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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 33 過三缽受食學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 過三鉢受食學處第三十三

> 三十三 過三鉢受食の学処

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。爾時北方有大商主，來至此城郭外停止。六眾聞之共相告曰：「難陀、鄔波難陀！我聞北方有大商主，來至此城郭外停息，我今暫往就彼相看，必有容者少多勸化。」難陀報曰：「此亦善哉！」即便俱往，自相告曰：「彼諸商人若喚我等食者，應可報云：『我有飲食且得充濟，若施衣者是要所須。』」既到彼已問言：「商主自遠而至不疲勞耶？」答言：「聖者！勞此相問。」六眾曰：「必有容者暫可聽法。」時彼商主恭敬合掌即便聽法。既聞法已商人請曰：「聖者！可於此食。」答言：「賢首！我自充濟不勞辛苦。」便於他日更復相看為其說法，商主慇懃請其受食，復還報曰：「我不須食。」後於異時商人議曰：「此處乏草，當向某村逐草放牧。」即將牛馬往詣彼方。是時六眾明日還去，就彼商人欲為說法，既至彼已不見商人，懷憂而住。時有人來問言：「大德！何故憂愁？」鄔波難陀曰：「此有商人是我相識資貨豐贍，不見告辭捨我而去。」報言：「聖者！彼非全去，為此乏草暫往某村，逐草放牧兼賣貨物，不久還來。」鄔波難陀曰：「願汝無病長壽。」作是語已即往彼村，遙見商人說伽他曰：

> 仏は室羅伐城の逝多林、給孤独園にいた。その頃、北方から大商人がこの城の外郭にやって来て留まっていた。 六衆の比丘たちがこれを聞いて、互いに告げた。「難陀よ、鄔波難陀よ。聞けば北方から大商人が来て、城外に留まっているという。今、しばらく彼のところに行って会い、もし施しがあれば少し勧めよう。」難陀は答えた。「それも良いだろう。」そこで二人は共に出かけ、互いに相談した。「あの商人たちがもし食事を勧めてきたら、『私はすでに食を得て満足している。もし衣を施すなら、それが私の求めるところだ』と答えよう。」 彼らのもとに着くと、問いかけた。「商主よ、遠方から来られてお疲れではございませんか。」商主は答えた。「聖者様、お気遣いありがとうございます。」六衆の比丘は言った。「もしお許しがあれば、しばらく法を聞いてください。」その時、商主は敬いの心で合掌し、法を聞いた。 法を聞き終えると、商主は勧めた。「聖者様、ここでお食事をどうぞ。」比丘たちは答えた。「善き方よ、私はすでに自ら満たされており、お手数をかけずとも結構です。」その後、また別の日に彼らを訪ねて法を説き、商主がしきりに食事を勧めても、また同じように断った。「私は食事は要りません。」と。 後日、商人たちは相談した。「この場所は草が乏しい。あの村へ行き、草を求めて牛馬を放牧しよう。」そうして牛馬を連れてその地へ向かった。翌日、六衆の比丘たちは再び商人のもとへ行き、法を説こうとしたが、既にその姿はなく、彼らは憂いに沈んで立ち尽くした。 そこへ通りかかった人が尋ねた。「大徳よ、なぜ憂えておられるのですか。」鄔波難陀は答えた。「ここに私の知り合いの商人がいて、資産も豊かだったが、別れの挨拶もなく去ってしまったのだ。」その人は言った。「聖者様、彼は完全に去ったわけではありません。草が乏しいため、しばらくあの村へ行き、草を求めながら牛馬を放牧し、商品を売っているのです。すぐに戻ってくるでしょう。」鄔波難陀は言った。「あなたに病なく、長寿あれ。」こう言うと、彼らはその村へ向かい、遠くから商人を見つけて、伽他を唱えた。

「邊方險路不應往， 設令去者勿居停；非但處所不堪行， 彼人勿共為親友。山險居人初見好， 如金揩石創鮮明；中方居者則不然， 始終不動如山岳。」

> 辺境の危険な道には行くべきではない。 たとえ行くとしても、そこに留まってはならない。 その場所は歩くに耐えないだけでなく、 そこに住む人々とも親しく交わってはならない。 山間の危険な地に住む人は、初めは良く見える。 まるで金を砥石で磨いたばかりのように輝いて見える。 しかし、中央の地に住む人はそうではない。 始めも終わりも、山のように動じることなく安定している。

時諸商人聞此語已，答聖者曰：「何因致恨，苦見譏誚？」六眾曰：「賢首！已與仁等略申情義，廢我善品頻為說法。何不言別遂即私來？」答言：「聖者！非我長來，隨草故爾。如其歸日還至室羅伐城，相與告別。」闡陀曰：「賢首！更可暫來聽我說法。」時彼諸人即共敬禮，各取卑座坐而聽法。為說法已，商主曰：「聖者！可於此食。」答曰：「不須。」時彼商主告諸人曰：「仁等數請受食皆言不須，豈非聖者乏少衣服？仁等宜應隨己所有以衣奉施。」諸人報曰：「斯亦善哉！」遂便人人各以一張上好毛緂持用奉施，闡陀便與呪願：「此之施物，福利無邊。」鄔陀夷既得物已告言：「賢首！汝比頻頻請我受食，今可將來，是何供養？」時彼商人即持餅果羅列目前，鄔陀夷便舒大鉢報言：「賢首！可著此中。」商主意念：「此鉢絕大，若與滿者可足六人充一中食。」即盛以滿鉢奉鄔陀夷。時馬勝苾芻復更舒鉢，還與滿鉢。乃至六人悉皆舒鉢，商人俛仰咸並與之。所有路糧無不罄盡，乃至釜中飲食亦用相供。時諸商人告苾芻曰：「聖者！我所現作多少路糧，並皆罄盡。」時諸商人報苾芻曰：「我欲令人相逐往至城中更覓路糧，仁當看買，迴還之日幸給援人，勿使中途致遭賊盜。」難陀報曰：「當為汝看。」時彼商人遣人隨去，既至寺已馬勝報曰：「賢首！可為我作如是事業。」隨言為作，尋復告言：「為作此事。」如是展轉至日將暮，告言：「男子汝可歸還。」時彼使人出城而去，途經險處為賊所劫。既入營中，諸人問曰：「路糧何似？」報言：「幾將失命，寧有路糧。」問曰：「豈不聖者與汝援人。」答曰：「准理即是彼令賊劫。」問：「其何故？」答曰：「彼至寺中令我作務，憑看市易總不言及，至日將暮方遣出城，由此夜行遂遭賊劫。」時諸商人聞是語已咸共譏嫌：「此諸釋子失沙門行。云何委寄反被相欺？」此是緣起，尚未制戒。

> さて、商人たちはこの言葉を聞いて、聖者に答えた。「どうして恨みを抱き、辛くも嘲笑われるのでしょうか？」。六衆は言った。「善き方々よ、私はすでにあなたがたと心を通わせ、我が善行を捨てて頻繁に法を説いてきたではないか。どうして別れの言葉もなく、密かに去ってしまったのか？」商人たちは答えた。「聖者よ、私たちは長くここに留まるわけではありません。ただ草に従っているだけです。帰る日には、室羅伐城に戻り、あなたに別れを告げましょう。」チャンダは言った。「善き方々よ、もう一度だけおいでなさい。私の説法をお聞きなさい。」そこで商人たちは共に敬礼し、それぞれ低い座を取って座り、法を聴いた。法を説き終えると、商主は言った。「聖者よ、ここで食事を召し上がってください。」チャンダは答えた。「結構です。」そこで商主は皆に告げた。「諸君よ、再三食事を勧めても、要らないとおっしゃる。これは聖者が衣類に乏しいからではなかろうか。各自、自分の持っている衣服を布施しよう。」人々は言った。「それは良いことです。」そして各々一枚ずつの上等な毛織物を布施した。チャンダはそれに呪願した。「この布施の功徳は限りがありません。」ウパナンダは物を受け取ると言った。「善き方々よ、あなたがたは頻繁に私に食事を勧めてくれた。今ここに持ってこさせよ。これは何の供養か？」そこで商人たちは菓子や果物を目前に並べた。ウパナンダは大きな鉢を差し出して言った。「善き方々よ、これに入れなさい。」商主は思った。「この鉢は非常に大きい。もし満たせば、六人が十分に食べられる中食になるだろう。」そして鉢いっぱいに盛ってウパナンダに捧げた。すると、アシュヴァジット比丘もさらに鉢を差し出し、やはり満杯にしてもらった。結局、六人全員が鉢を差し出し、商人は仕方なく皆に与えた。持っていた道中の食糧は全て尽き、鍋の中の食べ物さえも供されてしまった。そこで商人たちは比丘たちに言った。「聖者よ、私たちが用意した道中の食糧は、全て尽きてしまいました。」そしてさらに言った。「私たちは、誰かを都へ行かせて、追加の食糧を調達させたいと思います。あなたがたはその者を見守ってください。戻る際には、途中で盗賊に遭わないよう、護衛をつけてください。」ナンダは言った。「私がその者を見守ろう。」そこで商人は一人を使者として都へ送った。寺に着くと、アシュヴァジットは言った。「善き方よ、私のためにこの仕事をしなさい。」言われた通りにすると、また別のことを言われた。「これをしなさい。」こうして次々に仕事を言いつけられ、日が暮れかけた頃になって言った。「男よ、あなたは帰りなさい。」使者は都を出て、危険な場所を通り、盗賊に襲われた。營地に戻ると、人々は尋ねた。「道中の食糧はどうなった？」使者は答えた。「命からがら逃げ帰ったのだ。食糧などあるものか。」人々は言った。「聖者が君に護衛をつけてくれなかったのか。」使者は答えた。「道理で言えば、あの聖者たちが私を盗賊に遭わせたのです。」人々は尋ねた。「どういうことだ？」使者は答えた。「寺に着くと、彼らは私に仕事をさせ、市場への買い出しさえも任せてくれず、日暮れ近くになってようやく都から出すよう促したのです。そのため夜道を歩くことになり、盗賊に襲われたのです。」商人たちはこの言葉を聞いて、皆で非難した。「この沙門たちは修行者の道を失っている。どうして彼らに任せることができようか。逆に欺かれてしまった。」これが因縁であり、まだ戒律は制定されていなかった。

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。時此城中有一長者，娶妻未久便誕一女，眇其右目。後漸長大，同年女伴皆並娉人，唯此一女眇目無相，其年雖大人無娶者。於此城內復有居士，於同望族娶女為妻，未經多時妻遂身死，更娶第二亦復身亡。如是乃至第七娶妻，悉皆身死。時人並皆喚為妨婦，即因此事以立其名。時妨婦長者更欲娶妻，人皆不與，作如是語：「我今豈可令女死耶？我不能與。」復求寡婦欲娶為妻，彼便告曰：「我於己命豈不悋惜入汝舍乎？」時彼長者求妻不得，躬自營勞檢校家事。後於異時有舊知識，來至其家，見其作務告曰：「仁何所為？」答曰：「我營家事。」彼便告曰：「何意仁今自知家務？」曰：「已娶七婦皆悉身亡，無第二人可知家業。」友人報曰：「何不求餘？」答言：「比日雖求，人不見與，皆云：『我豈不惜女耶？娉向汝家令其早死。』」「若如是者，何不更求諸餘寡婦？」長者具以事答：「雖求寡婦亦不肯來。」知友曰：「某家有女，眇其右目，何不見求？」答曰：「彼亦不與。」知友曰：「試往求之，或容相許。」是時長者便詣彼家，至已問家長曰：「比得安不？」彼問：「何意得來？」答曰：「欲求娶仁女。」問曰：「何女？」答曰：「眇右目者。」父曰：「隨意為婚。」問曰：「欲取何日？」父曰：「某日吉辰，可得成禮。」既見許已歡喜而去，還至家中待其吉日。時彼知友既勸喻已作如是念：「我令知友覓眇目女共為婚媾，是所不應。彼有惡相，勿令至舍妨我知識。」時彼知友作是念已，詣長者所問曰：「得眇目女不？」答言：「求得。」是時知友說伽他曰：

> 仏は室羅伐城の逝多林・給孤独園におられた。その時、この城に一人の長者がいた。妻を娶って間もなく一女を授かったが、その子は右目が不自由であった。やがて成長すると、同い年の娘たちは皆嫁いだが、この娘だけは目が不自由で容姿に恵まれず、年は行くのに娶る者がいなかった。 また、この城内に一人の居士がいた。同じ名門の家から妻を娶ったが、間もなく妻は死に、次に娶った者もまた死んだ。こうして七度妻を娶るも、皆ことごとく死んだ。人々は彼を「妨婦」と呼び、それがそのまま彼の名前となった。 この妨婦長者はさらに妻を娶ろうとしたが、誰も与えようとせず、「私は娘を死なせてしまうのか？与えられない」と言った。そこで寡婦を娶ろうとしたが、彼女らも「自分の命を惜しまず、あなたの家に入れると思うか？」と告げた。長者は妻を得ることができず、自ら労して家事を取り仕切っていた。 その後、ある時、昔からの知友が彼の家を訪れ、働きぶりを見て言った。「あなたは何をしているのか？」長者は答えた。「家事を執り行っているのです。」友が尋ねる。「なぜあなた自身が家事を知っているのですか？」長者が答える。「七人の妻を娶りましたが、皆死んでしまい、他に家業を知る者がおりません。」友は言う。「なぜ他に求めてはいけないのですか？」長者は言う。「近来求めてみましたが、人々は与えません。『私が娘を惜しまないと思うか？あなたの家に嫁がせて、早死にさせてしまえというのか』と皆言うのです。」友が言う。「それならば、なぜ他に寡婦を求めないのですか？」長者は先の話を詳しく伝え、「寡婦を求めても来てくれません」と言った。友は言う。「某家に娘がいます。右目が不自由ですが、どうして求めないのですか？」長者は答える。「あちらも与えないでしょう。」友は言う。「試しに求めてみなさい。もしかしたら許してくれるかもしれません。」 そこで長者はその家へ行き、家長に尋ねた。「お変わりなくお過ごしでしょうか？」家長は問う。「なぜ来られたのですか？」長者は答える。「あなたの娘を娶りたく存じます。」家長は尋ねる。「どの娘ですか？」長者は言う。「右目が不自由な娘です。」父は言う。「お望みのままに婚儀をお取りください。」長者は問う。「どの日がよろしいでしょうか？」父は告げる。「某日が吉日です。その日に式を挙げなさい。」許しを得て、長者は喜んで帰り、吉日を待った。 その時、先の知友は彼を勧めた後、こう考えた。「私は友に眇目の娘を娶らせようとしたが、それはすべきでなかった。彼女には悪相がある。家に来て私の友人に害を及ぼしてはならない。」そう考えて、知友は長者のもとへ行き、尋ねた。「眇目の娘を得ましたか？」長者は答える。「得ました。」そこで知友は伽他（詩句）を唱えた。

「波羅舍條將淨齒， 若人頭向西出眠；眇右目女娶為妻， 此亦能虧天帝釋。兩惡相逢必有損， 譬如刀石共相投；夫婦皆是妨害人， 若娶定當遭死事。」

說是語已報長者曰：「女眇右目是妨不疑，仁若娶者恐遭夭喪，宜可棄之。我有一妹，比者孀居，若相應者共為偶匹。」長者曰：「已有言交，不可即棄，宜設方便，勿失彼情。」知識曰：「善。」時眇目父母，欲至吉辰即為營辦種種會設。六眾苾芻共彼長者先是相識，六眾便於小食時著衣持鉢入城乞食。至長者家見其營造奇妙餅食，難陀問曰：「姊妹！作何節會？」其母報曰：「聖者！仁外甥女欲娉他宗，將至吉辰為斯營辦。」難陀答曰：「姊妹！我於今日得甞少多不」？母曰：「聖者！此是仁物，豈待他授。」難陀報曰：「餘時惠施自是常途，今日珍羞且與多少。」時彼婦女稟性寬恕，遂將餅食盡授六人。既受得已即為呪願：「無病長壽。」從舍而出。時彼長者來見餅無，問言：「何故？」婦曰：「有福田來，我皆持施，仁今可往報彼夫家，更待他辰別為營辦。」長者報曰：「彼定不肯延至他日，且先嫁女，後設宗親。」婦曰：「彼既妨妻，誰當與女？令待餘日一時總費。」長者既受婦勸便向夫家，報言：「賢首！我家營辦所擬宗親，六眾福田并皆持去。現未能辦，可待後時。」其人報曰：「已卜吉辰不能移轉，若依舊日我娶為妻，若更在後必當見棄。」長者還家以言告婦，婦曰：「彼多妨妻，誰卒與女？留至他日方共交婚。」婦即漸辦餅食遂過先期。夫家聞已，遂娶知友之妹孀居寡婦以為妻室。其婦餅食既辦，更令長者往命成婚，報夫家曰：「我餅食皆辦，可為親禮。」彼人答曰：「前期既過，我不須女。」長者發怒引至官司，斷官准理，長者不如。還報其婦，婦便大哭：「我女久居今始欲嫁，事緣六眾棄不成婚。」隣伍聞之共生嫌賤：「六眾苾芻失沙門法壞清淨眾，令成婚女為夫所棄。」諸苾芻聞以緣白佛。佛便集眾問彼六人，呵責同前，乃至「為制學處，應如是說：

「若復眾多苾芻往俗家中，有淨信婆羅門居士，慇懃請與餅󰉓。苾芻須者應兩三鉢受，若過受者波逸底迦。既受得已還至住處，若有苾芻應共分食，此是時。」

若復苾芻者，謂六眾也。過二已去名曰眾多。

俗家謂白衣家婆羅門等。

往者，謂到其所。

淨信者，謂信三寶深心歸敬。

慇懃者，謂心至極。

請者，謂發言延。

請󰉓餅者，謂所施食。

須者，謂情樂也。

兩三鉢者，鉢有三種：謂上、中、下。上者，謂受摩揭陀國二升米飯；中者，謂受一升半米飯；小者，謂受一升米飯。

應兩三鉢受者，指其限齊。

還至住處者，謂至寺中。

若有苾芻應共分食者，謂與同梵行者共相分布。

若過受得波逸底迦者，釋罪如前。

此中犯相其事云何？若苾芻以三大鉢受他食時，得惡作罪；若吞噉者，得波逸底迦。若以二大鉢、一中鉢受他食時，同得惡作罪；吞噉之時，得波逸底迦。若以二大鉢、一小鉢受他食時，得惡作罪；吞噉之時，得波逸底迦。若以二中鉢、一大鉢受他食時，得罪輕重同前。要而言之，若苾芻乃至取他食時，過四升半米飯分量已上，皆得波逸底迦。若取一大鉢、一中鉢、一小鉢，或惟二大，或二中、一小，或二小、一大，或二小、一中，或三中，或三小等，此皆無犯。又若施主任取多少者，取亦無犯。又無犯者，謂最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。

## 根本說一切有部毘奈耶卷第三十五