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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 55 不捨惡見違諫學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 不捨惡見違諫學處第五十五

> 第五十五 不捨惡見違諫學處

佛在室羅伐城逝多林給孤獨園。時有苾芻名曰無相，自生惡見作如是語：「如佛所說：『障礙之法不應習行。』我知此法習行之時非是障礙。」時有眾多苾芻，聞是語已往白世尊。世尊告曰：「汝等苾芻眾！應與彼無相苾芻作別諫事。若復更有如斯等類，應如是作。往至其所而告之曰：『汝無相莫作是語：「如佛所說：『障礙之法不應習行。』我知此法習行之時非是障礙。」汝莫謗世尊，謗世尊者不善。汝無相，世尊不說障礙法非障礙法，以種種方便說是障礙法，若習行者定是障礙法。無相！汝今應捨如是惡見。』如是應諫。」諸苾芻奉教而去，至無相所，如佛所教諫誨之時，於其惡見固執不捨，作如是語：「我說是實，餘皆虛妄。」時諸苾芻見諫不隨，便詣佛所作如是語：「大德！我已如佛所教別諫無相，諫誨之時彼於惡見固執不捨。」乃至廣說。佛言：「汝諸苾芻！應作白四羯磨諫彼苾芻。應如是作，鳴槌集眾，眾既集已，令一苾芻作白羯磨，應如是作：『大德僧伽聽！此無相苾芻自生惡見作如是語：「如佛所說：『障礙之法不應習行。』我知此法習行之時非是障礙。」時諸苾芻為作別諫。別諫之時，所有惡見堅執其事不肯棄捨，云：「我說是實，餘皆虛妄。」若僧時到聽者，僧伽應許僧伽今與汝無相苾芻作白四羯磨開曉其事。「汝無相莫作是語：『如佛所說：「障礙之法不應習行。」我知此法習行之時非障礙法。』莫謗世尊，謗世尊者不善。汝無相！世尊以種種方便說欲是障礙法，若習行者定為障礙。汝無相當捨如是惡見。」白如是。』次作羯磨，應准白成。」

> 仏は室羅伐城の逝多林給孤獨園におられた。その時、無相という名の比丘がいて、誤った見解を抱いて、「仏がおっしゃった『妨げとなる法は実践すべきではない』という教えについて、私はこれを実践しても妨げにはならないと知っている」と言った。 多くの比丘たちがこの言葉を聞き、世尊に告げた。世尊は仰せられた。「汝ら比丘たちよ、その無相比丘に対して、個別に諌めの処置をとるがよい。もし今後も同様の者がいれば、同じようにせよ。その者のもとに行き、こう告げよ。『無相よ、汝は「仏がおっしゃった『妨げとなる法は実践すべきではない』という教えについて、私はこれを実践しても妨げにはならないと知っている」などと言ってはならない。仏を謗るのは善くない。無相よ、世尊は妨げとなる法を妨げでないとは説かれなかった。様々な方便を用いて、それが妨げとなる法であると説かれ、もし実践すれば必ず妨げとなると説かれたのだ。無相よ、汝は今すぐこの誤った見解を捨てなさい。』このように諌めよ。」 比丘たちは教えのままに無相のもとへ行き、仏の教え通りに諌めたが、無相は誤った見解を固執して捨てず、「私は真実を語っている。他はすべて虚偽である」と言った。比丘たちは諌めても従わないのを見て、仏のもとへ行き、こう申し上げた。「大徳よ、私たちは仏の教えのままに無相を個別に諌めましたが、諌めても彼は誤った見解を固執して捨てません。」と詳細に報告した。 仏は言われた。「汝ら比丘たちよ、では白四羯磨の作法でその比丘を諌めなさい。その作法はこうである。槌を打って僧伽を集め、集まったなら、一人の比丘に白と羯磨をさせよ。こうせよ。 『大徳僧伽よ、お聞きください。この無相比丘は誤った見解を抱いて、「仏がおっしゃった『妨げとなる法は実践すべきではない』という教えについて、私はこれを実践しても妨げにはならないと知っている」と言いました。多くの比丘たちが個別に諌めたところ、彼はその誤った見解を固執して捨てず、「私は真実を語っている。他はすべて虚偽である」と言っています。もし僧伽が時至り聴許されるならば、僧伽はお許しください。僧伽は今、無相比丘に対して白四羯磨を行い、彼を開悟させます。「無相よ、汝は「仏がおっしゃった『妨げとなる法は実践すべきではない』という教えについて、私はこれを実践しても妨げにはならないと知っている」などと言ってはならない。仏を謗るのは善くない。無相よ、世尊は様々な方便を用いて、欲望は妨げとなる法であると説かれ、もし実践すれば必ず妨げとなると説かれたのだ。無相よ、汝は今すぐこの誤った見解を捨てなさい。」これを白とする。』次に羯磨を行うが、白に準じて作法せよ。」

時諸苾芻作白羯磨，開諫之時無相苾芻所有惡見堅執不捨，云：「此事是實，餘皆虛妄。」時諸苾芻見其不改，即以不隨諫事具白世尊。世尊告曰：「諸苾芻！應與無相苾芻作不捨惡見捨置羯磨。應如是作，餘亦如是。鳴槌集眾等，令一苾芻作白羯磨。

> 〈注〉白羯磨：僧団での正式な宣言手続き。 時、比丘たちが白羯磨を行った。無相比丘を諫めるにあたり、彼は自分の誤った見解を固守して「これこそが真実であり、他はすべて虚偽である」と主張し、捨てようとしなかった。比丘たちは彼が改めないのを見て、諫めに従わないことを世尊に詳細に報告した。世尊は告げられた。「比丘たちよ、無相比丘のために、悪見を捨てないことによる捨置羯磨を行うべきである。次のように行いなさい。他の場合も同様である。槌を打ち鳴らして僧団を集め、一人の比丘に白羯磨をさせなさい。」

「『大德僧伽聽！此無相苾芻自生惡見，廣說如前，乃至若僧伽時至聽者，僧伽應許僧伽今與無相苾芻作不捨惡見捨置羯磨，乃至此無相苾芻如是惡見未捨已來，眾僧不應共語共說，可惡極惡如旃荼羅。白如是。』次作羯磨，應准白成。」

> 「尊い僧伽よ、お聞きください。この無相という比丘は、自ら悪い見解を生じました。詳しくは先に述べた通りです。僧伽の時が来て、聞くことを許されるならば、僧伽はこれから無相比丘に対して、悪見を捨てないための捨置羯磨（処分）を行います。この無相比丘がそのような悪見を捨てるまでは、僧伽の皆は彼と話をしたり、言葉を交わしたりしてはなりません。彼は忌まわしく、極めて悪しき者として、旃荼羅（賎民）のように扱われます。このように告白します。」 次に羯磨（儀式）を行いますが、この告白に従って進めるべきです。

時諸苾芻雖與無相作捨置羯磨，然彼惡見堅執不捨。時諸苾芻以緣白佛。佛集僧眾問無相曰：「汝實作此語：『如佛所說障礙之法，我知非障礙，習行之時不為障礙。』」白佛言：「實爾。大德！」世尊種種呵責廣如前說，乃至「我觀十利，為諸苾芻制其學處，應如是說：若復苾芻作如是語：『我知佛所說法，欲是障礙者，習行之時非是障礙。』諸苾芻應語彼苾芻言：『汝莫作是語：「我知佛所說，欲是障礙法者，習行之時非是障礙。」汝莫謗世尊，謗世尊者不善。世尊不作是語，世尊以無量門於諸欲法說為障礙，汝可棄捨如是惡見。』諸苾芻如是諫時，捨者善；若不捨者應可再三慇懃正諫，隨教應詰令捨是事。捨者善，若不捨者波逸底迦。」

> ある時、多くの比丘たちが無相に対して「捨置羯磨（宗門から離れる処分）」を行いましたが、彼はその誤った見解を固く守って捨てようとしませんでした。そこで比丘たちがこのことを仏に告げました。仏は僧団を集めて無相に問われました。「あなたは確かにこう言ったのか——『仏がお説きになった障害となる法について、私はそれが障害ではないと知っている。それを実践しても、障害にはならない』と。」無相は答えました。「その通りです、尊き方よ。」世尊は様々に厳しく叱責され、前と同様に広く説かれました。そして、「私は十の利益を観察し、比丘たちのために学処を定める。次のように説くべきである——もし再び比丘が次のような言葉を発したなら、『私は仏の説かれた法を理解している。欲望は障害であると説かれているが、実際にそれを行っても障害にはならない。』と。他の比丘たちはその比丘にこう言うべきである。『あなたはそのような言葉を発してはならない。「私は仏の説かれた法を理解している。欲望は障害であると説かれているが、実際にそれを行っても障害にはならない」と。あなたは世尊を誹謗してはならない。世尊を誹謗することは善くない。世尊はそのような言葉を説かれていない。世尊は無数の方法で、あらゆる欲望の法を障害であると説かれた。あなたはそのような誤った見解を捨て去るべきである。』他の比丘たちがこのように諫めた時、もしその比丘が捨てれば善い。もし捨てなければ、二度三度、誠実に正しく諫め、教えに従って問い詰め、その誤りを捨てさせるべきである。もしそれでも捨てなければ、波逸底迦（懺悔すべき罪）となる。」

若復苾芻者，謂是無相，餘義如上。

作如是語者，說其事也。

我知佛所說法者，謂如來、應、正等覺，法謂佛說、或聲聞說，說是障礙義。

障礙法者，謂四他勝及眾教、二不定、三十捨墮、九十一墮、四別悔、眾學法。

習行之時非障礙者，謂不能障沙門聖果。

謗者，謂出非理言。

不善者，招惡異熟。

諸苾芻見是語時應作別諫，若不捨者作羯磨諫，乃至結竟，廣說如前。

此中犯相其事云何？若苾芻作如是語：「我知佛所說等。」諸苾芻見是語時應作別諫。捨者善，若不捨者得惡作罪。羯磨諫時，若作白時及初二羯磨，若不捨者皆惡作罪；若三羯磨竟時便得墮罪。若作非法等羯磨者，彼無有犯。又無犯者，謂最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。