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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 28 獨與女人在屏處坐學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 獨與女人在屏處坐學處第二十八

> 第二十八 独与女人在屏处坐学处

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。時具壽鄔陀夷，於日初分著衣持鉢入城乞食，次至故二笈多之舍。是時笈多遙見鄔陀夷來，即為敷座告言：「善來！聖者可於此坐。」即共笈多相對而坐。時鄔陀夷為其說法，憶昔同歡告笈多曰：「汝憶昔日於彼園中或天祠處，敷設如是臥具、然如是燈明、食如是飲食，作如是歡戲不？」答言：「我憶。」時有乞食苾芻亦至笈多舍，笈多見已作如是念：「我今若起與食恐絕言談。」即便撝手令去。時鄔陀夷見其撝手，告言：「笈多！汝對我前情無羞恥，便與外人手相撝遣。」報言：「聖者！我實不與外人漫相撝遣，然有乞食苾芻欲來求食，我作是念：『若起與食恐絕言談。』遂以手撝，更無別意。」鄔陀夷曰：「豈我為汝說四聖諦法而畏絕耶？然我於昔時常自舉手，從他乞匃得斯產業，捨而出家。汝今不能助成福事惠施乞人。」于時笈多即便重喚乞者，以上妙飯食授與滿鉢。時乞食者得食便去，其鄔陀夷於此飯食訖歸逝多林。彼乞食者便作是念：「我今宜往大德鄔陀夷所助其歡喜。」往彼告言：「大德當生慶喜，我於今日受仁妙供。」鄔陀夷曰：「汝初入舍見作何事？」答曰：「見以手遮。」問曰：「後作何事？」答曰：「彼出好食持以相施。」報曰：「當爾之時我在舍內，令施汝食。」問曰：「大德當時共女人一處坐耶？」答言：「爾。」曰：「此事合不？」答：「從合不合我已作訖，何干汝事？若汝不能共容忍者，當告苾芻制其學處。」答曰：「我豈相捨！」即以此事白諸苾芻。少欲者聞各生嫌恥：「云何苾芻與女人屏處獨坐？」時諸苾芻以此因緣具白世尊，世尊乃至問鄔陀夷，廣說如前，「制其學處，應如是說：若復苾芻獨與一女人屏處坐者，波逸底迦。」

> ■ 世尊が室羅伐城の逝多林、給孤独園に滞在しておられた時のことです。その頃、具寿のウダーイが、日の初めに衣を着け鉢を持って、托鉢のために町に入りました。そして、かつての妻であるムクターダーの家に立ち寄りました。 そこでムクターダーは遠くからウダーイが来るのを見て、すぐに座を設けて言いました。 「ようこそおいでくださいました。聖者はこちらにお掛けください。」 こうして二人は向かい合って座りました。ウダーイは彼女に法を説き、昔の楽しみを思い出してこう言いました。 「ムクターダーよ、あなたは昔、あの園や神社で、こんな寝具を敷き、こんな灯明を灯し、こんな飲食をして、こんなに楽しんだことを覚えているかい？」 彼女は「覚えています」と答えました。 そこへ托鉢の比丘がムクターダーの家にやって来ました。ムクターダーはこれを見て、「もし立ち上がって食事を差し出せば、会話が途切れてしまう」と考え、手を振って彼を追い払いました。 ウダーイはその手の仕草を見て言いました。 「ムクターダーよ、あなたは私の前で恥知らずにも、部外者に手を振って追い払うとはどういうことだ？」 彼女は答えました。 「聖者よ、私は本当に部外者に向かって無造作に手を振ったのではありません。ただ、托鉢の比丘が食事を求めて来たので、『もし立ち上がって食事を与えれば、会話が途切れる』と思い、手を振っただけです。他意はありません。」 ウダーイは言いました。 「一体私はあなたに四つの聖なる真理の教えを説いているのに、それを途切れさせるのが怖いというのか？ かつて私はいつも自ら手を差し出して施しを乞い、それで生計を立てていましたが、捨てて出家しました。今あなたは、善行を助けて乞食に施しをすることができないのか？」 その時、ムクターダーは再びその乞食を呼び寄せ、上等な食べ物を取り出して鉢に満たして与えました。托鉢の者は食べ物を得て立ち去りました。そしてウダーイも食事を終えて逝多林に戻りました。 托鉢の者はこう考えました。 「私は大徳のウダーイのもとへ行って、お喜びをお伝えしよう。」 彼のもとへ行って言いました。 「大徳よ、どうぞお喜びください。私は今日、あなたの素晴らしい布施を受けました。」 ウダーイが尋ねました。 「あなたが家に入った時、何をしなかったか？」 彼は答えました。 「手で遮られました。」 ウダーイが尋ねました。 「その後、何が起こったか？」 彼は答えました。 「彼女は良い食べ物を出して、それを施しとしてくださいました。」 ウダーイは言いました。 「その時、私は家の中にいて、あなたに食べ物を施させたのだ。」 彼は尋ねました。 「大徳はその時、女と一緒に座っておられたのですか？」 ウダーイは答えました。 「そうだ。」 彼は言いました。 「それは正しいことですか？」 ウダーイは答えました。 「正しいか正しくないかは、私はもうやってしまった。それはあなたに関係ない。もしあなたが黙っていられないなら、比丘たちに学処（戒律）を制定してもらえ。」 彼は答えました。 「私は見逃しません！」 そしてすぐにこの出来事を諸比丘たちに告げました。 少欲の者たちはこれを聞いて、それぞれ汚らわしく思い、こう言いました。 「どうして比丘が女とひそかに一箇所に座っていられるのか？」 諸比丘たちはこの因縁を詳しく世尊に申し上げました。世尊はウダーイに問いただされ、前と同様に広く説かれ、学処を制定されました。こう説かれました。 もし比丘が、一人の女とひそかに座るならば、波逸底迦（悔過すべき罪）となる。

若復苾芻者，謂鄔陀夷，餘義如上。

> また、比丘について言えば、これはウダーイ（優陀夷）のことであり、その他の意味は前の通りである。

女人者，謂堪行婬女。

> 女人とは、性交に堪えうる女をいう。

獨者，謂無第三人。

> 「独り」とは、第三者がいないことである。

屏處有三：謂牆、柵及幔。

> 隠れた場所には三種類あります。壁、柵、そして垂れ幕です。

坐者，謂一尋內縱身而坐，結罪同前。

> 坐るというのは、一尋（約1.8メートル）の範囲内で体をまっすぐに伸ばして座ることであり、その罪は前と同じである。

此中犯相其事云何？若苾芻獨與女人在屏處縱身而坐，無第三人，得波逸底迦。若在門屋下或在房門前，或令女人獨於此處摩煮諸藥，大開其門，來往諸人皆得見者，無犯。又無犯者，謂最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。

> ここで、戒律を破るとはどういうことか説明する。 比丘が、一人の女性と、人目につかない場所でふたりきりになり、からだを自由にして坐ったならば、波逸底迦の罪となる。ただし、門の下や部屋の前などで、女性をそこにひとりにして薬を煎じさせ、戸を大きく開けて往来の人の目に触れるようにした場合は、罪にはならない。 また、最初にその戒律が定められる前に犯した者や、精神に異常をきたしている者、心が乱れている者、激しい苦痛に苛まれている者も、罪には問われない。