---
title: "根本說一切有部毘奈耶 · 27 與苾芻尼同乘一船學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcxuttrs09nmky04tao3sa87"
---

### 與苾芻尼同乘一船學處第二十七

> 第二十七条 与比丘尼同乘一船戒

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。時六眾苾芻難陀、鄔波難陀共相謂曰：「此諸黑鉢用獼猴脂以塗其足。」如是等廣說如前。乃至告十二眾知，彼便啼泣，令辦路糧遂共同船男女交雜，諸人譏笑。諸苾芻聞以緣白佛，佛便呵責，乃至「制其學處，應如是說：

> 仏は室羅伐城の逝多林給孤独園におられた。その時、六衆の比丘である難陀と鄔波難陀が互いに言い合った。「これらの黒鉢は、猕猴の脂で足を塗ったものだ。」などと、前と同様に詳しく語り合った。そして十二衆にそのことを告げると、彼らは泣き叫び、旅の食糧を用意させて、同じ船に乗り込み、男女が入り混じったことで、人々の嘲笑を受けた。比丘たちはこれを聞いて仏に告げると、仏は彼らを呵責され、戒律の制定に至り、次のように説かれた。

「若復苾芻與苾芻尼同乘一船者，波逸底迦。」如是世尊為諸苾芻制學處已。

> もし比丘が比丘尼と同じ船に乗ったならば、波逸底迦（懺悔すべき罪）となる。このようにして、世尊は比丘たちのために学処（戒律）を制定されたのです。

在給園中去斯不遠有河，名曰難渡。於此河外有村，名曰白鴿。村有長者，造立大寺修營既畢，欲施與僧，便請二部僧尼就彼設供。時有一尼勤修善品，作如是念：「我於今日不行乞食，且當作業，待至臨中我當赴供。」既修禪誦見日欲中遂到河岸，見諸苾芻先在船上，是時船主報言：「聖者！宜可上船。」尼言：「賢首！我不合去，宜待後船。」船更迴來，取人將去，復喚尼上。尼見苾芻，復云：「在後。」船到彼岸繫纜而去。時苾芻尼遂便叫喚船人：「船人！可來取我。」船人不肯，尼乃佇立河邊，見日過午即便歸寺，乃至食勢尚存能為習誦，飢虛既逼倚臥一邊。是時諸尼赴供迴已，問此尼曰：「聖者！食是他物，腹豈他耶？多食貪餮飽悶而臥。」報曰：「我不去食，何悶之有？」問曰：「何因不食？」具以其事告語諸尼。尼白苾芻，苾芻白佛。佛言：「除直渡。」世尊以此因緣告諸苾芻曰：「前是創制，此是隨開。為制學處應，如是說：

> ある給園からそう遠くないところに、「難渡」という名の川がありました。その川の向こうには「白鳩」という村がありました。その村のある長者が大きな寺院を建て、工事が終わると僧侶に施そうと考え、比丘と比丘尼の二つの僧伽を招いて供養を設けました。 その時、ある比丘尼が熱心に善い修行に励んでいて、こう思いました。「今日は托鉢に行かず、まずは修行をしよう。昼頃になったら供養に行こう。」 禅定と読経をしているうちに、日が真上に近づいたので、川岸まで行くと、すでに比丘たちが舟に乗っていました。そこで船頭が言いました。「聖者よ、どうぞお乗りください。」 尼は言いました。「善き方よ、私は今は行けません。後の船にしましょう。」 船が戻ってきて、人を乗せて行こうとし、再び尼に乗るよう呼びかけました。尼は比丘たちを見て、また「後にします」と言いました。 船は向こう岸に着き、もやいを解いて去ってしまいました。そこで比丘尼は叫びました。「船方よ！私を乗せに来てください。」 船頭は応じず、尼は川辺に立ち尽くしました。日が過ぎて午後になったので、寺に帰りました。まだ食べ物の勢いが残っていて読経はできましたが、飢えが迫り、やむを得ず片側に寄りかかって横になりました。 その時、供養に出かけていた他の尼たちが戻ってきて、この尼に尋ねました。「聖者よ、食べ物は他人のものでも、お腹は自分のものではありませんよ。たくさん食べて貪り、満腹で横になっているのですか。」 尼は答えました。「私は食事に行かなかったのに、何が満腹なのでしょう。」 問われて、「なぜ食べなかったのですか。」 尼は事情を詳しく話しました。 尼たちは比丘に伝え、比丘は仏に伝えました。 仏は言われました。「直接渡ることを除いてはならない。」 世尊はこの因縁をもって、比丘たちに告げられました。「これは以前に定めたものであり、これは状況に応じて開いたものである。学処を制定して、次のように説くべきである。」

「若復苾芻與苾芻尼期乘一船，若沿波若泝流，除直渡，波逸底迦。」

> もしも比丘が比丘尼と約束して、同じ船に乗り、流れに沿って下ったり上ったりしたならば、たとえ真っ直ぐに渡る場合であっても（その約束は）波逸底迦（の罪）となる。

若復苾芻者，謂是六眾，餘義如上。

> また、「比丘」とは六群比丘のことを指し、その他の意味は前述の通りである。

期乘一船者，謂共乘船過津濟處。

> 期間に一つの船に乗るとは、共に船に乗って渡し場を渡ることを言う。

沿波者，謂下水。

> 波に従うとは、水に下ることを言う。

泝流者，謂上水。

> 上流にさかのぼるというのは、水流の方向に逆らって進むことです。

直渡者，謂正趣傍岸。

> 直渡というのは、正しく岸辺へと向かうことである。

此中犯相其事云何？若苾芻共尼同乘船，計其遠近，得罪輕重同前道行。若篙棹折隨流而去，或復柂折或避灘磧，或柂師不用其語，此皆無犯。又無犯者，謂初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。

> ここで犯戒の様相について説明しよう。比丘が比丘尼と同船した場合、その航行距離に応じて罪の軽重が決まる。これは前述の道路における場合と同じである。ただし、棹（さお）が折れて流れに任せることになった場合、舵（かじ）が折れた場合、浅瀬や砂州を避けるためであった場合、あるいは舵取りの言うことを聞かなかった場合などは、これらはすべて犯戒にはならない。また、犯戒にならない場合として、最初にこの戒を犯した者、あるいは痴狂（ちきょう）・心乱・痛悩に苦しめられている者がいる。