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title: "鳴道集說 · 第四"
description: "《鸣道集说》是金代著名学者李屏山所著的佛教论著。李屏山生活于金元之际，是当时重要的佛教思想家和文学家。该书主要阐述佛教义理，特别是禅宗思想，融合了儒释道三教观点，反映了宋金时期佛教与中国传统文化的交融。书中内容涉及心性论、修行方法等核心教义，展现了作者对佛教哲学的深刻理解。《鸣道集说》在金元佛教史上具有重要地位，是研究当时佛教思想发展的重要文献，为后世了解金代佛教与三教关系提供了珍贵资料。"
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## 鳴道集說卷之四

> 『鳴道集説』（巻之四）

屏山居士　李純甫　之純述

> 屏山居士 李純甫 之純述

上蔡曰：學佛者，欲免輪囘，是利心，私而已矣。此心有止而太虛無盡。必為輪囘，推之於始，何所付受？其終何時間斷？且天下人物，各有數矣。上蔡——謝良佐

> 上蔡先生曰く、仏を学ぶ者は輪廻を免れようとする。これこそ利己の心であり、私欲に過ぎない。この心には限りがあるが、太虚（大いなる虚空）には限りがない。もし輪廻が必ずあるというならば、その始まりを遡ってみよ。何がそれを授けたのか？その終わりは、いつ途切れるというのか？そもそも天下の人物には、それぞれ定められた数があるのだ。<note>上蔡——謝良佐</note>

屏山曰：佛說輪囘，愛為根本，有愛我者，亦愛湼槃，不知愛者真生死，故何利心之有？彼圓覺性，非作非止，非任非滅，無始無終，無能無所，豈有間斷哉？故眾生本來成佛，生死湼槃，猶如昨夢，夢中人物，豈有數乎？上蔡夢中之人，猶作夢語，終不識圓覺，認為太虛。悲夫！

> 屏山は言った。「仏が輪廻について説かれたとき、愛（渇愛）を根本とされた。自分を愛する者は、涅槃もまた愛する。しかし、愛を本当の生死（迷いの世界）と知らないのだから、どうして利己の心があろうか。あの円覚の本性は、作ることもなく、止めることもなく、任せることもなく、滅することもない。始まりも終わりもなく、主体も客体もない。どうして途切れることがあろうか。ゆえに衆生は本来、すでに仏なのである。生死と涅槃は、ちょうど昨夜の夢のようなものである。夢の中の人物に、どうして数えることがあろうか。上蔡（謝良佐）の夢の中の人は、まだ夢の言葉を語っており、ついに円覚を悟ることができず、太虚（虚空）と思い込んでいる。悲しいことだ！」

上蔡曰：目視耳聽　見於作用者心也。自孔子沒，天下學者，向外馳求，不識自家寶藏，被他佛氏窺見一班半點，遂將擎拳竪拂底事，把持在手，敢自尊大，輕視中國學士太夫。而世人莫敢與爭，又從而信向歸依之，使聖學有傳，豈至此乎！

> 上蔡先生が言った。「目が見たり耳が聞いたりする、これらの働きの背後にあるのは心である。しかし孔子が亡くなって以来、世の学者たちは外に向かって追い求め、自らの内なる宝に気づかなかった。それを仏教の者たちがその一端を垣間見て、拳を挙げたり払子を振るといった行いを手に握り、大いに尊大に振る舞い、中国の学者や士大夫を軽んじた。世の人々は彼らと論じ合う勇気もなく、逆に彼らを信じ、帰依するようになった。もし聖人の教えが正しく伝えられていたなら、どうしてこのようなことが起こっただろうか。」

屏山曰：諸子知目視耳聽為心爾，亢倉子耳視而目聽，其知之乎？阿那律無目而見，󰍑難陀無耳而聽，摩訶迦葉久滅意根，圓明了知，不因心念，必不知也。而況佛說身心，皆為幻垢？正如孔子之廢心而用形，逕造四絕之妙。顏子屢空而未達，子貢多學而不識者。上蔡果得其傳乎？中國學士大夫，不談此事者，千五百年矣！今日頗有所見，豈非王氏父子，蘇氏兄弟之力歟？自家寶藏，自家不識，為隣翁指似，憎而詬之，癡兒亦不忍為也！吁！

> 屏山は言った。「皆さんは、目で見て耳で聞くことが心だと思っている。しかし亢倉子は耳で見て目で聞いたという。その道理を悟っているだろうか。阿那律は目がなくても見え、難陀は耳がなくても聞こえた。摩訶迦葉は遠く昔に意根を滅し、心の働きによらずに、すべてを明らかに円満に知った。これらは、ただの心の思いでは決して到達できない境地である。ましてや、仏が説かれたように、身体も心も、すべて幻であり塵であるならば、なおさらである。それはちょうど、孔子が心を捨てて形を用い、四つの絶妙な境地に直接至ったのと同じである。顔回は何度も空に達しながらも、まだ究極には至らず、子貢は多くのことを学んだが、真の認識には至らなかった。上蔡先生は、本当にその真髄を受け継いだのだろうか。中国の学者や大夫たちが、このような道理を語らなくなってから、千五百年にもなる。今日、ようやく私にも少し見えてくることがある。これは、王氏の父子や蘇氏の兄弟の力ではないだろうか。自分の家の宝であるのに、自分で気づかず、隣のおじいさんに指さされて初めて知り、そのおじいさんを憎んでののしるとは、愚かな子どもでも、そんなことはしないだろう。ああ！」

上蔡曰：仁者人也，活者為仁，不知痛痒為不仁，學佛者知此，謂之見性，遂以為了終歸妄誕，聖門見此消息，必加功焉。

> 蔡氏は言う。「仁とは人としての本来の姿である。生きているものが仁であり、痛みや痒みを感じないことが不仁である。仏教を学ぶ者がこの道理を知って『これが見性だ』と言い、そのままそれで終わりとするのは、結局のところ虚偽であり的外れである。聖人の門下では、この消息を見極めたならば、必ずさらに修行を積むのである。」

屏山曰：佛者有言：無為雖真，趣之則道果難證；有為雖偽，弃之則功行不成。故三賢將滿，加行，初圓八地以前，無功未至，理則頓悟，無剎那間，事則漸除，有僧祇刼。謝氏為伊川所傳，不敢謦欬，死於語言矣。果知痛痒否乎？

> 屏山は言った。仏陀はこう説かれた。「無為は真実であるが、それに執着すれば道の果てを証得するのは難しい。有為は偽りであるが、それを捨ててしまえば功徳や修行は成就しない。」だからこそ、三賢位が満ちようとする時、加行に進み、初地から八地以前は、無功用の境地にはまだ至らない。理においては瞬時に悟るが、刹那の隔たりもなく、事においては徐々に除かれていく、阿僧祇劫の長い時間を要するのである。謝氏は伊川先生（程頤）の教えを伝える者であり、少しの声も出せずに、言葉の中に縛られて死んでしまった。はたして彼は痛みや痒みを本当に知っているのだろうか。

上蔡曰：人之氣稟不同，顏子似弱，孟子似強，孟子壁立萬仞，非恁地手脚，撑住此事不去。雖然，猶有大底氣像，未能消磨盡。所以見他未至聖人之地位，不然，藐大人等語，不說出來。

> 蔡先生（上蔡）はこう言った。「人には生まれつきの気質の違いがある。顔回（がんかい）はどちらかといえば弱く、孟子はどちらかといえば強い。孟子はまるで高くそびえる崖のように揺るぎない。しかし、あの強い気質があってこそ、この大事業を支えていけるのだ。とはいえ、孟子にはまだ英雄的な気概が残っていて、それを完全に消し去るには至っていない。だから、その境地は聖人には一歩及ばないのだ。もしそうでなければ、『大人を軽んじる』といった言葉を孟子は口にしなかっただろう。」

屏山曰：此伊川語也。他人之唾，其可食乎？正孟子所謂，不得於言，勿求於心，不得於心，勿求於氣，劍去遠矣，爾方刻舟！孟子之所以為孟子者，其可見耶？為出於氣稟，蔽於詖，而陷於邪。

> 屏山が言うには、「これは伊川の言葉である。他人の吐いた唾を、どうして食べることができようか。まさに孟子がいうところの、言葉において納得できなければ、心に求めず、心において納得できなければ、気に求めず、というその通りである。剣はすでに遠くへ去ったのに、あなたは舟に刻みをつけている。孟子が孟子たるゆえんは、どこに見えるというのか。気質から出て、偏った言葉に覆われ、邪な考えに陥っているのだ。」

上蔡曰：諸子百家，人人自生出一般見解。欺誑眾生，聖門得天理，故敢以天自處。佛氏却不敢恁地做大。明道嘗曰：吾學雖有所受，天理二字，却是自家拈出來。

> 上蔡先生が言った。諸子百家は、それぞれが自分勝手な見解を生み出し、人々を騙している。聖人の教えは天理を得ているので、敢えて天を自らの拠り所とする。仏教はそのように大きなことを言おうとはしない。明道先生（程顥）がかつて言った。私の学問には受け継いだものもあるが、「天理」という二文字は、自分で見出したものである。

屏山曰：禪者有言：盡法界是沙門一雙眼，更須瞑却，有何見解？眾生與諸佛，一口吞盡，喚甚作天理，天理圓無盡矣。可惜明道拈弄出來，止有天理二字而已。嗚呼！

> 屏山は言った。禅者にこういう言葉がある。「尽法界は沙門の一双眼なり」と。だが、さらにその目を閉じなければならない。何の見解があろうか。衆生と諸仏を一口に呑み尽くしてしまえば、何を天理と呼べようか。天理は円満で尽きることがない。惜しいかな、明道（程顥）がこの言葉を取り出して示したが、ただ「天理」という二字があるのみである。ああ、嘆かわしいことだ。

上蔡曰：世上說仁，只管著愛上，怎生見得仁？只如力行近乎仁，關愛甚事，呂晉伯因悟曰：公說仁字，正與尊宿說禪字一般。

> 蔡氏は言う、「世の中で仁を説く者は、ただひたすら愛に結びつけてしまう。それではどうして仁を理解できようか。例えば、力を尽くして実践することが仁に近いとされるが、それが愛と何の関係があるだろうか。呂晋伯はこれを聞いて悟って言った、『あなたが仁という字を説くのは、まさに老師たちが禅という字を説くのと同じだ』と。」

屏山曰：仁固非愛，愛豈非仁。仁者，自生分別，去禪遠矣！

> 屏山は言った。「仁とは必ずしも愛ではないが、愛がどうして仁でないことがあろうか。仁を重んじる者は、自ら分別を生じさせる。それでは禅から遠く離れてしまうのだ。」

上蔡曰：老子見得錯了，只如失道而後忘等語，那裡有許多分別。

> 蔡氏（上蔡）は言う、老子は見解を誤っている。「道を失って後に仁義がある」といった言葉は、多くの分別を生み出しているが、実際にはそんなに多くの区別はない。

屏山曰：此數字者，未有老子時，正自不同，豈是渠分別耶？

> 屏山は言う。「この数字（の言葉）は、老子が現れる前から、そもそも異なっていたのだ。どうして彼（老子）の分別であろうか？」

上蔡曰：吾曾問莊周與佛何如？伊川曰：周安得比他佛！佛說直有高妙處，莊周氣象大，故淺近如人睡初覺時，不見上下東西，指天說地，怎消得恁地。他只是家常茶飯，逞箇甚麼！

> 上蔡が言った：「私はかつて荘周と仏を比較してどうかと尋ねました。」伊川が言った：「荘周がどうして仏に比べられるだろうか！仏の教えには確かに高妙なところがある。荘周は風格は大きいが、浅い。ちょうど人が目覚めたばかりの時のように、上下東西が見えず、天を指したり地を言ったりするだけだ。どうしてそんな風に済ませられるだろうか。彼はただ日常的な話をしているだけで、何を誇っているのか！」

屏山曰：程子之法，夢魘幾死，嗔人驚覺，豈知家常飯味乎？

> 屏山が言った。「程子のやり方では、悪夢にうなされて死にかけても、人に驚かされて目覚めるようなものだ。どうして日常の食事の味を知ることができようか。」

上蔡曰：吾嘗曆擧佛說與吾儒同處問伊川。伊川曰：恁地同處多，只是本領不是，一齊差却，為不窮天理，只將拈匙把筯，日用底便承當做大事小事，任意縱橫作用，便是差處私處。為問何故是？私曰：把來做弄便是，做兩般看了，將此事橫在肚皮裡。一如子路冉子相似，便被他曾點冷眼看破，只管對春風吟咏，渾沒些能解，豈不快活！

> 上蔡先生が言いました。「私はかつて、仏教の教えと我々儒教の同じところを列挙して、伊川先生に尋ねたことがあります。伊川先生は言われました。『同じところが多いのは確かだが、根本が間違っているので、すべてがずれてしまう。天理を窮めていないため、ただ箸を使うような日常の細事をそのまま大事・小事として受け止め、意のままに振る舞う。これこそが誤りであり、私欲の部分なのだ。』そこで私は『なぜ私欲なのですか』と尋ねると、『それを弄びの道具にしてしまうこと、つまり物事を二つに分けて見て、これを心の中に橫たえておくことだ。それは子路や冉子のようであり、曽点に冷ややかな目で見破られてしまう。曽点はただ春風の中で詩を詠み、全く何のわざとらしさもない。なんと快活ではないか』と答えられました。」

又如子路有做好事底心，顏子參彼已。孔子便不然，更不作用。

> また、子路には善い行いをしようとする心があった。顔回は自己と他者を分別せずに悟りを得た。しかし孔子はそうではなく、何も計らいをしなかった。

屏山曰：謝子所問於程氏者，是渠室中事也，其所見處甚高，正中拙禪和弄精魂之病。雖然，釋迦既死，天下太平，達磨未來，此方已有，本色宗師，尋常語話，佛之一字，尚不喜聞。如有妙解，直須吐却，透雲門之二關，出曹山之三墮，隨波逐浪，已是廉纖，戴角披毛，又成滲漏，著衣喫飯之日用，擔柴運水之神通，元無伎倆，誰敢承當？鬼神尚不能窺見王老師，天魔亦尋伺不著金剛臍，叢林如海，夫豈無人！程子冷眼看他不破，即吾夫子飯食日用：中庸之妙，洒掃應對，君子之傳也。程子果得之乎？

> 屏山がいわく——謝氏が程氏に問うたものは、彼自身の内なる問題である。その見解は非常に高いところにあったが、まさに拙い禅者が「霊性の働き」に捉われる病にかかっていたのである。 たといそうではあっても、釈迦がすでに滅し、天下が平穏であり、達磨がまだ来ない前に、すでにこの地に本色の宗匠がいた。彼らの日常の言葉では、「仏」の一字さえも喜んで聞くことはなかった。 もし妙なる理解があるならば、すぐにそれを吐き捨てよ。雲門の二関を透り抜け、曹山の三堕を出でよ。波に随い浪に逐うのは、すでに細やかすぎる。角を戴き毛を被るのは、またも漏れとなる。衣を著け飯を喰う日用、柴を担ぎ水を運ぶ神通——もとより何の技量もなく、誰がよく受け継ぎ得ようか。 鬼神すら王老師を窺い見ることはできず、天魔も金剛臍を尋ね捉えることはできない。叢林は海のごとく広い、どうして人がいないことがあろうか！ 程子が冷ややかな目で彼を見破れなかったとしても、わが夫子の飯を食らい日用に生きるという中庸の妙、洒掃や応対のうちに、君子の伝承があるのだ。程子は本当にそれを得ていたのであろうか？

上蔡曰：佛說直下便是動念即乖，此是乍見孺子已前底事。乍見孺子底，吾儒喚做心地，便喚做前塵妄想，見得本高，吾儒要就上面體認做工夫，他却一切掃除，說大乘頓教，一聞便悟，須是顏冉已上底姿質始得。乍見孺子底心，是自然底天理，怎生掃除得？

> 上蔡は言った。「仏教では『直下にこれ便是れ、動念すれば即ちこれ乖く』と言う。これは、‘子供を一目見た’という以前のことを指している。‘子供を一目見た’という心を、我々儒者は‘心地’と呼び、さらに‘前塵妄想’と呼ぶ。その境地は既に高いと見るが、儒者はその上で体認して工夫を積むことを求める。しかし仏教はそれをすべて払い除けて、大乗頓教を説き、一度聞けば悟るという。これは顔回や冉有以上の資質を持つ者でなければできない。‘子供を一目見た’という心こそ、自然な天理である。どうして払い除けることができようか。」

屏山曰：陋哉謝子之言也！觀音以大悲為名，彌勒以慈氏為首，豈以乍見孺子者為妄想乎？所謂動念即乖，正恐謝子如此分別爾。大乘菩薩，念念度阿僧祇眾生，不見一眾生得度者，正當乍見孺子時也。儒者果體認得此心？直下便是豈太高耶！不做工夫，更無掃蕩，雖非顏閔？一聽此說，將有徑悟者乎？

> 屏山が言うには、「なんと浅はかなのか、謝子の言葉は！観音菩薩は大悲をもって名とし、弥勒菩薩は慈氏をもって先頭とする。どうしてふと子供を見る心を妄想だと言えるだろうか。いわゆる『念が動けば即座に乖く』というのは、まさに謝子がこのように分別していることを憂えているのだ。大乗の菩薩は、念念に阿僧祇の衆生を度するも、一人の衆生として度せられたるを見ず。まさにこのふと子供を見る時こそが、その境地なのだ。儒者が本当にこの心を体得し得るならば、そのまま直下にそれである。どうして高遠すぎると言えようか！工夫をせず、さらに掃き清めることもなければ、たとい顔回や閔子騫の徳には及ばないとしても、この説をひとたび聞けば、直ちに悟る者があるかもしれないではないか？」

上蔡曰：佛大概私心，學佛者欲離生死要度一切眾生，亦是為自己發願，那一箇不拈香禮佛，儒者直是放得下，更無多事。

> 上蔡（謝良佐）說：「佛教大體上出於私心。學佛的人想要脫離生死輪迴，發願要度化一切眾生，這其實也是為了自己而發願。這樣一來，哪一個不是為了燒香禮佛呢？而儒者真正能夠放得下，沒有那麼多額外的事情。」

屏山曰：佛者無心，亦無生死，無眾生可度，亦無發菩提心者。拈香禮佛，無所不可。謝子放下此心，却成多事矣！

> 屏山和尚は言った。「仏には心がなく、また生死もない。救うべき衆生もなく、菩提心を起こす者もない。香を拈じて仏に礼するのも、何もかも差し支えない。謝子よ、この心を放下せよ。そうすれば、却って余計なことになるのだ。」

上蔡曰：人死時氣盡也。予嘗問明道有鬼神否？明道曰：道無，儞怎生信？道有，儞但去尋討看。橫渠云：這箇是天地間妙用，這裡有妙理，於若有若無之間，須斷直得去，不是鶻突，自家要有便有，要無便無，始得鬼神在虛空中辟塞滿，觸目皆是，為他是天地間妙用，祖考精神，便是自家精神。

> 上蔡は言った。「人が死ぬ時、気は尽きるものだ」。私はかつて明道に「鬼神はあるのか」と尋ねたことがある。明道は言った。「道には無いと言えば、どうして信じられるのか。道にはあると言うなら、ただ探し求めに行けばよい」。横渠は言った。「これは天地間の妙なる働きであり、ここには深い理がある。あるともなく、ないともなく、その間にあって、まっすぐに突き進んでいくべきで、曖昧にぼんやりしてはいけない。自分自身に在ると思えば在り、無いと思えば無い、それでこそよい。鬼神は虚空の間に充ち満ちて、目に触れるものすべてがそれである。なぜなら、それは天地間の妙なる働きであり、先祖の精神は、すなわち自分自身の精神だからである」。

屏山曰：明道之說，出於未能事人，焉能事鬼。橫渠之說，出於精氣為物，遊魂為變，是故知鬼神之情狀。上蔡之說，出於盛哉鬼神之德洋洋乎！如在其上，如在其左右。三子各得聖人之一偏耳。竟墮於或有或無，若有若無之間；不免鶻突。子觀聖人之言，各有所主，大抵有生有死，或異或同，無生無死，非同非異。人即有形之鬼，鬼即無形之人，心有即有，心無即無耳。聖人復生，不易吾言矣。

> 屏山が言った。「明道の説は『人に仕えることをまだ学ばずして、どうして鬼に仕えることができようか』という言葉から出ている。横渠の説は『精気が物となり、遊魂が変ずる。ゆえに鬼神の情状を知る』という言葉から出ている。上蔡の説は『鬼神の徳の盛んなることよ、あまねく満ちている。その上にあるかのごとく、その左右にあるかのごとし』という言葉から出ている。三人の学者はそれぞれ聖人の教えの一面を得たにすぎない。結局、あるとかないとか、あるようでないようだとかの間に落ち込み、ぼんやりと曖昧なままになるのを免れなかった。私が思うに、聖人の言葉はそれぞれに趣旨があるが、おおむね『生あり死あり』と言い、あるいは異なりあるいは同じであり、『生なく死なく』と言い、同じでもなく異なりでもない。人はすなわち形のある鬼であり、鬼はすなわち形のない人である。心に思えばそれがあり、心に思わなければそれがないだけのことだ。たとえ聖人が再び生まれても、私のこの言葉を変えることはないだろう。」

上蔡曰：呂與叔常患思慮紛擾，程夫子答以心主於敬，則自然不紛擾矣。

> 上蔡先生が言った。「呂與叔はいつも思考が乱れ騒ぐことを悩んでいた。程夫子（程伊川先生）は、『心を敬に保てば、自然と乱れ騒ぐことはなくなる』と答えた。」

屏山曰：僕欲易伊川一字，心主於鏡，則自然不紛擾矣。

上蔡曰：血氣之屬，有陰陽牝牡之性，而釋氏絕之，何也？

> 上蔡先生が言ったことには、「血気のある生き物には、陰陽や雄雌の性質があるのに、仏教はそれを断ち切ろうとするのは、どうしてだろうか？」ということだ。

屏山曰：飲食男女，正血氣耳！性何與焉，故饑則思飽，飽則厭，壯則喜，老則倦，性無變易，豈有此耶？血氣方剛人能戒之，人不能戒，其去禽獸無幾矣。世有辟穀而齋居者豈遂喪其性乎？以女子為難養，故孔子三世而出妻，孟子惡敗而去妻，瞿曇氏去其嬪嬙，而有革囊之喻，蜜刃之說，猶世俗有烝通之姦，亡國喪家，以殺其身者，踵相接也！仁人君子，忍為此言乎？

> 屏山は言う。「飲食や男女のことは、まさに血気（身体的な欲求）によるものだ。本性（生まれつきの善性）とは何の関わりがあろうか。だから、飢えれば満腹を望み、満腹になれば飽き、壮年になれば喜び、老年になれば倦む。本性が変わらないのなら、どうしてこのような変化があろうか。血気が盛んな時に、人はこれを戒めることができる。しかし戒められないなら、禽獣と大差ない。世には穀物を断ち、斎戒して暮らす者もいるが、どうして彼らの本性を失ったと言えるだろうか。女子は養い難いとされる。だから孔子は三代にわたり妻を出し、孟子は悪（醜女）を嫌って妻を去り、瞿曇（釈迦）は后妃を離れて、革囊（革袋）の譬えや蜜刃（蜜の刃）の説を示した。世の俗人には、上の者と通じる姦通があり、国を亡ぼし家を失い、身を滅ぼす者が跡を絶たない。仁人君子が、どうしてこのような言葉を口にできようか。」

上蔡曰：釋氏以性為日，以念為雲，去念見性，猶去雲見日。釋氏之所去，正吾儒之所當事者，釋氏不窮理，以去念為宗。

> 上蔡先生は言った。仏教者は本性を太陽にたとえ、念（思い）を雲にたとえる。念を取り去って本性を見るというのは、ちょうど雲を取り去って太陽を見るようなものだという。しかし、仏教者が取り去ろうとするものこそ、まさに我々儒者が大切にすべきものなのである。仏教者は理を窮めず、ただ念を去ることを宗旨としているのだ。

屏山曰：佛以妄念翳其真心，故有此喻，真心發光為正念，名佛出世，誰能去之？故《維摩經》以貪愛為母，無明為父，若去無明與貪愛者，名為殺佛父母。《首楞嚴》亦謂：令汝速登解脫，即汝六根，更非他物，此吾儒之所當事者，但恐未見真心耳。非窮理者不知也。

> 屏山は言った。仏は、妄念が真の心を覆い隠すことから、この比喩を用いたのである。真の心が光を放つことを正念といい、これを仏の出現という。誰がそれを取り去ることができようか。ゆえに『維摩経』では、貪愛を母とし、無明を父とする。もし無明と貪愛を取り除くことができれば、これを仏の父母を殺すというのである。『首楞厳経』もまた、「汝をして速やかに解脱に到達せしめるもの、それは汝自身の六根（眼・耳・鼻・舌・身・意）であって、他の何物でもない」と説く。これは我々儒者が努めるべきことであり、ただ真の心をまだ見ていないことが憂えられるだけである。道理を窮め尽くす者でなければ、このことを知ることはできない。

上蔡曰：吾儒以名利關為難透。釋氏以聲色關為難透。

> 上蔡先生は言った。「我々儒者は、名声や利益という関門を越えるのが難しいとする。仏教者は、声や色（感覚的な欲望）という関門を越えるのが難しいとする。」

屏山曰：釋氏以生死關為難透。名利聲色，其猶膚垢耳。

> 屏山は言った。「仏教徒は生死の関門を超え難いものとするが、名声や利益、声や色といったものは、ただ皮膚の垢にすぎないのだ。」

上蔡曰：釋氏指性喻天，故蠢動含靈，與我同性，明道謂：吾儒雖若與釋氏無異，然而不同。

> 上蔡先生が言った。「仏教は本性を天に例えて示す。だから、這い動くすべての生きとし生けるものは、私と同じ本性を持っているという。明道先生は言った。『我々儒者は、一見仏教と変わらないように見えるが、実は異なっている』と。」

屏山曰：凡有血氣之屬，其心識不相遠也。上古神聖之人知之，吾儒與釋氏之道本同，其教不同耳。以其不同，是以同也。程子亦以性為天，天其有異乎？

> 屏山は言う：およそ血の通う生きとし生けるもの、その心のはたらきは大きく異なるものではない。いにしえの聖人たちはこのことを知っていた。我々儒者の道も仏の道も、その根本は同じであり、ただ教え方に違いがあるだけである。その違いがあるからこそ、かえって同じなのである。程子もまた性を天と見なした。天にどうして違いがあろうか。

上蔡曰：登徒子不好色，而有滛行；色出於心，滛出於氣。

> 蔡上蔡は言った。「登徒子は色を好まないが、淫らな行いがある。色は心から生じ、淫らさは気から生じる。」

屏山曰：既有不好色而󰯌者，是氣血也，非心也明矣。

> 屏山は言った。「すでに色を好まないという人がいても、それは気血によるものであって、心によるものではないことは明らかである。」

上蔡曰：伊川曾問某，近日事何如？某對曰：天下何思何慮？伊川曰：是則是有此理，賢者却發得太早。當見得這個事，經時無他念，終有不透脫處。若不得他一句救援，便入禪家去矣。聞此語後二十年，不敢道「何思何慮」。

> 蔡氏（上蔡）が言うには、伊川先生（程頤）がかつて私に尋ねられた。「最近の修行はどうか」と。私は答えた。「天下に何を思い、何を案ずることがありましょうか（何思何慮）」と。伊川先生は言われた。「それは確かに道理としてはその通りだ。しかし、君はそれを言うのが早すぎる。この道理を本当に見極めるには、長い間、他の雑念を抱かずに過ごして、最後にまだ透き通らないところが残るものだ。もし先生の一言で救われなければ、私は禅宗の方へ入ってしまっていただろう」。この言葉を聞いてから二十年間、私はあえて「何思何慮」とは言わなかった。

屏山曰：列子學於壺丘子也，三年心不敢念利害，口不敢言是非，始得一盻；六年心更念利害，口更言是非，始得一笑；九年橫心所念，更無利害；橫口所言，更無是非；始並席而坐。至於口如耳，耳如目，目如鼻，即造乘風之妙，此入道之階也。奈何以少時無他念為禪乎？

> 屏山は言った。「列子は壺丘子に学んだ。三年の間、心は利害を思わず、口は是非を言わずして、ようやく一目を得た。六年の間、心はさらに利害を思い、口はさらに是非を言って、ようやく一笑を得た。九年にして、心のままに思っても利害がなく、口のままに言っても是非がない境地に達し、初めて同じ座に並んで座ることができた。口が耳のようになり、耳が目のようになり、目が鼻のようになるに至って、ついに風に乗る妙境に至った。これが道に入る階梯である。どうして若い時に他念がないことをもって禅だとするのか。」

上蔡曰：釋氏與吾儒，須認取精微，最非同非不同處，才有私意，便支離。

> 上蔡という人はこう言った。「仏教（釈氏）と我々儒教の間には、その精微なところを見極めなければならない。最も重要なのは、同じでもなく、異なっているわけでもないという点である。そこに少しでも私的な思いが入れば、たちまち真理は断片化してしまうのだ。」

屏山曰：精微之理，無同無異，有支離處，即私意耳。

> 屏山は言った。精微な真理には、同じも違いもない。もし分断されたところがあれば、それはただ私心によるものだ。

上蔡曰：釋氏有言：不怕念起，只怕覺遲！豈免念起，須識念起時。

> 上蔡は言った。「仏教の教えにこうある。『念が起こることを恐れず、ただ覚りが遅れることを恐れよ』と。しかし、念が起こることを避けられないのなら、その念が起こる瞬間をしっかりと見極めるべきである。」

屏山曰：此念起時，已變滅矣。須欲識認，其可見乎？學者試思之。

> 屏山は言う。「この念が起きた時には、すでに変化し滅んでいる。それを識別しようと望むならば、果たしてそれを見ることができるだろうか。学ぶ者は、よくよく考えてみなさい。」

上蔡曰：吾儒下學而上達，窮理之至，自然見道，以我為天也。佛氏不從理來，故自不信，必待人證明然後信。吾儒從裡面做，豈有不見。佛氏只從外見之，却不肯入來做，不謂佛氏無見處。

> 上蔡先生は言った。我々儒者は、下（身近な学び）から学んで上（高遠な道）に達する。道理を窮め尽くせば、自然に道を悟る。自分自身を天と見なすのである。仏教者は道理から入ってこないので、自分自身で信じることができず、必ず他人が証明してからでないと信じない。我々儒者は内側から実践するので、どうして道を悟らないことがあろうか。仏教者はただ外側から見るだけで、内に入って実践しようとはしない。仏教者に悟りが見えるところがないと言っているのではない。

屏山曰：孔子游於方內，訴流而上；老子游於方外，沿流而下；至於瞿曇氏，則無上無下，無內無外，無來無去，亦無見處，大包太虛而有餘，細入微塵而無間，同天同人，非天非人，以其言大有逕庭，故其徒必相訂正，真偽之襍，間不容髮，果有所得，如雙鑒然，非自信也，恐高談自欺，誤學者耳。

> 屏山は言った。孔子は世の中を遊行し、流れに逆らって上へ遡った。老子は世の外を遊行し、流れに沿って下った。瞿曇（釈迦）に至っては、上も下もなく、内も外もなく、来ることも去ることもなく、見るところもない。その大きさは太虚を包んでなお余りあり、その細かさは微塵に入って隙間がない。天と同じであり人と同じであり、天でもなく人でもない。その言葉は甚だかけ離れているがゆえに、その弟子たちは必ず互いに訂正し合う。真偽が入り混じることは、髪の毛一本の隙間も許されない。もし本当に得るところがあれば、それはまるで二つの鏡を重ねたようなものである。これは自分を信じることではなく、高遠な議論で自らを欺き、学ぶ者たちを誤らせることを恐れるからである。

上蔡曰：佛之論性，如儒之論心；佛之論心，如儒之論意；循天之理，但是，性不可容些私意，纔有私意，便不能與天為一。

> 上蔡（という学者）は言った。仏教が「性」について論じるのは、儒教が「心」について論じるのと同じであり、仏教が「心」について論じるのは、儒教が「意」について論じるのと同じである。天の理に従うこと、それこそが大切である。しかし、「性」には少しの私心もあってはならない。少しでも私意が交じれば、天と一体になることはできないのだ。

屏山曰：性如水也，心如海也，意如漚也，此天理之自然者；豈不了然。初無同異，漚生漚滅，其如海何，儒佛妙處，皆無私意。

> 屏山は言った。「本性は水のようなものであり、心は海のようなものであり、意は泡のようなものである。これらは天理が自然に備わっているものであり、どうして明らかでないことがあろうか。初めから同異はなく、泡が生じ、泡が滅んでも、それが海に何の影響を及ぼすだろうか。儒教と仏教の奥深いところは、どちらも私意（私利私欲）が無いことにある。」

上蔡曰：敬是常惶惶法，心齊事事放下，其理不同。

> 上蔡は言う。「敬とは常に心を慎み深く保つことである。心を整え、万事を手放すというのとは、その理が異なる。」

屏山曰：見道者敬，即是觀、是慧、是照、是無上菩提。齊則是止，是定、是寂、是大般涅槃，了無差別。如未見道。敬即無明，齊即無記，正孟子之所謂助長與忘，固不同矣。

> 屏山師がおっしゃった。「道を見た者にとっての敬は、すなわち観であり、慧であり、照であり、無上の菩提である。斉は、すなわち止であり、定であり、寂であり、大般涅槃である。両者にまったく差別はない。しかし、道を見ていない者にとっては、敬は無明となり、斉は無記となる。まさに孟子が言うところの『助長』と『忘』であり、もともと同じではないのである。」

上蔡曰：釋氏所以不如吾儒、無義以方外一節，義以方外，便是窮理。釋氏以理為障礙，然不可謂釋氏無見處，但見了不肯就理。諸公不須尋見處，但且敬以窮理。

> 蔡氏が言った。「仏教が我々儒者に及ばないのは、『義をもって外を方(ただ)しくする』という一節がないからである。義をもって外を正しくするとは、すなわち理を窮めることだ。仏教は理を障害と見なす。しかし、仏教に悟りがないとは言えない。ただ、悟りを得ても、それに従って理に就こうとしないのだ。皆さんは悟りを求める必要はない。ただ敬をもって理を窮めなさい。」

屏山曰：佛以八萬四千塵勞煩惱，為八萬四千清凉解脫法門。豈無義以方外一節，以謂理為障乎？果有所見，事事無礙，無非理也。何所就耶？如無所見，敬以防心可矣。其能窮理乎？學者欲有所見，不必他求，我無所見，即無不見矣。

> 屏山は言った。「仏は八万四千の塵労煩悩を、八万四千の清凉解脱の法門とされた。どうして義をもって外を方(ただ)す一節がなく、理が障りとなるなどということがあろうか。もし本当に見るところがあれば、事事無礙(じじむげ)で、すべてが理でないものはない。どこに求める必要があろうか。もし見るところがなければ、敬(つつし)みをもって心を防ぐのでよい。それでどうして理を窮められようか。学ぶ者は見るところを得ようとして、わざわざ他に求めることはない。私に何か見るところがない、それこそが見ないものがないということなのだ。」

上蔡曰：古人千言萬語，許多模樣，只要一箇是字。

> 上蔡先生が言った。「古人の言葉は千言万語、数多くの教えがあるが、それらはすべてただ『是』という一文字に尽きる。」

屏山曰：古人千言萬語，許多模樣，只沒一箇是字。

> 屏山は言った。古人の千言万語、多くの教えは、ただ一つの「是（これ）」の字すら満たしていない。

上蔡曰：邵堯夫問：今年雷起甚處？伊川曰：起處起，邵愕然。

> 蔡上蔡が言うには、邵堯夫が「今年、雷はどこから起こるのか」と尋ねたところ、伊川が「起こるところから起こる」と答えた。邵堯夫は驚いて呆然とした。

屏山曰：此正滑頭禪者之葛藤耳。堯夫之易數，未可輕也！

> 屏山は言う、「これはまさに、口先だけの禅者たちのごまかしに過ぎない。堯夫の易の術は、軽んじてはならないのだ。」

上蔡曰：儒異於禪，正在下學矣。

> 蔡氏は言う、「儒教が禅と異なる点は、まさに下学（日常の学び）にある。」

屏山曰：禪同於儒，止在上達處矣。其可不知之乎？

> 屏山は言った。「禅は儒と同道であり、ただその究極の境地に至る点において同じである。それなのに、これを知らなくてよいだろうか？」

上蔡曰：摠老嘗問，默而識之，是識箇甚？無入而不自得，是得箇甚？

> 上蔡曰く、摠老はかつて問うた、「黙してこれを識るとは、何を識るのか。入るところなくして自ら得ざるはなしとは、何を得るのか。」と。

屏山曰：上蔡常記總此語，而無所畣答，其意欲學者自求之也，今特表而出之。

> 屏山は言った。「上蔡は常にこの言葉を記録していたが、それに対して答えを出さなかった。その意図は、学ぶ者たちが自ら求めることを促すためである。今、特に取り出して示すことにした。」

元城曰：孔子、佛之言，相為終始。孔子之言毋意、毋必、毋必、毋固、毋我。佛之言曰：無我、無人、無眾生、壽者。其言次第，若出一人。但孔子以三綱五常為道，故色色空空之說，微開其端，令人自得爾。孔子之心佛心也，假若天下無三綱五常，則禍亂又作，人無噍類矣！豈佛之心乎？故儒釋道其心皆一，門庭施設不同耳。如州縣官不事事，郡縣大亂。禮佛、誦經、坐禪，以為學佛可乎！

> 元城は言った。「孔子と仏の教えは、互いに呼応し合っている。孔子の言葉に『意（こだわり）なく、必（こうせねば）なく、固（かたくな）なく、我（われ）なし』とある。仏の言葉には『我なし、人なし、衆生なし、寿者なし』とある。その言葉の順序は、まるで一人の人物が語ったかのようだ。ただ、孔子は三綱五常を道としたため、『色即是空』の教えはほんの端緒を開いたに過ぎず、人々が自ら悟ることを促したのである。孔子の心は、仏の心と一つである。もし天下に三綱五常がなければ、災いや乱れが再び起こり、人々は絶滅してしまうだろう。それが仏の心であろうか。ゆえに儒教も仏教も道教も、その心は一つであり、ただ教えを示す門戸や方法が異なるだけである。たとえば、州や県の役人が職務を果たさなければ、郡や県は大いに乱れる。仏を礼拝し、経を唱え、座禅を組むだけで、仏道を学んだといえるだろうか。」

屏山曰：元城之論，固盡善矣。惜哉！未嘗見華嚴圓教之旨。佛先以五戒十善，開人天乘，後以六度萬行，行菩薩道；三綱五常，盡在其中矣。故善財五十三叅，比丘無數人耳。觀音三十二應，示現宰官居士長者等身，豈肯以出世法，壞世間法哉！

> 屏山は言った。「元城の論は、確かに完全に善いものである。惜しいかな！彼はまだ華厳の円教の宗旨を見ていない。仏はまず五戒十善をもって人天乗を開き、その後、六度万行をもって菩薩道を行う。三綱五常も、すべてその中に含まれているのである。だから善財童子の五十三回の参詣も、比丘はただ数人にすぎない。観音菩薩の三十二応化身は、宰官や居士、長者などの姿を示現される。どうして出世間の法をもって、世間の法を壊すことがあろうか！」

梁武帝造寺、度僧、持戒、捨身，嘗為達磨所笑。󰍑摩尊者謂宋文帝，王者學佛，不同匹夫。省刑罰則民壽，薄稅斂則國富，其為齋戒不亦大乎？惜一禽之命，輟半日之飡，匹夫之齊戒爾！此儒者學佛，不龜手之藥也。

> 梁の武帝は、寺を建て、僧侭を出家させ、戒律を守り、さらには身を捧げたが、達磨に笑われたことがある。摩尊者は宋の文帝にこう言った。「王者が仏道を学ぶのは、一般人のそれとは異なる。刑罰を減らせば民は長生きし、税を軽くすれば国は富む。これこそが大きな斎戒ではないか。たった一羽の命を惜しんで、半日の食事を断つのは、一般人としての斎戒に過ぎない」と。これは儒者が仏教を学ぶ際の「亀の手を枯らさない薬」（＝大いなる用に生かす知恵）というべきものである。

元城曰：古今大儒著論毀佛法者，蓋有說也。且彼尾重則首輕，今為儒佛弟子，各主其教，猶鼎足也。今一足失可乎？則鼎必覆矣。所謂佛法，凡可以言，皆有為法，有成有敗，物極則反，佛法太盛，不獨為儒病，亦為佛法之太禍也。彼世之小儒，不知此理，見前輩或毀佛法，亦從而詆之。以謂佛法皆無足取，非也。士大夫多以禪為戲，此事乃佛究竟之法，豈可戲而為一咲之資乎？此亦宜戒！

> 元城が言うには、「古今の大儒で仏法を毀損する論を著わした者には、それなりの理由がある。例えば、獣の尾が重ければ頭は軽くなるものだ。今、儒教の弟子と仏教の弟子がいて、それぞれ自分の教えを守るのは、ちょうど鼎の三本足のようなものだ。もしその一本の足が欠けたらどうなるか？鼎は必ず覆ってしまうだろう。いわゆる仏法というものは、言葉で表せるものはすべて因縁によって生じたものであり、盛衰があり、物事が極まれば反転する。仏法があまりに盛んになれば、儒教の害になるだけでなく、仏法自身の大きな災いにもなるのだ。世の中の小さな儒者たちはこの道理を知らず、先輩たちが仏法を毀損するのを見て、それに従って非難する。仏法はすべて取り入れる価値がないと考えるのは、誤りである。また、士大夫の中には禅を遊び半分に扱う者がいるが、これは仏道の究極の教えである。どうして冗談にして、一笑の種にしてよいものか。これも戒めるべきである！」

屏山曰：劉子之言，深中強項書生之病矣。雖然，其父報仇，其子必却，是亦先儒之過也。聖人之道，無首無尾，過慮尾重而首輕，吾謂不如首尾之相救也。三聖人同出於周，固如鼎足，然偏重且覆。烏可去其一乎？韓子之時，佛法大振，於吾儒初無所損，今少林之傳將絕，而洙泗之道亦如線矣。唇亡齒寒之憂，可立而待也。悲夫！

> 屏山は言う。劉子の言葉は、頑固に自分の考えを曲げない書生たちの病を、まさに鋭く突いている。しかしながら、その父親が復讐をすれば、その子は必ずそれを断ち切ってしまうものだ。これは先儒たちの過ちでもある。聖人の道には、始まりも終わりもない。過度に配慮して、尾が重くて頭が軽いと考えるのは、私はむしろ頭と尾が互いに助け合うのが良いと考える。三人の聖人は、同じく周の時代に現れて、まさに鼎の三本の脚のように固く立っているが、偏って重ければ転んでしまう。どうしてその一つを除くことができようか。韓子の時代には、仏法が大いに盛んになり、我々儒教には初めから損害はなかった。今や少林の伝承は絶えようとしており、洙泗（儒教）の道も糸のように細くなっている。唇が亡びれば歯が寒くなるという憂いは、すぐにでも起こり得る。悲しいことだ。

元城曰：所謂禪一字，於六經中亦有此理，佛易其名。達磨西來，此話大行。佛法到今果弊矣！只認色相，若渠不來，佛法之滅久矣！又上根聰悟，多喜其說，故其說流通。某之南遷，雖平日於吾儒及老先生得力，然亦不可謂於此事不得力。世間事有大於死生者乎？此事獨一味理會生死有箇見處，則貴賤禍福輕矣。老先生極通曉，但不言耳。蓋此事總繫利害，若常論之，則人以為平生只談佛法。所謂五經者，不能曉生死說矣。故為儒者不可談，蓋為孔子地也。又下根之人，謂寂寞枯槁，乃是佛法，至於三綱五常，不肯用意。又其下者，泥於報應因果之說，不修人事，政教錯亂，生靈塗炭，其禍蓋不可勝言者！故其平生何曾言，亦本於老先生之戒也。

> 元城は言った。「いわゆる『禅』という一文字は、六経の中にもその理は存在する。仏がその名を変えたのだ。達磨が西から来て、この言葉が大いに広まった。仏法は今や本当に衰退してしまった。ただ色や形だけを認めている。もし彼が来なかったなら、仏法はとっくに滅びていただろう。また、上根の聡明で悟りのある者たちは、その説を好むことが多いため、その教えは広まった。私が南へ遷された時、平素は儒教や老先生のおかげで力を得ていたが、この事（禅）においても力を得なかったとは言えない。世の中のことに死生より大きいものがあろうか？この事だけをただひたすら生死を理会して、何か見識を得ることができれば、貴賤や禍福も軽く感じられるものだ。老先生は非常に通暁しておられたが、ただ語られなかっただけだ。およそこの事は常に利害に関わるので、もし常に論じれば、人々は平生ただ仏法だけを語っていると思うだろう。いわゆる五経というものは、生死の説を理解することはできない。だから儒者としては語るべきではない。それは孔子の立場を守るためだ。また、下根の人々は、静かで枯れた様子こそが仏法だと思い、三綱五常には意を用いない。さらにその下の者は、報応や因果の説にこだわり、人事を修めず、政教は乱れ、民は苦しみ、その災いは語り尽くせないほどである！だから彼（老先生）は平生何も語られなかった。これもまた老先生の戒めに基づくものだ。」

屏山曰：元城之說，為佛者慮盡矣。為儒者慮似未盡也。佛書精微幽隱之妙，佛者未必盡知；皆儒者發之耳。今已章章然已，或秒而不傳，其合於吾書者，人將謂五經之中，初無此理，吾聖人真不知有此事，其利害亦非細也。吾欲盡發其秘，使天下後世，其知六經之中有禪，吾聖人已為佛也，其為孔子地，不亦大乎！彼以寂寞枯槁為佛法，以報應因果廢人事，或至亂天下者，正以儒者不讀其書為所欺耳。今儒者盡發其秘，維摩敗根之議，破落空之偏見，般若施身之戒，攻着相之愚夫，上無蕭衍之禍，下無王縉之惑矣。雖極口而談，著書而辨，其亦可也，學者其熟思之。

> 屏山は言う。「元城の説は、仏教者のために考えを尽くしている。しかし儒者のために考える点は、まだ十分ではないようだ。仏典の精妙で深遠な奥義は、仏教者自身もすべてを理解しているわけではなく、儒者によって明らかにされることが多いのである。今やその一端は明らかになったが、もし細かな部分が伝わらず、我々の教えに合致するものが失われてしまえば、人々は『五経にはそもそもこのような道理はない、我々の聖人は本当にこのような事柄を知らなかったのだ』と言うだろう。その影響は決して小さくない。 私はその秘義をすべて明らかにしたいと思う。天下後世の人々に、六経の中に禅があり、我々の聖人がすでに仏の境地に達していたことを知らしめたいのだ。それが孔子の地位を守ることになれば、その功績はなんと大きなものではないか。 あの人々は、寂静で枯淡な生活を仏法と思い、因果応報の教えをもって世間の務めを捨て、ついには天下を乱すこともある。これはまさに儒者が仏典を読まず、彼らに欺かれているからである。今、儒者がその秘義をすべて明らかにすれば、維摩の敗根の教えは虚無の偏見を打ち破り、般若の施身の戒めは形相に執着する愚か者を攻め、上には蕭衍のような災いもなく、下には王縉のような惑いもないだろう。 たとえ言葉を尽くして論じ、書を著して弁証するとも、それは良いことである。学者はよくよく熟考すべきである。」

元城曰：看經者當知其義，但尋文逐句，即生誹謗，如《法華》云：念彼觀音力，刀尋叚叚壞！言其性也。見《楞嚴經》故，祖師將頭迎白刃，如劒斬春風耳。此理喻人不致謗佛也。

> 元城先生はこう言った。「経典を読む者は、その意味を理解すべきである。ただ文字を追い、一句ごとにこだわれば、かえって誹謗を生むことになる。例えば『法華経』に『かの観音の力を念じれば、刀は段々に壊れる』とあるのは、その本質（性）を説いたものである。『楞厳経』にも見えるように、祖師たちは頭を白刃に差し出しながらも、まるで剣が春風を斬るかのようであった。この道理をもって人に示せば、仏を誹謗することにはならないのである。」

屏山曰：劉子誠辯矣。雖然理中有事，性即是相，吁！匪測也。佛說不可思議，思議求之，或未盡善。

元城曰：繫詞亦有非孔子之言。如在傳穆姜之言。元亨利貞之說是也。

屏山曰：歐陽子之遺毒也。學者其吐之，不然，或殺人矣。穆姜雖有此語，孔子刪定之，即孔子語也。

元城曰：溫公著論詆釋氏云：其妙不能出吾書，其誕吾不信也。某問如何是妙？曰：無我，千經萬論，只辨一箇我字。又問如何是誕？曰：其言天堂地獄不足信。曰：今王法雖至殺戮，不能已之，惡人苟有不肖之心，自弁其命。何所不可？佛之設此，俾人易惡而向善耳。且鄒衍謂：天地之外，如神州赤縣八九。莊子言六合之外，聖人存而不論。凡人耳自所不及，安知其無？公曰：吾欲扶教爾。

> 元城先生がこう言った。「温公（司馬光）は論を著して仏教を批判し、『その妙義は我々の書物の域を出ない。その荒唐無稽な話は信じられない』と述べた。私は尋ねた。『では“妙”とは何でしょうか？』温公は答えた。『無我のことだ。千の経典、万の論書も、結局はこの“我”という一字を解明しているに過ぎない』と。さらに私は尋ねた。『では“荒唐無稽”とは何でしょうか？』温公は答えた。『天国や地獄の話は信じるに足りない、ということだ』と。そこで私は言った。『現在の王法も、極刑をもってしても悪人を根絶できません。悪人に不仁の心があれば、自らの命を顧みず、どんなことでもやりかねないのです。仏がこのような話を設けたのは、人々が悪を離れて善に向かうようにするためです。また、鄒衍は“天地の外には、神州や赤県のような世界が八、九もある”と言いました。荘子も“六合（天地四方）の外については、聖人は存在を認めつつも論じない”と述べています。凡人の耳や目が及ばないことについては、どうして存在しないと言えましょうか？』温公は言った。『ただ私は儒教を護ろうとしたのだ』と。」

屏山曰：元城與司馬君實如父子然。故心術之發，無有所隱，此言固善。雖然！元城之疑未盡，君實之情，亦太矯矣。吾聖人六經中，皆有此意，眛者弗知耳。必欲扶教，此說其可誕乎！

> 屏山は言った。「元城（劉安世）と司馬君実（司馬光）の関係は、まるで親子のようであった。だからこそ、互いに心の内を隠すことなく語り合ったのであり、その言葉は確かに善いものである。しかしながら、元城の疑問は必ずしも尽きておらず、君実の真情もまた、あまりに無理をしているきらいがある。我らが聖人の六経の中には、いずれもこの意図が含まれているが、心の暗い者はそれに気づかないだけである。どうしても教えを扶けたいと願うならば、この説を軽んじてよいものであろうか（いや、決して軽んじてはならない）。」

元城曰：若由中道，則無時不正。釋老之道，皆未免入邪。

屏山曰：苟有意於中正，即入於邪矣！惟學道者知之。