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title: "佛說立世阿毘曇論 · 17 毘沙門城品"
description: "佛說立世阿毘曇論由真諦三藏於南朝陳代譯出，屬阿毘曇類論典。該論以佛教宇宙觀為核心，系統闡述世間與出世間的結構、眾生業力與輪迴關係，並詳釋世界成住壞空過程。其內容融合說一切有部思想，兼具經律論三藏特質，為研究早期佛教宇宙論與哲學體系的重要文獻。該論不僅助益修行者理解因果法則，亦為漢傳阿毘曇學發展奠定基礎，在佛教思想史與典籍傳承中具有承先啟後的地位。"
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### 毘沙門城品第十七

> 毘沙門城品第十七

「北由乾陀山有二頂，中間有國名毘沙門，周圍一千由旬。金城圍繞，高一由旬，埤堄高半由旬，城門高二由旬，門樓一由旬半。十十由旬有一一門，九十九門復一小門，足一百門。是諸門者眾寶所成，摩尼妙寶之所莊嚴，譬如妙好𣰽毺種種雕鏤。是門又有四軍防衛，外有七重寶柵，七重多羅樹之所圍繞。其林中間有諸寶池，相去百弓，種種莊嚴，五種寶花，及四寶船。池岸五種寶樹，乃至四寶堂殿，諸男女天之所住處，並如上說。其城外邊有三重寶塹，其一一塹廣二由旬，深一由旬半，形如壺口，下廣上狹，天水盈滿，並如上說。是塹間地，有諸婇女堂殿羅列。三重塹外，七寶樹林之所圍繞，皆如上說。是時外林，一切諸花開敷鮮榮，諸女天等奏諸音樂，時諸天子從大城出觀聽音樂，諸女天等從大城出亦聽音樂，以是因緣受諸戲樂。城西南角，是毘沙門天王之所住處，周圍二百五十由旬。金城圍繞，高一由旬，埤堄高半由旬，城門高二由旬，門樓一由旬半。十十由旬有一一門，二十四大門復一小門，足二十五門。是諸門者眾寶所成，摩尼妙寶之所莊嚴，譬如妙好𣰽毺種種雕鏤。是門又有四軍防衛。外有七重寶柵，七重寶多羅樹林之所圍繞。其林中間有諸寶池，相去百弓，種種莊嚴，五種寶花，及四寶船。池岸五種寶樹，四寶堂殿，諸男女天之所住處，皆如上說。其城外有三重寶塹，其一一塹廣二由旬，深一由旬半，天水盈滿，並如上說。是塹間地，有諸婇女堂殿羅列。三重塹外，七寶樹林之所圍繞，皆如上說。時外林中，一切諸花開敷鮮榮，諸女天等奏諸音樂，時諸天子從城中出，并諸女天並共觀聽，以是因緣受諸戲樂。是大城內，四邊住處、衢巷市鄽並皆調直。是諸天城，或有住處四相應舍、或有重層尖屋、或有多層高樓、或有臺觀雲聳、或有四周却敵，隨其福德業，眾寶所成，平正端直。是天城路其數五十，四陌相通，行列分明，皆如棊道，四門通達，東西相見。巷巷市鄽寶貨盈滿——一穀米市、二衣服市、三眾香市、四飲食市、五花鬘市、六工巧市、七婬女市——處處並有市官。是諸市中天子天女，往來貿易、商量貴賤、求索增減、稱量料數，具市鄽法。雖作此事，以為戲樂，無取無與、無我所心，脫欲所須，便可提去；若業相應，隨意而取；業不相應，便作是言：『此物奇貴，非我所須。』當四衢道，象馬車兵之所莊嚴。及諸天子止住此處，或為守護、戲樂、莊嚴。市中間路，一切琉璃，軟滑可愛，眾寶莊嚴，亦如北地妙好𣰽毺，龍獸花草，皆如上說。燒香散華、懸諸天衣，亦復如是。復於處處竪立幡幢。天大城內，如是等聲恒無斷絕，所謂象、馬、車、螺等聲、波那婆聲、鼓聲、牟澄伽聲、笳聲、音樂聲。又有聲言：『善來善來。願飲願食，我今供養。』是毘沙門大城，是天子住處，復有天州、天郡、天縣、天村，周匝遍布。此大城中，毘沙門天王之所住處。王領所極，從由乾陀北至鐵圍邊一切夜叉神，是王所領。是毘沙門城，最饒多佉陀尼、蒲闍尼飲食，是故亦名阿羅珂漫陀。」如是義者佛世尊說。如是我聞。

> 北の乾陀山には二つの峰があり、その間に毘沙門という国があります。周囲は一千由旬です。黄金の城壁が巡らされ、高さは一由旬、城壁の上の狭間壁は高さ半由旬、城門の高さは二由旬、門楼は一由旬半です。十由旬ごとに一つの門があり、九十九の大門にさらに一つの小門を加えて、ちょうど百の門となります。これらの門はあらゆる宝で造られ、摩尼の妙宝によって荘厳されており、まるで美しい絨毯にさまざまな彫刻が施されているようです。各門には四軍が守備し、外側には七重の宝の柵があり、七重の多羅樹林が取り囲んでいます。 その林の間には、百弓ごとにさまざまな宝の池があり、五種の宝の花や四種の宝の船で飾られています。池の岸辺には五種の宝の樹木があり、四種の宝で造られた堂殿もあって、男女の天衆が住んでいます。これらはすべて前述の通りです。 城の外側には三重の宝の堀があり、それぞれの堀は幅二由旬、深さ一由旬半で、壺の口のように下が広く上が狭く、天の水が満ちています。これも前述の通りです。堀の間の土地には、多くの婇女たちの堂殿が並んでいます。三重の堀の外側は、七宝の樹林に囲まれています。これもすべて前述の通りです。 その時、外側の林ではすべての花が咲き誇り、女天たちがさまざまな音楽を奏でます。すると、天子たちが大城から出て音楽を聴き、女天たちも大城から出て音楽を聴きます。このような縁によって、彼らはさまざまな遊び楽しみを受けるのです。 城の南西の角は、毘沙門天王の住まいで、周囲は二百五十由旬です。黄金の城壁が巡らされ、高さは一由旬、狭間壁は高さ半由旬、城門の高さは二由旬、門楼は一由旬半です。十由旬ごとに一つの門があり、二十四大門にさらに一つの小門を加えて、ちょうど二十五の門となります。これらの門はあらゆる宝で造られ、摩尼の妙宝によって荘厳されており、まるで美しい絨毯にさまざまな彫刻が施されているようです。各門には四軍が守備し、外側には七重の宝の柵があり、七重の宝の多羅樹林が取り囲んでいます。 その林の間には、百弓ごとにさまざまな宝の池があり、五種の宝の花や四種の宝の船で飾られています。池の岸辺には五種の宝の樹木があり、四種の宝で造られた堂殿もあって、男女の天衆が住んでいます。これらはすべて前述の通りです。 城の外側には三重の宝の堀があり、それぞれの堀は幅二由旬、深さ一由旬半で、天の水が満ちています。これも前述の通りです。堀の間の土地には、多くの婇女たちの堂殿が並んでいます。三重の堀の外側は、七宝の樹林に囲まれています。これもすべて前述の通りです。 その時、外側の林ではすべての花が咲き誇り、女天たちがさまざまな音楽を奏でます。すると、天子たちが城中から出て、女天たちと共に音楽を聴きます。このような縁によって、彼らはさまざまな遊び楽しみを受けるのです。 この大城の内側では、四方の住まいや通り、市場の並びはすべて整然と真っ直ぐです。これらの天の城には、四つの部屋が調和した住まいや、重層の尖った屋根の家、多層の高楼、雲を突くほどの高殿、四方に張り出した見張り台などがあり、それぞれの福徳の業に応じて、あらゆる宝で造られ、平らで端正で真っ直ぐです。 この天の城の通りは五十本あり、四方に通じ、列が整然と碁盤の目のようで、四つの門から出入りができ、東西が互いに見渡せます。通りごとの市場には宝の品々が満ちあふれています――第一に穀物の市、第二に衣服の市、第三に種々の香の市、第四に飲食の市、第五に花鬘の市、第六に工芸品の市、第七に遊女の市――それぞれの場所に市の役人がいます。これらの市中では、天子や天女たちが行き来し、取引をし、値段の高低を話し合い、求めたり値引きを求めたり、量や数を計り、市場の決まりごとをすべて行います。彼らはこのようなことをしても、遊び楽しみとして行い、取ることも与えることもなく、「我がもの」という心はありません。もし欲しいものがあれば、ただ手に取って去ればよいのです。もし業に応じていれば、思いのままに取ります。業に応じていなければ、こう言います：『この品は妙に高い。私には必要ない』と。 四つ辻には、象や馬、車、兵士たちの装飾があり、また多くの天子たちがここに留まり、守護や遊楽、荘厳のためにいます。市場の間の道はすべて瑠璃でできており、柔らかく滑らかで愛らしく、あらゆる宝で飾られており、北の地の美しい絨毯のようで、龍や獣、草花の模様も前述の通りです。香を焚き、花を散らし、天の衣を掛けることも同様です。また、あちこちに幡や幢が立てられています。 天の大城の中では、このような音が絶えることなく響き渡っています。すなわち、象や馬、車、法螺などの音、波那婆の音、太鼓の音、牟澄伽の音、笳の音、音楽の音です。また、こういう声も聞こえます：『よく来た、よく来た。どうぞ飲んでください、食べてください。私は今、供養いたします』と。 この毘沙門の大城は、天子たちの住まいであり、また天の州、天の郡、天の県、天の村が周りに広がっています。この大城の中に、毘沙門天王の住まいがあります。王の領地は、乾陀山の北から鉄囲山の辺りまでのすべての夜叉神を治めています。この毘沙門の城は、最も多くの佉陀尼や蒲闍尼の飲食に恵まれているので、阿羅珂漫陀とも呼ばれます。 このような意味のことを、仏世尊は説かれました。このように私は聞きました。

## 立世阿毘曇論卷第四

> 立世阿毘曇論 第四巻