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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 47 擾亂軍兵學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 擾亂軍兵學處第四十七

> 第四十七条 軍陣を乱すことに関する学処

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園，同前邊隅叛逆。王師既去令命給孤長者，遣使白眾，對眾行籌，六眾取籌，乃至為其說法咸皆喜慶。王整軍兵將欲出戰，六眾共行觀兵何似為勇？為怯？遂於險林之處預先藏伏，四兵欲至便作叫聲，所有軍師逃走驚怖。六眾就問：「君等何驚？」答言：「賊城兵出，我等逃竄。」六眾報曰：「非是賊來，是我笑耳。若彼賊城知汝怯弱者，每於日日繩繫汝頸牽入城中，我欲為汝安布軍陣必望得勝。」諸人許可便與象軍，見小象時云：「此何所用？」便撲一邊。次與馬軍，見患脚馬：「此何所用？」捉尾棄却。次與車軍，見有舊車：「此何所用？」即便捉軸棄在一邊。次與步軍，見㒓額人云：「禿頭人！此何所用？」便扼其項棄在一邊捨之而去。時諸四兵既被辱已，各在一邊懷憂而住。王仗既至，問諸人曰：「何不布陣？」諸人答曰：「臣等何有情賴欲布兵軍求決勝事？」王問：「何故？」廣答如前，乃至「彼是豪貴苾芻，言何採錄？卿等宜應自布軍陣。」王作是念：「勿令六眾更為擾惱，我今宜可白世尊知。」便命使者敬問世尊，述起居事已白佛言：「世尊！六眾苾芻久宿軍中擾動兵眾，唯願世尊少有憶念為制學處，令諸聖眾雖過二夜在軍中宿，勿觀軍士共相擾亂。」使受王語往世尊處，皆悉白知，世尊默許。使去之後，佛集僧眾問答呵責如前廣說，乃至「我觀十利，為諸苾芻制立學處，應如是說：

> 仏は室羅伐城の逝多林、給孤独園におられた。以前と同様、辺境で反逆が起こった。王軍が出陣した後、王は給孤独長者に命じて僧団に使者を送らせ、僧団の前でくじを引かせた。六群比丘がくじを取り、さらには彼らのために法を説き、皆が喜んだ。王が軍を整えて出戦しようとした時、六群比丘は共に行って軍を観察し、「勇敢か、臆病か」と評した。そして危険な林の中に隠れ、四軍が近づくと叫び声をあげ、軍師たちは皆驚いて逃げ散った。六群比丘が近づいて尋ねた。「あなた方はなぜ驚いたのか」と。彼らは答えた。「賊の城から兵が出てきたので、私たちは逃げたのです」と。六群比丘は言った。「賊が来たのではありません。私が笑っただけです。もし賊の城があなた方の臆病さを知ったら、毎日あなたの首に縄をかけて城中に引き入れるでしょう。私はあなたのために軍陣を布いて、必ず勝利を得させましょう」と。彼らはそれを承諾し、まず象軍を与えられた。六群比丘は小さな象を見て言った。「これは何の役に立つのか」と。そしてそれを倒して脇に置いた。次に馬軍を与えられたが、足が痛む馬を見て言った。「これは何の役に立つのか」と。尾を掴んで捨て去った。次に車軍を与えられたが、古い車を見て言った。「これは何の役に立つのか」と。そして車軸を掴んで脇に投げ捨てた。次に歩兵を与えられたが、額の禿げた者を見て言った。「禿頭め、これは何の役に立つのか」と。そしてその首を絞めて脇に投げ捨て、去っていった。四軍はこのように辱められた後、それぞれが憂いに沈んで一か所に留まった。王の軍が到着すると、王は彼らに尋ねた。「なぜ陣を布かないのか」と。彼らは答えた。「臣たちに何の頼みがあって、軍を布いて勝負を決しようとするでしょうか」と。王が「なぜだ」と尋ねると、彼らは先の出来事を詳しく述べ、「彼らは高貴な比丘であり、その言葉をどうして採用できましょうか。あなた方は自ら軍陣を布くべきです」と答えた。王は考えた。「六群比丘がさらに騒乱を起こさないように、私は世尊にお知らせすべきだ」と。そこで使者を遣わして世尊に敬問し、安否を述べた後、仏に申し上げた。「世尊よ、六群比丘は長く軍中に留まり、兵衆を騒がせています。願わくは世尊が少しでもお心に留めて、学処を制定なさり、聖なる僧たちが軍中に二夜を過ごすことがあっても、兵士たちを観察し互いに乱すことのないようにしてくださいませ」と。使者は王の言葉を携えて世尊の許に至り、全てを申し上げた。世尊は黙って許された。使者が去った後、仏は僧団を集め、問答して呵責されたことは前と同様に広く説かれ、さらに「私は十の利益を観察し、諸比丘のために学処を制定する。次のように説くべきである」とされた。

「若復苾芻在軍中經二宿，觀整裝軍見先旗兵及看布陣者，波逸底迦。」

> また、比丘（びく）が軍隊の中に二晩滞在した後、軍が整列する様子を見たり、先頭の旗を持つ兵士や部隊の配置を眺めたりするならば、波逸底迦（悔過すべき罪）となる。

若復苾芻者，謂是六眾，餘義如上。

> また、「比丘」とは六群比丘のことを指し、その他の意味は前述の通りである。

過二宿者，謂過二日二夜。

> 二日二晩を過ごすことを指します。

整裝軍者，謂將欲戰往布陣處。

旗者有四種：一、師子旗，二、大牛旗，三、鯨魚旗，四、金翅鳥旗。兵有四種：謂象、馬、車、步。陣有四種：一、槊刃勢，二、車轅勢，三、半月勢，四、鵬翼勢。若觀此等軍陣之時，苾芻便得波逸底迦罪。

此中犯相其事云何？若苾芻二夜在軍中，若觀四兵未著甲冑未執杖者，得惡作罪；若觀整裝者得波逸底迦。若其王等請留住者及八難事，見亦無犯。又無犯者，謂最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。