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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 29 迴眾物入己學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 迴眾物入己學處第二十九

> 二十九、将公用物歸為己有之學處

爾時佛在釋迦處販葦人聚落。爾時有一長者自起信心深生愛敬，造一住處施與別人聖者羅怙羅。時羅怙羅於此寺中時時住止，因有緣務須往室羅伐城。是時長者聞具壽羅怙羅捨其住處，執持衣鉢往室羅伐城。時彼長者見寺空虛，即便以寺捨入僧伽。時具壽羅怙羅事緣既了，即便還來詣舊住處，聞說長者以其住處施與僧伽。羅怙羅聞斯事已往詣佛所，禮雙足已在一面住，即以上緣具白世尊：「我今欲如之何？」于時世尊告羅怙羅曰：「汝今可詣長者之處作如是語：『長者！豈於我所見身語業有不善處生嫌賤耶？』」時羅怙羅承佛教已，即便往詣長者之處作如是語：「長者！豈於我所見身語業有不善處生嫌賤耶？」是時長者即便禮足作如是語：「我實不於聖者之所見身語業有不善處起嫌賤心。」時羅怙羅呪願長者：「無病長壽。」即便捨去還詣佛所，頂禮佛足在一面住，白佛言：「世尊！我承佛教，至長者所告言：『長者！豈於我所見身語業有不善處生嫌賤耶？』長者答我云：『聖者！我實不於聖者之所見身語業有不善處生嫌賤心。』」于時具壽阿難陀在於佛後執扇扇佛，世尊即告具壽阿難陀曰：「汝今宜往販葦人聚落，告諸苾芻悉令集在常食堂中。」時具壽阿難陀奉命而去具宣佛教，彼苾芻眾皆令集在常食堂中已，還詣佛所頂禮佛足在一面立，白佛言：「世尊！彼聚落中諸苾芻眾，我奉佛教皆已集在常食堂中，唯願知之。」爾時世尊詣彼堂中於所設座就之而坐，告諸苾芻曰：「若有施主以所施物施一別人，後時復迴此物施一別人，此則施者非法，受者亦非法，名不淨受用。如是若更迴與二人、或與三人，或與僧伽，斯等皆名施不如法、受不如法、不淨受用。汝等苾芻！若有施主，以所施物施二別人，後時復迴此物施一別人，此則施者受者俱名非法，所有受用皆是不淨。如是若更迴與二人、三人，或與僧伽，施者受者俱名非法，所有受用皆是不淨。汝等苾芻！若有施主，以所施物施三別人，後時復迴此物施一、二、三人，或與僧伽，施者受者俱名非法，所有受用皆是不淨。汝等苾芻！若有施主，以所施物施與僧伽，後時復迴此物施與一、二、三人，與餘僧伽，施者受者俱名非法，所有受用皆是不淨。汝等苾芻！若其僧伽破為二部，先施此部復將此物迴與彼部，乃至皆是不淨受用。汝等苾芻！若施一人不迴與一人，施者受者皆名如法，所有受用皆名清淨。如是若施二人、三人、僧伽、此部，更不迴與餘者，乃至受用皆名清淨，如上廣說。汝等苾芻！前是施、後非施。汝等苾芻！地屬於王、物屬於主，所有衣鉢等物應囑苾芻。施主所有施寺等物，若有破落應自修補，不應持此迴施餘人。汝等苾芻！應與羅怙羅先所住處。」時諸苾芻既奉佛教，即便授與羅怙羅先時住處。此是緣起，然佛世尊尚未制戒。

> ある時、仏はシュラーバスティ（舎衛城）にある、葦売りの人々の集落に滞在しておられた。 その時、ある長者が深い信心と敬愛の心を起こし、一つの住処を建て、出家者の一人である聖者ラーフラに施した。ラーフラはその僧院に時々滞在していたが、用事があってシュラーバスティに行く必要が生じた。 その長者は、ラーフラが住処を去り、衣と鉢を持ってシュラーバスティへ行ったと聞いた。長者は僧院が空っぽになっているのを見て、すぐにその僧院を僧伽（サンガ）に寄付した。 その後、ラーフラは用事が終わり、かつての住処に戻ってきた。そして、長者がその住処を僧伽に施したと聞いた。ラーフラはこのことを聞き、仏のもとへ行き、仏の両足に礼拝してから一方に立ち、上の事情を詳しく報告した。「私は今、どうすればよいのでしょうか？」 そこで世尊はラーフラに告げられた。「あなたは今、長者のところへ行き、こう言いなさい。『長者よ、あなたは私の身・口・意の行いにおいて、何か好ましくない点を見て、嫌悪の念を抱かれたのですか？』」 ラーフラは仏の教えを受けて、すぐに長者のところへ行き、こう言った。「長者よ、あなたは私の身・口・意の行いにおいて、何か好ましくない点を見て、嫌悪の念を抱かれたのですか？」 そこで長者はラーフラの足に礼拝して、こう言った。「私はあなたの身・口・意の行いにおいて、何か好ましくない点を見て、嫌悪の心を起こしたことは決してありません。」 ラーフラは長者に「どうか病気なく長寿でいらっしゃいますように」と祈願し、立ち去った。そして仏のもとへ帰り、仏の足に頭を礼して一方に立ち、こう申し上げた。「世尊よ、私は仏の教えに従い、長者のところへ行って『長者よ、あなたは私の身・口・意の行いにおいて、何か好ましくない点を見て、嫌悪の念を抱かれたのですか？』と申し上げました。長者は私に『私はあなたの身・口・意の行いにおいて、何か好ましくない点を見て、嫌悪の心を起こしたことは決してありません』と答えました。」 その時、阿難が仏の後ろで扇子を持って仏に扇いでいた。世尊は阿難に告げられた。「あなたは今、この葦売りの人々の集落に行き、すべての比丘たちに常食堂に集まるように伝えなさい。」 阿難は命を受けて行き、仏の教えを詳しく伝えた。比丘たちは皆、常食堂に集まった。阿難は仏のもとに戻り、仏の足に頭を礼して一方に立ち、こう申し上げた。「世尊よ、その集落の比丘たちは皆、あなたの教えの通りに常食堂に集まりました。どうかご存知ください。」 そこで世尊はその堂に行き、用意された座に座り、比丘たちに告げられた。 「もし施主が施した物を一人の個人に施した後、後にこの物を別の一人の個人に施し直すならば、この施しは施す者も法に適わず、受ける者も法に適わず、清らかでない受用となる。 同様に、もし後に二人に施し直す場合、三人に施し直す場合、あるいは僧伽に施し直す場合も、これらはすべて施しが法に適わず、受け取りが法に適わず、清らかでない受用と呼ばれる。 比丘たちよ、もし施主が施した物を二人の個人に施し、後にこれを別の一人の個人に施し直すならば、施す者も受ける者も共に法に適わず、すべての受用は清らかでない。 同様に、後に二人、三人、あるいは僧伽に施し直す場合も、施す者も受ける者も共に法に適わず、すべての受用は清らかでない。 比丘たちよ、もし施主が施した物を三人の個人に施し、後にこれを一人、二人、三人、あるいは僧伽に施し直すならば、施す者も受ける者も共に法に適わず、すべての受用は清らかでない。 比丘たちよ、もし施主が施した物を僧伽に施し、後にこれを一人、二人、三人、あるいは別の僧伽に施し直すならば、施す者も受ける者も共に法に適わず、すべての受用は清らかでない。 比丘たちよ、もし僧伽が二つの派に分裂した場合、まず一方の派に施した物を、後に他方の派に施し直すことも、すべて清らかでない受用となる。 比丘たちよ、もし一人に施して、その人から別の人に施し直さないならば、施す者も受ける者も共に法に適い、すべての受用は清らかと呼ばれる。 同様に、もし二人、三人、僧伽、あるいはこの派に施して、それを他の者に施し直さないならば、すべての受用は清らかと呼ばれる。これは以上の広説の通りである。 比丘たちよ、前の行為は施しであり、後の行為は施しではない。 比丘たちよ、土地は王に属し、物は持ち主に属する。衣や鉢などの物は、比丘に委ねられるべきである。 施主が僧院などに施した物は、もし破損したならば、自ら修理すべきであり、これを他の人に施し直してはならない。 比丘たちよ、あなたたちはラーフラにかつての住処を返すべきである。」 そこで比丘たちは仏の教えに従い、すぐにラーフラにかつての住処を返した。 これがこの話の因縁であるが、仏世尊はまだ戒律を制定されてはいなかった。

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。有一乞食比丘，與一長者受三歸依并五學處，後於異時復為長者讚說七種有事福業。長者白言：「聖者！我今隨力欲作少多有事福業。」苾芻問曰：「欲作何事？」白言：「我欲供佛及僧苾芻。」報曰：「頗有少許衣物施不？」白言：「聖者！我是貧人，但有一雙白疊，聖者可為我往稱我名號，請佛及僧明日垂慈來我舍食時乞食。」苾芻便往園中見諸苾芻並皆詳集。時乞食苾芻稱長者名，請佛及僧明當就舍受其供養。時諸苾芻共相謂曰：「此乞食人今於俗家成教化者。」時有問曰：「彼長者家為有施物？為無施物？」報言：「彼是貧人，有一雙疊欲持奉施。」時鄔波難陀聞已作是念：「彼人請佛及僧，以一雙疊擬將奉施，彼必定是貴價之衣。我若不能奪此衣者，我更不名鄔波難陀矣。」作是念已，即於其夜辛苦至明，既天曉已即便著衣持鉢到長者所。見彼長者備辦飲食，問言：「長者！欲作何事？」報言：「我今具膳供佛及僧。」鄔波難陀報言：「長者！如佛善說：『若有眾生於日初分以身語心修諸善業，當知是人名初分善。若有眾生於日中時以身語心修諸善業，當知是人名中分善。若有眾生於日暮時以身語心修諸善業，當知是人名後分善。』仁今獲得三業初善，由供佛僧自手營辦，長者頗有多少施耶？」答言：「我家貧薄，但有一雙白疊。」報言：「長者！暫可將來我觀其狀。」時彼長者即便取衣，報言：「長者！新物善哉！然而長者有捨施福無受用福。何以故？佛之徒眾有千二百五十人，得汝一衣更待獲得千二百四十九衣已方可共分，汝今此衣於桁竿上而取銷盡。又如佛說：『若時僧伽得少食利，如小樹葉平等行之。若得少衣應為燈炷平等共分。』長者！汝所施衣若共分張形狀如是，何有受用之福利耶？」長者報曰：「聖者！我今作何方便，令得施福及受用福？」鄔波難陀報長者曰：「汝若能於釋種之中有出家者、明閑三藏為大法師、善能敷演辯才無礙，汝將此衣持施彼者，便能具足惠施之福及受用福。」長者報言：「聖者！何處得有如此福田我當奉施？」鄔波難陀曰：「我即其人。」是時長者便禮其足以衣授與，報言：「聖者！願慈愍故為受此衣。」鄔波難陀報言：「長者！汝雖解施未體其儀，當待片時佛僧食訖，持此白疊在上座前，告大眾言隨喜，然後當施於我。」長者報曰：「我如是作。」時彼長者即便灑拭庭宇敷以座席，布列香花門安水器，即令使者命佛及僧，白言：「時至。」

> ある時、仏は室羅伐城の逝多林の給孤独園に滞在されていた。 ある托鉢僧が、ある長者（在家の信徒）に三帰依と五つの学処（戒律）を授けた。その後、その僧はさらに長者に向かって、七種類の実践行に基づく功徳を詳しく説いた。 長者が言った。「尊者よ、私は今、力の及ぶ限り、いくつかの実践行に基づく功徳を積みたいと思います。」 比丘が尋ねた。「どのようなことをしたいのですか。」 長者は答えた。「私は仏と僧侶たちに供養をしたいのです。」 比丘が尋ねた。「ほんのわずかでも衣類や物を施すおつもりはありますか。」 長者は言った。「尊者よ、私は貧しい者で、一対の白い布しか持っておりません。尊者がどうか私の名にかわり、仏と僧侶たちに、明日、私の家に慈悲深く来られて食事をお取りくださるようお招きください。」 そこで、托鉢僧は精舎に行き、僧侶たちが皆集まっているのを見て、長者の名で、明日、仏と僧侶たちを家での供養に招いた。 すると、ある僧侶たちが言った。「この托鉢僧は、今や在家の信者を教化する者となったな。」別の者が尋ねた。「その長者の家には、施し物があるのか、ないのか。」 托鉢僧が答えた。「彼は貧しい者で、一対の布を持っており、それを施そうとしています。」 そこにいたウパナンダ（悪名高い僧）がこれを聞いて考えた。「あの人物は仏と僧侶たちを招き、一対の布を施そうとしている。それはきっと高価な衣類に違いない。もし私がこの衣を横取りできなければ、私はもはやウパナンダとは名乗れまい。」 こう考えた彼は、その夜遅くまで苦労し、夜明けとともに衣を身に着け、鉢を持って長者のもとへ行った。 彼は長者が飲食を準備しているのを見て尋ねた。「長者よ、何をしようとしているのですか。」 長者は答えた。「私は今、食事を用意し、仏と僧侶たちに供養しようとしています。」 ウパナンダは言った。「長者よ、仏が善く説かれたように、『もしある衆生が、一日の初めの時に、身体と言葉と心で様々な善行を修めるなら、その人を初めの時に善を修める者と知るべきである。もしある衆生が、一日の真昼の時に、身体と言葉と心で様々な善行を修めるなら、その人を真昼の時に善を修める者と知るべきである。もしある衆生が、一日の終わりの時に、身体と言葉と心で様々な善行を修めるなら、その人を終わりの時に善を修める者と知るべきである。』長者は今、三つの行いの初めに善を獲得されました。すなわち、自らの手で仏と僧侶に供養を営まれたからです。長者よ、何か施し物はありますか。」 長者は答えた。「私は貧しく、一対の白い布しか持っておりません。」 ウパナンダは言った。「長者よ、それを少しの間お見せください。その状態を見ましょう。」 長者が布を持ってくると、ウパナンダは言った。「長者よ、新品で結構です。しかしながら、長者には施しの功徳はあっても、受用の功徳はありません。なぜなら、仏の弟子たちは千二百五十人もおり、あなたの一枚の衣を受け取っても、それはさらに千二百四十九枚の衣を受け取って初めて分け合うことができるからです。あなたのこの衣は、竿の上で風に晒されて朽ちてしまうでしょう。また、仏はこう説かれています。『もし僧伽がわずかな食料を得たなら、それを小さな木の葉のように平等に行き渡らせよ。もしわずかな衣を得たなら、それを灯芯のように平等に分けよ。』長者よ、あなたが施そうとする衣をもし皆で分けるなら、このような有様になり、一体どこに受用の利益があるのでしょうか。」 長者が言った。「尊者よ、では私はどのような方法を取れば、施しの功徳と受用の功徳の両方を得ることができますか。」 ウパナンダは答えた。「もしあなたが、釈迦族から出家し、三蔵（経・律・論）に通暁し、偉大な法師となり、巧みに説法し、弁才無礙なる者を見つけ、この衣をその方に施すなら、それは施しの功徳と受用の功徳の両方を具えることになるでしょう。」 長者が尋ねた。「尊者よ、そのような福田はどこにいらっしゃいますか。私はその方に施したいのです。」 ウパナンダは言った。「それが私です。」 そこで長者は彼の足に礼拝し、衣を差し出して言った。「尊者よ、どうか慈しみをもってこの衣をお受け取りください。」 ウパナンダは言った。「長者よ、あなたは施すことは理解しても、その作法を知りません。しばらくお待ちください。やがて仏と僧侶たちが食事を終えたなら、この白い布を上座の前で捧げ、大衆に向かって随喜の言葉を述べてください。そうしてから、私に施すのです。」 長者は言った。「そのように致します。」 こうして長者は庭を掃き清め、座席を敷き、香と花を並べ、門には水を置き、そして使者に命じて仏と僧侶たちをお招きし、「お食事の時間でございます」と告げさせた。

爾時世尊及苾芻僧伽，於日初分執持衣鉢，往長者家依次而坐。時彼長者見眾坐已，便以種種香美飲食，自手供奉佛及大眾。既飽食已長者即便持其白疊，於大眾前口唱隨喜，施與鄔波難陀。爾時世尊自為呪願已，從坐起去便即歸寺。時藏衣苾芻告授事人曰：「可於鄔波難陀處索取白疊。」授事往索，告言：「大德！今日施物可與我來。」鄔波難陀答言：「具壽！汝為持疊至寺，還我來耶？」報言：「不還。」鄔波難陀曰：「何意不還？」彼便答曰：「是大眾物。」鄔波難陀告言：「具壽！汝之衣鉢何故不與？將我衣鉢持施僧伽，我不與汝。」彼乞食苾芻在長者家，告長者曰：「仁今何意此處雷鳴彼處下雨？」長者答言：「聖者！我有何過？」苾芻報曰：「汝先以疊擬施眾僧，何因食訖迴與鄔波難陀？」長者答曰：「我欲如何？大德鄔波難陀來至我所作如是言：『汝有施福無受用福。何以故？佛之徒眾有千二百五十人，得汝一衣更待獲得一千二百四十九衣已方可共分。汝今此衣於桁竿上而取銷盡，并陳佛說均分衣食如小葉燈炷，乃至廣說。求好大德當施此衣，我即其人，宜唱隨喜當施我疊。』我聞此說如言便與，豈有過耶？」時乞食苾芻聞此語已便往寺內，餘苾芻見告曰：「汝乞食人長時教化得一施主，彼便此處震雷別處下雨。」乞食者告曰：「我與長者俱有何過？然有一人往至其家報長者云：『汝有施福無受用福，廣說如上。乃至唱隨喜已當施於我。』時彼長者隨言而作。我及於彼何有過耶？」時有少欲苾芻聞此語已極生嫌賤：「云何苾芻知他施僧物自迴入己？」時諸苾芻以緣白佛。爾時世尊即以此緣集苾芻眾，問鄔波難陀曰：「汝實迴僧物用入己耶？」白言：「實爾。」乃至廣說，「我今為諸苾芻制其學處，應如是說：

> 爾時、世尊と比丘僧伽は、朝の最初の時刻に、衣と鉢を持って長者の家へ向かい、順に座りました。すると長者は、皆が座ったのを見て、様々な香り高い美味しい飲食を自らの手で仏と僧団に捧げました。皆が食べ終えた後、長者は白い布を持ち、大衆の前で「喜びを共にする」と唱え、それをウパナンダに施しました。その時、世尊は自ら祈とうを唱え、座を立ち、寺に帰られました。 すると、衣類を管理する比丘が、行事係の人に言いました。「ウパナンダの所へ行き、白い布をもらってきなさい。」行事係の者は行って求め、言いました。「大徳よ、今日の布施物を私にお渡しください。」ウパナンダは答えました。「友よ、あなたはこの布を寺へ持っていくだけで、私に返してくれるのですか？」彼は答えました。「返しません。」ウパナンダは言いました。「なぜ返さないのですか？」彼は答えました。「それは僧団の物だからです。」ウパナンダは言いました。「友よ、それならなぜあなた自身の衣や鉢を差し出さないのですか。私の衣や鉢を取って僧伽に施すつもりなら、私はあなたに渡しません。」 托鉢の比丘が長者の家にいて、長者に言いました。「あなたはどうして、こちらで雷を鳴らしながら、あちらで雨を降らせるのですか？」長者は答えました。「聖者よ、私には何の落ち度があるのでしょう？」比丘は言いました。「あなたは最初、その布を僧団に施そうとしました。それなのに、食事の終わりにどうしてウパナンダに与えてしまったのですか？」長者は答えました。「私にどうしろと？ 大徳ウパナンダが私の所に来て、こう言いました。『あなたには施す福はあるが、受ける福はない。なぜか？ 仏の弟子たちは千二百五十人いる。あなたの一枚の衣を受け取っても、彼らはさらに千二百四十九枚の衣を得てからでなければ公平に分けられない。だから、あなたのこの衣は物干し竿の上で無駄に朽ちてしまうだろう。また、仏は衣食の公平な分配を小さな灯芯の先のように説かれた。だから、まさにその通りである。良い大徳を求めるなら、この衣を私に施しなさい。私こそがその人である。喜びを共にすると唱えて、この白い布を私に施しなさい。』私はこれを聞き、その言葉のままに与えたのです。私に何の落ち度がありましょうか？」 托鉢の比丘はこの言葉を聞いて寺へ行きました。他の比丘たちが彼を見て言いました。「托鉢の者よ、あなたは長い間教化して一人の施主を得たのに、彼はこちらで雷を鳴らし、あちらで雨を降らせてしまったようだ。」托鉢の者は言いました。「私と長者とに何の落ち度があるでしょうか？ しかし、一人の者が彼の家に行き、『あなたには施す福はあるが、受ける福はない……』と広く説き、そして『喜びを共にすると唱えて私に施しなさい』と言ったのです。長者はその言葉のままに行いました。私と彼に何の落ち度があるでしょうか？」 この言葉を聞いた、欲の少ない比丘たちは、非常に嫌悪し、軽蔑しました。「どうして比丘が、他の人が僧団に施そうとした物と知りながら、それを自分の物にすることができようか？」と。諸比丘はこの因縁を仏に告げました。そこで世尊は、この因縁をもって比丘たちを集め、ウパナンダに尋ねられました。「あなたは本当に、僧団の物を自分の物にしたのか？」ウパナンダは答えました。「本当にその通りです。」そこで世尊は、「我は今、比丘たちのために学処を制定する。次のように説くべきである。」とおっしゃいました。

「若復苾芻，知他與眾物自迴入己者，泥薩祇波逸底迦。」

> もしも比丘が、他の人のために与えられた僧団の物を、自分のものとして受け取ることを知りながら行えば、それは「尼薩耆波逸提（※所持の放棄と懺悔を要する罪）」となる。

若復苾芻者，謂鄔波難陀，若更有斯類。

知者，或自知或因他告。

僧伽者，謂佛聲聞。

眾物者，有二種物：謂食利物、衣利物，此處所言謂是衣利。

迴者，物定屬他化將入己。

泥薩祇波逸底迦，捨悔法式廣如上說。

此中犯相其事云何？若苾芻知屬一苾芻物，自迴入己，迴時得惡作，得便捨墮。如是乃至知屬二人、三人、或屬僧伽，自迴入己得罪同前。

若苾芻知屬一苾芻物，迴與他一人，迴時得惡作，得時亦惡作。如是乃至知屬一人，迴與二人、三人，或迴與僧伽、自迴入己，得罪同前。

若苾芻知屬僧伽物，迴與一人，迴時得惡作，得時亦惡作。如是乃至知屬僧伽，迴與二人、三人，迴時惡作，得時亦惡作。

若苾芻知屬一僧伽物，迴與餘僧伽，迴時惡作，得時亦惡作。若知與苾芻僧伽，迴與苾芻尼僧伽；知與苾芻尼僧伽，迴與苾芻僧伽；知與二部僧伽物，迴與苾芻僧伽；知與二部僧伽迴，與苾芻尼僧伽；若知苾芻僧伽物，迴與二部僧伽；知與苾芻尼僧伽物，迴與二部僧伽；若其僧伽破為二部，知與此部迴與彼部；或知與此寺，迴與彼寺；知與此房，迴與彼房；知與此廊，迴與彼廊；或於房廊更互迴與，或與此柱間，迴與彼柱間，或柱間物，迴與門處，或以門物，迴與閣上，如是廣說，乃至展轉相迴，皆得惡作。若苾芻知與此佛像物，迴與餘佛像；若知與此窣覩波物，迴與餘窣覩波；若知與踏道初隥，迴與第二、第三，或迴與塔身，或與檐級；或此畔物迴與餘畔，或迴與覆鉢，或迴與方臺輪相初級，乃至寶瓶法輪立柱，或復從此迴至下基，如上迴互皆得惡作罪。若王力使迴者皆無犯。若與此貧人物，迴與彼貧人，得惡作罪；若覓不得者，迴與無犯。若苾芻，與此傍生食，迴與彼傍生，得惡作罪；若覓不得，迴與無犯。若擬與傍生物迴將與人，擬與人物迴與傍生，得惡作罪。若與出家物迴與俗人，或復翻此，得惡作罪；若覓不得者無犯。如是女、男、半擇迦苾芻尼及下三眾，若多若少與此彼更相迴互，准前應說。若覓不得，雖違本心與餘無犯。又無犯者，謂最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。