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title: "集神州三寶感通錄 · 臨海天台山梁聖寺"
description: "唐代高僧道宣律师所撰的佛教典籍《集神州三寶感通錄》，成書於初唐時期。該書廣泛搜集整理了自漢至唐以來中國境內與佛、法、僧三寶相關的靈感事跡與祥瑞記載，包括舍利感應、聖像顯靈、高僧神異等內容。全書分三卷，以史傳筆法匯錄靈驗故事，展現佛法在華夏的傳播與扎根。此作不僅是研究中國早期佛教史、靈驗文學及民間信仰的重要文獻，也反映了佛教中國化進程中與本土文化融合的軌跡，具有極高的宗教與史料價值。"
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東晉初天台山寺者。昔有沙門帛道猷。或云。竺姓者。銳涉山水窮括奇異。承天台石梁終古無度。乃慷慨曰。彼何人斯獨無貞操。故使聖寺密爾對面千里。遂揭錫獨往徑趣石梁。周瞰崖險久之方獲。其山石梁非一聖寺亦多。將欲直度不惜形命。且虹梁亘谷下望萬尋。上闊尺許莓苔斜側。東邊似通西礙大石攀蹬路絕。猷乃別思異校。夜宿梁東。便聞西寺磬聲經唄唱薩。勇意相續通夕不安。又聞聲曰。却後十年當來此住。何須苦求。雖爾不息晨夕惋恨。結草為菴彌年禪觀。後試造梁。乃見橫石洞開梁道平正。因即得度。遂見棟宇宏壯圖塔瓌奇。神僧敘接宛同素識。中食既訖將陳住意。僧曰。却後十年自當至此。何勞早住。相送度梁。橫石已塞。至晉太元年終於山所。形似綠色端坐如生。王羲之聞之造焉。望崖仰挹。今有往者。雲迷其道。

> 東晋の初め、天台山の寺には、かつて帛道猷という沙門がいました。あるいは竺姓とも言われます。彼は山水を鋭く探り、奇異なものをことごとく求めました。天台山の石梁は古来より渡る者がいないと聞き、慨然として言いました。「あの者はどんな人か、ただ一人で貞操を守っているのか。それゆえ聖なる寺は近くにあっても、対面は千里の隔たりがある。」そこで錫杖を掲げて独りで向かい、石梁へと直進しました。崖の険しさを周囲に見渡し、長い時を経てようやく到達しました。その山の石梁は一つではなく、聖なる寺も多くありました。直ちに渡ろうと、命を惜しまずに進みました。虹のような梁は谷をまたぎ、下を望めば万尋の深さ、上は尺ほどの幅で、苔が斜めに生えています。東側は通じているようですが、西側は大きな石に阻まれ、登る道は絶えていました。道猷は別の方法を考えました。夜、梁の東に宿ると、西の寺から磬の音や経の唱え、サッタの声が聞こえてきました。勇気が続き、一晩中落ち着きませんでした。また声が聞こえました。「十年後にここに来て住むことになる。どうして苦しんで求める必要があるのか。」それでもやめず、朝晩を悔やみ嘆き、草を結んで庵を作り、一年中禅観に励みました。後に梁を試しに造ると、横たわる石が洞のように開き、梁の道が平らで整っているのを見ました。それによって渡ることができ、壮麗な建物や奇抜な図塔を見ることができました。神僧が迎え、まるで昔からの知り合いのように接してくれました。昼食を終え、住む意向を伝えようとすると、僧は言いました。「十年後に自然とここに来る。どうして早く住むことを苦労するのか。」送られて梁を渡ると、横たわる石はすでに塞がれていました。晋の太元年に山で亡くなり、体は緑色を帯び、端座したまま生きているようでした。王羲之がこれを聞き、訪れました。崖を仰ぎ見て拝みました。今も行く者がいますが、雲が道を迷わせています。