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title: "續武林西湖高僧事略 · 大明空谷隆禪師"
description: "明代高僧莲池大师袾宏辑录。该书是北宋《武林西湖高僧事略》的续编，属佛教史传文献。主要记载宋末至明代期间杭州西湖周边高僧大德的生平事迹与弘法历程，反映该地区佛教的传承与发展。作为研究江南佛教历史的重要资料，它延续了佛教传记传统，具有承前启后的地位，为后世了解明中期以前杭州佛教人物与宗门风范提供了珍贵记载。"
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### 大明空谷隆禪師

> 大明空谷隆禅師

師諱景隆。字祖庭。號空谷。姑蘇洞庭󱓣山陳氏子。父月潭居士。母金氏。生於洪武癸酉七月十二日。為童時不茹葷。趺坐若禪定。永樂壬辰。從弁山白蓮懶雲和尚受學參禪。雖家居。而湖海禪伯如古拙和尚輩靡不參謁。庚子出家虎丘。宣德二年詣杭州昭慶受戒。遂依師住靈隱七年。往天目禮祖塔。憩錫一載。刻苦參究。忽有省。因造懶雲剖露。雲印可之。懶雲。臨濟下二十四世也。師所著有空谷集三十卷。心宗洞達。機辨峻󳫠。儒釋通貫。事理交融。大理卿吳公誌之。師存年五十二時。自作塔銘於武林西湖之修吉山。院名正傳。有正傳十景之詠在集。

> 師は諱を景隆といい、字は祖庭、号は空谷と称した。姑蘇（現在の蘇州）洞庭山の陳氏の出身である。父は月潭居士、母は金氏。洪武癸酉年（1393年）七月十二日に生まれた。幼い頃から肉を食べず、座禅を組むように静かに坐っていたという。永楽壬辰年（1412年）、弁山の白蓮の懶雲和尚に師事し、参禅の学びを受けた。在家の身でありながらも、江湖の禅の名僧である古拙和尚らのもとを広く訪ねて参禅した。庚子年（1420年）に虎丘で出家した。宣徳二年（1427年）、杭州の昭慶寺で戒律を受け、その後、師に従って霊隠寺に七年間住んだ。さらに天目山に赴いて祖師の塔を礼拝し、そこに一年留まって刻苦精進した。あるとき忽然として悟りを得て、懶雲のもとを訪れてその境地を示したところ、懶雲はこれを認めた。懶雲は臨済宗二十四世にあたる。師の著に『空谷集』三十巻がある。その教えは心の本質を深く明らかにし、機鋒は峻烈であり、儒教と仏教を自在に通じ、事と理を融和させた。大理卿の呉某が碑文を記した。師は五十二歳のとき、武林（杭州）の西湖の修吉山に自らの塔銘を撰した。その寺院を正伝と名づけ、『正伝十景』の詩詠が集の中に収められている。