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title: "攝大乘論釋 · 7 增上戒學分"
description: "攝大乘論釋是古印度世親菩薩對無著菩薩所造攝大乘論的權威註釋由唐代玄奘法師漢譯本論以唯識思想為核心系統闡釋阿毘達磨大乘經中攝大乘品深入論述阿賴耶識緣起三性三無性等教義建立完整的唯識學體系是印度瑜伽行派重要論書為研究唯識學根本典籍對漢傳佛教思想影響深遠被譽為大乘佛教義理之瑰寶"
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## 攝大乘論釋卷第八

> 摂大乗論釈 巻第八

世親菩薩造

> 世親菩薩による

三藏法師玄奘奉　詔譯

> 三蔵法師玄奘奉詔訳

### 增上戒學分第七

> 第七増上戒学の章

論曰：如是已說因果修差別。此中增上戒殊勝云何可見？如菩薩地正受菩薩律儀中說。復次應知略由四種殊勝故此殊勝：一由差別殊勝、二由共不共學處殊勝、三由廣大殊勝、四由甚深殊勝。

> 論じて曰く：このようにして、因果や修行の違いについてはすでに述べた。ここで、さらに高い戒律の優れた点とは、どのように見るべきか。それは、菩薩の境地において、菩薩の戒律を正しく受けることの中に説かれている。また、簡潔に言えば、次の四つの優れた点によって、この戒律は特に優れているのである。第一に、種類の違いによる優れた点、第二に、共通と不共通の学処による優れた点、第三に、広大さによる優れた点、第四に、深遠さによる優れた点である。

釋曰：此中問答辯諸菩薩所學尸羅，於聲聞等有大差別，故名殊勝。又此增上戒等三學，即前所說波羅蜜多自性所攝，何故別立？於先所說波羅蜜多別義建立，今當顯示。為顯展轉相因性故別立三學，謂依尸羅發生靜慮，復依靜慮發生般若。

> ここで、菩薩の学ぶ戒律が、声聞などの戒律と大きく異なる点があることを、問答を通して明らかにしています。そのため、これを「殊勝」と名付けています。 また、この増上戒・増上心・増上慧の三学は、先に述べた波羅蜜多の本質に含まれています。では、なぜ別に立てるのでしょうか。先に述べた波羅蜜多とは別の観点から、その意義をここで示します。 三学を別に立てるのは、互いに支え合う因果関係を明らかにするためです。すなわち、戒律に基づいて心の静けさ（静慮）が生まれ、その静けさに基づいて智慧（般若）が生まれるということを示しています。

論曰：差別殊勝者，謂菩薩戒有三品別：一律儀戒、二攝善法戒、三饒益有情戒。此中律儀戒，應知二戒建立義故。攝善法戒，應知修集一切佛法建立義故。饒益有情戒，應知成熟一切有情建立義故。

> 論じて曰く、差別の殊勝とは、菩薩戒に三種の別があることを謂う。一に律儀戒、二に摂善法戒、三に饒益有情戒である。このうち律儀戒は、二つの戒（摂善法戒と饒益有情戒）を成立させる基盤であると知るべきである。摂善法戒は、あらゆる仏法を修習し集めることを成立させる基盤であると知るべきである。饒益有情戒は、全ての有情を成熟させることを成立させる基盤であると知るべきである。

釋曰：差別殊勝，謂聲聞等唯有一種律儀戒，無攝善法戒及饒益有情戒。菩薩具三，是故殊勝。

> 解釈して述べます。「差別による殊勝さ」とは、声聞（しょうもん）などの修行者には、ただ一つの律儀戒（りつぎかい）しかなく、善法を摂取する戒（摂善法戒）や、生きとし生けるものを利益する戒（饒益有情戒）はありません。しかし菩薩は、この三つの戒をすべて備えているため、その点で優れているのです。

論曰：共不共學處殊勝者，謂諸菩薩一切性罪不現行故，與聲聞共；相似遮罪有現行故，與彼不共。於此學處，有聲聞犯菩薩不犯，有菩薩犯聲聞不犯。菩薩具有身語心戒，聲聞唯有身語二戒，是故菩薩心亦有犯，非諸聲聞。以要言之，一切饒益有情無罪身語意業，菩薩一切皆應現行、皆應修學。如是應知說名為共不共殊勝。

> 論曰：共と不共の学処の殊勝とは、諸々の菩薩は一切の性罪を現行しないから、声聞と共通し、似たような遮罪には現行するから、彼らとは共通しないことをいう。この学処において、声聞には犯しても菩薩には犯さないものがあり、菩薩には犯しても声聞には犯さないものがある。菩薩は身・語・心の戒を持つが、声聞は身と語の二戒のみを持つ。それゆえ、菩薩には心においても犯することがあるが、声聞にはない。要するに、一切の有情を益する無罪の身・語・意の業は、菩薩はすべて現行し、すべて修学すべきである。このように知るべきであり、これを共と不共の殊勝と名づける。

釋曰：共不共中，一切性罪謂殺生等，說名為共。相似遮罪，謂掘生地斷生草等，說名不共。於此學處者，謂後學處。有聲聞犯菩薩不犯者，如兩安居，觀益有情輒行經宿。有菩薩犯聲聞不犯者，謂觀有益而故不行。是故菩薩心亦有犯非諸聲聞者，謂唯內起欲等尋思，菩薩成犯，非聲聞等。一切饒益有情無罪身語意業菩薩一切皆應現行皆應修學者，謂能饒益而無有罪，如是三業菩薩應修。或雖饒益而非無罪，如以女等非法之物授與他人，為遮此事故說無罪。

> 解説：共通と不共通のうち、すべての性罪（殺生など）を「共通」と説く。似て非なる遮罪（地面を掘る、草を断つなど）を「不共通」と説く。ここでの学処とは、後の学処を指す。声聞には犯しても菩薩には犯さない場合がある。例えば、安居の期間中に、有情を利益すると見なして勝手に外出し一晩を過ごすことである。菩薩には犯しても声聞には犯さない場合がある。例えば、利益になると見なして故意に行わないことである。ゆえに、菩薩は心だけで犯す場合があり、声聞にはない。すなわち、内に欲などの妄念を起こすだけで、菩薩は犯戒となるが、声聞などにはならない。すべての有情を利益する無罪の身・語・意の業を、菩薩はすべて現行し、すべて修学すべきであるとは、利益をもたらしつつ罪がない、このような三業を菩薩は修めるべきであるという意味である。あるいは、利益をもたらすが無罪ではない場合もある。例えば、女性などを不法な物として他人に与えることなどである。このようなことを防ぐために「無罪」と説かれたのである。

論曰：廣大殊勝者，復由四種廣大故，一由種種無量學處廣大故、二由攝受無量福德廣大故、三由攝受一切有情利益安樂意樂廣大故、四由建立無上正等菩提廣大故。

> 論にはこう述べられている。「広大で殊勝であるとは、さらに四つの広大さによる。第一に、無量の学ぶべき処が多種多様にわたって広大であることによる。第二に、無量の福徳を摂受することで広大であることによる。第三に、一切の有情の利益と安楽を願う意楽を摂受することで広大であることによる。第四に、無上の正等覚（正しい悟り）を建立することで広大であることによる。」

釋曰：種種無量學處廣大者，謂諸菩薩所修學處，亦是種種亦是無量，由此於彼一切有情作成熟事及攝受事故。攝受無量福德廣大者，謂諸菩薩攝受無量福德資糧，非聲聞故。攝受一切有情利益安樂意樂廣大者，謂於諸有情勸令修善，名利益意樂。若即於此補特伽羅，願由彼善當得勝果，名安樂意樂。建立無上正等菩提廣大者，謂諸菩薩由此尸羅，建立無上正等菩提，非聲聞故。

> 解説：さまざまな無量の学処が広大であるとは、菩薩たちが修める学処が多種多様であり、また限りがないことを意味します。それによって、彼らはすべての有情を成熟させ、受け入れるための働きを行うからです。無量の福徳を受け入れて広大であるとは、菩薩たちが限りない福徳の資糧を受け入れていることであり、声聞にはないからです。すべての有情の利益と安楽を願う意楽が広大であるとは、諸々の有情に善を勧めて修行させることを利益の意楽といい、その同じ人に対して、その善によってすぐれた果報を得るように願うことを安楽の意楽といいます。無上正等菩提を建立して広大であるとは、菩薩たちがこの戒律によって無上正等菩提を建立することで、声聞にはないからです。

論曰：甚深殊勝者，謂諸菩薩由是品類方便善巧，行殺生等十種作業而無有罪，生無量福，速證無上正等菩提。又諸菩薩現行變化身語兩業，應知亦是甚深尸羅。由此因緣，或作國王示行種種惱有情事，安立有情毘奈耶中。又現種種諸本生事，示行逼惱諸餘有情，真實攝受諸餘有情，先令他心深生淨信，後轉成熟。是名菩薩所學尸羅甚深殊勝。

> 論じて曰く、甚深にして殊勝なるものとは、諸々の菩薩がこのような種類の方便善巧によって、殺生などの十種の業を行うとも罪がなく、無量の福を生じ、速やかに無上正等菩提を証することをいう。また、諸々の菩薩が現に行う変化の身語二業は、これもまた甚深なる尸羅（戒）であると知るべきである。この因縁によって、あるいは国王として種々の有情を悩ます業を示し、有情を毘奈耶（律）の中に安立する。さらに、種々の本生の事を示し、他の有情を逼悩することを示しながら、実際には他の有情を真実に摂受し、先に他者の心に深く清らかな信を生じさせ、後に転じて成熟させる。これを菩薩の学ぶところの尸羅の甚深にして殊勝なるものと名づける。

釋曰：甚深殊勝中，謂諸菩薩由是品類方便善巧者，此中顯示如是菩薩如是方便善巧功能。謂諸菩薩若如是知如是品類補特伽羅，於此不善無間等事將起加行。以他心智了知彼心，無餘方便能轉彼業。如實了知彼由此業定退善趣定往惡趣，如是知已生如是心：我作此業當墮惡趣，我寧自往，必當脫彼。於彼現在雖加少苦，令彼未來多受安樂。是故菩薩譬如良醫，以饒益心雖復殺之，而無少罪、多生其福，由多福故疾證無上正等菩提。如是等戒最為甚深。又諸菩薩現起變化身語二業，當知亦是甚深尸羅。由此道理，或作國王現作種種惱有情事，安立有情毘奈耶中。變化自體名為變化，此中應說無厭足王化導善財童子等事。又現種種諸本生事者，如毘濕婆安呾羅等諸本生事。此中菩薩以其男女施婆羅門，皆是變化。示行逼惱諸餘有情真實攝受諸餘有情者，謂諸菩薩終不逼惱餘實有情，攝受其餘實有情故，如是亦名甚深殊勝。

論曰：由此略說四種殊勝，應知菩薩尸羅律儀最為殊勝。如是差別菩薩學處，應知復有無量差別，如毘奈耶瞿沙方廣契經中說。

釋曰：如是四種略說差別，於毘奈耶瞿沙經中廣說復有百千差別。