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title: "祖堂集 · 序"
description: "祖堂集由五代南唐时期静、筠二禅师编撰，是中国现存最早的禅宗灯录体史书。全书二十卷，收录自释迦牟尼至唐末五代共二百余位禅宗祖师的事迹、机缘语录和传法谱系，尤详于青原、南岳二系。该书成于景德传灯录之前，保存了大量早期禅宗史料，语言质朴，具有极高的文献价值与思想深度，是研究禅宗源流、思想及唐宋口语的重要经典，被誉为禅宗史的奠基之作。"
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### 祖堂集序

> 『祖堂集』序文

泉州招慶寺主淨修禪師文僜述

> 泉州招慶寺主淨修禅師文僜述

夫諸聖興來，曲收迷子。最上根器，悟密旨於鋒鋩未兆之前；中下品流，省玄樞於機句已施之後。根有利鈍，法無淺深。矧乎聖人雖利生而匪生，聖人雖興化而寧化。苟或能所斯在，焉為利齊之方？然遺半偈一言，蓋不得已而已。言教甚布於寰海，條貫未位於師承。常慮水涸易生，烏馬難辯。今則招慶有靜、筠二禪德，袖出近編古今諸方法要，集為一卷，目之《祖堂集》。可謂珠玉聯環，卷舒浩瀚；既得奉味，但覺神清。仍命余為序，堅讓不獲，遂援毫直書。庶同道高仁，勿以譏誚，乃錄云爾。

> ここに、諸々の聖者が世に現れ、迷いの子らを導き集められた。最上の根器を持つ者には、言葉の刃が振り下ろされるより以前に、密かなる奥義を悟らせ、中以下の根器の者には、機縁の句が施された後に、深遠なる要旨を省みさせるのである。根器には利鈍があり、法には浅深がない。ましてや聖人は、衆生を利益するといえども、その実、利益するという想いを有せず、聖人は教化を興すといえども、その実、教化するという想いを有さないのである。もし能と所とがそこに存するならば、どうして利益平等の道となろうか。しかしながら、半偈の偈や一言の句を遺して指導されたのは、まことに止むに止まれぬことであったのだ。言葉による教えは天下に広く行き渡ったが、その系統は師承の地位に定まっていない。私は常に、水が涸れてしまうと生き物が生じ、烏と馬とが混同され、辯じ難くなることを憂慮している。今ここに、招慶の静・筠の二禅徳が、古来よりの諸方の法要を近く編纂したものを袖から取り出し、一巻に集めて《祖堂集》と名付けたのである。これはまことに、宝玉や真珠が環を連ねたようなものであり、巻を繰れば浩瀚として広がり、その味わいを得てみれば、ただただ心が清らかになるのを覚えるばかりである。そして、私に序文を書くよう命じられたが、固辞しても許されず、ついに筆を執って、ありのままに書き記した。どうか同道の高き仁者よ、嘲笑することなく受け入れられんことを。ここにその旨を記すのみである。