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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 39 不受食學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 不受食學處第三十九

> 不食学処 第三十九条

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。爾時具壽大哥羅苾芻，於一切時常用深摩舍那處鉢謂是棄死屍處，舊云「尸陀」者，訛也，著深摩舍那處衣，食深摩舍那處食，受用深摩舍那處臥具。云何深摩舍那鉢？若有人死棄在野田，時諸親族以瓦甌鉢而為祭器，時大哥羅取以充鉢。云何死人衣？是諸親族以衣贈死棄之田野，時大哥羅取以浣染縫刺為衣。云何死人食？是諸親族以五團食祭饗亡靈，時大哥羅取而充食。云何死人臥具？此大哥羅常在屍處而為眠臥。是謂屍林鉢衣食臥具也。若人多死時，大哥羅身體肥盛，不復數往城中乞食。若無人死時，大哥羅身形羸瘦，數往城中巡門乞食。時守門者作心記念：「大哥羅苾芻若人多死身則肥盛，若死人少身便羸瘦，豈非聖者大哥羅食死人肉耶？」時此城中有一婆羅門，娶妻未久便誕一女，女既長大父遂身亡。時諸親族具嚴喪禮，送至屍林焚已歸舍，其妻及女哭在一邊。時大哥羅看燒死屍，時女見已告其母曰：「今此聖者大哥羅猶如瞎烏，守屍而住。」時有人聞來告苾芻，苾芻白佛，佛言：「彼婆羅門女，自為損害我聲聞弟子德若妙高，作麁惡言共相輕毀，緣斯惡業於五百生中常為瞎烏。」時遠近人眾咸聞世尊記婆羅門女於五百生中常為瞎烏。其母聞已作如是語：「佛記我女五百生內常為瞎烏，何苦之甚！」母即將女往世尊所，禮佛足已白佛言：「世尊！唯願慈悲恕此小女，緣無識故，非毒害心輒出此言，願見容捨。」世尊告曰：「豈我為惡呪令彼受耶？由此女子輕心麁語墮傍生中，若重惡心當墮地獄。」女人聞已從座而去。

> ある時、仏は室羅伐城の逝多林給孤独園に滞在されていました。そのとき、長老の大哥羅（だいから）比丘は、常に深摩舍那（屍林）の鉢を用い、深摩舍那の衣を身にまとい、深摩舍那の食物を食べ、深摩舍那の寝具を使っていました。 深摩舍那の鉢とは何かというと、人が亡くなって野に捨てられた際、その親族が瓦や鉢を祭器として置いていくものを、大哥羅がもらって自分の鉢としたのです。死人衣とは、親族が死者に贈った衣を野に捨てたものを、彼が拾い、洗い、染め、縫って衣服としたものです。死人食とは、親族が五つの団子を霊に供えたものを、彼がもらって食べたのです。死人臥具とは、彼がいつも死体の場所で寝起きしていたことを指します。これが屍林の鉢・衣・食・臥具の意味です。 人が多く死ぬとき、大哥羅の体はふっくらと肥え、わざわざ町に托鉢に行く必要がありませんでした。しかし、誰も死なないときは、彼はやせ細り、町の家々を門ごとに訪ねて托鉢しました。門番はこれを心に留め、「大哥羅比丘は、人が多く死ぬと体が肥え、死者が少ないとやせる。まさか聖者の大哥羅が死者の肉を食べているのか？」と思いました。 そんな折、町のあるバラモンが結婚して間もなく娘をもうけました。娘が成人した後、父親は亡くなりました。親族たちは葬儀を整え、遺体を屍林に運んで火葬し、家に帰りました。妻と娘は片隅で泣いていました。そのとき、大哥羅が焼け死体を見ていました。娘はそれを見て母親に言いました。「あの聖者大哥羅は、まるで盲目のカラスのように、死体を見張っているわ。」 これを聞いた人が比丘たちに伝え、比丘たちは仏に報告しました。仏は言われました。「あのバラモンの娘は、自ら害をなしたのだ。私の声聞弟子は徳が高く、須弥山のようなのに、粗悪な言葉で軽んじ謗った。この悪業によって、五百の生の間、常に盲目のカラスとなるであろう。」 遠近の人々は皆、世尊がバラモンの娘を五百生の間、盲目のカラスになると記されたことを聞きました。母はこれを聞いて言いました。「仏が我が娘を五百生もの間、盲目のカラスにすると記されたとは、なんと苦しいことか！」そして娘を連れて仏のもとへ行き、仏の足に礼して言いました。「世尊、どうかこの幼い娘をお許しください。無知ゆえで、毒を持って言ったのではなく、軽い心で口にしたのです。どうかお許しください。」 仏はおっしゃいました。「私が悪い呪いで彼女をそのようにすると思うか？この娘は軽い心と粗い言葉で畜生道に堕ちたのだ。もし重い悪意があれば地獄に堕ちていたであろう。」女たちはこれを聞いて、席を立って去って行きました。

時城中人見守門者云：「具壽大哥羅食死人肉。」復聞小女所出惡言，諸人即便作如是語：「我等宜應往屍林所看，具壽大哥羅云食死人其事虛實？」復共議曰：「我等如何得知虛實？可令一人作死人狀，諸人共舁至屍林處。」遂遣一人為死屍相，其人報曰：「豈欲令彼食我肉耶？」諸人報曰：「汝不須憂我當相護。」時彼即便作死人像，以黃薑油遍體塗拭，臥在床上安祭食五團，共舁出城向屍林所。時大哥羅入城乞食，見舁屍出便作是念：「我今迴去食此五團，何假巡門辛苦求乞。」時佯死人見苾芻迴，告諸人曰：「大哥羅來必欲食我。」諸人報曰：「我共相護汝不須憂。」即便舁至屍林置之于地，各入叢薄伺彼苾芻。有一野干欲向屍處食彼五團，時大哥羅便作是念：「忽此野干噉其祭食，令我一日受其飢餓。」即便疾去驅彼野干。時佯死人見苾芻來遂便大叫：「喫我！喫我！」時彼諸人各執棒杖來至其所，告苾芻曰：「聖者！汝著大仙服捨俗出家，而更於今作重惡業。」苾芻報曰：「我作何事？」諸人告曰：「汝食人肉。」答曰：「仁等見我持刀割肉而噉食耶？」答言：「不見。」諸人曰：「若如是者，何意疾走向死人邊？」哥羅報曰：「我見野干來餐祭食，此若食者我受飢虛，意欲疾驅更無惡念。」諸人報曰：「任汝所言隨食何物，然聲遍城郭云：『汝食人。』」作是語已相隨而去告諸苾芻。時諸苾芻聞是語已具白世尊，世尊聞已作如是念：「凡諸苾芻由不受食有此過生，是故我今勅諸苾芻，受取應食令他證知故。」如佛所教受取方食。諸苾芻不知如何成受。佛言：「有五種受：一、身與身受；二、身與物受；三、物與身受；四、物與物受；五、置地受。云何身與身受？謂他手授，以手受取。云何身與物受？謂他以手授，以鉢受取。云何物與身受？謂他以鉢授，以手受取。云何物與物受？謂他以鉢授，以鉢受取。云何置地受？汝等苾芻應知，有一邊國人多惡賤，乃至父母兄弟姊妹情多嫌惡不用相近。若苾芻至此國時，可於巷陌乞食之處作小曼荼羅壇，應置鉢已在一邊住，心緣於鉢。有施食者令著鉢中，即名為受。又有五種受：或床、或座、或枮、或衣、或鉢。苾芻應可用心，仰手承其一邊，令彼懸放，皆名為受。有五種不成受食。云何為五？謂在界外、或見遠處障處、或在傍邊、或居背後、或時合手，是謂五種不成受食。有五成受，反上應知。」

> 町の人々は門番が「尊者ガローラは死人の肉を食べている」と言うのを聞きました。また、少女の悪口も聞いたため、人々はこう言いました。「我々は屍林に行って、尊者ガローラが本当に死人を食べているのか確かめるべきだ。」そして、「どうやって真偽を確かめようか？」と話し合い、「一人に死人のふりをさせ、皆で担いで屍林に運ぼう」と決めました。 そこで一人を死人に見せかけることにしました。その人は「私の肉を食べさせるつもりですか？」と尋ねました。人々は「心配するな、我々が守る」と答えました。そこでその人は死人のふりをし、体にウコン油を塗り、寝台に載せられ、五つの供え団子を置かれ、皆で担いで町を出て屍林へ向かいました。 その時、ガローラは托鉢のために町に入り、棺が運び出されるのを見て、「私は戻ってこの五つの団子を食べよう。わざわざ家々を回って苦労して乞食する必要はない」と思いました。すると、死人のふりをしていた人が苾芻（僧）が戻ってくるのを見て、「ガローラが来る、必ず私を食べようとしている」と皆に言いました。人々は「我々が守る、心配するな」と答え、棺を屍林に運んで地面に置き、それぞれ茂みに隠れて僧の様子をうかがいました。 一匹の野干（ジャッカル）が死体のところに来て五つの団子を食べようとしました。ガローラは「この野干が供え物を食べてしまったら、今日一日飢えてしまう」と思い、急いで野干を追い払いました。すると、死人のふりをしていた人が僧が来るのを見て大声で叫びました。「私を食べろ！私を食べろ！」 人々は皆、棒や杖を持ってその場所に駆けつけ、僧に言いました。「聖者よ、あなたは大仙の衣をまとい、出家して俗世を離れたのに、今また重い悪業をなさるのですか。」僧は「私は何をしたというのですか？」と尋ねました。人々は「あなたは人肉を食べている」と言いました。僧は「あなた方は私が刀を持って肉を切り、食べるのを見ましたか？」と尋ねました。人々は「見ていません」と答えました。「それなら、なぜ慌てて死人の方へ走ったのですか？」ガローラは答えました。「私は野干が供え物を食べに来るのを見ました。もしこれが食べられたら、私は飢えてしまいます。追い払おうとしただけで、悪意はありません。」人々は「あなたが言う通り、何を食べようと自由ですが、あなたが人肉を食べるという噂は町中に広まっています」と言い、そう言って立ち去り、僧たちに告げました。 僧たちはこれを聞いて世尊に詳細を報告しました。世尊はこれを聞いてこうお考えになりました。「僧たちが受ける作法を守らなかったためにこのような過ちが起きた。ゆえに、私は今、全ての僧たちに命じる。食物を受ける時は、他者に証してもらうべきである。」仏の教えの通り、受けてから食べるようになりました。 僧たちは、どのように受けるべきか知りませんでした。仏は言われました。 「五つの受け方がある。 一、身と身による受け方。 二、身と物による受け方。 三、物と身による受け方。 四、物と物による受け方。 五、地面に置く受け方。 身と身による受け方とは、他者が手で授けるものを、手で受けること。 身と物による受け方とは、他者が手で授けるものを、鉢で受けること。 物と身による受け方とは、他者が鉢で授けるものを、手で受けること。 物と物による受け方とは、他者が鉢で授けるものを、鉢で受けること。 地面に置く受け方とは、汝ら僧たちよ、知るべきだ。ある辺境の国では、人々は嫌悪し、父母兄弟姉妹でさえも互いに嫌い近づこうとしない。僧がその国に来た時は、街角の乞食の場所に小さな曼荼羅壇を作り、鉢を置いて脇に立ち、心を鉢に集中させる。施し者が鉢の中に置けば、それが受け方となる。 また、五つの受け方がある。寝台、座、台、衣、鉢である。僧は心を集中し、手のひらを上に向けてその端を支え、相手に置かせる。これらも全て受け方となる。 五つの受け方が成立しない場合がある。五つとは何か。すなわち、境界の外、遠くの見えない場所、傍ら、背後、または手を合わせることである。これら五つは食物を受け取ったことにならない。五つが成立する場合は、これとは逆であると知るべきである。」

時有淨信婆羅門居士，以諸好果供養苾芻，苾芻不受。諸人報曰：「若佛未出世，我等皆以外道而為福田。既出世間，我等以仁為福田處，我有所施仁不受者，我等豈可捨善資糧欲行他世，幸願慈悲為我受取。」時諸苾芻以緣白佛，佛言：「應為受取，作淨應食。」苾芻不知如何作淨。佛言：「有五種作淨。云何為五？謂火淨、刀淨、爪淨、蔫乾淨、鳥啄淨，是謂為五。復有五種作淨：謂拔根淨、手折淨、截斷淨、劈破淨、無子淨。云何火淨？謂以火觸著。云何刀淨？謂以刀損壞。云何爪淨？謂以爪甲傷損。云何蔫乾淨？謂自蔫乾不堪為種。云何鳥啄淨？謂鳥𭪿啄損。次五易知。」

> ある時、信心深いバラモンや在家の信者たちが、比丘に様々な良い果物を差し出したが、比丘は受け取らなかった。人々は言った。「仏がこの世に現れていなかった頃、我々は外道を福田としていました。しかし今、世尊がお出ましになったので、我々はあなた方を福田としています。ところが、あなた方が我々の布施を受け取らないならば、我々はどうして善の糧を捨てて、来世に旅立つことができましょうか。どうか慈悲をもって、我々のために受け取ってください。」 そこで比丘たちはこの事情を仏に告げた。すると仏は言われた。「受け取りなさい。そして\[不浄を\]清めた上で食べなさい。」 比丘たちが「どのように清めるのですか」と尋ねると、仏は言われた。「五種類の清め方がある。五種類とは何か？火で清めること、刃物で清めること、爪で清めること、自然に乾燥させること、鳥がついばむこと、これらが五つである。さらに別の五種類の清め方がある。根を抜いて清めること、手で折って清めること、切って断つこと、割って裂くこと、種を取り除くことである。火で清めるとは、火に触れさせることである。刃物で清めるとは、刃物で傷つけることである。爪で清めるとは、爪で傷つけることである。自然に乾燥させるとは、自然に乾燥して種にならなくなることである。鳥がついばむとは、鳥がついばんで傷つけることである。次の五つは理解しやすいであろう。」

如佛所教作淨應食，苾芻即便一一作淨，遂至過中不得噉食，佛言：「所有果等應為一聚，應以火、刀於三四處而觸損之，此名為淨。」如世尊說受果應食，時諸苾芻一一別受，日遂過中，佛言：「隨食總取，不應別受。」又僧家淨人行果之時，不能均等，佛言：「應令求寂行之。」此復不均，佛言：「應大苾芻受取自行。」仍不能均，佛言：「應為三等，謂上、中、下，應觀好惡均等與之。」其行果人所應得分行了方與，或得惡者、或可總無，佛言：「應先出分。」便出好者，苾芻見嫌，佛言：「彼之二師應為受分。」仍得好者便起悔心，佛言：「至於座次應為受取。」時比座苾芻起而為受，佛言：「不應起受，隨手及處應為受取。」置鉢中時果便轉去，苾芻更受，佛言：「不應更受，隨手及處應取食之，手不及處應須更受。」苾芻行果時器物重大不能獨舉，俗人來見，報言：「大德！我相助行。」苾芻不許，佛言：「應可共行。」苾芻與俗各執一邊，俗人先執苾芻在後，佛言：「不應爾。苾芻應先受取，執一邊已次令俗人執，後共行之。」俗人先放苾芻在後，佛言：「不應爾，應苾芻先放，俗人在後。」苾芻行時，諸苾芻更受而食，佛言：「若於苾芻邊受得者，即成舊受。若俗人邊受得者，便成新受。」時有淨信施主，以𤬪盛酥蜜油及沙糖來施現前僧，諸苾芻不肯受，佛言：「應受，苾芻應行。」行時污衣，佛言：「應以草替。」若置地時𤬪便轉側，佛言：「下安支物。」行酥蜜已𤬪歸本主，彼言：「聖者！豈施酥蜜𤬪不施耶？此亦隨仁所須受用。」苾芻不知得成淨不？佛言：「應取，置深水中漬七八日，待諸魚鼈唼盡油膩，應與僧家淨厨處用。」

> 仏がお教えの通りに、「浄」を施してから食べるべきであると、比丘たちは一つ一つに「浄」を施したため、午後になってしまい食事ができなくなった。そこで仏は言われた。「全ての果物などを一まとめにし、火や刀で三、四か所に傷をつければ、これが『浄』となる。」 また、世尊が「果物を受けたら食べなさい」と説かれたので、比丘たちが一つ一つ別々に受け取ったところ、また日が過ぎてしまった。仏は言われた。「食事の際はまとめて取り、一つ一つ別々に受けてはならない。」 さらに、僧団で浄人が果物を配る際、平等に行き渡らせることができなかった。仏は言われた。「沙弥に配らせなさい。」しかし、それでも不均等であった。仏は言われた。「大比丘が受け取って自ら配りなさい。」それでもなお均等にならなかったので、仏は言われた。「三つの等級、すなわち上・中・下に分け、良し悪しを見極めて平等に与えなさい。」 果物を配る人の分は、配り終えてから与えられていたため、悪いものをもらったり、全くもらえなかったりすることがあった。仏は言われた。「まず先に分を取り分けなさい。」そこで良いものを取り分けると、比丘たちはそれに不満を持った。仏は言われた。「その二人の師が代わりに分を受け取りなさい。」それでも良いものが手に入ると、かえって後悔の念が生じた。仏は言われた。「席順に従って分を取りなさい。」その時、隣の比丘が立ち上がって受け取ろうとした。仏は言われた。「立ち上がって受けてはならない。手の届く範囲で受け取りなさい。」 鉢の中に置くとき、果物が転がってしまい、比丘が改めて受け取ろうとした。仏は言われた。「改めて受けてはならない。手の届く範囲のものを取って食べなさい。手の届かないところにあるものは、改めて受け取りなさい。」 比丘が果物を配るとき、器が大きくて重く、一人で持ち上げられなかった。在家の人がそれを見て、「尊き方々、私がお手伝いして配りましょう」と言った。比丘たちが許さなかったので、仏は言われた。「一緒に配りなさい。」比丘と在家がそれぞれ片側を持ったとき、在家が先に持ち、比丘が後になった。仏は言われた。「そうしてはならない。比丘が先に受け取り、片側を持ってから在家に持たせ、その後一緒に運びなさい。」在家が先に置き、比丘が後に置いた。仏は言われた。「そうしてはならない。比丘が先に置き、在家が後に置きなさい。」 比丘が配っている途中で、他の比丘たちが改めて受け取って食べようとした。仏は言われた。「比丘から受ければ『旧受』となる。在家から受ければ『新受』となる。」 ある信心深い施主が、壺に酥（バター）、蜜、油、砂糖などを入れて、目前の僧団に布施した。比丘たちは受け取ろうとしなかった。仏は言われた。「受け取りなさい。比丘が配りなさい。」配るときに衣が汚れたので、仏は言われた。「草を敷いて代用しなさい。」地面に置くと壺が倒れてしまったので、仏は言われた。「下に支えを置きなさい。」 酥や蜜を配り終えた後、壺は元の施主の手に戻った。施主が言った。「尊き方々、まさか酥や蜜だけを布施して、壺まで布施していないなどとお思いでは？どうぞお好きなようにお用いください。」比丘たちは、これが「浄」として適うかどうか分からなかった。仏は言われた。「受け取りなさい。深い水の中に七、八日間浸しておき、魚や亀が油分をすべて食べ尽くしたら、僧団の浄厨（清浄な台所）で使いなさい。」

如佛所說受取應食，六眾苾芻隨受不受取之而食。少欲苾芻見已嫌恥：「云何苾芻故違聖教不受而食？」以此因緣具白世尊，世尊集諸苾芻問其虛實，廣說如前，乃至「為諸苾芻，為十利故制其學處，應如是說：

> 仏がおっしゃったように、「受け取ってから食べなさい」とあるのに、六群比丘は受け取るかどうかに関わらず、そのまま取って食べました。すると、少欲の比丘たちがこれを見て、「どうして比丘がわざわざ仏の教えに背いて、受け取らずに食べるのだろうか」と恥じ、嫌いました。この出来事をもとに世尊に詳しく報告すると、世尊は比丘たちを集めて事の真偽を問いただし、これまでの話を広く述べられました。そして、「比丘たちのため、十の利益のために学処を定める。以下のように説くべきである」とおっしゃいました。

「若復苾芻不受食，舉著口中而噉咽者，波逸底迦。」如是世尊為制學處已。

時有阿闌若苾芻，水及齒木無人授與，便捨靜處至聚落中。世尊見已知而故問：「阿難陀！何處闌若苾芻棄彼住處來入聚落？」時阿難陀白佛言：「如佛所制不受之物不置口中而為吞咽，為此闌若苾芻水及齒木無人授與，皆來入村求授與人。」佛告阿難陀：「除水及齒木。」

時有諸苾芻人間遊行，經過險路無人授食。時有菩薩為調伏有情故，現作智馬、獼猴、熊羆，為諸苾芻授其果食。苾芻不受，時諸苾芻迴還白佛。佛言：「若諸有情知授未授，皆得授食，勿致疑心。」由此因緣告諸苾芻曰：「前是創制，此是隨開，應如是說：

「若復苾芻不受食，舉著口中而噉咽者，除水及齒木，波逸底迦。」

若復苾芻者，謂大哥羅也，餘義如上。

不受者，謂不從他受得也。

食者，謂二五等。

噉咽者，謂吞咽也。

除水及齒木者，謂除此物餘皆須受，結罪同前。

此中犯相其事云何？若苾芻不受食作不受想及疑等，二重、二輕，後二無犯。及無犯事，廣如上說。

時諸苾芻咸皆有疑，請世尊曰：「大德！具壽大哥羅曾作何業，常樂住在深摩舍那，依佛出家斷除諸惑成阿羅漢，而被謗讟云汝食人？」世尊告曰：「此大哥羅自所作業，若善若惡。因緣會合果熟之時，還於自身蘊界處受，不於外界地水火風而令成熟。」即說頌曰：

「假令經百劫， 所作業不亡；因緣會遇時， 果報還自受。

「汝等善聽！於過去世時婆羅痆斯城有一獨覺，名曰希尚，依此城外古仙住處而為居止，常有無量百千萬億諸天徒眾隨逐其後。每入城中須乞食時，常在屍林邊。過此棄屍處有一藥叉，依止而住食死人肉。若希尚獨覺從林過時，由諸天威勢此藥叉神即便逃避。時諸死屍便被野干狸狗之所食噉。藥叉作如是念：『此出家者常惱於我，我今宜作不吉祥事令不復來。』便以死人手棄彼鉢中令諸人見，時此城人皆傳惡響：『此出家者每食人肉。』獨覺知已便生是念：『勿當令此無識藥叉受諸苦報。』為憐愍故即於其前踊昇虛空，現大神變上出烟焰下流清水，作不思議令生正信。諸異生類見神通時疾能改悔，投身于地如大樹摧，遙禮聖足求哀懺謝作如是語：『願大福田速放身下，我之無識沈惡行泥，幸降慈悲授手相濟。』時彼聖人即放身下，藥叉便於鉢中取死人手棄之於外，告城中人曰：『非出家者實噉人肉，是我惡心為此誹謗，禮足申謝。我作惡業惱勝福田，勿於當來受大苦報，深心禮敬所有懺謝功德，於未來世當遇勝此無上大師，承事供養當獲聖果。』」佛告諸苾芻：「汝等勿生異念！往時藥叉者即大哥羅是，由於獨覺惡心誹謗彰惡聲故，復生悔恨求哀懺謝。由惡業故於五百生中常被惡聲之所謗說，由生悔心發誓願故，得值遇我而為出家，斷眾煩惱證羅漢果。我勝羅漢百千萬億，得相遭遇恭敬供養心無厭捨。汝等苾芻！若作純黑業得純黑異熟、若作黑白雜業得雜異熟、若作純白業得純白異熟，是故汝等捨餘二業當修純白，如是應修。」

後攝頌曰：

常處於屍林， 及以守門者，諸人作佯死， 共觀虛實事。受食有五種， 苾芻開自行，險途許畜生， 哥羅緣最後。

## 根本說一切有部毘奈耶卷第三十六