，摩尼妙寶之所莊嚴，譬如北地妙好氍毺，種種雕飾。是門又有四軍防衛，並如上說；外七重寶柵，亦如上說。七重多羅樹林之所圍繞，亦如上說。其樹中間有諸寶池，相去百弓，種種莊嚴，亦如上說。五種寶花，亦如上說，及四寶船，亦如上說。池岸五種寶樹，亦如上說。乃至四寶堂殿，諸男女天之所住處，是城外邊三重寶塹，餘如上說。一一塹者，廣二由旬，深一由旬半，形如壺口，下廣上狹，天水盈滿，並如上說。是塹間地，有諸婇女。堂殿羅列，三重塹外，七寶樹林之所圍繞，亦如上說。是時外林中，一切諸花開敷鮮榮，諸女天等音樂謳謌，時諸天子從法堂城出，入是園中相與觀聽。是中天子亦奏音樂，時諸女天從善法堂出園觀看。因如是事，男女諸天恒受戲樂。從其大城西北角門，取善法堂門二十由旬，廣十由旬，其地平滑，琉璃所成，可愛柔軟眾寶莊嚴。譬如北地妙好氍毺，人非人等、象、馬、花、樹種種具足，又如耳璫眾寶合成，其路亦爾。脚履即沒、舉足便起，如兜羅綿及以木綿，其路柔軟亦復如是。三種皮持之所莊嚴，一一皮持四寶所成，一一皮持三層寶鈴之所圍繞，一一寶鈴四寶所成，微風吹動出妙音聲，能令諸天起五欲縛。是路兩邊夾二江水，名曰長形，亦長二十由旬，廣十由旬，八功德水自然盈滿。其江兩邊並四寶塼之所搆治，餘如前說。其江四邊四寶階道，亦如前說。是江水中有五寶花，亦如前說。四寶船汎漾其內，八水戲具，乘船遊戲，遲速任心，並如前說。是中諸天須彼花來，隨念即至，善果報故，雨眾寶花灑散諸天。復有別風吹諸花鬘，隨其身分所須莊嚴，身臂首足自然隨著。二江外岸，五種寶樹羅列遍滿，亦如前說。其樹中間，有諸寶池及寶殿堂，諸男女天並於中住，無量無數充滿其中。

> お釈迦様は比丘たちにおっしゃいました。 「この須弥山王には、東・西・南・北、四つの側面があります。 東側は純金でできており、西側は白銀、北側は瑠璃（るり）、南側は玻璃（はり）でできています。 すべての側面は、さまざまな宝で飾られています。 この須弥山は、七つの性質に特に優れています。 山の頂上、中央の最も平らで優れた場所に、忉利天（とうりてん）の善見大城（ぜんけんだいじょう）があります。 城は四方を囲み、周囲は一万由旬（ゆじゅん）です。 純金の城壁に囲まれ、高さは一由旬。 城壁の上の狭間（はざま）の壁は高さ半由旬。 城門の高さは二由旬。 その外側の重厚な門は高さ一由旬半で、十由旬ごとに一つの門があります。 城の四面には千の門楼（もんろう）があります。 これらの城門はさまざまな宝でできており、種々の摩尼（まに）珠で厳かに飾られています。 それは、北の地の見事な毛氈（もうせん）のように、人や非人（ひにん）、龍や獣、草木、さまざまな花がすべて備わっているかのようです。 また、耳飾りが多くの宝で飾られ、満ち足りているようでもあります。 これらの城門もまた同じです。 あるものはあらゆる衆生の姿、さまざまな木々や花の姿で、外側を飾っています。 城門の傍らには、飾り立てられた象の軍勢、馬の軍勢、車の軍勢が配置されています。 多くの天子たちが、鎧や武器を身につけ、ここに集まっています。 国土を守護するため、遊覧するため、また荘厳（しょうごん）を整えるためです。 城外の四方には、七重の宝の柵が周りを取り囲んでいます。 最も内側は純金、次は白銀、三番目は瑠璃、四番目は玻璃でできています。 その外側の三重は、さまざまな宝でできています。 七重の柵の外側には、多羅樹（たらじゅ）が七重に取り囲んでいます。 最も内側の樹は純金が根本、次は白銀、三番目は瑠璃、四番目は玻璃が根本です。 その外側の三重は、さまざまな宝が根本です。 金の多羅樹は、白銀、瑠璃、玻璃などの宝がその花や葉、実となります。 銀の多羅樹は、黄金、瑠璃、玻璃などの宝が花や葉、実となります。 瑠璃の多羅樹は、金、銀、玻璃が花や葉、実となります。 玻璃の多羅樹は、金、銀、瑠璃が花や葉、実となります。 その外側の三重は、花、葉、実すべてがさまざまな宝でできています。 これらの多羅樹は、微風が吹くと妙なる音声を出し、衆生に五つの束縛を起こさせます。 一つは愛着を生じさせること、二つ目は束縛を起こさせること、三つ目は迷いを起こさせること、四つ目は執着を生じさせること、五つ目は厭離（おんり）しないことです。 それは、五つの音色からなる音楽や、優れた楽師が五音を奏でて、衆生に五つの欲望の心を起こさせるのと同じです。 この樹の音声もまたそのようであるのです。 七重の樹の間には、至るところに宝の花の池があります。 縦横百の天弓（てんきゅう）の広さで、天の水が満ち溢れています。 四つの宝の煉瓦（れんが）で底や岸が築かれ、金、銀、瑠璃、玻璃でできています。 池の四辺も、四つの宝の煉瓦で階段や道が作られています。 それぞれの池には無量の花があり、五つの宝、すなわち金、銀、瑠璃、玻璃、呵梨多（かりた）でできています。 これらの池の中には、四つの宝の船、金、銀、瑠璃、玻璃の船が浮かんでいます。 また八種類の水遊びの道具があります。 一、水に飛び込む楼閣、二、七宝の箱で水をかぶる、三、水を打つ道具で音楽を奏でる、四、水を跳ねさせて遊ぶ、五、水車、六、浮き屋、七、宝の輪や鷿鶙（へきれき）、八、縄を垂らして回転させ、打ち振るう。 その中で男女の諸天は船に乗って遊びます。宝の船は心のままに速くも遅くもなります。 男女の諸天が『あちらへ行きたい』と思えば、船はそこへ行きます。 諸天が『あの花を取って私のところへ来てほしい』と思えば、花は自然にやって来ます。 その中では、果報によって自然に風が起こり、多くの名花を吹き散らして諸天に降り注ぎます。 また別の風が、さまざまな花の首飾りを吹き、身や頭を飾ります。 あるいは宝冠に、あるいは瓔珞（ようらく）に、あるいは腕輪に、さらには腰紐や足輪にまでなります。 池の岸の四辺には五種類の宝の樹があります。 一、金、二、銀、三、瑠璃、四、玻璃、五、呵梨多です。 樹々の間には、多くの宝の堂殿があり、五宝でできています。 男女の諸天はその中に住んでいます。 この城外には、多くの諸天が国土に満ち溢れています。 多羅樹の外側には、宝の堀が三重にあります。 それぞれの堀は広さ二由旬、深さ一由旬半で、下が広く上が狭く、壺の口のようになっています。 堀の中には天の水が満ちており、四つの宝の煉瓦で築かれています。 金、銀、瑠璃、玻璃です。 堀の四辺も、四つの宝の煉瓦で階段や道が作られています。 それぞれの堀の中には、無量の四宝の花があり、四つの宝の船が浮かんでいます。 金、銀、瑠璃、玻璃などの宝でできています。 また八種類の水遊びの道具があります。 一、水に飛び込む楼閣、二、七宝の箱で水をかぶる、三、水を打つ道具で音楽を奏でる、四、水を跳ねさせて遊ぶ、五、水車、六、浮き屋、七、宝の輪や鷿鶙、八、縄を垂らして回転させ、打ち振るう。 その中で男女の諸天は船に乗って遊びます。宝の船は心のままに速くも遅くもなります。 男女の諸天が『あちらへ行きたい』と思えば、船はそこへ行きます。 諸天が『あの花を取って私のところへ来てほしい』と思えば、花は自然にやって来ます。 その中では、果報によって自然に風が起こり、多くの名花を吹き散らして諸天に降り注ぎます。 また別の風が、さまざまな花の首飾りを吹き、身や頭を飾ります。 あるいは宝冠に、あるいは瓔珞に、あるいは腕輪に、腰紐や足輪も同様です。 堀と堀の間には、多くの宝の堂殿があり、天の侍女たちの住処です。 堂殿の間には宝の大釜が置かれ、それぞれの釜にはさまざまな草花が植えられ、五色の異なる姿が列をなしています。 三重の堀の外側は、七宝の樹々に囲まれています。 金、銀、瑠璃、玻璃、蓮花色（れんげしき）、宝螺石（ほうらせき）、呵梨多などです。 この樹林の中には、至るところに七宝の花の池があります。 天の水が満ち溢れ、宝の船での遊びや、多くの堂殿があり、男女の天衆の住処です。 多くの諸天が国土に満ち溢れており、これも上記の通りです。 この時、堀の外側の七宝の樹々は、七宝の花を咲かせます。 金、銀、瑠璃、玻璃、さらには呵梨多などです。 この林の中では、多くの女天たちが歌を歌い、音楽を奏でています。 無量の天子たちが大城から出て、この林に入り、観覧し、聴聞します。 この城中の諸天子たちも歌を歌い、音楽を奏で、外の女天たちが城に入って観覧し、聴聞します。 このような方法で行き来し、遊び楽しみ、大城の四分の一を占めています。 中央の金の城は、帝釈天（たいしゃくてん）の住処です。 十二由旬ごとに一つの門があり、四面に四百九十九の門があります。 さらに一つの小門があり、合わせて五百の門です。 この城の様子も、四軍（象・馬・車・歩兵）で守られています。 柵、堀、樹、池、雑林、宮殿、歌舞音曲、さまざまな外遊び。 種々の荘厳は、すべて前述の通りです。 城の中央、釈提桓因（しゃくだいかんいん、帝釈天）の住処は、宝楼重閣（ほうろうじゅうかく）で、皮禅延多（びぜんえんた）と名付けられています。 長さ五百由旬、幅二百五十由旬、周囲千五百由旬、柱の高さ九由旬です。 四宝、すなわち一に金、二に銀、三に瑠璃、四に玻璃でできており、四種類の宝の煉瓦が柱の礎石となっています。 楼閣の四方には四つの階段があり、すべての壁は四宝でできています。 三重の皮持（ひじ、欄干や覆い）に囲まれており、第一層は純金、第二層は白銀、第三層は瑠璃です。 それぞれの層には三重の宝鈴があり、微風が吹くと妙なる音声を出します。 それは五音の音楽のようで、前述の多羅樹の音声のように、衆生に五欲の束縛を起こさせます。 楼閣の四辺には、却敵（きゃくてき、見張り台）の宝楼があります。 東辺に二十六、他の三面にそれぞれ二十五、合わせて百一か所です。 それぞれの却敵は二由旬四方で、周囲八由旬です。 却敵の上にはさらに宝楼があり、高さ半由旬で展望台となっています。 それぞれの却敵には七人の女天がおり、それぞれの女天には七人の侍女がいます。 楼閣の内側には七万七百の部屋があり、それぞれの部屋には七人の天女がいます。 それぞれの天女にも侍女が七人います。 これらの天女たちは、すべて帝釈天の正妃です。 外側の却敵と内側の諸房を合わせると、全部で四億九万四千九百です。 正妃は三十四億六万四千三百人、侍女である妃と侍女を合わせると三十九億五万九千二百人です。 皮禅延多重閣の最上階、中央の円室は、広さ三十由旬、周囲九十由旬、高さ四十五由旬です。 釈提桓因の住処は、すべて瑠璃でできており、地面は柔らかく滑らかで、多くの宝が埋め尽くされています。 それは、北の地の見事な毛氈のように、人や非人、龍や獣、草木、さまざまな花がすべて備わっているかのようです。 また、耳飾りが多くの宝で飾られ、満ち足りているようでもあります。 帝釈天の住処もまたそのようで、すべて瑠璃でできており、多くの宝で飾られています。 その地は柔らかく、足を踏み入れるとすぐに沈み込み、足を上げると元に戻ります。 それは、細かい綿や兜羅綿（とらめん）のようで、帝釈天の住処もまたそのようで、足を踏み入れると沈み、足を上げると戻ります。 さまざまな花が撒かれ、香が焚かれ、天衣や宝の花鬘が掛けられています。 このような場所に、釈提桓因は阿修羅（あしゅら）の女である舎脂（しゃし）と共に住んでいます。 帝釈天の化身は諸妃と共に住み、すべての妃たちは『帝釈天は私と共に住んでいる』と思っていますが、帝釈天の真身は舎脂と共に住んでいるのです。 城の内側の四辺の住処、通りや市場は、すべて整然と真っ直ぐです。 これらの天の城には、四相応舎（しそうおうしゃ、四方に応じた家）の住処もあれば、重層の尖った屋根の家もあり、多層の高楼もあり、台や館が雲のように聳え立つ住処もあり、四方に却敵のある住処もあります。 それぞれの福徳に応じて、多くの宝でできており、平らで端正で真っ直ぐです。 この天の城の道は、五百の数があり、四つの大通りが互いに通じ、行列がはっきりと碁盤の目のようで、四つの門が通り抜けられ、東西が互いに見えます。 通りや市場には宝や品物が満ち溢れています。 第一に穀物米の市場、第二に衣服の市場、第三に衆香（しゅうこう）の市場、第四に飲食の市場、第五に花鬘の市場、第六に工巧（くぎょう、工芸）の市場、第七に婬女（いんにょ、遊女）の市場です。 至るところに市場の役人がいます。 これらの市場では、天子や天女が行き来し、取引し、値段を相談し、求めたり値切ったり、量ったり数えたりして、市場の法を具えています。 しかし、このようなことをしても、それは遊び楽しみのためであり、取ることも与えることもなく、『我がもの』という心はありません。 欲しいものがあれば、ただ手に取って去ればよいのです。 もし業（ごう）が相応していれば、思いのままに取ります。 業が相応していなければ、『この品はとても高価で、私には必要ありません』と言います。 四つ辻の道には、象や馬、車、兵士が飾り立てられ、多くの天子たちがそこに留まっています。 守護のため、遊び楽しみのため、荘厳のためです。 市場の間の道は、すべて瑠璃でできており、柔らかく滑らかで愛らしく、多くの宝で飾られています。 それは、北の地の見事な毛氈のように、龍や獣、草花がすべて前述の通りで、香を焚き花を撒き、天衣を掛けることも同様です。 また、至るところに幡幢（ばんどう、旗）が立てられています。 天の大城内では、このような音声が絶えることなく響いています。 象の声、馬の声、車の声、螺（ほら）の声、波那婆（はなば）の声、鼓の声、牟澄伽（むじょうが）の声、笳（か、笛）の声、音楽の声です。 また、『よく来た、よく来た。どうぞ食べてください、飲んでください。今、お供養します』という声もあります。 これが善見大城、帝釈天の住処です。 さらに、天の州、天の郡、天の県、天の村が、周りに広がり、須弥山の上に遍く分布しています。 善見大城の西北の角、門の敷居から外へ二十由旬のところに、忉利天の諸天の善法堂（ぜんぽうどう）があります。 直径三十由旬、周囲九十由旬、高さ四十五由旬で、すべて瑠璃でできており、地面は柔らかく滑らかで、多くの宝が埋め尽くされています。 それは、北の地の見事な毛氈のように、人や非人、龍や獣、草木、さまざまな花がすべて備わっているかのようです。 また、耳飾りが多くの宝で飾られ、満ち足りているようでもあります。 善法妙堂もまたそのようで、柔らかく滑らかで愛らしく、足を踏み入れると沈み、足を動かすと戻ります。 種々の荘厳は、すべて前述の通りです。 三重の皮持に囲まれており、一は純金、二は白銀、三は瑠璃です。 それぞれの層には三重の宝鈴があり、微風が吹くと妙なる音声を出します。 それは五音の音楽のようで、前述の多羅樹の音声のように、衆生に五欲の束縛を起こさせます。 堂の中央には、多くの宝の大柱が堂の上に聳え立っています。 柱の最頂部には金の露盤（ろばん）が覆い、種々の荘厳がすべて備わっています。 この中央の大柱は周囲一由旬、直径はその三分の一です。 一本の垂木（たるき）には十六本の柱があり、それぞれの柱はさらに十六本の柱に囲まれています。 一本の垂木は、二百七十二本の柱によって支えられています。 これらの垂木は三つの部分に分かれており、一部分に四千五十二本が周囲にあり、三部分合わせて一万二千百五十六本です。 垂木と柱は合わせて三十二億六千四百三十二本あります。 これらの柱は、下は地面に届かず、上は垂木に届かないものも、髪の毛一本ほどの隙間があります。 また、ある柱は上は垂木に届くが、下は地面に届かないものも、髪の毛一本ほどの隙間があります。 このような理由で、この善法堂は空中に浮かんでいて、しっかりと留まっていることがわからないのです。 四方の門屋があります。 一は正東、二は正西、三は正南、四は正北

「是時忉利諸天欲入此園，其善法堂有風名曰合聚，聚集故花吹令出外，其地淨潔無復萎花。復有別風名曰剃刀，吹外園林及以池沼取諸新花，青、黃、赤、白雜色之花。既取花已，時合聚風聚集此花入善法堂內，遍布其地作諸形像，或現金銀杖形、或現蓮花形、或氍毺形、或羺羊形、或師子戲像、或現象馬車步兵等像、或現麞鹿獸像、或現迦樓龍馬之像，因此次第，周匝遍滿善法堂地，花厚至膝，莊嚴具足。

> その時、忉利天の諸天たちがこの園に入ろうとしたとき、善法堂には「合聚」という名の風が吹き、花々を集めて外へと吹き出した。その地は清らかで、枯れた花は一つもなかった。また別の風があり、名を「剃刀」といい、外の園林や池沼から青、黄、赤、白の様々な色の新しい花を集めた。花を集め終えると、合聚の風がこれらの花を集めて善法堂の中へと運び、地面一面に様々な形を現した。あるものは金銀の杖の形、あるものは蓮の花の形、あるものは敷物の形、あるものは山羊の形、あるものは獅子が戯れる姿、あるものは象や馬、車、歩兵などの姿、あるものは鹿や獣の姿、あるものは迦楼羅や龍、馬の姿であった。こうして次々と、善法堂の地面は花で覆われ、膝まで深く積もり、荘厳に満ち溢れた。

「是時諸天圍繞帝釋，恭敬為尊，入此園裏。善法堂內最中柱邊有師子座，釋提桓因昇座而坐。左右二邊，各十六天王行列而坐，其餘諸天隨其高下依次而坐。時天帝釋有二太子——一名栴檀、二名脩毘羅——是忉利天二大將軍，在三十三天左右而坐。時題頭賴吒天王依東門坐，共諸大臣及與軍眾，恭敬諸天，得入中坐。時毘留勒叉天王依南門坐，共諸大臣及與軍眾，恭敬諸天，得入中坐。時毘留博叉天王依西門坐，共諸大臣及與軍眾，恭敬諸天，得入中坐。時毘沙門天王依北門住，共諸大臣及與軍眾，恭敬諸天，得入中坐。是四天王於善法堂，世間善惡奏聞帝釋及忉利天。」

> その時、諸天は帝釈を取り囲み、恭しく尊びながら、この園に入った。善法堂の中央の柱のそばに獅子座があり、釈提桓因はその座に昇って坐った。左右の両側には、それぞれ十六天王が列をなして坐り、その他の諸天はそれぞれの位の高さに従って順に坐った。 その時、天帝釈には二人の太子がいた。一人は栴檀、もう一人は脩毘羅といい、これらは忉利天の二大將軍であり、三十三天の左右に坐っていた。題頭賴吒天王は東門に依って坐り、諸大臣や軍勢と共に、諸天を恭しく敬いながら、中に入って坐ることができた。毘留勒叉天王は南門に依って坐り、諸大臣や軍勢と共に、諸天を恭しく敬いながら、中に入って坐ることができた。毘留博叉天王は西門に依って坐り、諸大臣や軍勢と共に、諸天を恭しく敬いながら、中に入って坐ることができた。毘沙門天王は北門に依って坐り、諸大臣や軍勢と共に、諸天を恭しく敬いながら、中に入って坐ることができた。 この四天王は善法堂において、世間の善悪を帝釈と忉利天に奏上したのである。

時佛世尊說如是事：「比丘！是月八日，是四天王大臣遍行世間，次第觀察，當於今日，若多若少一切諸人受持八戒？若多若少皆行布施？若多若少修福德行？若多若少恭敬父母及沙門婆羅門、家內尊長？比丘！月十四日，是四天王太子遍行世間，次第觀察，當於今日，若多若少一切諸人受持八戒？若多若少皆行布施？若多若少修行福德？若多若少恭敬父母及沙門婆羅門、家內尊長？比丘！月十五日，時四天王自行世間，次第觀察，當於今日，若多若少一切諸人受持八戒？若多若少皆行布施？若多若少修行福德？若多若少恭敬父母及沙門婆羅門、家內尊長？黑半亦如是。比丘！是時若無多人受持八戒、若無多人修行布施、若無多人修福德行、若無多人恭敬父母、沙門婆羅門及家中尊長，比丘！時忉利天善法堂內政坐集時，爾時四王往法堂所，諮問帝釋，說世間事，白言：『善尊！無多諸人受持八戒、無多諸人修行布施、無多諸人恭敬父母、沙門婆羅門及家中尊長。』是時忉利諸天及釋提桓因聞此事已，生憂惱心，說如是言：『是事非善，是事非如法。若諸人等無多受八戒、無多行布施、無多修行福行、無多諸人恭敬父母沙門婆羅門及家中尊長，諸天眷屬方應減少，修羅伴侶日向增多。』比丘！若人多受持八戒、多修行布施、多修福行、多恭敬父母、沙門婆羅門及家中尊長，爾時四王往法堂所，諮問帝釋，說世間事，白言：『善尊！多有諸人受持八戒、多人修行布施、多人修行福行、多人恭敬父母、沙門婆羅門及家中尊長。』爾時忉利天聞四王言，心生歡喜，說如是言：『是事甚善，是事如法。若諸人等多受持八戒、多修行布施、多行福行、多恭敬父母沙門婆羅門及家中尊長，諸天眷屬日向滋多，脩羅伴侶稍就減少。』比丘！爾時釋提桓因自坐之處，是天坐處於中正坐，隨從天心令其歡喜，而說偈言：

> 時に仏世尊はこのように説かれました。 「比丘たちよ、月の八日には、四天王の大臣たちが世間を巡り歩き、順に観察します。『今日は、多いか少ないか、すべての人々が八戒を受持しているか？多いか少ないか、皆が布施を行っているか？多いか少ないか、福徳の行いを修めているか？多いか少ないか、父母や沙門・婆羅門、家内の尊長を敬っているか？』と。 比丘たちよ、月の十四日には、四天王の太子たちが世間を巡り歩き、順に観察します。『今日は、多いか少ないか、すべての人々が八戒を受持しているか？多いか少ないか、皆が布施を行っているか？多いか少ないか、福徳の行いを修めているか？多いか少ないか、父母や沙門・婆羅門、家内の尊長を敬っているか？』と。 比丘たちよ、月の十五日には、四天王自らが世間を巡り歩き、順に観察します。『今日は、多いか少ないか、すべての人々が八戒を受持しているか？多いか少ないか、皆が布施を行っているか？多いか少ないか、福徳の行いを修めているか？多いか少ないか、父母や沙門・婆羅門、家内の尊長を敬っているか？』と。月の後半も同じことです。 比丘たちよ、その時に、もし八戒を受持する人が多くなく、布施を行う人が多くなく、福徳の行いを修める人が多くなく、父母や沙門・婆羅門、家内の尊長を敬う人が多くないならば、比丘たちよ、その時、忉利天の善法堂に政を議する者が集まる時、四天王は法堂の所へ行き、帝釈天に諮問し、世間の事を説いて、こう申し上げます。『善き尊よ、八戒を受持する人は多くなく、布施を行う人は多くなく、父母や沙門・婆羅門、家内の尊長を敬う人は多くありません。』 その時、忉利天の諸天と帝釈天はこの事を聞いて、憂い悩む心を生じ、このように言います。『これは善いことではない、これは正しいことではない。もし人々が多く八戒を受持せず、多く布施を行わず、多く福徳の行いを修めず、多く父母や沙門・婆羅門、家内の尊長を敬わないならば、諸天の眷属は次第に減り、阿修羅の仲間は日に日に増えるだろう。』 比丘たちよ、もし多くの人が八戒を受持し、多く布施を行い、多く福徳の行いを修め、多く父母や沙門・婆羅門、家内の尊長を敬うならば、その時、四天王は法堂の所へ行き、帝釈天に諮問し、世間の事を説いて、こう申し上げます。『善き尊よ、多くの人が八戒を受持し、多くの人が布施を行い、多くの人が福徳の行いを修め、多くの人が父母や沙門・婆羅門、家内の尊長を敬っています。』 その時、忉利天の諸天は四天王の言葉を聞いて、心に歓喜を生じ、このように言います。『これは大変善いことだ、これは正しいことだ。もし人々が多く八戒を受持し、多く布施を行い、多く福徳の行いを修め、多く父母や沙門・婆羅門、家内の尊長を敬うならば、諸天の眷属は日に日に増え、阿修羅の仲間は次第に減っていくだろう。』 比丘たちよ、その時、帝釈天は自らの座る所、天の座る所の中に正しく座り、天たちの心に従って彼らを喜ばせ、偈を説かれました。

「『是月初八日， 十四及十五，并月二十三， 下九及三十，三時十五齋， 受持八分戒，靜心所攝治， 若受持布薩，是人修七法， 當來如我今。』

> 「この月の八日、十四日と十五日、 そして二十三日、月末の九日と三十日、 この三つの時期に十五の斎戒を守り、 八つの戒めを受けて保ちなさい。 心を静めて自らを整え、 布薩の戒を受けて保つならば、 その人は七つの法を修め、 未来にわたしのようになるでしょう。」

「比丘！是釋提桓因偈，是為邪歌，非是善歌，是為邪言，非是善言。云何如此？比丘！是釋提桓因未解脫生、未解脫老、未解脫死、未解脫憂、未解脫悲、未解脫苦、未解脫惱、未解脫五陰。比丘！若有比丘成阿羅呵，滅盡諸漏，修道究竟，正智解脫，盡諸有結，如是比丘，若說此偈，是說善言。

> 比丘よ、この帝釈天の偈は、邪なる歌であり、善き歌ではない。邪なる言葉であり、善き言葉ではない。なぜそう言えるのか？比丘よ、この帝釈天は、生からも、老からも、死からも、憂いからも、悲しみからも、苦しみからも、悩みからも、五蘊からも、まだ解き放たれていないからだ。比丘よ、もし漏れを滅ぼし、道を究め、正しい智慧によって解脱し、すべての生存の束縛を断ち切った阿羅漢たる比丘が、この偈を語るならば、それは善き言葉と言えるのである。

「『是月初八日， 十四及十五，并月二十三， 下九及三十，三時十五齋， 受持八分戒，靜心所攝治， 若受持布薩，是人修七法， 當來如我今。』

> 「この月の八日と、十四日、十五日、 そして二十三日、二十九日、三十日、 この三つの時期の十五の斎日に、 八分戒を受持し、 静かな心で身を治め、 布薩を受持するならば、 その人は七つの法を修め、 未来において、今の私のようになるであろう。」

「比丘！是比丘偈，乃是善歌，非是邪歌，乃是善言，非是邪言。云何如此？是比丘已解脫生、已解脫老、已解脫死、已解脫憂、已解脫悲、已解脫苦、已解脫惱、已解脫五陰。」即說祇夜言：

> 比丘よ、この比丘の偈は、善き歌であり、邪な歌ではない。善き言葉であり、邪な言葉ではない。なぜそう言えるのか？この比丘はすでに生から解き放たれ、老から解き放たれ、死から解き放たれ、憂いから解き放たれ、悲しみから解き放たれ、苦しみから解き放たれ、悩みから解き放たれ、五蘊から解き放たれたからである。

「是四王大臣， 八日巡天下，四天王太子， 十四觀世間，十五時最勝， 四王好名聞，故自行世間， 觀察諸善惡。是時四天王， 上善法堂所，諸天大集會， 奏聞諸善惡。是世間人意， 與道法相應，善尊有多人， 行施受布薩，伏瞋能修道， 男女福增益。是時忉利天， 得信甚歡喜，數數生隨喜， 四大王善說，諸天樂眷屬， 轉轉得增多，願脩羅伴侶， 日日就損減。隨憶念正覺， 法正說聖眾，諸天安樂住， 心常生歡喜。世果出世果， 人道所能得，若依佛法僧， 住於三寶境。我今為汝等， 說三賢善道，若人求真實， 捨惡修行善，無有如是貨， 由少能獲多，如諸忉利天， 行小善生天，帝釋等諸天， 大福德名聞，聚集善法堂， 及諸餘住處。男女善行香， 四王所奏聞，清淨天所愛， 薰習遍諸天。」

> この四天王の大臣たちは、八日に一度天下を巡り、 四天王の太子たちは、十四日に世間を観察します。 十五日は最も勝れた時であり、四天王は良い評判を好むため、 自ら世間を行き、様々な善悪を観察するのです。 その時、四天王は善法堂という所に上り、 多くの天たちが大集会を開き、様々な善悪を奏上します。 この世間の人々の心が、道と法に相応し、 多くの善き尊い人々が布施を行い、布薩を受け、 怒りを抑えて道を修め、男女ともに福が増すならば、 その時、忉利天は信を得て大いに喜び、 繰り返し随喜の心を生じ、四天王の善き説法を称えます。 諸天の楽しい眷属は次第に増え、 阿修羅の伴侶は日々に減っていくことを願います。 正覚を憶念し、法を正しく説く聖なる衆に随い、 諸天は安楽に住し、心には常に歓喜が生まれます。 世間の果報も出世間の果報も、人間の道で得られるもの、 もし仏・法・僧に依り、三宝の境に住するならば。 私は今、あなたがたのために三つの賢い善道を説きます。 もし人が真実を求め、悪を捨てて善を行い修めるならば、 このような宝は他にありません。少ない行いから多くを得るのです。 ちょうど諸々の忉利天のように、小さな善を行って天に生まれ、 帝釈天などの諸天は、大いなる福徳と名声を得て、 善法堂に集い、その他の住処にも及ぶのです。 男女の善き行いの香りは、四天王によって奏上され、 清浄なる天たちに愛され、その薫習は諸天に遍く広がります。

「是諸天子形色不同，衣服亦異，眾寶莊嚴種種差別。善法堂內四色寶華，人華晃曜互相映發。譬如寶舍滿中眾寶，其善法堂可愛如是。云何此堂說為善法？是諸天等聚集其中，多讚嘆佛、多讚嘆法、多讚嘆僧，分別世間邪正之事，宣說種種出世之道。園等諸處無如是事，故名其地為善法堂。」是事佛世尊說。如是我聞。

> これらの天子たちは、姿形もそれぞれ違い、衣服も様々で、数々の宝で飾られ、その装いは多種多様です。善法堂の中には、四色の宝の花が咲き、その輝きが互いに映え合い、照り輝いています。まるで宝の部屋に多くの宝物が満ちているかのようです。善法堂は、まさにそのように愛らしいものです。 なぜこの堂を善法堂と呼ぶのでしょうか。それは、天たちがここに集まり、多くは仏を称え、多くは法を称え、多くは僧を称え、世の中の邪と正とを分け、様々な出世の道を説くからです。他の園や場所にはこのようなことはありません。だからこそ、この地を善法堂と呼ぶのです。 このことは仏世尊が説かれました。このように私は聞きました。

## 立世阿毘曇論卷第二

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