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title: "東林十八高賢傳 · 曇翼"
description: "東林十八高賢傳由唐代僧人釋某撰寫，記述東晉時期廬山東林寺慧遠大師與十八位高賢結社念佛、共修淨業的事跡。該傳反映了淨土宗早期發展的歷史背景，詳載高僧們的修行與弘法歷程，彰顯了念佛往生西方的思想。此傳雖已失傳，但作為中國佛教淨土宗的重要文獻，對後世淨土信仰的傳播與結社修行模式產生了深遠影響，是研究早期淨土宗歷史和慧遠大師思想的重要依據。"
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### 曇翼

> 曇翼

餘杭人。初入廬山依遠公。後往關中。見羅什東還會稽入秦望山誦法華經十二年。感普賢大士化女子身。披采服。㩗筠籠。一白豕大蒜兩根。至師前曰。妾入山采薇上采服五采也彩俗下采薇采取也作採俗。日已斜。豺狼縱橫。歸無生理。敢托一宿。師却之力。女復哀鳴不已。遂令居草床上。夜半號呼腹疼告師按摩。師辭以持戒。不應手觸。女號呼愈甚。師乃以布裹錫杖。遙為按之。翌日女以采服化祥雲。豕變白象蒜化雙蓮。凌空而上。謂師曰。我普賢菩薩。特來相試。郡太守孟顗聞于朝。勑建法等寺今天衣寺。初餘杭山沙門法志。常誦法華。有雉巢于菴側。翔集座隅。若聽受狀。如是七年。一日忽燋悴。志曰。汝能聽經。必生人道明旦雉殞。即為瘞之。夜夢童子拜曰。因聽經得脫羽類。今生山前王氏。後其家設齋。志方踵門。兒曰。我和尚來也。志撫之曰。汝我雉兒也。解衣視掖下有雉毳三莖。七歲令入山出家。十六落髮以掖有毳。因名以翼。

> 余人（浙江省余杭県の人）。初め廬山に入り、遠公（慧遠）に師事した。後に関中へ行き、羅什（鳩摩羅什）に会った。東へ帰り、会稽に至り、秦望山に入って『法華経』を十二年間誦経した。すると普賢菩薩が感応され、女の身に化身された。色とりどりの美しい衣をまとい、竹の籠を手にし、一匹の白い豚と大蒜二本を携えて、師の前に来て言った。「私は山里に野菜を採りに入りましたが、日も傾き、狼や豹がうろついております。帰れば生きてはいられませぬ。どうか一夜の宿をお許しください。」師はこれを断った。女はさらに悲しげに懇願し続けたので、ついに草の寝床に寝かせた。夜半、女は大声で叫び、腹が痛いと訴えて師に按摩を頼んだ。師は戒律を守っているので、手で触れることはできないと断った。女はさらに激しく叫び続けた。そこで師は布で錫杖を包み、遠くから彼女に按じた。翌日、女は美しい衣を祥雲と変え、豚は白象に、大蒜は二本の蓮の花に変わり、空に昇っていった。そして師に言った。「私は普賢菩薩である。わざわざあなたを試すために来たのだ。」郡の太守である孟顗が朝廷にこのことを奏上し、詔勅により法等寺（現在の天衣寺）が建立された。 かつて余杭山の沙門・法志は、常に『法華経』を誦経していた。彼の庵の側に一羽の雉が巣を作り、いつも座のそばに飛来しては、聞き入っている様子であった。これが七年続いた。ある日、突然やつれ果ててしまったので、法志は言った。「お前は経を聴くことができたのだから、きっと人間の道に生まれ変わるであろう。」翌朝、雉は死んでいた。法志はすぐにこれを埋葬した。その夜、童子が夢に現れて礼を言った。「経を聴いたおかげで、鳥の類から解脱できました。今、山の前にある王氏の家に生まれました。」その後、その家が斎を設けた時、法志が門を叩くと、その子が言った。「私の和尚様がおいでになった。」法志は彼を撫でて言った。「お前は私の雉の子だ。」そして衣を開けて脇の下を見ると、三本の雉の羽毛が生えていた。七歳の時に山に入り出家させ、十六歳で得度した。脇の下に羽毛があることから、名を翼と名付けた。