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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 36 別眾食學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 別眾食學處第三十六

> 別眾食の学処 第三十六

佛在王舍城羯闌鐸迦池竹林園中。爾時提婆達多與眾多苾芻在近寺處別眾而食。少欲苾芻共生嫌恥：「云何苾芻於近寺處別眾而食？」以此因緣具白世尊。世尊集苾芻眾，問答因緣廣說如上。乃至「云何苾芻別眾而食？」世尊種種呵責已，「為十利故，與諸苾芻制其學處，應如是說：

> 仏は、王舎城の羯闌鐸迦池のほとりにある竹林精舎におられました。その時、提婆達多は多くの比丘たちと共に、寺院の近くで別々に食事をしていました。戒を重んじる比丘たちはこれを不満に思い、「どうして比丘たちが寺院の近くで別々に食事をするのだろうか」と非難しました。この出来事を世尊に詳しくお伝えすると、世尊は比丘たちを集め、その理由を問いただし、広く説かれました。そして、「どうして比丘が別々に食事をするのか」と、世尊は様々に非難した後、「十の利益のため、比丘たちに学処を定める。次のように説くべきである」とおっしゃいました。

「若復苾芻別眾食者，波逸底迦。」如是世尊為諸苾芻制學處已。

> もしも比丘が別々に食事をとるならば、波逸底迦（懺悔すべき罪）となる。」と、このように世尊は諸々の比丘のために学処（戒律）を制定されました。

時有眾多苾芻身嬰疾苦，有一醫人來至寺中，諸苾芻問言：「賢首！此苾芻染患，請說方藥。」報言：「聖者！當服如是如是藥，兼與小食。」病苾芻曰：「誰能施與？」醫曰：「我能施與。」苾芻曰：「一切僧伽悉能施不？」報言：「非諸僧伽，仁病當與。」答曰：「世尊制戒不許別眾食。」醫曰：「仁之大師常有慈悲，緣斯事故必當開許。」時諸苾芻以此因緣具白世尊，世尊告曰：「除病因緣。」

> 時に、多くの比丘が病に苦しんでいた。そこに一人の医者が寺に来た。比丘たちは言った。「賢者よ、この比丘が病に罹っている。薬方を示してほしい。」医者は答えた。「聖者よ、これこれの薬を服用し、さらに軽い食事をとるがよい。」病の比丘が言った。「誰が施してくれるのか。」医者は言った。「私が施そう。」比丘は言った。「すべての僧伽が施してくれるのか。」医者は答えた。「すべての僧伽ではなく、あなたの病に応じて施すのだ。」比丘は言った。「世尊は戒律を制定され、別衆食を許されていない。」医者は言った。「あなたの大師は常に慈悲を有しておられる。故にこの事情があれば、必ず許可されるであろう。」時に、比丘たちはこの因縁を詳細に世尊に告げた。世尊は告げられた。「病の因縁がある場合は、除くことを許す。」

又諸苾芻為窣覩波事及營眾事，身生疲極隨處偃臥廢修善品。時有信心長者入寺見已，問言：「聖者！佛之教法務在精勤，何故晝眠不修善業？」苾芻報曰：「賢首！我身飢乏。」長者報曰：「何不小食？」答曰：「賢首！誰當與我？」報言：「我與。」苾芻報曰：「一切僧伽悉能施不？」報曰：「非諸僧伽，仁困當與。」答曰：「世尊制戒不許別眾食。」長者報曰：「仁之大師常有慈愍，緣斯事故必當聽許。」時諸苾芻以緣白佛，佛言：「除作因緣。」

> また、ある比丘たちは、卒塔婆の造営や僧団の用事のために、身体が疲れ果ててどこにでも横たわり、善い行いを修めることを怠っていました。その時、信心のある長者が寺に入ってこれを見て、尋ねました。「聖者よ！仏の教えは精進を務めるものなのに、どうして昼間に眠って善い行いを修めないのですか？」比丘は答えました。「賢者よ、私は飢えて疲れているのです。」長者は言いました。「少し食べ物をとったらどうですか？」答えました。「賢者よ、誰が私に与えてくれるのですか？」長者は言いました。「私が与えましょう。」比丘は答えました。「すべての僧伽（僧団）が与えてくださるのですか？」長者は答えました。「僧伽全体ではなく、あなたが困っていれば私が与えるのです。」比丘は答えました。「世尊は戒律で、僧団から離れて別に食事をすることを禁じておられます。」長者は答えました。「あなたの大師はいつも慈しみ深く、このような事情があれば必ずお許しになるでしょう。」そこで比丘たちはこのことを仏に告げました。仏は言われました。「やむを得ない事情がある時は別である。」

又諸苾芻與商旅同行至一聚落乞食，時至報諸人曰：「賢首！暫時為住，我欲入村乞少飲食。」商人曰：「聖者！此處險途多諸賊盜，可隨我去，我當與食。」苾芻曰：「一切僧伽悉能施不？」答曰：「不能，或可隨力與二、三、四等。」苾芻曰：「世尊制戒不許別眾。」時諸苾芻並皆絕食，廣說如前，乃至佛言：「除道行時。」

又諸苾芻附船而去，人間遊行次至一村，時諸苾芻報船人曰：「暫時為住，我欲入村乞求飲食。」船人報曰：「此處河險多有賊盜，可宜共去，我與仁食。」苾芻報曰：「為一？為眾？」答曰：「我不能多，或與三、四、五等。」苾芻報曰：「世尊制戒不許別眾食。」時諸苾芻皆一日絕食。以緣白佛，佛言：「除船行時。」

如世尊說五年六年應作頂髻大會，時有無量苾芻總集。有淨信居士等，別請苾芻曰：「聖者！來食。」苾芻報曰：「為一？為總？」居士報曰：「我不及眾，但可二十、三十隨力供養。」答曰：「賢首！世尊制戒不許別食。」時諸苾芻以緣白佛，佛言：「除大施會時。」

爾時影勝王未得見諦，以竹林園施露形外道，及生淨信得見諦已，遂廢外道奉施佛僧而為受用。時影勝王舅在外道中出家，王白僧曰：「此是我舅，願且留住，乃至過失未生任其住止，若過起者當遣出去，王自供食。」時諸苾芻於初後夜警覺思惟，外道見已起敬信心，報苾芻曰：「我與苾芻食。」苾芻曰：「善！為一？為眾？」答曰：「我不能多，我之飲食從王處來，或十、或二十，事容得濟。」苾芻報曰：「世尊不許別眾食。」苾芻白佛，佛言：「除沙門施食時。」爾時世尊讚歎少欲及尊重戒者，為說法已告諸苾芻：「前是創制，此是隨開。我今為制學處，應如是說：若復苾芻別眾食者，除餘時，波逸底迦。餘時者，病時、作時、道行時、船行時、大眾食時、沙門施食時，此是時。」

若復苾芻者，謂提婆達多，餘義如上。

別眾食者，謂別別而食。

除餘時者，謂除別時。病時者，於一食時不能安坐。作時者，或窣覩波、或是眾事，下至掃地大如席許、或時塗拭如牛臥處。道行時者，若行半驛或一驛往來。船行時者，若附他船、或半驛一驛。大會者，謂多人聚集。沙門者，謂佛法外諸外道類亦名沙門，以彼勞身求道故。此是隨開，結罪同前。

此中犯相其事云何？若苾芻於同界內作同界想及疑，為別眾食，得波逸底迦。若在界外作界內想疑，得惡作罪。若在界外作界外想，及在界內為界外想者，無犯。凡言住處有二種：一、根本住處，二、院外住處。若於本處苾芻食時，應問院外苾芻同來食不？若不問而食者，得惡作罪。若院外苾芻食時，應問本處苾芻來同食不？若不問知，四人同食者，得波逸底迦。若三人食、一人不食，若三圓具、一未圓具食，皆無犯。若以食送彼，乃至鹽一匕、或草葉一握，與彼眾處食，皆無犯。或時施主作如是語：「但來入者我皆與食。」或時施主造別房施云：「於我房中住者我皆與食。」斯亦無過。又無犯者，謂最初犯人，餘如上說。