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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 29 與苾芻尼屏處坐學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 與苾芻尼屏處坐學處第二十九

> 第二十九 尼屏處坐戒

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。是時笈多既出家已，次當授事。時諸尼眾，於日初分著衣持鉢皆行乞食，唯有笈多獨在寺住。時鄔陀夷入城乞食，至苾芻尼寺。是時笈多躬為灑掃，於寺門前遙見鄔陀夷來，告言：「善來聖者！」即便放篲，前禮其足在一面立。時鄔陀夷便為說法，說法既久憶昔同歡，告笈多曰：「汝憶往日於彼園中，廣說如前。」乃至答言：「我憶。」時有老病苾芻尼在門屋下坐，作如是念：「此之二人乃至母嫁時事亦共評論。」時既延久，笈多報曰：「聖者！應去。諸苾芻尼欲來入寺，見不掃除恐生嫌恨，我當掃灑。」鄔陀夷遂去。笈多掃灑，諸尼見問：「掃地何少？」答曰：「自汝去後我立不坐。」老尼聞已報曰：「仁等去後笈多不坐，其事實爾。然大德鄔陀夷來至於此，立共笈多恣意言話，乃至母嫁亦並評章。」諸苾芻尼問笈多曰：「實作如是不端嚴事耶？」答言：「實爾。」諸尼聞已咸生嫌恥：「云何苾芻與苾芻尼獨在屏處立？」以此因緣白諸苾芻，諸苾芻白佛。佛以此緣集苾芻眾，問答呵責廣說如前，乃至「為制學處，應如是說：若復苾芻獨與一苾芻尼屏處坐者，波逸底迦。」

> ブッダは室羅伐城の逝多林給孤独園に滞在されていた。その時、笈多（ギャッタ）が出家し、次に寺内の雑務を担当することになった。尼僧たちは皆、朝の時期に衣をまとい鉢を持って托鉢に出かけたが、笈多だけが寺に残っていた。 ちょうどその時、鄔陀夷（ウダーイン）が城内に托鉢に入り、比丘尼寺にやって来た。笈多は自ら掃除をしていたが、寺の門口に遥かに鄔陀夷が来るのを認め、「ようこそ聖者様！」と告げると、すぐに箒を置き、その足元に礼拝してから片隅に立った。 その時、鄔陀夷はすぐに説法を始めた。説法が長く続き、昔の楽しいひとときを思い出した彼は笈多に言った。「あなたはあの頃、あの園で…（以下、前に詳しく述べた通り）…」と。すべてを語り終えると、笈多は「覚えています」と答えた。 ところが、その時、老いて病んだ一人の比丘尼が門屋の下に座っており、こう考えた。「この二人は、まさに母の嫁入りの頃の事柄までも話し合っている。」 時が長く経過したので、笈多が告げた。「聖者様、お帰りください。比丘尼たちが間もなく寺に戻ってきます。掃除が済んでいないのを見たら、不満に思うでしょう。これから私は掃除をしますから。」そこで鄔陀夷は立ち去った。 笈多が掃除をし始めた。尼僧たちが戻ってきて尋ねた。「どうしてこんなにしか掃除していないのですか？」笈多は答えた。「あなた方が出かけた後、私は立ったままで座りませんでした。」 老尼がこれを聞いて告げた。「あなた方（比丘尼たち）が行った後、笈多は確かに座っていませんでした。しかし、大徳の鄔陀夷がここに来て、笈多と共に立ち話にふけり、意のままに話し合い、母の嫁入りの話までも詳しく語っていたのです。」 比丘尼たちは笈多に問い質した。「あなたは本当に、そのようないささか慎みのない行いをしたのですか？」笈多は答えた。「本当にそうです。」尼僧たちはこれを聞いて、皆が嫌悪し恥じ入った。「どうして比丘が比丘尼と二人きりで人目のない場所に立っていられるのか！」と。 この出来事をきっかけに、彼女たちは比丘たちに告げ、比丘たちはブッダに報告した。ブッダはこの因縁によって比丘たちを集め、問答し、叱責され、以前詳しく述べた通りに教えを説かれた。そして「学処を制定して、次のように説くべきである。『もし比丘が、たった一人の比丘尼と、人目のない場所に坐するならば、波逸底迦（パーヤンティカ）の罪である。』」と。

若復苾芻者，謂鄔陀夷，餘義如上。

> また、比丘について言えば、これはウダーイ（優陀夷）のことであり、その他の意味は前の通りである。

釋獨等義廣說如前。

> 解脱などの意義についての詳細な説明は、前に述べた通りです。

此中犯相立臥皆犯，餘如前說。

> ここでの犯しの形相としては、立っていても横になっていても、ともに犯しとなる。その他の点については、前に述べた通りである。