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title: "佛說立世阿毘曇論 · 25 大三災品"
description: "佛說立世阿毘曇論由真諦三藏於南朝陳代譯出，屬阿毘曇類論典。該論以佛教宇宙觀為核心，系統闡述世間與出世間的結構、眾生業力與輪迴關係，並詳釋世界成住壞空過程。其內容融合說一切有部思想，兼具經律論三藏特質，為研究早期佛教宇宙論與哲學體系的重要文獻。該論不僅助益修行者理解因果法則，亦為漢傳阿毘曇學發展奠定基礎，在佛教思想史與典籍傳承中具有承先啟後的地位。"
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## 佛說立世阿毘曇論卷第十

> 仏説立世アビダルマ論 巻第十

陳西印度三藏真諦譯

> 陳西印度三蔵真諦訳

### 大三災火災品第二十五

> 第二十五 大三災・火災の章

佛世尊說：「一小劫者名為一劫，二十小劫亦名一劫，四十小劫亦名一劫，六十小劫亦名一劫，八十小劫名一大劫。云何一小劫名為一劫？是時提婆達多比丘，住地獄中受熟果報，佛世尊說住壽一劫，如是一小劫名劫。云何二十小劫亦名一劫？如梵先行天二十小劫是其壽量，是諸梵天佛說住壽一劫，如是二十小劫亦名一劫。云何四十小劫名為一劫？如梵眾天壽量四十小劫，佛說住壽一劫，如是四十小劫亦名一劫。云何六十小劫名為一劫？如大梵天壽量六十劫，佛說住壽一劫，如是六十小劫亦名一劫。云何八十小劫名一大劫？佛說劫中世界散壞，劫中世界散壞已住，劫中世界起成，劫中世界起成已住。阿僧祇時名劫，世界散壞；阿僧祇時名劫，世界散壞已住；阿僧祇時名劫，世界起成；阿僧祇時名劫，世界起成已住。散壞有三因：一因火散壞、二因水散壞、三因風散壞。」如是佛世尊說：「比丘！散壞因有三種：一火散壞、二水散壞、三風散壞。比丘！散壞頂有三：一勝遍光天、二遍淨天、三廣果天。」

> 釈尊はこうお説きになりました。 「一つの小劫を『一劫』と呼び、二十小劫もまた『一劫』と呼び、四十小劫も『一劫』、六十小劫も『一劫』、そして八十小劫を『一大劫』と呼ぶ。 では、なぜ一つの小劫を『一劫』と言うのか。それは、提婆達多（だいばだった）比丘が地獄にいて、その業報の果を受けている間、釈尊は『彼は一劫の間、寿命を保つ』と説かれたからである。このように、一つの小劫が劫とされる。 では、なぜ二十小劫もまた『一劫』と言うのか。それは、梵先行天（ぼんせんぎょうてん）の寿命が二十小劫であり、釈尊は『それらの梵天は一劫の間、寿命を保つ』と説かれたからである。このように、二十小劫も劫とされる。 では、なぜ四十小劫を『一劫』と言うのか。それは、梵衆天（ぼんしゅうてん）の寿命が四十小劫であり、釈尊は『一劫の間、寿命を保つ』と説かれたからである。このように、四十小劫も劫とされる。 では、なぜ六十小劫を『一劫』と言うのか。それは、大梵天（だいぼんてん）の寿命が六十劫であり、釈尊は『一劫の間、寿命を保つ』と説かれたからである。このように、六十小劫も劫とされる。 では、なぜ八十小劫を『一大劫』と言うのか。釈尊はこう説かれた。『劫の中で、世界は崩壊する。崩壊した後、しばらくそのままの状態が続く。そして世界は新たに形成され、形成された後もしばらくそのままの状態が続く。』 つまり、計り知れないほどの時間（阿僧祇）を一つの劫として、世界は崩壊する。また、計り知れない時間を劫として、崩壊した世界はそのまま留まる。さらに、計り知れない時間を劫として、世界は新たに形成される。そして、計り知れない時間を劫として、形成された世界はそのまま留まるのである。 この世界の崩壊には三つの原因がある。第一に火による崩壊、第二に水による崩壊、第三に風による崩壊である。」 このように、釈尊はお説きになりました。 「比丘たちよ、崩壊の原因は三つある。すなわち、火による崩壊、水による崩壊、風による崩壊である。比丘たちよ、崩壊が及ぶ最高の天界も三つある。第一に勝遍光天（しょうへんこうてん）、第二に遍浄天（へんじょうてん）、第三に広果天（こうかてん）である。」

復次佛世尊說：「比丘！散壞頂有三種：一勝遍光天、二遍淨天、三廣果天。云何勝遍光天乃至遍淨及廣果天為三散壞頂？比丘！火災散壞時，一切下界眾生修第二禪，上生勝遍光天。水災散壞時，一切下地眾生修第三禪，上生遍淨天。風災散壞時，一切下地眾生修第四禪，上生廣果天。」佛說：「火災散壞是由勝遍光天散壞，水災散壞由遍淨天散壞，風災散壞由廣果天散壞。復次比丘！散壞有二：一者眾生世界散壞、二者器世界散壞。十小劫中眾生世界散壞，次十小劫器世界散壞。」佛告：「比丘！散壞初起時，勝遍光散壞時因第二禪，是時一切剡浮提人壽命八十千年，是時女人年五百歲爾乃行嫁。是時諸人唯有七病，謂大小便利、寒、熱、婬欲心、飢、老。如是時中，一切國土富貴豐樂，無怨賊及以盜竊，州郡縣邑人民村落，更相次比鷄鳴相聞，耕種雖少收實巨多。是時諸人受功用果少，用宿世善業果多，舍宅車乘衣服財寶，生生之資稱意具足。是時兩界減沒：一瞋恚界、二逼惱意界。兩界起長：一者無瞋恚界、二無逼惱意界。是時諸人減離十惡，修行十善，安坐受樂無所馳求，或聚亭館或依息舍，或大集處或遊樹下，說如是傳各宣辭辯：『昔時諸人生劫濁世，因五欲塵貪欲增上故，或父母兒子互相鬪諍，兄弟姊妹、親友眷屬自相鬪打，何況他人？是時諸人起諍以後仍相手舞，或以瓦石、或以杖拍，次及刀杖互相怖畏乃至殺害。因此五塵起種種惡，是故五塵宜應棄捨。』如是憎惡訶責欲塵，種種顯說五塵過失。是時諸人思惟五塵過患及下界躁擾，觀無覺觀定微妙功德，修習二禪，捨壽命後，上生勝遍光天。是時欲界諸天變身似犀，晝夜各三時行於世界，宣令此言：『善男子善女人！無覺觀定最為妙樂，是故汝等修行於此中住。』是時人初夜後夜聞此言已，歡喜踊躍，捨餘雜事攝心坐禪，觀欲塵過失，觀無覺觀定有大功德，即得二禪，捨壽命後，上生勝遍光天。是時有人，常悅樂他人以為事業，或歌或舞相㩌跳擲，或輪刀舞仗，或擊鼓吹箎，或唱更讚頌，或嚴飾他身。如是人等作歌詩傳：『昔時諸人生劫濁世，因五欲塵貪欲增上故，或父母兒子互相鬪諍，兄弟姊妹、親友眷屬自相鬪打，何況他人？是時諸人起諍已後仍相手舞，或以石瓦、或以杖拍，次及刀杖互相怖畏乃至殺害。因此五塵起種種惡，是故五塵宜應棄捨。』如是憎惡呵責欲塵，種種顯說五塵過失。是時諸人思惟五塵過患及下界躁擾，觀無覺觀定微妙功德，修習二禪，捨壽命後，上生勝遍光天。是時諸天從勝遍光天下，行於世界隱蔽身形，宣令此言：『善男子善女人！無覺觀定妙樂寂靜，是故汝等修行於此中住。』是時諸人初夜後夜等聞天聲言，歡喜踊躍起信樂心，一切居家村邑郡州乃至大國土人，起精進心，觀下界欲塵過失，觀二禪功德，修習二禪，捨壽命後，上生勝遍光天。是時有出家外道，教化一切居家村邑郡州乃至大國土人，悉使出家，有無數眷屬之所圍遶，次第遊行周遍國土，其所宣說與上相應：『昔時諸人生劫濁世，因五欲塵貪欲增上故，或父母兒子互相鬪諍，兄弟姊妹、親友眷屬自相鬪打，何況他人？是時諸人起鬪諍後而相手舞，或以石瓦、或以杖拍，次及刀杖互相怖畏乃至殺害。因此五塵起種種惡，是故五塵宜應棄捨。』如是憎惡訶責欲塵，顯說五塵過失。是時諸人思惟五塵過患及下界躁擾，觀無覺觀定微妙功德，修習二禪，捨壽命後，上生勝遍光天。

> また、仏陀は比丘たちにこう説かれました。 「比丘よ、世界が壊れていく様子には三つの頂点がある。第一に光音天（こうおんてん）、第二に遍浄天（へんじょうてん）、第三に広果天（こうかてん）である。どうしてこの三つが世界崩壊の頂点と言われるのか。 比丘よ、火災によって世界が壊れる時、下の世界のすべての衆生は第二禅（だいぜん）を修めて光音天に生まれ変わる。水災によって世界が壊れる時、下の世界のすべての衆生は第三禅を修めて遍浄天に生まれ変わる。風災によって世界が壊れる時、下の世界のすべての衆生は第四禅を修めて広果天に生まれ変わる。」 仏陀は説かれました。 「火災による崩壊は光音天の崩壊に至り、水災による崩壊は遍浄天の崩壊に至り、風災による崩壊は広果天の崩壊に至る。さらに比丘よ、崩壊には二種類ある。一つは生きとし生けるものの世界の崩壊、二つ目は物質的な世界の崩壊である。十小劫（じゅうしょうごう）の間、生きとし生けるものの世界が崩壊し、続く十小劫の間、物質的な世界が崩壊する。」 仏陀は告げられました。 「比丘よ、崩壊が始まる最初の時、光音天の崩壊が第二禅によって起こる時、人間界の寿命は八万年であった。当時、女性は五百歳で結婚した。人々には七つの病しかなかった。すなわち、大小便、寒さ、暑さ、欲望、飢え、老いである。その時代、すべての国は豊かで平和であり、恨みや盗人もなく、村々は近くにあり、鶏の声が互いに聞こえ合い、耕すことは少なくても収穫は非常に多かった。人々は前世の善行の報いによって、家や乗り物、衣服、財宝など、生活に必要なものすべてが満ち足りていた。 この時、二つの世界が消えていった。一つは怒りの世界、二つ目は苦しみの世界である。そして二つの世界が現れた。一つは怒りのない世界、二つ目は苦しみのない世界である。人々は十の悪行を離れ、十の善行を実践し、静かに座って楽しみ、あちこちを求め歩くことはなかった。ある者は亭や館に集まり、あるいは休息所に集まり、大きな集会所や木陰に集まって、こんな話を語り合った。 『昔の人々は劫濁（ごうじょく）の世に生き、五つの欲望のために貪欲が増し、親子で争い、兄弟姉妹や親戚が互いに打ち合い、ましてや他人同士はなおさらであった。争いが起きると、まず手で打ち合い、次に瓦や石、杖を使い、やがて刀や武器で互いに脅し合い、殺し合いにまで至った。この五つの欲望が様々な悪を生むのだ。だからこそ、これらの欲望は捨てるべきだ。』 こうして人々は欲望を嫌い、その過ちを様々に説いた。その時、人々は五つの欲望の過ちと下の世界の騒がしさを考えるようになり、思考や判断を超えた静けさ（無覚観定）の素晴らしさを観じて、第二禅を修め、命を終えると光音天に生まれ変わった。 その時、欲界の天人たちは犀のように姿を変え、昼夜に三度ずつ世界を巡ってこう宣言した。 『善き人々よ、思考や判断を超えた静けさこそ、最も素晴らしい喜びである。だからこそ、あなた方はこれを行じ、そこに留まりなさい。』 人々は夜の初めと終わりにこの言葉を聞いて、歓喜し踊り、他の雑事を捨てて心を静めて坐禅し、欲望の過ちと、思考を超えた静けさの大きな功徳を観じて、第二禅を得て、命を終えると光音天に生まれ変わった。 またある人々は、歌や踊り、拍手や跳躍、刀や杖を回すこと、太鼓や笛を鳴らすこと、賛美歌を歌うこと、他人を飾ることなどを職業としていた。彼らもまた詩歌を作ってこう伝えた。 『昔の人々は劫濁の世に生き、五つの欲望のために貪欲が増し、親子で争い、兄弟姉妹や親戚が互いに打ち合い、ましてや他人同士はなおさらであった。争いが起きると、まず手で打ち合い、次に瓦や石、杖を使い、やがて刀や武器で互いに脅し合い、殺し合いにまで至った。この五つの欲望が様々な悪を生むのだ。だからこそ、これらの欲望は捨てるべきだ。』 こうして人々は欲望を嫌い、その過ちを様々に説いた。その時、人々は五つの欲望の過ちと下の世界の騒がしさを考えるようになり、思考や判断を超えた静けさの素晴らしさを観じて、第二禅を修め、命を終えると光音天に生まれ変わった。 その時、天の神々は光音天から世界に降りて、姿を隠しながらこう宣言した。 『善き人々よ、思考や判断を超えた静けさは、素晴らしい喜びであり静けさである。だからこそ、あなた方はこれを行じ、そこに留まりなさい。』 人々は夜の初めと終わりに天の声を聞き、歓喜し踊り、信仰の心を起こした。すべての家、村、町、国中の人々が努力の心を起こし、下の世界の欲望の過ちを観じ、第二禅の功徳を観じて第二禅を修め、命を終えると光音天に生まれ変わった。 その時、出家した修行者たちがいて、すべての家や村、町、国中の人々を教化し、皆を出家させた。無数の弟子たちに囲まれ、国中を巡り歩きながら、彼らもまた同じように説いた。 『昔の人々は劫濁の世に生き、五つの欲望のために貪欲が増し、親子で争い、兄弟姉妹や親戚が互いに打ち合い、ましてや他人同士はなおさらであった。争いが起きると、まず手で打ち合い、次に瓦や石、杖を使い、やがて刀や武器で互いに脅し合い、殺し合いにまで至った。この五つの欲望が様々な悪を生むのだ。だからこそ、これらの欲望は捨てるべきだ。』 こうして彼らも欲望を嫌い、その過ちを詳しく説いた。その時、人々は五つの欲望の過ちと下の世界の騒がしさを考え、思考や判断を超えた静けさの素晴らしい功徳を観じて第二禅を修め、命を終えると光音天に生まれ変わった。」

「時諸眾生在地獄中作是思惟：『我等昔時作種種不善惡業，是故我今來此受苦。』由此意故，不於獄卒生瞋怨心。時地獄眾生無瞋恚界、無逼惱意界，自然生長增足善心，由於宿世後報善業，捨地獄壽生人道中。既生人已，思惟欲塵過患，觀二禪功德，修習二禪。捨壽命後，上生勝遍光天。時有眾生墮地獄中，仍為獄卒，作是思惟：『我等因自惡業來此受生，是諸罪人亦因惡業來此受苦。我今云何於他眾生而起殘害？』即生無瞋恚界、無逼惱意界，自然生長增足善心。由於宿世後報善業，捨壽命已得生人中。生人中已，思惟五塵過患，觀二禪功德，修習二禪，捨壽命後，上生勝遍光天。

> その時、地獄の衆生はこう考えました。 「我々はかつて、さまざまな不善の悪業を犯した。だからこそ、今ここで苦しみを受けているのだ。」 この思いから、彼らは獄卒に対して怒りや恨みの心を起こしませんでした。 地獄の衆生には、怒りの心も、相手を苦しめようとする心もなく、自然に善心が育ち、強まっていきました。 前世の後に報いが現れる善業の力によって、地獄の寿命を終え、人間の世界に生まれ変わりました。 人間に生まれた後、彼らは欲望の対象（五欲）の過ちについて考え、第二禅定の功徳を観察し、第二禅定を修めました。 寿命を終えると、さらに上の「勝遍光天」に生まれました。 また、ある時、地獄に堕ちた者が、なおも獄卒としてこう考えました。 「我々は自らの悪業によって、ここに生を受けた。これらの罪人たちも、悪業によってここで苦しみを受けている。今、私はどうして他の生き物に対して害を加えることができようか。」 すると、怒りの心も、相手を苦しめようとする心もなくなり、自然に善心が育ち、強まっていきました。 前世の後に報いが現れる善業の力によって、寿命を終えると人間の世界に生まれました。 人間に生まれた後、彼らは五つの感覚の対象（五塵）の過ちについて考え、第二禅定の功徳を観察し、第二禅定を修めました。 寿命を終えると、さらに上の「勝遍光天」に生まれました。

「時有水產眾生黿、鼉、魚、龜之屬，皆生慈心不相吞噬，唯食水苔及以草土，自然死者方取食之，乃可餓死不欲害他自食，無瞋恚界、無逼惱意界。是時生長生諸善心、生愛念心。由於宿世後報善業，捨壽命後生於人中。生人中已，思惟五塵過患及下界躁擾，觀無覺觀定微妙功德，修習二禪，捨壽命後，上生勝遍光天。

> その時、水の中の生き物たち——鼉（大ワニ）、魚、亀などの類は、みな慈悲の心を生じ、互いに食べ合うことをしなかった。ただ水苔や草、土だけを食べ、自然に死んだものだけを取って食べた。たとえ餓え死にそうになっても、他のものを害して自らを養おうとは思わなかった。そこには怒りの心や、他のものを苦しめようとする心は全くなかった。 その時、彼らは長く生きるための善い心や、愛し想う心を育てた。前世の後の報いとしての善業によって、命を終えた後、人間の世界に生まれた。 人間の世界に生まれてからは、五つの感覚の対象（五塵）の過ちや、下の世界の騒がしさを考え、思考や考察のない禅定（無尋無伺定）の微妙な功徳を観じ、第二禅の修行をした。命を終えた後、勝れた遍く光る天（勝遍光天）に生まれた。

「復有陸行眾生，師子、虎狼、豺豹、猫狸之屬，並生慈心不相食噉，飢食嫩草渴飲清泉，有自死者方食其肉，寧可餓死不欲殺他自濟，無瞋恚界、無逼惱意界。是時生諸善心、生愛念心，由於宿世後報善業，捨壽命後生於人中。生人中已，思惟五塵過失及下界躁擾，觀無覺觀定微妙功德，修習二禪，捨壽命後，上生勝遍光天。

> また、陸を歩む生き物たち——獅子、虎、狼、豹、山猫、猫などの仲間も、互いに慈しみの心を抱き、食べ合うことがなくなりました。飢えれば柔らかな草を食べ、渇けば清らかな泉を飲み、自ら死んだものがあればその肉を食すのみで、餓え死にしようとも他を殺して自らを養うことを望みません。そこには怒りの心も、他を苦しめようとする思いもありません。 この時、彼らは善い心や愛情の念を生じました。過去世における善行の報いにより、命を終えた後には人間に生まれます。人間に生まれた後は、五つの感覚の対象（五塵）の過ちや、下の世界の騒がしさを考え、思考や観察のない禅定（無覚観定）の微妙な功徳を観じて、第二禅の修行を積みます。命を終えた後は、さらに上なる勝遍光天に生まれます。

「一切餓鬼道更相愛念，悉能生善，並如前說，捨壽以後得生人中。生人中已，思惟五塵過失，觀無覺觀定，修習二禪，捨壽命後，上生勝遍光天；阿脩羅道，亦復如是。

> あらゆる餓鬼道の者たちも互いに思いやり、善を生じるようになります。先に述べた通り、命を終えた後には人間の世界に生まれ変わります。人間に生まれた後は、五つの感覚の過ちを思惟し、無覚観定を観じ、二つの禅定を修め、命を終えた後には勝遍光天に生まれ変わります。阿修羅道もまた、これと同じです。

「時西瞿耶尼人，有於彼土修習二禪，若在彼得二禪，從彼上生勝遍光天。若來剡浮提受生得二禪者，亦上生勝遍光天。東毘提訶人，或在彼修習二禪，彼從上生二禪天處；若來剡浮提修習二禪，仍從此上生第二天處。北欝單越人，捨壽命後上生六欲天，或在天道修習二禪上生二禪，或從六欲天生剡浮提修習二禪，亦生勝遍光天。是時四大天王天、三十三天、夜摩天、兜率陀天、化樂天、他化自在天、梵先行天、梵眾天，或在此等天中修習二禪，捨壽命已生勝遍光天；或從天道來生剡浮提修習二禪，亦上生勝遍光天。比丘！是時一切地獄皆悉空虛，一切畜生道亦皆空虛，一切鬼神道亦復空虛，一切阿修羅道亦復空虛；西瞿耶尼、南剡浮提、東毘提訶、北欝單越並皆空虛；四天王天、三十三天、夜摩天、兜率陀天、化樂天、他化自在天、梵先行天、梵眾天並皆空虛：是時一千世界中一切眾生悉皆空盡，唯大梵王在。如是因緣如是次第，一切眾生世界皆悉散盡。如是時中十小劫已度。

> 時に、西の瞿耶尼の人々は、その地で第二禅を修行し、もしそこで第二禅を得れば、そこから勝遍光天に生まれ変わった。東の毘提訶の人々は、あるいはその地で第二禅を修行し、そこから第二禅の天処に生まれ変わった。もし閻浮提に来て第二禅を修行しても、やはりここから第二の天処に生まれ変わった。北の欝単越の人々は、寿命を終えた後に六欲天に生まれ変わり、あるいは天道で第二禅を修行して第二禅に生まれ変わり、あるいは六欲天から閻浮提に生まれて第二禅を修行し、勝遍光天に生まれた。また、四大天王天、三十三天、夜摩天、兜率陀天、化楽天、他化自在天、梵先行天、梵衆天において、あるいはこれらの天で第二禅を修行し、寿命を終えた後に勝遍光天に生まれ変わった。あるいは天道から閻浮提に生まれて第二禅を修行し、やはり勝遍光天に生まれた。 比丘よ、その時、すべての地獄はことごとく空となり、すべての畜生道もまたことごとく空となり、すべての鬼神道もまたことごとく空となり、すべての阿修羅道もまたことごとく空となった。西の瞿耶尼、南の閻浮提、東の毘提訶、北の欝単越もまた、すべてが空となった。四天王天、三十三天、夜摩天、兜率陀天、化楽天、他化自在天、梵先行天、梵衆天もまた、すべてが空となった。その時、一千世界の中のすべての衆生は、ことごとく尽きて空となり、ただ大梵王だけが残った。このような因縁、このような次第によって、すべての衆生の世界はことごとく散り尽くした。この時の中に、十の小劫がすでに過ぎ去ったのである。

「比丘！是時第二器世界散壞來續，四大散壞、火災散壞。是時中久久時節，天不降雨一滴不落。久不雨已，剡浮提中卉木藥草、一切種子一時焦枯，次第燒盡無復更生。比丘！一切有為法如是無常、如是不恒，非安息處，短促、變異、破壞，非能救濟、非實依處、非依蔭處。比丘！以是義故，有為之法甚可厭患，應當離欲、應當棄捨。比丘！過久長時，有如此時有第二日出，於世間輪相熱明倍於舊日。由此日故，剡浮提中一切池沼及小江湖，並皆涸竭無復更有。比丘！一切有為法如是無常，具如前說，乃至應當棄捨。比丘！復次過久長時，有如此時有第三日次出，於世輪相熱明倍第二日。由此日故，剡浮提中深大江湖，並皆涸竭無復更有。比丘！一切有為法如是無常，具如上說，乃至應當棄捨。比丘！過久長時，次第四日復出，於世輪相熱明倍第三日。由此日故，剡浮提中阿那婆達池、漫陀耆尼池、七林間河及四大河，如是等處最大最深流波迅疾與海相會，並皆涸竭無復更有。比丘！一切有為法如是無常，具如前說，乃至應當棄捨。比丘！過久長時，次第五日復出，於世輪相熱明倍第四日。由此日故，內外海水減一百由旬，次減二百、三百、四百乃至千由旬海水減耗，次減二千、三千、四千乃至一萬，次減二萬乃至六萬由旬，水界悉減。比丘！有如是時所餘海水，深七多羅或六多羅，或五、或四、或三、或二、或深一多羅。比丘！有如此時所餘海水，或深七尋，如是次減乃至一尋。比丘！有如此時所餘海水，纔至人頸或腋，或胸、腰、臍、膝、脛、踝。比丘！有如此時，所餘海水不沒指節。比丘！一切有為法如是無常，具如前說，乃至應捨。比丘！過久長時，次第六日復出，於世輪相熱明倍第五日。由此日故，世界大地內外大海及須彌山王，初時出烟，烟聚遍覆。譬如陶竈初時出烟，烟聚所覆；大地大海及須彌山由第六日烟聚所覆，亦復如是。比丘！一切有為法如是無常，具如前說，乃至應當棄捨。比丘！過久長時，次第七日復出，於世輪相熱明倍第六日。由此日故，世界大地內外大海及須彌山王，皆發火焰，俱時洞然通成一焰，經久長時停住不滅。比丘！是須彌山王，大火所燒通成一焰，久長時然，其頂方百由旬皆悉崩碎，或二百、三百乃至一千由旬，墮落崩燼亦復如是。是時外四大中，一切火自然而發，世界天地燒熱出焰成一火性，以其熱勢吸下水輪。譬如銅槃火所燒熱，置淺水中吸水都盡；世界大地成一火性，吸下水輪亦復如是。譬如蘇油為火所燒，一皆消盡無復灰燼；如是大地內外大海及須彌山王，皆發火焰俱時洞然，通成一焰一切燒盡，無有炭灰亦復如是。爾時地輪並皆沒盡，水風二輪亦皆燒滅。其火焰上從水輪起，乃至大梵王處。是時大梵捨其壽命及以住處，上生勝遍光天。是時大梵宮殿地，廣大周圓光明可愛，觀者無厭，其色純白微細淨潔，一時燒盡不復更有。梵王所住地本來法然，所以由火等得滅如是多時，一切外器世界散壞都盡如是多時。經二十小劫已度，復次二十小劫來續，是中一千世界處所，空無所有猶如暗穴，上無覆蓋，空住二十小劫。」

> 「比丘たちよ、その第二の器世界が崩壊し始めた時、四大元素は散り乱れ、大火による壊滅が起こりました。その時、長い長い時が過ぎる中で、天からは一滴の雨も降らず、一切の雨が止みました。長く雨が降らなかったため、閻浮提（えんぶだい）の草木や薬草、あらゆる種は一斉に枯れ果て、次々と燃え尽きて再び生えることはなくなりました。比丘たちよ、すべての形成されたもの（有為法）は、このように無常であり、このように不変ではなく、安らぎの場ではありません。短く、変化し、壊れ、救いを得られず、真のよりどころではなく、避難所ともなりません。比丘たちよ、それゆえに、形成されたものは甚だ厭うべきものであり、欲望を離れ、捨て去るべきです。 比丘たちよ、さらに長い時が過ぎた後、第二の太陽が出現しました。その太陽は、世界の輪の相において、以前の太陽よりも熱と光が倍増していました。この太陽の影響で、閻浮提のすべての池や小さな湖は、干上がってしまい、再び現れることはありませんでした。比丘たちよ、すべての形成されたものはこのように無常であり、先に述べた通り、捨て去るべきものです。 比丘たちよ、さらに長い時が過ぎた後、第三の太陽が出現しました。その太陽の熱と光は、第二の太陽の倍でした。この太陽によって、閻浮提の大きな湖や川はすべて干上がり、再び現れることはありませんでした。比丘たちよ、すべての形成されたものはこのように無常であり、先に述べた通り、捨て去るべきものです。 比丘たちよ、さらに長い時が過ぎた後、第四の太陽が出現しました。その熱と光は第三の太陽の倍でした。この太陽によって、閻浮提のアナヴァタプタ池、マンダーキニー池、七つの林間の川、そして四大河などの、最も深く速い流れで海に注ぐ場所もすべて干上がり、再び現れることはありませんでした。比丘たちよ、すべての形成されたものはこのように無常であり、先に述べた通り、捨て去るべきものです。 比丘たちよ、さらに長い時が過ぎた後、第五の太陽が出現しました。その熱と光は第四の太陽の倍でした。この太陽によって、内外の海水は百由旬（ゆじゅん）減り、次に二百、三百、四百、さらに千由旬と減り、次に二千、三千、四千、一万、さらに二万から六万由旬まで、水界はすべて減少しました。比丘たちよ、その時、残った海水の深さは、七多羅樹（たらじゅ）か六多羅樹、あるいは五、四、三、二、一多羅樹ほどになりました。比丘たちよ、その時、残った海水は七尋（ひろ）の深さから次第に減って一尋になりました。比丘たちよ、その時、残った海水は人の首や脇の下、胸、腰、臍（へそ）、膝、脛（すね）、足首までの深さになりました。比丘たちよ、その時、残った海水は指の節さえも覆わなくなりました。比丘たちよ、すべての形成されたものはこのように無常であり、先に述べた通り、捨て去るべきです。 比丘たちよ、さらに長い時が過ぎた後、第六の太陽が出現しました。その熱と光は第五の太陽の倍でした。この太陽によって、世界の大地、内外の大海、そして須弥山王（しゅみせんおう）からは、初めに煙が立ち上り、煙が一面に覆い広がりました。例えば、陶器の窯から初めに煙が立ち上り、煙が覆うように、大地、大海、須弥山王も第六の太陽の煙に覆われたのです。比丘たちよ、すべての形成されたものはこのように無常であり、先に述べた通り、捨て去るべきです。 比丘たちよ、さらに長い時が過ぎた後、第七の太陽が出現しました。その熱と光は第六の太陽の倍でした。この太陽によって、世界の大地、内外の大海、そして須弥山王は、すべて火の炎を発し、同時に燃え上がって一つの炎となり、長い間消えることなく燃え続けました。比丘たちよ、須弥山王は大火に焼かれて一つの炎となり、長く燃え続け、その頂上は百由旬、あるいは二百、三百、さらに千由旬にわたって崩れ砕け、崩れた灰となって落ちていきました。その時、外なる四大元素のすべての火が自然に燃え上がり、世界の天地は熱せられて炎を放ち、一つの火の性質となりました。その熱の勢いは水輪を吸い上げました。例えば、銅の皿が火で熱せられ、浅い水の中に置かれると、水を吸い尽くすように、世界の大地は一つの火の性質となって水輪を吸い上げました。例えば、酥油（そゆ）が火で焼かれると、すべてが消え去り灰すら残らないように、この大地、内外の大海、須弥山王は、すべて火の炎を発し、同時に燃え上がって一つの炎となり、すべてが焼け尽くし、炭や灰さえも残りませんでした。その時、地輪もすべて消え去り、水輪と風輪も焼け滅びました。その炎は水輪から立ち上り、大梵天（だいぼんてん）の住処にまで達しました。その時、大梵天は寿命と住処を捨てて、さらに上にある遍光天（へんこうてん）に生まれ変わりました。その時、大梵天の宮殿の地は広大で円く、光り輝き愛らしく、見る者を飽きさせず、その色は純白で微細に清らかでしたが、一瞬のうちに焼け尽きて、再び現れることはありませんでした。梵天の住む地は本来そのような性質であり、火などによって滅びるものでした。このように長い時を経て、すべての外なる器世界は崩壊し尽くしました。 このように長い時を経て、二十中劫（ちゅうごう）が過ぎ去りました。さらに二十中劫が続き、その中で一千の世界の場所は、暗い洞窟のように何もなく、上に覆いもなく、二十中劫の間、空のまま留まりました。」

佛言：「比丘！是時世界更欲起成，是世間法然。初起世界時，若有眾生已生長業，能感大梵果報，捨前報已來入中陰，因色界四大和合，大梵宮殿地自然而起，白淨光明隱蔽餘處，色相圓滿觀無厭足，心所愛樂，住未有人。是諸眾生昔已造業，能感可愛勝妙住處，因昔業故，感色界四大及四大所造色，因昔業及色界四大，宮殿即成。色界四大於此宮殿亦因亦緣，宿世所造業但是增上緣。」

> 仏が仰せになった。「比丘たちよ、その時、世界は再び形成されようとしていた。これが世間の自然の法である。世界が初めて形成される時、もしも衆生の中に、すでに業を積み重ねて大梵天の果報を感得できる者がいたならば、その者は前の報いを捨てて中陰に入る。そして色界の四大が和合することによって、大梵天の宮殿が地から自然に現れる。清らかで白く輝く光明は他の場所を覆い隠し、その色相は円満で、見飽きることがなく、心はそこに愛着し楽しむ。そこにはまだ人は住んでいない。これらの衆生は、かつて可愛らしく勝れた住処を感得する業を造っていた。その昔の業によって、色界の四大および四大が作り出す色を感得する。昔の業と色界の四大によって、宮殿は成就する。色界の四大は、この宮殿にとって直接の因となり縁となるが、過去世に造られた業は、ただ増上縁として働くのである。」

佛言：「比丘！如是大梵王處，有因有緣得起得成，本來法然由因緣起。是梵王住處，如一四天下大。是時梵王在中陰中，見此處所起欲愛心：『我今於此中坐。』即起愛時，於中受生。於此獨住滿十小劫，喜樂為食，依喜樂住，意生化身自然光明、自在而住。過十劫已，此梵王起欲愛心、起不安心，作是思惟：『願餘眾生來共我住。』是時梵王作是願已，二禪眾生業盡捨壽，退來受生與梵同類。是諸眾生見此大梵本來獨住，作如是執：『我昔上生，已見此人端然獨住，今從上下，猶見獨住與昔無異。』復起此執：『此人是梵作者、生者，最為尊始，眾生所作由此人成，神力自在，已生當生為第一父。我等今日從其而生。云何如此？我昔至今見其在此獨自先生。』爾時梵王作是思惟：『我是大梵作者、生者，最為尊始，眾生所作由我得成，神力自在，已生當生我是其父，一切世間皆我化生。云何如此？由我昔日起如是心：願他眾生來就我住。應我願心，他即來生。我先在此，見其來生。』是大梵王於餘眾生，壽命極長，形色最勝、有大名稱、有大神通及大威德。諸餘梵眾壽命則短，形色名聞、神力威德並皆不及。大梵王所住地，一切梵眾次第遍滿。本性法然世界應起時，因色界四大及四大所造色，獨住梵天宮殿及地自然現，其色純白微細淨潔，光明可愛看者無厭，住未有人。是諸眾生昔已造業，能感可愛勝妙住處，因昔業故，感色界四大及四大所造色，因昔業及色界四大，宮殿即成。色界四大於此宮殿亦因亦緣，宿世所造業但是增上緣。」

> 仏は言われた。「比丘たちよ、このように大梵天の世界には、因と縁があって生じ、成り立ち、本来の法として因縁によって起こるのである。この梵天の住処は、一つの四天下の広さである。その時、梵天は中有（ちゅうう）の中にあって、この場所を見て欲愛の心を起こした。『私は今、ここに座ろう』と。愛の心が起きると、その中に受生した。このように独りで満十小劫の間住し、喜楽を食物とし、喜楽に依って住み、意によって生まれ、化身し、自然に光明を放ち、自在に住んだ。 十劫が過ぎた後、この梵天は欲愛の心を起こし、不安の心を起こして、こう思った。『どうか他の衆生が来て、私と共に住んでほしい』と。その時、梵天がこの願いを発すると、二禅の衆生で業が尽きて寿命を捨て、退いてきて受生し、梵天と同類となった。これらの衆生は、この大梵天が本来独りで住んでいるのを見て、こう執着した。『私は過去に生まれた時、すでにこの方が威厳をもって独りで住んでいるのを見た。今、上から下ってきても、やはり独りで住んでいて昔と変わらない』と。さらにこう執着した。『この方は創造主であり、生み出した者であり、最も尊く、最初の者である。衆生のなすことは、この方によって成される。神通力は自在であり、すでに生まれた者も、これから生まれる者も、その第一の父である。私たちは今日、この方から生まれたのである。なぜそう言えるのか？私は昔から今に至るまで、この方がここに独りで最初に生まれて住んでいるのを見ているからだ』と。 その時、梵天はこう考えた。『私は大梵天であり、創造主であり、生み出した者であり、最も尊く、最初の者である。衆生のなすことは、私によって成し遂げられる。神通力は自在であり、すでに生まれた者も、これから生まれる者も、私はその父である。すべての世間は私から化生したのである。なぜそう言えるのか？私が昔、こういう心を起こしたからだ。「どうか他の衆生が来て、私のもとに住んでほしい」と。私の願いの心に応じて、彼らが来て生まれたのである。私は先にここにあり、彼らが来て生まれるのを見たのだ』と。 この大梵天は、他の衆生と比べて寿命が極めて長く、姿形は最も優れ、大きな名声があり、大いなる神通力と大いなる威徳を有している。他の梵衆は寿命が短く、姿形や名声、神通力や威徳はすべて及ばない。大梵天の住む場所には、すべての梵衆が次第に満ちていく。 本性の法として、世界が起こるべき時には、色界の四大及び四大によって造られた色によって、独り住む梵天の宮殿と土地が自然に現れる。その色は純白で微細、清らかで、光明があり愛らしく、見る者に飽きることがなく、まだ人が住んでいなかった。これらの衆生は、昔すでに業を造り、愛らしく勝れた素晴らしい住処を感得できるものであった。昔の業によって、色界の四大及び四大によって造られた色を感得する。昔の業と色界の四大によって、宮殿が成就したのである。色界の四大は、この宮殿に対して因とも縁ともなる。過去世に造られた業は、ただの増上縁に過ぎない。」

佛言：「比丘！如是獨梵宮殿，有因有緣得起得成，本來法然由因緣起，是獨梵處因此次第遍滿。諸梵本性法然，世界應起時，因色界四大及四大所造色，梵先行天宮殿及地自然起現，其色純白微細淨潔，光明可愛觀者無厭，住未有人。是諸眾生昔已造業，能感可愛勝妙住處，因昔業故，感色界四大及四大所造色，因昔業及色界四大，宮殿即成。色界四大於此宮殿亦因亦緣，宿世所造業但是增上緣。」

> 仏は言われた。「比丘よ、このように梵天の宮殿は、因と縁によって生じ、成り立ち、本来の法として因縁によって生起するものである。この梵天の世界は、それによって次第に遍満する。諸々の梵天の本性は、法のままに、世界が生じるべき時には、色界の四大と四大によって作られた色によって、まず梵天の先駆けの宮殿と地が自然に現れ出る。その色は純白で微細清らかであり、光明は愛らしく、観る者に飽きることがなく、未だ人は住んでいない。これらの衆生は、過去に造った業によって、愛らしく勝れた住処を感得することができる。過去の業によって、色界の四大と四大によって作られた色を感得し、過去の業と色界の四大によって、宮殿が成る。色界の四大は、この宮殿に対しても因となり縁となるが、宿世に造られた業は、ただ増上縁となるのみである。」

佛言：「比丘！如是梵先行處，有因有緣得起得成，本來法然由因緣起。是梵先行天住處，一切梵先行天次第遍滿。本性法然世界應起時，因欲界四大及四大所造色，他化自在天宮殿及處所自然起現，金、銀、琉璃及頗梨柯四寶所成，光明可愛觀者無厭，住未有人。是諸眾生昔已造業，能感可愛勝妙住處，因昔業故，能感欲界四大及四大所造色，又因昔業及欲界四大，宮殿即成。欲界四大於此宮殿亦因亦緣，宿世所造業但是增上緣。」

> 仏が言われた。「比丘よ、このように梵先行天の住処は、因と縁があって生じ、成り立つ。本来、法はそのままに、因縁によって生じる。この梵先行天の住処は、すべての梵先行天が順に遍く満たす。本性のままに、世界が生じるべき時、欲界の四大および四大によって作られた色によって、他化自在天の宮殿や住処が自然に現れ出る。金、銀、瑠璃、頗梨柯の四宝でできており、光明に輝き愛らしく、見るものに飽きることがない。そこにはまだ人は住んでいない。これらの衆生は、昔に業を造り、愛らしく勝れた住処を感得することができる。昔の業によって、欲界の四大および四大によって作られた色を感得することができ、また昔の業および欲界の四大によって、宮殿が即成する。欲界の四大は、この宮殿において因とも縁ともなり、前世に造られた業は、ただ増上の縁となるのである。」

佛言：「比丘！如是他化自在天宮殿，及有因有緣得起得成，本來法然由因緣起。是他化自在天處，一切諸天次第遍滿。諸天本性法然，世界應起時，因欲界四大及四大所造色，化樂天宮殿及地自然起現，金、銀、琉璃及頗梨柯四寶所成，光明可愛觀者無厭，住未有人。是諸眾生昔已造業，能感可愛勝妙住處，因昔業故，能感欲界四大及四大所造色，又因昔業及欲界四大，宮殿即成。欲界四大於此宮殿亦因亦緣，宿世所造業但是增上緣。」

> お釈迦様はおっしゃいました。「比丘たちよ、このように他化自在天の宮殿も、原因と条件があって初めて生じ、成立するのです。本来、すべてのものは原因と条件によって生じるというのが自然の道理です。この他化自在天の世界には、すべての天人が順々に満ちていきます。天人の本来の性質として、世界が生じるべき時が来ると、欲界の四大元素と、その四大元素から作られた物質によって、化楽天の宮殿と大地が自然に現れます。それは金、銀、瑠璃、そして頗梨迦という四つの宝でできており、光明に輝き、見る者を飽きさせることがありません。そこにはまだ人は住んでいません。これらの衆生は、前世において、このような愛らしく素晴らしい住処を感じ取るにふさわしい業をすでに作りました。その過去の業によって、欲界の四大元素とその四大元素から作られた物質を感じ取ることができるのです。また、過去の業と欲界の四大元素によって、宮殿が完成します。欲界の四大元素は、この宮殿に対して因とも縁ともなりますが、前世で作った業は、ただそれを強く後押しする縁（増上縁）にすぎないのです。」

佛言：「比丘！如是化樂天處，有因有緣得起得成，本來法然由因緣起。是化樂天住處，一切諸天次第遍滿。本性法然世界應起時，因欲界四大及四大所造色，兜率陀天宮殿及處所自然起現，金、銀、琉璃及頗梨柯四寶所成，光明可愛觀者無厭，住未有人。是諸眾生昔已造業，能感可愛勝妙住處，因昔業故，能感欲界四大及四大所造色，又因昔業及欲界四大，宮殿即成。欲界四大於此宮殿亦因亦緣，宿世所造業但是增上緣。」

> 仏は言われた。「比丘よ、このように化楽天の世界には、原因と条件が備わって初めて生じ、成立するのである。本来、法（道理）として、因縁によって生起する。この化楽天の住処は、すべての天人が次第に満たされていく。本来の法として世界が生じる時には、欲界の四大元素および四大元素によって作られた物質を因として、兜率天の宮殿とその場所が自然に現れる。金、銀、瑠璃、そして玻璃の四宝で作られ、その光は美しく、見る者に飽きることがない。そこにはまだ人が住んでいない。これらの衆生は、過去に善業を積み、愛しく優れた住処を感得することができる。過去の業を因として、欲界の四大元素および四大元素によって作られた物質を感得する。さらに、過去の業と欲界の四大元素によって、宮殿が完成する。欲界の四大元素は、この宮殿に対して因ともなり縁ともなる。過去世に作られた業は、ただ増上縁（強化する条件）として働くのである。」

佛言：「比丘！如是兜率陀天宮殿及地，有因有緣得起得成，本來法然由因緣起。是兜率陀天住處，一切諸天次第遍滿。本性法然世界應起時，因欲界四大及四大所造色，夜摩天宮殿及天處所自然起現，金、銀、琉璃及頗梨柯四寶所成，光明可愛觀者無厭，住未有人。是諸眾生，昔已造業，能感可愛勝妙住處，因昔業故，能感欲界四大及四大所造色，又因昔業及欲界四大，宮殿即成。欲界四大於此宮殿亦因亦緣，宿世所造業但是增上緣。」

> 仏は言われた。「比丘たちよ。このように、兜率天の宮殿と大地は、因と縁があって生じ、成り立ち、本来の法（真理）のままに因縁によって生じるのである。この兜率天の住処は、すべての天人が次第に満ちていく。本性としての法（真理）の世界が生じる時、欲界の四大（地・水・火・風）と、四大によって作られる物質（色）を因として、夜摩天の宮殿や天の住処が自然に現れ出る。金、銀、瑠璃、玻璃の四宝で作られ、光明に満ちて愛らしく、見る者の飽くことがない。そこにはまだ誰も住んでいない。これらの衆生は、昔、めでたく勝れた住処を感得するような業をすでに作り、その過去の業の故に、欲界の四大と、四大によって作られる物質（色）を感得する。また、過去の業と欲界の四大によって、宮殿は成就する。欲界の四大は、この宮殿にとって因ともなり縁ともなる。過去世に作った業は、ただ増上縁（強い助力となる条件）となるのである。」

佛言：「比丘！如是夜摩天處，有因有緣得起得成，本來法然由因緣起。是夜摩住處，一切諸天次第遍滿。是時夜摩天憶念昔時世界，如人眠覺憶夢中事。如得神通憶宿世事，是夜摩天憶昔世界亦復如是。爾時諸天作是思惟：『我今應往案行下界。』作是念已，互相謂言：『我等共去看彼處所。』餘天答言：『我今同往。』爾時諸天各結群侶遍滿案行，咸作是言：『昔日此處有須彌山王，是處所中是善見天城，此處是難陀寶池，此處是難陀寶園，此處是質多羅池及質多羅眾車園，此處是惡口池及惡口園，此處是雜花池及雜花園，此處是波利質多羅境。』水厚四億八萬由旬，廣十二億三千四百五十由旬，周迴三十六億一萬三百五十由旬，極此量住不復更長。此水輪上別有地界名曰大味，劫初感起，日夜稍厚轉堅，譬如煎乳凝冷之時厚膏覆上，大味地界最初起時亦復如是。是地大界數數起長，乃至應至已至、應滿已滿皆悉究竟，厚二億四萬由旬，廣十二億三千四百五十由旬，周迴三十六億一萬三百五十由旬，極此量住不復更長。此地下際一億六萬並真金所成，上餘八萬金、銀、銅、鐵等七界雜成。是時地界柔軟隨事，譬如湴泥、乳糜、生蘇及和麵等，此地柔軟隨事亦爾。是地輪中央依眾生業增上緣故，四方風吹掘成內海、起須彌山，有風運土、有風聚成、有風方正作須彌形，有風起須彌四頂，開善見城塹起善見城，作難陀池造難陀園、質多羅池質多羅園，眾車池、園，惡口池、園，雜華池、園，波利質多樹及俱毘羅羅園，由乾陀海、由乾陀山、伊沙陀海山、佉羅󲁏海山、善見海山、馬耳海山、毘那多海山、尼民陀海山及四天下，中間洲地掘成洲海，起鐵圍山。如是樹及拘毘羅羅園，此中昔是般住劍婆羅寶石，此中昔時有善法堂，昔時此中有內大海，此中有遊乾陀山及遊乾陀海，此中有伊沙陀山及伊沙陀海，此中有佉羅󲁏山及佉羅󲁏海，此中有善見山及善見海，有馬耳山及馬耳海，此中有毘那多山及毘那多海，此中有尼民陀山及尼民陀海，此中有四天下，有中間洲地及外大海，此中有灼柯婆羅山。

> 仏陀は言われた。「比丘たちよ、この夜摩天の世界もまた、原因と条件によって生じ、成立するものである。本来、すべてのものは原因と条件によって生じるという真理に従っている。この夜摩天の住処には、すべての天人が順々に満ちていく。その時、夜摩天はかつての世界を思い出す。それはまるで、人が眠りから覚めて夢の内容を思い出すかのようであり、神通力を得て前世の出来事を思い出すかのようである。夜摩天が過去の世界を思い出すのも、全く同じである。 その時、天人はこう考えた。『我々は今、下の世界へと見回りに行くべきではないだろうか』と。そう考えた後、互いに言い合った。『我々は一緒に、あの場所を見に行こうではないか』と。他の天人が答えた。『私も共に行きましょう』と。その時、天人はそれぞれグループを作り、あまねく見回りながら、こう言った。『昔、この場所には須弥山王があった。この場所には善見天の城があった。ここには難陀宝池があった。ここには難陀宝園があった。ここには質多羅池と質多羅衆車園があった。ここには悪口池と悪口園があった。ここには雑華池と雑華園があった。ここには波利質多羅樹の境界があった。』 「水の層の厚さは四億八万由旬、広さは十二億三千四百五十由旬、周囲は三十六億一万三百五十由旬であり、この大きさに達するとそれ以上は増えない。この水の層の上には、大味という別の地の世界があった。これは劫の初めに生じ、昼夜に次第に厚くなり固くなっていった。ちょうど乳を煎じて冷ました時、濃い皮が表面を覆うのと同じように、大味の地の世界が最初に生じた時もまたそうであった。この大地の世界は何度も成長し、成長すべきところに達し、満たされるべきところが満たされ、すべてが完成した。その厚さは二億四万由旬、広さは十二億三千四百五十由旬、周囲は三十六億一万三百五十由旬であり、この大きさに達するとそれ以上は増えない。この地の下の部分一億六万由旬は純金でできており、上の残り八万由旬は金、銀、銅、鉄などの七つの元素が混ざり合ってできている。 その時、地の世界は柔らかく、状況に応じて変化した。例えば、泥や粥、生の酥、練った粉などのように、この地の世界の柔らかさもまた状況に応じて変化した。この地の輪の中央は、衆生の業という強い因縁によって、四方から風が吹き、内海を掘り、須弥山を生じさせた。ある風は土を運び、ある風は土を集めて山とし、ある風は四角く須弥山の形を作り、ある風は須弥山の四つの頂上を生じさせた。そして、善見城の堀を開き、善見城を建て、難陀池を作り、難陀園、質多羅池、質多羅園、衆車池と園、悪口池と園、雑華池と園、波利質多羅樹、俱毘羅羅園を作った。また、由乾陀海と山、伊沙陀海と山、佉羅󲁏海と山、善見海と山、馬耳海と山、毘那多海と山、尼民陀海と山、そして四つの大陸と中間の島々を生じさせた。海を掘って島の海とし、鉄囲山を生じさせた。 「これらの樹木や俱毘羅羅園の中には、昔、般住剣婆羅の宝石があった。昔、この場所には善法堂があった。昔、この場所には内海があった。ここには遊乾陀山と遊乾陀海があった。ここには伊沙陀山と伊沙陀海があった。ここには佉羅󲁏山と佉羅󲁏海があった。ここには善見山と善見海があった。ここには馬耳山と馬耳海があった。ここには毘那多山と毘那多海があった。ここには尼民陀山と尼民陀海があった。ここには四つの大陸があった。ここには中間の島々と外海があった。ここには灼柯婆羅山があった。」

「是夜摩天身形最大、飛行捷疾，由行疾故擊起風輪，由此風輪為那羅延風輪根本。此風數數起長，乃至應至已至、應滿已滿皆悉究竟，厚九億六萬由旬，廣十二億三千四百五十由旬，周迴三十六億一萬三百五十由旬，極此量住不復更長。此風堅勁物不能侵，若人有那羅延力，執金剛仗擬此風輪，仗還自碎風輪無損。次風輪上空中，雨水渧如樓大，或如車軸或如車輗，晝夜不息，猶如河瀉無數千年。是水界聚周圍有風名曰攝持，日夜恒起令水不散。如是水界增上未息，此水數數起長，乃至應至已至、應滿已滿皆悉究竟。

> この夜摩天において、最も巨大な身体を持つ者がおり、飛ぶ速度は非常に速い。その速さゆえに風の輪が生じる。この風の輪が、那羅延風輪（ならえんふうりん）の根本となる。この風は絶えず発生し成長し続け、成長すべきものは成長し、満たされるべきものは満たされて、すべてが完成する。その厚さは九億六万由旬、広さは十二億三千四百五十由旬、周囲は三十六億一万三百五十由旬に達し、この大きさで留まり、それ以上は増大しない。 この風は非常に堅固で力強く、いかなるものも侵すことができない。たとえ那羅延（ならえん）の力を持つ者が金剛の杖を振りかざしてこの風の輪を打とうとしても、杖が砕けるだけで風の輪に損傷はない。 次に、この風の輪の上の空中では、雨水が楼閣のように大きな滴となって降り注ぐ。時には車の軸のように、あるいは車の輗（くびき）のように巨大で、昼夜絶え間なく、河が流れ落ちるように、数え切れない千年もの間降り続ける。この水の集まりの周囲には、「摂持」という名の風が存在し、昼も夜も絶えず吹き続けて水を散り散りにさせない。こうして水の世界は増大し、止むことがない。この水は絶えず発生し成長し続け、成長すべきものは成長し、満たされるべきものは満たされて、すべてが完成する。

「起成世界，宿業所感風力所成。復有餘風旋圓而起，成西瞿耶尼及東弗婆提；復有餘風四方四角，成北欝單越；復有餘風如半琵琶，成南剡浮提。若風成山次第正上，山則有頂。若風起時或正或傍，所成山相或平或聳。復有風起一邊急疾、餘邊則遲，所成山相一邊則凹、餘邊平直。若風起時，相擊深入還復更出，所成山勢有巖有洞；若風相擊深入下底不復更出，山裏則空。由此風故起成諸四天下地，或深或聳，有處顯現高八萬由旬、有處甚深四萬由旬，復有別處高四萬由旬、深二萬由旬，復有別處高二萬由旬、深一萬由旬，復有別處高一萬由旬、深五千由旬，或復有處高五千由旬、深二千五百由旬，或復有處高二千五百由旬、深一千二百五十由旬，或復有處高一千二百五十由旬、深六百二十五由旬，或復高六百二十五由旬、深三百十二由旬半。以此因緣，一切器世界起作已成。是時二種界起長，謂地、火兩界。風界起吹，火界蒸練地界。風界恒起，吹一切物使成堅實。既堅實已，一切諸寶種類皆現。既顯現已，天降甘雨渧如樓大，漸細如輪乃至車軸，或如涌泉無數千載，遍滿善見城塹、那陀池、眾車池、惡口池、雜花池、內大海，由乾陀海、伊沙陀海、佉羅󲁏海、善見海、馬耳海、毘那多海、尼民陀海、四天下中間洲地、外大海。以此因緣，一切世界水皆遍滿。

> 世界が成立するのは、過去の行為（宿業）の力と風の力によるものである。 さらに別の風が旋回しながら立ち上り、西の瞿耶尼と東の弗婆提を形成した。 また別の風が四方と四隅に吹き、北の欝単越を形作った。 さらに別の風が半ば琵琶のような形をなし、南の閻浮提を形成した。 風が山を形作る際、まっすぐ上に吹き上げれば山は頂上を持つ。 風の起こり方がまっすぐであったり斜めであったりすると、できる山の形も平らであったり、そびえ立ったりする。 また、風の一方が急激に吹き、他方が遅い場合、できる山は一方が窪み、他方は平らでまっすぐになる。 風がぶつかり合い、深く入り込んでから再び出てくると、山には岩や洞窟ができる。 風がぶつかり合い、下の底深くまで入り込んで再び出てこないと、山の中は空洞になる。 このような風の働きによって、四つの天下の大地が形成される。場所によって深さや高さは異なり、高さ八万由旬のところもあれば、深さ四万由旬のところもある。 また別の場所では高さ四万由旬、深さ二万由旬。 さらに別の場所では高さ二万由旬、深さ一万由旬。 高さ一万由旬、深さ五千由旬の場所。 高さ五千由旬、深さ二千五百由旬の場所。 高さ二千五百由旬、深さ千二百五十由旬の場所。 高さ千二百五十由旬、深さ六百二十五由旬の場所。 あるいは高さ六百二十五由旬、深さ三百十二由旬半の場所もある。 このような因縁により、すべての器世界（物質的な世界）が作り出され、完成した。 その時、地と火の二つの要素が働き、世界を成長させた。風の要素は吹き付け、火の要素は大地を蒸し焼きにした。 風の要素は常に吹き続け、すべてのものを押し固めて堅固にした。 堅固になると、あらゆる宝石の種類が現れた。 それらが現れた後、天からは楼閣ほどの大きさの甘露の雨が降り、次第に細くなって車輪や車軸ほどの大きさになり、さらには泉のように湧き出て数千年にわたって降り続いた。 その雨は、善見城の堀、那陀池、衆車池、悪口池、雑華池、内海、由乾陀海、伊沙陀海、佉羅海、善見海、馬耳海、毘那多海、尼民陀海、四つの天下の間にある島々や大陸、さらに外海にまで満ち渡った。 このような因縁により、すべての世界は水で遍く満たされたのである。

「於是忉利天及四天王天，捨上天報於中受生。復有諸天壽終福盡，從上天墮於四天下受人道生。是時諸人喜樂為食，依喜樂住，意生化身自然光明，安樂而住，飛空中行。是時日月未出於世，星宿未有晝夜不分，未辯年歲及四時八節，無男女異，亦無父母、兄弟姊妹、夫婦兒息，無奴無主，一向受用自在歡樂，未有姓字並號眾生。是時水界稍稍就減流向下處，是時大海乍增乍減，開川源路水所減處，有地肥出大甘大味，生長覆地，色、香、觸、味可愛具足；如細蜂蜜無苦澁辛，地肥大味亦復如是。是時大味馨香充滿，時有一人嗅此香味起欲著心。起欲心已，指捻大味嗅而嘗之，知其甘美如細蜂蜜，摶而食之。餘人見其食美無厭，相效摶食。是時諸人食地味已，身稍堅重，從此以後，不能如前飛行空中，是時身光可愛因此失沒。既失光已，黑暗還生，本來法然。是四天下黑暗覆時，日月二輪乃出於世。日月出已，辰宿次現。星宿現已，晝夜有分。晝夜分已，半月一月是時顯現。半月一月既顯現已，四時八節及以年歲並皆具足。如是多時世間起成。如是多時，六十小劫究竟已度。

> そこで、忉利天と四天王天の天人は、天の報いを捨てて、地上に生まれ変わりました。また、寿命が尽き、福徳が減った天人たちは、高い天から四つの大陸に堕ちて、人間として生まれました。 当時の人間は、喜びや楽しみを食べ物として、それに依存して生きていました。心のままに生まれ変わり、自然に身体が光り輝き、安らかに暮らし、空中を飛び回っていました。 その頃、太陽も月もまだなく、星もなく、昼と夜の区別もありませんでした。年や季節、八つの節気もなく、男女の違いもなく、父母、兄弟姉妹、夫婦、子供もなく、奴婢も主人もありませんでした。ただ自由に楽しみ、姓や名前もなく、「衆生」と呼ばれていました。 その時、大地の水分は次第に減り、低い方へ流れていきました。海は大きくなったり小さくなったりして、川の源や水路ができました。水が引いたところには、地肥（大地の脂）が現れ、大きくて甘い味がしました。それは地面を覆い、色、香り、触り心地、味わいの全てが愛らしく、十分に備わっていました。それは細かい蜂蜜のようなもので、苦味や渋味、辛味はなく、地肥の大きな味もまた同じでした。 その時、地肥の香りが辺りに満ちました。ある人がこの香りを嗅ぎ、心に執着を起こしました。執着の心が起きると、指で地肥をつまみ、香りを嗅ぎ、味わってみました。すると、それが細かい蜂蜜のように甘美だと知り、丸めて食べました。他の人々もその美味しさに飽きることなく食べるのを見て、真似をして丸めて食べ始めました。 人々が地肥を食べた後、身体は次第に堅く重くなりました。それ以降、以前のように空中を飛び回ることはできなくなりました。そして、身体の愛らしい光も失われました。光が失われると、暗黒が再び現れました。それは本来、自然の成り行きでした。 四つの大陸が暗黒に覆われた時、太陽と月の二つの輪が初めて世に現れました。太陽と月が現れると、星々も次々と現れました。星々が現れると、昼と夜の区別が生まれました。昼と夜の区別ができると、半月や一ヶ月という期間が明らかになりました。半月や一ヶ月が明らかになると、四季や八節、そして年も全て備わりました。 このようにして長い時間をかけて、世の中は成立しました。そして、さらに長い時間、六十小劫が過ぎ去ったのです。

「是時眾生食此地味，依地味住久久時節。其中眾生食味多者，形容醜陋、少威德力、少神通力。其中眾生食味少者，色形可愛、身有威德、神力自在。以此因緣，一切眾生色形優劣，由此優劣生勝負心，由此心故而作是言：『我今勝汝，汝不及我。』是時惡法始行於世。計勝負故，地味色香從此而失。是時諸人和合聚集，憂惱困苦發聲啼哭：『咄哉！惡法已出於世。因色形故憍慢毀他，由此惡法失我勝味、不可思議色、香、觸等。』是時諸人食餘美味，作是念言：『咄哉！似我昔時所食地味。』追憶悲惱，是語至今皆已忘失，無復有人憶說之者。此味失已，復有別味名曰地皮，色、香、觸、味悉皆甜美，如細蜂蜜。是時諸人皆悉來食，依此飲食長時得住。是中諸人為貪味故，多食地皮，形容醜陋、薄威德力、少神通力。其中眾生食味少者，形色可愛、身有威德、神力自在。以此因緣，一切眾生色形優劣，因此優劣生勝負心，由此心故而作是言：『我今勝汝，汝不及我。』由此惡法次行於世。計勝負故，地皮色香從此而失。」

> その時、衆生は地味を食して、それに依存して長い時を過ごしました。その中で、地味を多く食べた者は、容貌が醜くなり、威徳も神通力も弱まりました。一方、地味を少なく食べた者は、姿形が愛らしく、威徳と自在の神通力を備えていました。この因縁により、全ての衆生に姿形の優劣が生じ、その優劣から勝負心が生まれました。そして、その心によって「我は汝に勝る、汝は我に及ばない」と言うようになりました。この時、悪法が世に現れ始めました。勝負を競ったため、地味の色と香りは失われてしまいました。 そこで人々は集まり合い、憂い悩み、声を上げて泣きました。「ああ、悪法が世に出てしまった。姿形によって驕り高ぶり他者を貶め、この悪法によって我々の素晴らしい地味、その不可思議な色や香り、感触までもが失われてしまった。」と。人々は残った僅かな味を食べながら、「ああ、昔食べた地味はこのようなものだった」と思い、悲しみに暮れましたが、その言葉は今では全て忘れ去られ、語る者もいなくなりました。 この味が失われると、次に「地皮」という別の味が現れました。その色、香り、感触、味は全て甘美で、細かい蜂蜜のようでした。人々は皆これを食べ、これによって長く生き続けました。しかし、味を貪り地皮を多く食べた者は、容貌が醜くなり、威徳も神通力も薄れました。一方、少なく食べた者は、姿形が愛らしく、威徳と自在の神通力を備えていました。この因縁により、全ての衆生に姿形の優劣が生じ、優劣から勝負心が生まれ、「我は汝に勝る、汝は我に及ばない」と言うようになりました。こうして悪法が再び世に行われ、勝負を競ったために、地皮の色と香りもまた失われてしまいました。

## 立世阿毘曇論卷第十

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