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title: "法華靈驗傳 · 園苡呈祥"
description: "法華靈驗傳（了圓錄）由明代僧人釋了圓編撰。該書成書於明代佛教復興與民間信仰交融的背景下，主要輯錄了與《法華經》相關的靈驗故事與感應事迹，通過具體事例宣揚持誦、書寫、供養此經的功德利益。全書內容生動，融合了經典教義與民間實踐，在佛教史上具有重要地位，既是研究《法華經》信仰流傳的珍貴文獻，也反映了明代佛教世俗化與靈驗記文學的發展特點，對後世佛教靈驗記創作影響深遠。"
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### 園苡呈祥苡音以。香草也

> 園苡が祥瑞を現す<note>「苡」は音が「以」で、香草のこと</note>

法師鳩摩羅什。此云童壽。龜音丘茲國人。七歲出家。日誦千偈。其母携至月支國。見一羅漢曰。此沙彌年至三十五。當大弘佛教度無數人。每唯其言。一日謂曰。方等深教應大闡真丹。唯爾之力。時符堅據關中。太史奏云。有德星現外國分野。當有大智人入輔中國。堅曰。朕聞西域有羅什。將非是耶。即遣呂光率兵伐龜茲國。光既獲什。迴至凉州。聞符堅為姚萇所害。乃據關外僭號後凉。萇崩。子興襲位。廟庭俄生連理樹。逍遙園葱變為苡。以為祥瑞。遂伐呂光。迎什入長安。待以以國師之禮。興於逍遙園引諸沙門聽什講說。辯通華夏。覽舊經與胡本乖誤。以弘始八年於草堂寺與僧䂮音略。利也等八百餘人。更集四方義學沙門二千餘人。對舊經考校。譯此妙法蓮華經一部七卷。什曰。所譯法華等經幸共流布。若所譯無謬。願焚軀後舌不焦爛。言訖而終。至於闍維。舌界不灰。委見梁僧傳及南山感通傳。韋天人曰。什公聰明善解大乘。彼自七佛已來傳譯。得法王之遺寄也。俗以陷戒為言。此不須疑。什位三賢。非悠悠者也。　出弘贊第二卷及現應錄上之一。

> 鳩摩羅什という法師は、童寿と訳される。亀茲国の人である。七歳で出家し、一日に千の偈を誦した。母に連れられて月支国に至った時、一人の羅漢に出会い、「この沙弥は三十五歳になった時、大いに仏教を広め、無数の人々を救うであろう」と言われた。羅什は常にその言葉を心に留めていた。ある日、母が言った。「方等経の深遠な教えは、真丹（中国）において大いに弘められるべきである。それはあなたの力によるのだ。」その頃、符堅が関中を拠点としていた。太史が上奏して、「外国の分野に徳のある星が現れました。これは大いなる智恵を持つ人物が中国に入り、国を助ける前兆でございます。」と言った。堅は言った。「朕は西域に羅什という者がいると聞いている。まさしく彼のことではないか。」そこで呂光を派遣し、兵を率いて亀茲国を討たせた。光は羅什を捕らえ、凉州に帰還したが、符堅が姚萇に殺されたと聞き、関外に拠って後凉を名乗った。姚萇が亡くなると、子の興が位を継いだ。廟庭に忽然として連理の木が生え、逍遙園では葱が苡に変わった。これを祥瑞として、興は呂光を討ち、羅什を長安に迎え入れて、国師の礼をもてなした。興は逍遙園に多くの沙門を集め、羅什の説法を聴かせた。羅什は中国の言葉に精通し、旧訳の経典を胡本と照らし合わせて誤りがあることを見極めた。弘始八年、草堂寺において僧䂮ら八百余人と共に、更に四方から集まった義学の沙門二千余人を加え、旧訳と照らし合わせて校訂し、この『妙法蓮華経』一部七巻を翻訳した。羅什は言った。「私が翻訳した法華経などの経典が、幸いにも広く流布することを願う。もし私の翻訳に誤りがなければ、死後、火葬された時に私の舌だけは焼け焦げないでほしい。」そう言い終えて息を引き取った。荼毘に付された時、舌だけは焼けなかった。詳しくは梁の『高僧伝』や『南山感通伝』に記されている。韋天人は言った。「羅什公は聡明で、大乗をよく理解していた。彼は七仏以来、翻訳を伝え、法王の遺された教えを受け継いだのである。世間の人は戒律を破ったと言うが、これは疑うに及ばない。羅什は三賢の位にあり、凡庸な者ではない。」以上は『弘賛』第二巻および『現応録』上之一による。