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title: "佛說立世阿毘曇論 · 8 阿毘止地獄"
description: "佛說立世阿毘曇論由真諦三藏於南朝陳代譯出，屬阿毘曇類論典。該論以佛教宇宙觀為核心，系統闡述世間與出世間的結構、眾生業力與輪迴關係，並詳釋世界成住壞空過程。其內容融合說一切有部思想，兼具經律論三藏特質，為研究早期佛教宇宙論與哲學體系的重要文獻。該論不僅助益修行者理解因果法則，亦為漢傳阿毘曇學發展奠定基礎，在佛教思想史與典籍傳承中具有承先啟後的地位。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcwz7lvo021pjl04hg5z8htm"
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### 第八阿毘止地獄品

> 第八阿毘止地獄の章

「復有地獄名阿毘止，其相猶如大城，一切皆是赤鐵，晝夜燒燃恒發光炎。是獄東壁一切赤鐵，晝夜燒燃恒出火炎。西、南、北壁上、下並燃，東壁火炎交徹西壁、西壁火炎亦徹東壁，南火徹北、北火徹南，上火徹下、下火徹上，四方火炎遍滿獄中。是中罪人無量千數，重沓受燒猶如樵𧂐。中有罪人，由此惡業上上品故，身體長大虛踈柔軟，更相蹙逼身首低垂，不能行走絕四威儀。有諸罪人由此宿業下中品故，恒求出離周章漫走。或有時節，是大地獄東門自開，是諸罪人咸唱門開，競走求出，未至門邊，門自還閉。是時西門更復開闢，南門北門亦復自開，是諸罪人唱云門開，疾走向門，未至門所，門已自閉。是中罪人受此無間地獄大苦，難可堪忍，極堅極強最為痛劇，乃至惡業受報未盡求死不得。昔行何業受此果報？昔在人中，或殺母、殺父、殺阿羅漢、起殺害心出佛身血、破和合僧；或復其母已是聖人，生於婬逼；殺正定聚人，或殺菩薩眾生，或破壞如來四種支提，或劫奪聚集因緣四方僧物，或行殺生、偷盜、邪婬、妄語、兩舌、惡口、綺語、貪愛、瞋恚、邪見等最極上品，隨其一二乃至具足，以此惡行於中受生；復有種種諸惡業報於彼中生，復次諸增上業感彼中生。彼中生已，受用種種不善業報。云何此獄名阿毘止？彼中罪人，恒常受苦無有間息。最上上品餘地獄苦則不如此。何以故？餘地獄中，獄卒或時來或時不來，或由冷風大苦暫息。此地獄中則不如是，從始至終受上上品苦，難可堪忍，極堅極強最為痛劇。此中罪人壽命一劫，乃至半劫乃至不定。譬如鑪冶，竟日燒鐵星炎沸涌，燒罪人身亦復如是，故說名阿毘止。又復自性亦名阿毘止。」重說偈言：

> 「また、阿毘止（無間地獄）という地獄がある。その様相は大きな城のようであり、すべてが赤い鉄でできていて、昼夜焼け続け、常に炎の光を放っている。この地獄の東の壁はすべて赤い鉄で、昼夜焼け続けて常に火炎を放つ。西、南、北の壁も、上下ともに燃え盛っている。東の壁の火炎は西の壁にまで届き、西の壁の火炎も東の壁に届く。南の火炎は北に、北の火炎は南に届き、上の火炎は下に、下の火炎は上に届く。四方の火炎が地獄中に満ちている。 この中で罪人は、無数にいて、重なり合って焼かれる様子は、薪が積み重なっているかのようである。中には、この悪業が最上最上の品（極めて重い）であるために、身体が大きくて、中が空っぽで柔らかく、互いに押し合いへし合い、頭を垂れ、歩くこともできず、四つの威儀（行住坐臥）もまったく失ってしまう者もいる。また、ある罪人は、前世の業が下の真ん中の品（やや軽い）であるために、常に逃れ出ようとしてあちこちを慌てて走り回る。 時折、この大地獄の東の門が自ら開くことがある。すると罪人たちは「門が開いた」と叫び、我先に逃げ出そうと走るが、門のところに着く前に、門は自ら閉じてしまう。その時、西の門がまた開き、南の門や北の門も自ら開く。罪人たちは「門が開いた」と叫び、急いで門に走るが、門のところに達しないうちに、門はすでに自ら閉じてしまう。この中の罪人は、この無間地獄の大苦を受け、耐え難く、極めて強固で、最も激しい痛みを味わう。悪業の報いを受け尽くさない限り、死のうとしても死ねない。 どのような業を過去に行った結果、このような果報を受けるのか。昔、人であった時に、母を殺し、父を殺し、阿羅漢を殺し、殺害の心を起こして仏の身体から血を出させ、和合僧を破った。あるいは、その母がすでに聖人であるのに、淫欲によって迫った。正定聚の人を殺し、菩薩の衆生を殺し、如来の四種の支提（塔）を破壊し、あるいは様々な因縁で集められた四方の僧物を奪い取った。または、殺生、盗み、邪淫、妄語、両舌、悪口、綺語、貪愛、瞋恚、邪見などを、最も極端な上品に行い、その内の一つから全てに至るまでを行った。これらの悪行によって、ここに生まれるのである。さらに、種々の悪業の報いによって、そこに生まれ、また種々の増上業（強い力を持つ業）が感じられて、そこに生まれる。そこに生まれた後は、様々な不善の業報を受けるのである。 なぜこの地獄を阿毘止（無間地獄）というのか。その中の罪人は、絶え間なく、常に苦しみを受けるからである。最上最上の品の苦しみであり、他の地獄の苦しみはこのようではない。なぜかというと、他の地獄では、獄卒が来る時と来ない時があり、あるいは冷たい風によって大きな苦しみが一時的に休まることがある。しかしこの地獄では、そうではない。始めから終わりまで、上上品の苦しみを受け、耐え難く、極めて強固で、最も激しい痛みである。この中の罪人の寿命は一劫、あるいは半劫、または不定である。例えば、炉で一日中鉄を焼けば、火花が沸き立つように湧くが、罪人の身体を焼くのもまた同じである。それゆえに阿毘止（無間地獄）という。また、その自性（本質）自体も阿毘止（無間）と名付けるのである。」 重ねて偈（詩）で説かれた。

「阿毘止地獄， 一向最劇苦，晝夜火燒燃， 光炎聚遍滿。譬如一日燒， 鐵鑊出光炎，如是阿毘止， 一切火光徹。是中罪人身， 猶如大火聚，汝等看業力， 由此不灰炭。或時見門開， 爭競走馳出，來至門已閉， 宿業未盡故。如天受樂人， 求生不求死，此中受苦者， 求死不求生。如來人天師， 如實見是已，故說阿毘止， 造惡人住處。」

> 「阿毘地獄は、最も過酷な苦しみの場所、 昼夜燃え続ける炎が、光と熱を満ち溢れさせる。 例えれば、一日中焼かれた鉄の鍋が炎を放つように、 この阿毘地獄も、すべてを火の光で照らし出す。 そこにいる罪人の身体は、まるで大きな火の塊のよう。 見よ、業の力を。それでも、灰にならずにいるのだから。 時に門が開くのを見て、我先に走り出ようとするが、 門のところまで来ると閉ざされてしまう。過去の業が尽きていないからだ。 天に生まれ楽しむ者は、生を求め死を望まないが、 この地獄で苦しむ者は、生を望まず死を求める。 如来は、人々と天人の師として、このことをありのままに見た。 ゆえに説かれたのだ、阿毘地獄は、悪をなす者の住処であると。」

阿毘止品究竟。

> 阿毘止の章、ここに終わる。