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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 57 攝受惡見不捨求寂學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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### 攝受惡見不捨求寂學處第五十七

> 第五十七条 不受教诫、执取恶见不舍学处

佛在室羅伐城住逝多林給孤獨園。時鄔波難陀有二求寂：一名利刺，二名長大。時有異處眾多苾芻來至其所，與二求寂以為共住，言戲掉舉身相摩觸。時諸苾芻後生懊悔，便自剋責所犯之罪，應責心者責心而悔，應對說者對說而除，發勇猛心起決定意，斷諸煩惱證阿羅漢，獲大神通。後於異時彼二求寂林中採花，於虛空中見彼苾芻乘空而至，遂遙問曰：「仁等是誰？」苾芻答言：「我是某甲。」彼二報曰：「仁等豈不昔與我等而為共住，言戲掉舉身相摩觸作諸罪業，云何於今獲增上證？」彼便答曰：「此事實爾，然我後時情生懊悔，深自剋責所犯之罪，如前具說，乃至獲得道果。」求寂聞已便作是念：「此諸苾芻昔與我等共作如是如是非法之事，云何於今得增上果？以此因緣，我知佛所說法云：『習諸欲是障礙』者，此非障礙。」具以此事告諸苾芻。時少欲者聞是語已不嫌不喜，具以其事往白世尊。世尊爾時告諸苾芻：「此二求寂所言非理，汝等應可作別諫法而開曉之。若有餘人作斯事者，亦如是諫，告言：『汝利刺、長大莫作是語：「我知佛所說法『欲是障礙』者，此非是障。」勿作是語謗讟世尊，謗世尊者不善。世尊不作是語，佛以種種方便說：「行諸欲是障礙法。」汝今二人當捨惡見。』」

> ある時、仏は室羅伐城の逝多林にある給孤独園に滞在されていた。 その時、ウパナンダ尊者には二人の見習い（求寂）がいた。一人は利刺、もう一人は長大といった。 ある場所から多くの比丘たちがこの地を訪れ、この二人の見習いと共に住み、言葉遊びやふざけた態度、身体を触れ合うなどの行為を共に行った。 後に、その比丘たちは後悔の念を抱き、自らの犯した罪を心から責め、心の中で懺悔すべき罪は心で懺悔し、口に出して告白すべき罪は告白して除き去ろうと、勇猛な心と断固たる決意を起こした。そして、煩悩を断ち切り阿羅漢果を証得し、大きな神通力を得た。 その後、ある時、あの二人の見習いが林で花を摘んでいると、虚空の上をあの比丘たちが飛んでくるのを見た。彼らは遠くから「あなた方はどなたですか？」と尋ねた。比丘たちは「私は某です」と答えた。 二人の見習いは言った。「あなた方は以前、私たちと共に住み、言葉遊びやふざけ、身体を触れ合うなどの罪を犯したのではありませんか？ どうして今、このようなすぐれた境地を得たのですか？」 比丘たちは答えた。「確かにその通りです。しかし、その後私たちは深く後悔し、自らの罪を厳しく責め、先に述べたようにして、ついに道の果を得たのです。」 これを聞いた見習いたちはこう考えた。「これらの比丘たちは以前、私たちと共に、このような不法な行いをしたのに、どうして今、すぐれた果報を得たのだろう？ このことから、私が知る限り、『諸々の欲望を楽しむことは障りである』と仏が説かれたことは、実は障りではないのだ。」 彼らはこのことを他の比丘たちに告げた。 それを聞いて、欲の少ない比丘たちは、これを嫌わず喜ばず、このことを世尊に告げた。 その時、世尊は比丘たちに告げられた。「この二人の見習いの言いは道理に反している。あなたたちは、別々に教え諭して、彼らを目覚めさせなさい。もし他にもこのようなことをする者がいれば、同じように諭しなさい。こう言うのだ。『利刺よ、長大よ、『私は仏が説かれた「欲望は障りである」という教えは、実は障りではない』などと言ってはならない。そのような言葉で世尊を謗ってはならない。世尊を謗ることは善くない。世尊はそのようなことは言われていない。仏は様々な方法で、「諸々の欲望を楽しむことは障りのある行いである」と説かれたのだ。あなたたち二人は、今すぐ誤った見解を捨てなさい。』」

時諸苾芻奉佛教已，往二求寂所如佛所教曉喻其事。如是諫時，彼二求寂所有惡見堅執不捨，作如是語：「此事是實，餘皆虛妄。」時諸苾芻即以此緣具白世尊：「我等奉教別諫彼二求寂時，彼之惡見堅執不捨，而云：『我說是實，餘皆虛妄。』」佛言：「汝諸苾芻！應作白四羯磨諫二求寂。如是應作，鳴槌集眾。眾既集已，令二求寂離聞處在見處，應令一人作白羯磨，應如是作：

> 時に、比丘たちは仏の教えを受けて、修行を志す二人の若者（求寂）のもとへ赴き、仏が説かれた通りに彼らを諭しました。しかし、そのように諫めても、二人の若者は誤った見解を頑なに捨てず、「これこそが真実であり、他はすべて虚偽である」と言い張りました。 そこで比丘たちはこのことを詳しく世尊に報告しました。「私たちは教えの通りに別々に二人の若者を諫めましたが、彼らは誤った見解を頑なに守り、『私の言うことが真実で、他は虚偽である』と言っております。」すると仏は言われました。「比丘たちよ、あなたがつは白四羯磨（正式な僧団の議決手続き）をもって二人の若者を諫めなさい。次のように行いなさい。 まず鐘を打ち鳴らして僧団を集めなさい。集まったなら、二人の若者を見聞きできる場所に立たせなさい。そして一人の比丘が次のように宣言しなさい。」

「『大德僧伽聽！此利刺、長大二求寂，自起如是惡見，作如是語：「我知佛所說法『欲是障礙』者，此非是障。」苾芻與作別諫之時，彼二惡見堅執不捨，作如是語：「此事是實，餘皆虛妄。」若僧伽時至聽者，僧伽應許僧伽今與彼二人作白四羯磨曉喻其事。「汝等二人莫作是語：『如佛所說「障礙之法不應習行。」我知此法習行之時非是障礙。』莫謗世尊，謗世尊者不善。世尊不作是說，世尊以種種方便說：『欲是障礙法，若習行者定為障礙。』汝之二人當捨如是惡見。」此是其白。』一苾芻向二人所報言：『眾僧與汝作白四羯磨，已作白竟，汝今應捨惡見。』若捨者善；若不捨者，彼苾芻應還眾中，告言：『惡見不捨。』次作羯磨：『大德僧伽聽！准白應作，乃至初羯磨了。』如前令問。若不捨者，還報眾知。次作第二、第三了時，亦如前問，如是應作。」

> 「尊い僧伽よ、お聞きください。この二人の長大な修行者である若き沙弥が、このような誤った見解を起こし、次のように言っています。『私は、仏が「欲望は障りとなる」と説かれた法を知っている。しかし、実際にこれを実践しても、それは障りとはならない』と。比丘たちが個別に諫めた時も、この二人は誤った見解に固執して捨てようとせず、『これこそが真実であり、他の説はすべて虚偽である』と言っています。僧伽がその時と認めるなら、僧伽は今、この二人に対して、白四羯磨をもって教え諭すことを承認します。 『あなたがた二人は、こう言ってはなりません。「仏が説かれた『障りとなる法は修行すべきでない』と。私はこの法を修行しても障りとはならないと知っている」と。世尊を誹謗してはなりません。世尊を誹謗することは善くありません。世尊はそのようには説かれていません。世尊は様々な方便をもって、「欲望は障りの法であり、もし修行すれば必ず障りとなる」と説かれています。あなたがた二人は、この誤った見解を捨てるべきです。』 これが白（告白）です。」 一人の比丘が彼ら二人のところへ行き、こう告げます。「僧伽はあなたがたに白四羯磨を施そうとしています。すでに白は終わりました。今、あなたがたは誤った見解を捨てるべきです。」もし捨てれば善し。もし捨てなければ、その比丘は僧伽のもとに戻り、「誤った見解は捨てられていません」と告げます。次に羯磨を行います。「尊い僧伽よ、お聞きください。白に従って行います。乃至、初の羯磨が終わりました。」前のように問います。もし捨てなければ、そのことを僧伽に報告します。次に第二、第三の羯磨を終えた時も、前と同様に問い、このように行うべきです。」

時諸苾芻奉佛教已，喚彼二人為作白四羯磨曉喻之時，彼於惡見堅執不捨云：「此事是實，餘皆虛妄。」時諸苾芻即以此緣具白世尊：「我等已作白四羯磨諫彼二人，彼於惡見堅執不捨，云：『此事是實，餘皆虛妄。』」佛言：「汝等苾芻！應與彼二求寂作不捨惡見擯羯磨。如是應作。鳴槌集眾。眾既集已，令一苾芻作白羯磨：『大德僧伽聽！彼利刺、長大二求寂，自起惡見，如前廣說。僧伽為作別諫，及白四羯磨曉喻之時，堅執不捨，云：「此事是實，餘皆虛妄。」若僧時到聽者，僧伽應許僧伽今與此二人作不捨惡見擯羯磨，應告之曰：「汝等二人從今已去，不得更云：『如來、應、正等覺是我大師。』亦復不應隨苾芻後同一道行。如餘求寂與大苾芻二夜同室宿，汝今無是事。汝愚癡人！今可滅去！」白如是。』應一苾芻向二人所報言：『眾今與汝二人作白四擯羯磨，已作白訖，汝等應捨如是惡見。』若捨者善，若不捨者還至眾中具告其事，廣說如上。次應與作羯磨，准白應為。作一番訖還令苾芻向彼陳說：『眾已與汝作初羯磨訖，應捨惡見。』廣說如上。乃至第三羯磨竟，結文准作。」諸苾芻白佛言：「大德！應如是作。」

> 僧たちは仏の教えを受け、この二人の若い修行者に白四羯磨（正式な諭し）を行い、注意を促しました。しかし、彼らは誤った見解を固く守り、「これこそが真実であり、他はすべて虚偽である」と言い、決して捨てようとしませんでした。 そこで僧たちはこのことを仏に詳しく報告しました。「私たちは白四羯磨をもって二人を諭しましたが、彼らは誤った見解を固守し、『これが真実で他は虚偽だ』と言って譲りません。」 すると仏は言われました。「僧たちよ、あなたがたは今からこの二人の修行者に対し、誤った見解を捨てない者として追放する羯磨（正式な処分）を行いなさい。その作法は次の通りです。まず鐘を鳴らして僧たちを集めなさい。集まったなら、一人の僧に次のように宣言させなさい。 『尊い僧たちよ、お聞きください。あの“とげ”と“長大”という名の二人の修行者は、自ら誤った見解を起こし、先に述べた通りです。僧団が個別に諭し、白四羯磨をもって教え導いたにもかかわらず、彼らは固く執着して、「これが真実で他は虚偽だ」と言い、捨てようとしません。もし僧団が時機が来たとお認めになるなら、僧団は今、この二人に対し、誤った見解を捨てない者として追放の羯磨を行うことに同意してください。そして彼らにこう告げてください。「あなたたち二人は、今日から以後、『如来・応供・正等覚者は私の師である』と言ってはならない。また、僧の後に従って同じ道を歩んではならない。他の修行者が大僧と二晩同室に泊まることは許されているが、あなたたちにはその資格はない。愚か者よ、今すぐ立ち去りなさい。」以上を白（宣言）とします。』 そして一人の僧を二人のところに遣わし、こう伝えさせなさい。「僧団は今、あなたたち二人に対し、追放の羯磨を行う。すでに白（宣言）は終わった。あなたたちはこの誤った見解を捨てなさい。」もし彼らが捨てればそれで良い。もし捨てなければ、その僧は戻ってすべてを報告し、先に述べた通りに進めなさい。 次に羯磨を行うのだが、宣言に従って行いなさい。第一の羯磨が終わったら、再び僧を遣わして告げさせなさい。「僧団はあなたたちに第一の羯磨を終えた。誤った見解を捨てなさい。」以上、先に述べた通りである。このようにして第三羯磨まで行い、結文を定め通りに述べなさい。」 僧たちは仏に申し上げた。「尊き方よ、その通りにいたします。」

時諸苾芻承佛教已，喚二求寂為作驅擯羯磨已，惡見不捨，便往鄔波難陀所啼泣而住。鄔波難陀問曰：「汝二具壽！何故啼泣？」答言：「諸黑鉢者已為我等作擯羯磨，今欲如何？」鄔波難陀曰：「若彼為諸村坊城邑乃至三界作擯羯磨，豈村坊等而非有耶？汝勿憂惱，當就懺摩。」便受彼二供給供養，言談同宿。少欲苾芻見是事已，生嫌賤心作如是語：「云何苾芻，具知如是惡見求寂，大眾與作擯羯磨已，受彼供承言談同宿？」即以此緣具白世尊。世尊集眾問鄔波難陀，廣說如上，乃至「我觀十利，為諸苾芻制其學處，應如是說：

「若復苾芻，見有求寂作如是語：『我知佛所說法「欲是障礙法」者，習行之時非是障礙。』諸苾芻應語彼求寂言：『汝莫作是語：「我知佛所說『欲是障礙法』者，習行之時非是障礙。」汝莫謗世尊，謗世尊者不善。世尊不作是語，世尊以無量門於諸欲法說為障礙，汝可棄捨如是惡見。』諸苾芻語彼求寂時，捨此事者善；若不捨者乃至二、三，隨正應諫、隨正應教令捨是事。捨者善，若不捨者諸苾芻應語彼求寂言：『汝從今已去，不應說言：「如來、應、正等覺是我大師。」若有尊宿及同梵行者，不應隨行。如餘求寂得與苾芻二夜同宿，汝今無是事。汝愚癡人！可速滅去。』若苾芻知是被擯求寂，而攝受饒益同室宿者，波逸底迦。」

若復苾芻者，謂鄔波難陀，餘義如上。

有求寂者，謂利刺、長大。

佛者，謂如來、應、正等覺。說者，開導義。法者，若佛說、若聲聞說。

欲是障礙者，謂是五欲。

習行者，謂作其事。

非是障礙者，謂不能障沙門聖果。

苾芻者，謂此法中人。

語彼求寂等者，述其惡見，與作別諫及與眾諫。

若不捨者，應擯羯磨語言：「汝從今已去廣說其事，是不應作共行同宿。汝是癡人！可速滅去。」若苾芻者，謂鄔波難陀。

知者，或自知、或從他聞。

攝受者，與作依止。饒益者，謂給衣食。同室者，四種室中與其同宿，結罪同前。

此中犯相其事云何？若苾芻知是彼擯求寂，乃至同室宿者，波逸底迦。

若是親族、或時帶病、若復令彼冀捨惡見，雖權攝受並皆無犯。又無犯者，謂最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。