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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 46 軍中過二宿學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 軍中過二宿學處第四十六

> 第四十六条 军中宿二宿学处

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。時憍薩羅國邊隅叛逆，王命討罰同前被破，大臣白王：「廣說乃至罰錢五百。」于時大王親帥軍旅自往邊城，至彼合圍尚未降伏。大臣白王曰：「給孤獨長者有大福力，彼若來者或可歸降。」王曰：「此亦善哉！應與勅書命來至此，令使齎勅至長者處。」長者奉勅頂戴而受，白世尊已尋詣王營，雖在軍中彼仍不伏。時給孤長者身形羸瘦，時王見已問言：「長者！豈可長者憶男女耶？」長者答曰：「不思男女，但思聖眾。」時勝光王即便以書白諸僧眾：「今有少緣欲見聖眾，使往眾內宣王勅書。」大眾聞已即遣行籌，諸老宿苾芻作如是語：「我年朽老不復堪行，其少年者亦云不堪，我豈至彼為他添瓶取水耶？為王說法我等不解，空往何益？」時彼六眾共相告曰：「難陀、鄔波難陀！今既大師住世，我等亦存，無上正法廣流化世。若大師涅槃弟子隨滅，所有正教悉亦淪亡。我等今時幸有餘力，於聖教轅當牽莫倦。」遂即取籌赴王軍所。既至彼已為王說法，王大歡喜。夫人、太子及大臣等悉為說法，咸皆欣慶。王命諸將曰：「好整軍兵共破邊賊。」六眾聞已即相告曰：「我等豈能多日作他威儀，今可作自儀式隨意而住，可共觀彼大勝王所整軍兵其狀何似？」便詣路所見象軍來，告軍人曰：「君欲何為？」報曰：「欲戰。」告曰：「汝等此象其狀若猪，如何欲戰？」便捉象牙撲之於地。見馬兵來，同前問答：「此馬如牛。」即便捉尾擲置一邊。見車兵來，云：「此破車。」即便捉軸拔之路左。見步兵來，云：「如草人。」便扼其項擲之軍外。時彼四兵既見陵辱無可奈何，各在一邊懷憂而住。王仗後至，問言：「卿等何故不行？」軍人答曰：「大王當知，我等豈能降伏叛逆，今禿沙門以惡身語極相折辱。」王曰：「是誰？」答云：「六眾。」王曰：「卿等宜戰，彼是豪貴沙門無勞採錄。」時勝光王便作是念：「勿彼聖者，數相惱亂。」命使者曰：「汝持我語往世尊處，如前廣說。唯願世尊為諸聖眾少有憶念制其學處，勿復更令久住軍內。」使者便去，如前廣說，問起居已辭佛而去。爾時世尊以此因緣集苾芻眾，問答同前，乃至「我觀十利，為諸苾芻制其學處，應如是說：

> 仏は室羅伐城の逝多林給孤独園にいらっしゃいました。その時、憍薩羅国で辺境の反乱が起こり、王は討伐を命じましたが、前回同様に敗北しました。大臣が王に申し上げました。「詳細は先の通りで、罰金五百を課しました。」そこで大王は自ら軍を率いて辺境の城へ向かい、包囲しましたが、まだ降伏しませんでした。大臣が王に申し上げました。「給孤独長者には大きな福徳があります。もし彼が来れば、おそらく降伏するでしょう。」王は言いました。「それも良いだろう。勅書を与えて彼をここに呼べ。」使者に勅書を長者のもとへ届けさせました。長者は勅書を頂戴して受け取り、世尊に告げてから王の陣営へ向かいました。軍中にいても、彼らはまだ降伏しませんでした。 その時、給孤独長者の体は痩せ衰えていました。王はそれを見て尋ねました。「長者よ、まさか子供たちを恋しく思っているのではありませんか？」長者は答えました。「子供たちを思っているのではありません。思っているのは聖なる僧団です。」そこで勝光王はすぐに書状を僧団に送りました。「今、少し用事があって聖なる僧団にお目にかかりたい。使者を僧団のもとへ遣わし、王の勅書を伝えさせる。」僧団はこれを聞いて、すぐに投票のための籌を取らせました。老齢の比丘たちはこう言いました。「私は年老いてもう行けません。」若い者たちも「私も行けません。彼のところへ行って水瓶を満たし、水を汲むためでしょうか？王のために説法するのは私にはできません。空しく行って何の益がありましょう？」と言いました。 その時、六群比丘が互いに語り合いました。「難陀、鄔波難陀よ！今や大師が世にいらっしゃり、我々もまた存在している。無上の正法は広く流布し、世を教化している。もし大師が涅槃に入られれば、弟子もまた滅び、すべての正しい教えもまた失われるだろう。我々は今、幸いにも余力がある。聖なる教えの車の轅（ながえ）を、倦まずに牽くべきだ。」そこで彼らは籌を取り、王の軍のところへ赴きました。到着してから王のために説法すると、王は大いに喜びました。夫人、太子、そして大臣たちにも説法し、皆が喜び祝いました。 王は将軍たちに命じました。「軍兵をよく整え、共に辺境の賊を打ち破れ。」六群比丘はこれを聞いて互いに告げました。「我々は長く他人の威儀を保っていられない。今こそ自分の儀式を行い、思いのままに過ごそう。あの大勝王が整える軍兵がどのようなものか、共に見に行こうではないか。」彼らは道に出て、象軍が来るのを見ると、軍人に言いました。「君たちは何をしようとしているのか？」答え：「戦おうとしている。」彼らは言いました。「お前たちのこの象は豚のようだ。どうして戦おうとするのか？」そして象の牙を掴んで地面に倒しました。馬兵が来るのを見て、同じように問答しました。「この馬は牛のようだ。」そして尾を掴んで一方に投げ捨てました。車兵が来ると、「これは壊れた車だ」と言い、車軸を掴んで道端に引き抜きました。歩兵が来ると、「草人（かかし）のようだ」と言い、首を掴んで軍の外に投げ捨てました。 その時、四つの軍兵は侮辱されてどうすることもできず、それぞれ一方に立ち止まり憂えて過ごしました。王の後方の部隊が後から来て、尋ねました。「お前たちはなぜ進まないのか？」軍人は答えました。「大王よ、お知りください。我々はどうして反乱を鎮圧できましょう。今、禿げた沙門どもが悪い身語（身体と言葉）で大いに我々を辱めました。」王は言いました。「それは誰だ？」答え：「六群比丘です。」王は言いました。「お前たちは戦え。彼らは高慢な沙門だ。気にするな。」 その時、勝光王は考えました。「あの聖者たちが、しばしば我々を悩ませることがないように。」そして使者に命じました。「あなたは私の言葉を世尊のもとへ持って行き、先の通りに申し上げよ。ただ願わくは、世尊が聖なる僧団のために少しでも御心を留め、学処（戒律）を制定し、彼らが再び軍の中に長く留まることがないようにして下さいますように。」使者は行き、先の通りに問答し、安否を尋ねてから仏のもとを辞しました。 その時、世尊はこの因縁によって比丘たちを集め、問答は同様に行われました。そして「私は十の利益を見る。比丘たちのために学処を制定する。次のように説くべきである。」とおっしゃいました。

「若復苾芻有因緣往軍中應齊二夜，若過宿者，波逸底迦。」

> また、比丘に軍中に行くべき因縁がある場合は、二夜まで滞在できる。もしそれを超えて宿泊すれば、波逸底迦である。

若復苾芻者，謂是六眾，餘義如上。

> また、「比丘」とは六群比丘のことを指し、その他の意味は前述の通りである。

有緣者，謂是王等乃至眾庶所有請喚。

> 縁がある者とは、王様などの貴人から一般の人々まで、すべての人からの呼びかけ・招待のことをいう。

軍中者，謂軍兵欲戰。四兵如前。

齊二夜者，二夜應宿，過此不應。若過宿者，波逸底迦。

此中犯相其事云何？若諸苾芻至軍中過二夜而止宿者，皆得波逸底迦。若其王等請留住宿及八難事，過宿無犯。又無犯者，謂最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。