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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 53 與欲已更遮學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 與欲已更遮學處第五十三

> 学処第五十三 欲を与えて遮る

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。時具壽鄔陀夷斷除煩惱得阿羅漢果已，時闡陀苾芻遂往憍閃毘國靜緣而住，其阿說迦、補捺伐素二俱命過，其難陀、鄔波難陀在逝多林年並衰邁。彼十七眾苾芻年漸長大，勇健有力善三藏教，便共詳議咸作是說：「我於長時常被六眾之所欺輕，於彼眾中難陀、鄔波難陀常為毒害，於二人中鄔波難陀更為苦切，我等宜應為作捨置羯磨。」一人告眾曰：「上座難陀即是其兄，善明法務，我等何能與作羯磨？」一人議曰：「我今應權為誘誑不令入眾，我等即便共為羯磨。」作是議已，遂至其所告言：「畔睇阿遮利耶！」答言：「願具壽無病！」白言：「上座所著支伐羅，非常垢膩，何不浣濯？」報言：「具壽！我今年朽，弟子門人見是衰邁各起輕心，誰復肯為洗濯衣服？」彼便答言：「大德！可與我衣，當為浣濯。」于時難陀便以一衣付與令洗。彼復報曰：「一種辛苦，可總與衣俱時浣濯。」即便披一破服總與三衣。彼得衣已咸悉漬以灰汁，即往集處敷座席已，便鳴健椎。俱至難陀所白言：「大德！眾僧有事，健椎已鳴，宜可暫入眾中共觀其事。」難陀報曰：「具壽！我今如此形儀，何得入眾？若於眾中有如法僧事，我當與欲。」即便與欲。彼持其欲往至眾中，為陳說已，一人即起詣上座鄔波難陀所，作如是語：「大德有罪，我欲詰問，幸見容許。」報云：「隨意。」白言：「大德！頗憶於某時某處自作是語：『我當破汝等腹決取中腸繞逝多林。』其事實不？」鄔波難陀聞斯語已報言：「具壽！豈已差之瘡重更傷損，此事過去，何勞在言？」白言：「大德！如來大師亦依過去事為諸弟子而制學處。」即便強與作捨置羯磨。大眾散已，時鄔波難陀詣難陀所啼泣而住，難陀問曰：「爾有何事今忽悲啼？」報言：「被諸黑鉢與我作捨置羯磨。」難陀報曰：「彼與我弟作羯磨者，便是自於村坊城邑三界之內驅遣其身，於弟何過？然我今時當為申謝。又彼僧伽作別眾羯磨，作法不成，我不赴集。」餘人報曰：「豈非大德前與欲耶？」難陀曰：「若作如是非所愛事，我不與欲。持欲不成，是惡與欲。」少欲苾芻聞是語已各生嫌賤：「云何苾芻先時與欲，後更追悔作如是語：『還我欲來不與汝欲。』」時諸苾芻以是因緣具白世尊。佛以此緣告諸苾芻，問答虛實，廣說乃至「我觀十利，為諸苾芻制其學處，應如是說：

> 仏は室羅伐城の逝多林の給孤独園にいらっしゃいました。その時、尊者の鄔陀夷は煩悩を断ち切り阿羅漢果を得ました。その後、チャンダ苾丘は憍閃毘国に行き静かに修行に専念しました。アショーカとプナヴァスという二人の修行者は共に亡くなりました。ナンダとウパナンダは逝多林にいましたが、年は共に老いていました。あの十七人の苾丘たちは次第に成長し、勇健で力があり、三蔵の教えに精通するようになりました。そこで彼らは集まって相談し、こう言いました。「私たちは長い間、六人のグループに常にいじめられてきた。彼らの中でナンダとウパナンダは特に酷い害を与えてきた。その二人の中でもウパナンダはさらにひどい仕打ちをした。今こそ、彼らに『破門』の処分を下すべきだ。」一人の修行者が言いました。「上座のナンダは彼らの兄であり、教団の規則に詳しい。私たちにそんなことが果たしてできるだろうか？」別の修行者が提案しました。「今は策略を使って彼を集会に参加させず、私たちだけで追放の決議を行うべきだ。」こう決めると、彼らはナンダの所へ行き、こう言いました。「祝福あれ、アーチャリヤ！」ナンダは答えました。「具寿よ、ご無事で！」彼らは言いました。「上座がお召しになっている衣はとても汚れています。どうして洗濯なさらないのですか？」ナンダは答えました。「具寿よ、私は年老いて、弟子たちも私の老いを見て軽んじ、誰も喜んで衣服を洗ってはくれない。」修行者は言いました。「尊者よ、その衣を私にお預けください。洗濯して差し上げます。」そこでナンダは一枚の衣を渡して洗わせました。また、その修行者は言いました。「どうせ一回洗う労力は同じです。全部の衣を一緒に洗いましょう。」そこでナンダは破れた服を一枚羽織り、三枚の衣すべてを渡しました。修行者たちは衣を受け取ると、すべて灰汁に浸し、集会場所に行って座席を整え、鐘を鳴らしました。そしてナンダの所に来て言いました。「尊者よ！僧団に用事があります。鐘はもう鳴りました。どうか集会に少しお出でになって、そのことをご覧ください。」ナンダは答えました。「具寿よ、私は今このような姿で、どうして集会に入れようか？もし集会に正当な僧団の行事があるなら、私は意思を委任しよう。」そう言って彼は委任の意思を示しました。彼らはその委任を持って集会に行き、それを述べました。すると一人が立ち上がり、上座ウパナンダの所に行ってこう言いました。「尊者には罪があります。私は問いただしたいので、お許しください。」ウパナンダは答えました。「好きにしなさい。」その修行者は言いました。「尊者よ、以前、ある時ある場所で、あなたはこう言ったことを覚えておいででしょうか。『お前たちの腹を裂き、中から腸を取り出して逝多林に巻き付けてやる。』そのことは事実ですか？」ウパナンダはこれを聞いて答えました。「具寿よ、治った傷をさらに傷つけるようなものだ。過ぎたことを、なぜ今さら言う必要があるのか？」修行者は言いました。「尊者よ、如来大師も過去の出来事に基づいて、弟子たちのために学処を制定されました。」そして彼らは強引に彼に破門の処分を下しました。集会が終わると、ウパナンダはナンダの所に行って泣きながら立ち尽くしました。ナンダは尋ねました。「あなたに何があったのか、突然悲しんでいるのは？」ウパナンダは答えました。「あの黒鉢どもに破門の決議をされてしまいました。」ナンダは言いました。「彼らが私の弟に破門を下したなら、それは村や町や三界から自らを追放するようなものだ。弟に何の罪があろうか？しかし私は今、釈明をしなければならない。また、あの僧団は別衆羯磨を行った。その作法は成立していない。私は集会には行かない。」他の修行者が言いました。「尊者は前に意思を委任されたのではありませんか？」ナンダは言いました。「もしこのような好ましくないことをするなら、私は意思を委任しない。委任は成立せず、それは悪しき委任だ。」少欲の苾丘たちはこれを聞いて、皆、嫌悪の念を抱きました。「どうして苾丘が先に意思を委任しておきながら、後から後悔してこう言うのだろうか。『私の委任を返せ、私はお前に委任しない。』」苾丘たちはこの因縁をもって、世尊に詳しく報告しました。仏はこの因縁をもって苾丘たちに告げ、虚実を問いただし、広く説いて「私は十の利益を見て、苾丘たちのために学処を制定する。こう言って示すべきである。」とまで言われました。

「若復苾芻與他苾芻欲已，後便悔言：『還我欲來，不與汝。』者，波逸底迦。」

> もしも比丘が他の比丘に「同意」を与えた後で、それを悔いて、「私の同意を返せ。お前には与えない」と言ったならば、波逸底迦（懺悔すべき罪）となる。

若復苾芻者，謂是難陀，餘義如上。

> また、苾芻とは難陀（ナンダ）のことを指し、その他の意味は前と同じです。

又苾芻者，謂此法中人。

> また、比丘（びく）とは、この教えの中に生きる人のことを言います。

與欲已者，謂先已言與。

後便等者，是索欲詞。釋罪同前。

此中犯相其事云何？若苾芻先與欲已，後便生悔報眾云：「還我欲來，我不樂與。」者，便得墮罪。又無犯者，謂最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。

## 根本說一切有部毘奈耶卷第三十八