---
title: "根本說一切有部毘奈耶 · 26 與苾芻尼同道行學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcxuttrs09nlky04arkz9v9q"
---

### 與苾芻尼同道行學處第二十六

> 第二十六　比丘尼と同道行の学処

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。時六眾苾芻難陀、鄔波難陀，作如是念共相告曰：「此諸黑鉢用獼猴脂以塗其足，常遊四方，將欲行時受他利養，行還之日復受供給，多人愛敬。我等猶若井蛙未曾遊歷，是故無緣得他利養。我今宜可告姊妹知。」於日初分著衣持鉢，往十二眾苾芻尼處告言：「姊妹！汝等善住，我欲遊方隨處教化。」時彼諸尼聞皆啼泣。鄔陀夷問言：「姊妹！何故啼泣？」答曰：「大德行矣！給苑空虛。」報言：「姊妹！大師處世百千聖眾，汝等何故輒謂空虛？」答曰：「諸黑鉢者聞我名時尚不歡喜，豈容至彼許我安坐，賜以言談為宣妙法？」鄔波難陀曰：「若如是者可相隨去。」吐羅難陀尼曰：「苾芻與尼同一道行，是事合不？」鄔波難陀曰：「道理合去，誰復相遮？多辦路糧可相隨去。」時苾芻尼隨言辦訖，六眾苾芻著衣持鉢入城乞食，既得食已往尼寺中。十二眾見白言：「聖者！可食小食。」六眾為受，所有路糧悉皆食盡，告諸尼曰：「姊妹！汝等造得路糧，應可將來觀其好不？」尼便報曰：「向者小食並是路糧，今已食盡。」六眾曰：「若如是者何得長途共相支濟？更可多作，若少乏者當受飢苦。」彼更營辦俱投商旅。時有乞食苾芻亦欲隨去，諸人報曰：「斯等六人並皆惡行，若同去者被惱不疑。」乞食者曰：「我不從彼受業，亦不依止為師，彼以何緣而相惱亂？」不受勸言遂即同去。是時六眾既至界外，自相謂曰：「我等何能久事容範？宜各隨意作自威儀。」是時難陀與難陀苾芻尼、難陀弟子及尼弟子，乃至求寂及求寂女，同在一處隨路而行，其鄔波難陀等亦復如是。時有婆羅門居士等，見其合雜作如是語：「此是沙門婦、此是男、此是女、此是兒婦、此是孫子，與俗不殊，何有正法？」鄔波難陀聞而告曰：「儜惡婆羅門！假令我今脚蹋汝咽，多畜妻子，法與非法何干汝事？」時彼乞食苾芻聞已生念：「我寧身死，誰能共此惡行之人共為遊歷？」遂即旋返至逝多林。時諸苾芻見而問曰：「善來！行李安樂不？」答言：「具壽！寧有安樂？我共六眾同道而行，彼行惡事虧損佛法。」問曰：「彼作何事？」即便具答。少欲苾芻聞生嫌賤：「云何苾芻與尼同路人間遊行？」以此因緣具白世尊。世尊知已待六眾至，集眾問曰：「汝等六人實作如是不端嚴事耶？」答言：「實爾。」世尊種種呵責，乃至「制其學處，應如是說：若復苾芻與苾芻尼同一道行者，波逸底迦。」如是世尊為諸苾芻制學處已。

> 仏が室羅伐城の逝多林給孤独園にいらっしゃった時、六人の比丘（難陀、鄔波難陀）がこう話し合った。「あの黒い鉢の連中は、猿の脂を足に塗って四方を巡り、出かける時には他人の布施を受け、帰って来てもまた供養を受ける。多くの人に愛され敬われている。我々は井戸の中の蛙のように未だ旅に出たことがない。だから布施を得る縁がない。今こそ尼僧たちに知らせよう。」そこで彼らは朝のうちに衣と鉢を身につけ、十二人の尼僧のもとへ行き「姉妹たち、元気でいてください。私は巡礼の旅に出て、様々な場所で教えを説こうと思います」と言った。すると尼僧たちは皆泣き出した。鄔陀夷が尋ねた。「姉妹たち、なぜ泣くのですか？」尼僧たちは答えた。「大徳がお立ちになれば、給孤独園は空っぽになってしまいます。」比丘が言った。「姉妹たち、大師は世にいらっしゃり、百千の聖衆がおわします。なぜ空っぽなどと言うのですか？」尼僧たちは答えた。「あの黒い鉢の連中は、私たちの名を聞くだけで喜ばず、ましてや私たちが訪ねても座らせて話を聞き、妙法を説いてくれることはありません。」鄔波難陀が言った。「それならば、一緒に行こう。」吐羅難陀尼が言った。「比丘と尼が同じ道を行くことは、許されるのでしょうか？」鄔波難陀は言った。「道理に適えば行くべきだ。誰が妨げよう？多くの道中食を用意して、一緒に行こう。」そこで尼僧たちはその言葉に従い準備を整えた。六人の比丘は衣と鉢をつけて町に托鉢に行き、食物を得て尼寺に持って行った。十二人の尼僧たちが「聖者よ、軽い食事をどうぞ」と言った。六人はそれを受け、道中に用意していた食糧を全て食べてしまい、「姉妹たち、君たちが用意した道中食を持って来なさい。出来栄えを見よう」と言った。尼僧たちは答えた。「先ほどの軽い食事が道中食でしたが、今はもう食べ尽くしました。」六人は言った。「それでは長い旅を共に支え合うことができようか？もっと多く作りなさい。足りなければ飢えに苦しむことになる。」そこで尼僧たちはさらに準備し、商人の一行に加わった。そこに托鉢僧の一人も同行しようとした。人々は彼に言った。「あの六人は皆悪行を働く者だ。一緒に行けば必ず悩まされるだろう。」托鉢僧は言った。「私は彼らから教えを受けたわけでも、師と仰いだわけでもない。何の理由があって私を悩ますのか？」忠告を聞かず、彼は一緒に行った。やがて六人は境界を越えると、互いに言った。「我々はいつまでも品良く装っている必要があるのか？好き勝手に振る舞おう。」そこで難陀は難陀比丘尼とその弟子、さらには求寂（沙弥）と求寂女（沙弥尼）と共に一団となって道を行き、鄔波難陀たちも同様に振る舞った。これを見た婆羅門や居士たちは言った。「これは沙門の妻だ、これは男、これは女、これは嫁、これは孫だ。俗人と変わらない。何の正法があろうか？」鄔波難陀はこれを聞いて言った。「愚かな婆羅門よ！たとえ私が今、お前の喉を踏みつけ、多くの妻や子を持とうとも、法と非法がお前に関係あることか？」その托鉢僧はこれを聞いて考えた。「私は死ぬとも、この悪行の者たちと一緒に旅をするくらいなら、むしろ戻ろう。」そして彼は戻って逝多林に着いた。比丘たちは彼を見て尋ねた。「お帰りなさい。旅は安楽でしたか？」彼は答えた。「具寿よ、安楽なものですか。私は六人と同道しましたが、彼らは悪行を働き仏法を損ないました。」「彼らは何をしたのか？」彼は詳細に語った。少欲の比丘たちはこれを聞いて嫌悪した。「どうして比丘が尼僧と同道し、人里を遊行するのか？」このことを世尊に報告した。世尊はお聞きになり、六人が戻るのを待って、比丘たちを集めて問われた。「あなたたち六人は、本当にこのような不体裁なことをしたのか？」彼らは「その通りです」と答えた。世尊は様々に呵責された後、戒律を制定してこうお説きになった。「もし比丘が比丘尼と同一の道を行くならば、波逸底迦となる。」このように世尊は比丘たちに学処を制定された。

佛在給孤獨園。有眾多苾芻尼在王舍城，於王園寺三月安居。夏既終已，欲詣給園禮世尊足，出求商旅。於商人中見有苾芻，遂相謂曰：「姊妹！此有苾芻，不合同去，當更別求。」諸商旅中皆有苾芻，復相告曰：「我雖久覓皆有苾芻，不可同行。」但遙望商旅隨後而去。時苾芻尼在後行時趁伴不及，便被盜賊劫奪衣資，漸漸遊行至室羅伐，詣苾芻尼寺。尼既見已告言：「姊妹！行李安樂不？」答曰：「寧有安樂？在路遭賊劫我衣物。」諸尼報曰：「豈無商旅與同行耶？」答言：「有。」「若爾，何因遭賊？」答：「有苾芻不合同去，緣斯在後，遂遭賊劫。」諸尼曰：「九十六種諸外道類，皆悉慈愍不棄女人，唯佛世尊獨棄我等，令無依怙，被賊劫奪。」諸苾芻尼聞已白諸苾芻，諸苾芻白佛。佛言：「除時因緣。」

> 仏は祇園精舎にいらっしゃいました。その頃、多くの比丘尼たちが王舎城の王園寺で三月の安居を行っていました。夏の安居が終わり、彼女たちは祇園精舎に参り、世尊の足を礼拝しようとしました。そこで旅の商人を探しました。ところが、商人の中に比丘がいるのを見て、彼女たちは互いに言いました。「姉妹たちよ、ここには比丘がいます。一緒に行くわけにはいきません。別の商人を探しましょう。」ところが、どの商人の一団にも比丘がいることに気づき、彼女たちは再び言い合いました。「私たちは長い間探してきましたが、どの一団にも比丘がいます。彼らと一緒に行くことはできません。」彼女たちは遠くから商人の一団を眺めながら、その後をついて行くことにしました。ところが、比丘尼たちが後ろを歩いているうちに、仲間からはぐれてしまいました。すると、強盗に襲われ、衣類や所持品を奪われてしまいました。彼女たちはやっとの思いで室羅伐に辿り着き、比丘尼寺を訪れました。尼僧たちは彼女たちを見て、「姉妹たちよ、旅は無事でしたか？」と尋ねました。彼女たちは答えました。「無事であるはずがありません。道中で強盗に遭い、衣類を奪われてしまいました。」尼僧たちは言いました。「一緒に行く商人の一団はなかったのですか？」「ありました。」「それなら、なぜ強盗に遭ったのですか？」「比丘がいたので、一緒に行くわけにはいきませんでした。そのため後ろからついていき、強盗に遭ったのです。」尼僧たちは言いました。「九十六種の外道でさえ、皆、女性に対して慈しみの心を持ち、見捨てることはありません。ただ仏世尊だけが私たちを一人見捨て、よりどころもなく、強盗に襲われるままにしておられます。」比丘尼たちはこれを聞いて比丘たちに伝え、比丘たちは仏に伝えました。仏はおっしゃいました。「時節の因縁がある場合を除いてはなりません。」

復於異時有眾多苾芻，隨逐商旅人間遊行，飲食有闕，佛言：「應持路糧。」如佛所教持路糧者，諸苾芻不知遣誰持去。佛言：「應令男淨人或女淨人；此若無者，令求寂男求寂女；此若無者，苾芻苾芻尼應更互持去更互授食。」又有眾多苾芻人間遊行，有染患者，諸苾芻棄之而去，佛言：「不應棄去，應可輿行。」苾芻力少不能持去，佛言：「若有苾芻尼應共輿去。」苾芻近頭、尼在足處，便生染心，佛言：「苾芻近足、尼在頭邊。」行至村坊俱看病人，不行乞食遂闕飲食，佛言：「應留一人看守病者，餘皆乞食。若苾芻尼病，亦應准此將去。」

> また、ある時、大勢の比丘たちが商人たちと共に旅をしていましたが、道中で食べ物が不足しました。そこで仏は言われました。「（旅の）道中食（路糧）を携えなさい。」仏の教えの通り、道中食を携えることになったものの、比丘たちは誰にそれを持たせれば良いのかわかりませんでした。仏は言われました。「男の在家信者（浄人）か女の在家信者に持たせなさい。もし彼らがいなければ、見習いの男性（求寂男）か見習いの女性（求寂女）に持たせなさい。彼らもいなければ、比丘と比丘尼が互いに交代で持ち、食べ物を手渡しなさい。」 また、ある時、大勢の比丘たちが旅をしていましたが、病気にかかった者がいました。仲間の比丘たちはその病人を置き去りにして去ろうとしました。仏は言われました。「置き去りにしてはならない。共に担いで行きなさい。」しかし、比丘たちの力が足りず、病人を運べませんでした。仏は言われました。「もし比丘尼がいるなら、共に担いで行きなさい。」そこで比丘が病人の頭側、比丘尼が足側を担ごうとしたところ、互いに心が乱れました。仏は言われました。「比丘が足側を、比丘尼が頭側を担ぎなさい。」 村に着いた後も、皆が病人の看病に専念し、托鉢に行かなかったため、食べ物が不足しました。仏は言われました。「一人を看病に残し、残りの者は皆、托鉢に行きなさい。もし比丘尼が病気の時も、これに準じて行いなさい。」

爾時世尊告諸苾芻曰：「前是創制、此是隨開。」乃至「應如是說：

> その時、世尊は僧たちに告げられました。「これは最初の制定であり、これは後に設けられた開許である。」さらには、「次のように語るべきである。」とおっしゃいました。

「若復苾芻與苾芻尼共商旅期行者，除餘時，波逸底迦。餘時者，謂有恐怖、畏難處，此是時。」

> ある修行者が、別の修行者と一緒に旅をしようと約束して行ったならば、特定の場合を除いて、過ちを犯すことになります。 ここで特定の場合とは、旅の道中に危険や困難が予想される時を指します。これがその時です。

若復苾芻者，謂是六眾苾芻。

> もし再び比丘と言うなら、それは六人の比丘のことを指す。

尼者，謂十二眾。

> 「尼」というのは、十二の種類（の出家者たち）を指します。

期者，謂同結伴。

> 「期する」とは、共に約束を結ぶ仲間という意味です。

行者，謂涉路而去。

> 「行者」とは、道を進む人のことです。

除時因緣者，謂有難緣得同商旅，若無商旅不能得去。恐怖畏難乃至結罪，並如上說。

> まず、時節や因縁（理由）を除く場合とは、困難な事情があって、同じ旅の仲間を得た場合のことを言います。もし旅の仲間がいなければ、そこに行くことはできません。恐れや困難なことについては、戒律に違反するかどうかの判断も含めて、すべて先に説明した通りです。

此中犯相其事云何？若苾芻共苾芻尼商旅同路行時，若越半半拘盧舍，皆得惡作；滿滿拘盧舍，皆得墮罪。或從村詣野、或從野詣村，里數結罪，咸皆准此。又無犯者，謂最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。

> ここでいう犯戒の様相とは、どのようなものでしょうか。比丘が比丘尼と一緒に商人の旅路を同道する場合、半拘盧舍（約250メートル）を超えるごとに悪作罪（軽い罪）を得ます。満拘盧舍（約500メートル）を超えるごとに堕罪（重い罪）を得ます。あるいは村から野原へ、野原から村へ向かう場合も、距離に応じた罪の決め方はすべてこれに準じます。また、犯戒とならない場合とは、最初に犯した者、または狂乱、心乱、激しい苦痛に悩まされている者です。