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title: "根本說一切有部毘奈耶 · 59 捉寶學處"
description: "根本说一切有部毗奈耶是唐代高僧义净翻译的佛教律典，属于说一切有部的根本律藏。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统译介有部律典，此部毗奈耶是其重要成果。内容涵盖比丘、比丘尼戒律条文及制戒因缘，详细规定僧团衣食住行等日常规范，是有部律学的核心文献。该典籍反映了印度佛教僧团的组织形态与戒律思想，对研究部派佛教及中国律宗发展具有重要价值，在汉传佛教律藏体系中占有权威地位。"
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## 根本說一切有部毘奈耶卷第四十

> 根本説一切有部毘奈耶 第四十巻

三藏法師義淨奉　制譯

> 三蔵法師義浄奉　制訳

### 捉寶學處第五十九

> 第五十九 捉宝学処

爾時薄伽梵在王舍城鷲峯山，於日初分執持衣鉢，下鷲峯山入城乞食，將尊者阿難陀以為侍者。于時遇天大雨水蕩崖崩，見劫初人所安伏藏，光色晃耀。世尊告阿難陀曰：「汝應觀此，是大黑蛇是大害毒。」阿難陀曰：「是可畏毒。」作是語時，去斯不遠有一貧人，常採根果以自活命，聞稱毒聲便生是念：「我試往觀，所云害毒其狀如何？勿令於夜蜇害於我。」既至其所見是伏藏光彩外發，于時貧人見已欣喜竊生是念：「願此毒蛇恒蜇於我，父母妻子所有眷屬亦不辭痛。」遂將葉蓋，細細持歸漸興宅舍，以供衣食，共諸親族隨意受用，便大富盛。時未生怨殺父自立，便令使者遍觀國邑誰有多財。時彼使人見得伏藏者，舍宅昌熾衣食豐盈，奴婢牛羊有異常日，便問之曰：「汝於昔時貧無衣食，何故今日忽然富盛？豈非竊得王家伏藏耶？」即便執捉送至王所。王便問曰：「汝今卒富，得我伏藏耶？」彼便拒諱，王曰：「此違我命准法當死，所有眷屬並收繫獄，此應斷命。」時彼獄官即將其人欲往刑戮，於其路中作如是語：「阿難陀！此是大黑蛇、是大害毒。阿難陀曰：『是可畏毒。』」然王國法，將刑之人所有語言必須反奏，見是語已即白王知。王曰：「可喚將來。」既至王所，王自問曰：「如汝所言，有何義理？」彼人具陳昔事。王於爾時於世尊所創發信心，問彼人曰：「咄！男子，汝信佛語？」答言：「大王！我實深信。」時王聞已淚落霑衣，報彼人曰：「此物與汝，眷屬皆放。」時彼男子既得脫已喜不自勝，作如是念：「我之所有富盛家業皆由世尊之所致也，我今宜應禮世尊足，請佛僧眾就舍而食。」廣說乃至食已聞法，即於座上見四諦法獲預流果，廣如餘說。此是緣起，尚未制戒。

> ある時、世尊（バガヴァン）は王舎城の鷲峯山（ぎじゅうせん）に滞在されていた。日の初めに衣と鉢を携え、山を下りて町へ托鉢に入られた。その時、尊者アーナンダ（阿難陀）を従者とされた。折から大雨が降り、雨で崖が崩れた。すると、劫初（こうしょ）の人々が安置した埋蔵物が現れ、光り輝いていた。世尊はアーナンダに告げられた。「あなたはこれを見なさい。これは大いなる黒蛇であり、大いなる害毒である。」アーナンダは答えた。「これは恐ろしい毒でございます。」 この言葉が交わされた時、その場所から遠くないところに、一人の貧しい男がいた。彼は常に根や果実を採って生計を立てていた。彼は「毒」という言葉を聞き、「試しに、あの害毒と言われるものがどんなものか見に行ってみよう。夜になって私を刺さないように」と考えた。彼がその場所に行ってみると、それは埋蔵物であり、外面に光り輝いていた。貧しい男はそれを見て喜び、密かにこう願った。「どうかこの毒蛇が、いつも私を刺してくれますように。父母や妻や子、全ての親族までも、その痛みを厭いませんように。」彼は葉で覆い、少しずつ家に持ち帰った。徐々に家を建て、衣服や食べ物を整え、親族と共に思いのままに財を使い、大いに裕福になった。 その頃、まだ生まれていない王（アジャータシャトル）が父王を殺して自ら王位に就いていた。彼は使者に命じて、国中を見回らせ、「誰が多くの財を持っているか」と調べさせた。その使者は、埋蔵物を得た男の家が栄え、衣服や食べ物が豊かで、奴婢や牛や羊が以前とは比べ物にならないほど多いのを見て、尋ねた。「あなたは昔、貧しくて衣服や食べ物もなかったのに、どうして今日突然裕福になったのだ？まさか王の埋蔵物を盗んだのではないか？」そして彼を捕らえ、王のところへ連れて行った。 王は尋ねた。「あなたは今日、突然富を得た。私の埋蔵物を手に入れたのか？」男は否定した。王は言った。「この者は私の命令に背いた。法に従い死罪とする。その全ての家族は捕らえて牢に入れよ。この者は命を絶つべきだ。」その時、刑吏が彼を死刑に処そうと連れて行く途中、男はこう言った。「アーナンダよ！これは大いなる黒蛇であり、大いなる害毒である。アーナンダは言った。『これは恐ろしい毒でございます』と。」 しかし、その国の法律では、死刑に処される者の言葉は必ず王に奏上しなければならなかった。この言葉が王に伝えられると、王は言った。「その者を連れて来させよ。」王の前に連れて来られると、王は自ら尋ねた。「あなたが言ったことには、どのような意味があるのか？」男はかつての出来事を詳しく語った。 その時、王は世尊に対して初めて信心を起こした。彼は男に尋ねた。「おい、男よ。あなたは仏の言葉を信じるのか？」男は答えた。「大王よ、私は深く信じております。」王はこれを聞いて涙を流し、衣を濡らしながら、その男に言った。「この財はあなたに与えよう。家族も全て釈放する。」その男は救われて喜びのあまり、こう思った。「私の全ての富と繁栄は、全て世尊のおかげで得られたものだ。今こそ世尊の足元を礼拝し、仏と僧団を我が家に招いて食事を捧げるべきだ。」詳細は省略するが、食事の後、法を聞き、その場で四諦の法を悟り、預流果（よるか）を得た。これらは詳細に他の経典で語られている通りである。 これがこの戒律制定の因縁（物語）であり、まだ戒律は制定されていなかった。

佛在王舍城鷲峯山，時鄔波難陀於日初分執持衣鉢入城乞食，於路見教射人不申禮敬，巡家漸次至教射堂中，見無師主唯有諸徒，鄔波難陀告諸人曰：「汝等學射徒費日功未能成就。」即自執弓箭左右而射，放箭皆中，告言：「汝等當覓上好師匠而學技能。」鄔波難陀告已而出。時彼射師還至堂中，諸人見時不致恭敬，問曰：「汝等何故傲慢異常？」諸人報曰：「我廢生業欲學技能，看此形勢似空費日。」師問其故，諸人具以事答。師聞語已便往寺中覓鄔波難陀，見已禮足作如是語：「阿遮利耶！斯乃是我活命之緣，幸願慈悲勿相破壞。」鄔波難陀報言：「癡人！弓射之術是我技能，汝將活命無束脩禮。」其人禮而謝曰：「事已往者，請勿致責，自今已去謹隨上命。」即便貨賣教射之具，所得之物送與鄔波難陀，至射堂中憂懷而住。親友見問：「何故憂愁？」彼以事答，時人聞已便生譏議：「沙門釋子所作非法，云何令他教射之人遂至貧乏？」此亦緣起，尚未制戒。

> 仏は王舎城の鷲峰山におられた。その時、ウパナンダは午前中に衣鉢を携えて城に入り、托鉢に出かけた。道すがら、弓術の師匠を見かけても挨拶をせず、家々を巡りながら弓術の練習場にたどり着いた。そこには師匠はおらず、弟子たちだけがいた。ウパナンダは彼らに言った。「お前たちは弓を学んでいるが、日々の努力が無駄で、まだ上達していない。」そして自ら弓矢を手に取り、左右に射て、放った矢はすべて的に当たった。彼は言った。「お前たちは、優れた師匠を探して技術を学ぶべきだ。」ウパナンダはそう言い終えると、立ち去った。 その時、弓術の師匠が練習場に戻ってきた。弟子たちは彼に対して敬意を払わなかったので、師匠は尋ねた。「なぜお前たちはひどく無礼なのだ？」弟子たちは答えた。「私たちは生業を捨てて技術を学ぼうとしていますが、この様子を見る限り、どうやら時間を無駄にしているようです。」師匠がその理由を尋ねると、弟子たちは一部始終を話した。師匠はそれを聞いて、寺へ行きウパナンダを探した。彼を見つけて足に礼拝し、こう言った。「アーチャリヤ（師よ）、これは私の生計の糧です。どうか慈悲をもって、これを壊さないでください。」ウパナンダは答えた。「愚か者よ、弓術は私の技量である。お前は生計を立てているが、私への謝礼もない。」その人は礼をして謝罪した。「これまでのことは、どうか責めないでください。今後は謹んでお言葉に従います。」そしてすぐに弓術の道具を売り払い、得た金をウパナンダに差し出した。彼は練習場で憂いに沈んでいた。友人が見つけて尋ねた。「なぜ憂えているのか？」彼は事情を話した。人々はこれを聞いて非難した。「沙門釋子の行いは法に適わない。どうして人に弓術を教える者を貧しくさせてしまったのか？」これが因縁であり、まだ戒律は定められていなかった。

緣起同前，入城乞食，時鄔波難陀乃至巡家至教樂堂中，見師不在自取樂器具奏八音，廣說如前，乃至其人貨賣樂具遂至貧乏。此亦緣起，尚未制戒。

> 因縁は前と同じ。町に入って托鉢をしていると、ウパナンダがある家々を巡り、教楽堂に立ち寄った。そこには教師がいなかったので、自ら楽器を取り出して八音を奏でた。詳細は先に述べた通りである。そのため、その人物は楽器を売り物にしてしまい、やがて貧困に陥った。この因縁もあるが、まだ戒律としては定められていない。

爾時世尊隨緣施化，從王舍城至廣嚴城，住高閣堂中。時鄔波難陀於日初分時執持衣鉢入城乞食，於其中路見栗㚲毘多諸童男，以瓔珞具置在一邊而共遊戲。鄔波難陀見其瓔珞，謂藥叉物遂即收取。時諸童子見取瓔珞，便各競來牽其手足，咸以塵土而散擲之，遂還瓔珞。鄔波難陀塵土坌身方還入寺，苾芻見問：「豈與童子而共戲乎？」鄔波難陀具以事答，此亦緣起，尚未制戒。

佛在廣嚴城，乃至六眾苾芻入城乞食，路次栗㚲毘園，便入園中見諸戲具，即取鼓樂如法擊奏，猶如淨飯王所奏音樂，及未生怨戰鼓之響。時城內人聞斯聲已皆大驚怖，作如是語：「定是未生怨王來襲我國。」即嚴兵革出大城門共相拒敵。是時六眾便棄鼓樂俱出園外，諸人見六眾來，問言：「聖者！未生怨王所有兵眾今在何處？」六眾曰：「彼未生怨何因至此？」問曰：「若不來者，彼之戰鼓因何響振？」六眾答曰：「此是我等聊為戲笑，非是王軍。」餘人報曰：「仁可急去，勿住此中，栗㚲毘來必是相辱。」即還入寺。諸苾芻問：「何故空鉢而歸？」具以事答。少欲苾芻聞是語已共生嫌賤：「云何苾芻共作如是不端嚴事？」乃至白佛，廣說如前。佛言：「我觀十利，制其學處，應如是說：

「若復苾芻寶及寶類，若自捉、教人捉者，波逸底迦。」

爾時世尊從廣嚴城，至憍薩羅國室羅伐城，住逝多林給孤獨園。時毘舍佉鹿子母，聞佛來至欲申敬禮，具諸瓔珞周遍嚴身，稟性懷慚恥將見佛，遂脫瓔珞付其從者，著鮮白服入見世尊。禮佛足已聽聞妙法，從座而去。時彼從者以其瓔珞置花樹下，遂忘歸家。時阿難陀見其瓔珞便作是念：「世尊所制由此當開。」即便收取自往白佛，佛言：「善哉！善哉！阿難陀！我雖未許汝已知時。若說戒時應云：『除時因緣。』」

復於異時，毘舍佉問從者曰：「將瓔珞來。」報言：「寺中樹下忘不持來。」報云：「往取。」子聞語已白其母曰：「豈如庫內令彼取來，寺中多人彼物定失。」母曰：「我在生來物不遺失，汝但往取，必定應得。」從者承命遂往寺中，阿難陀見之便授瓔珞。從者持至，母告子曰：「我不失財，斯言非謬。」子作是念：「我當試驗其事實不？」便取其母金印指環投於井中；汲水之時隨水而得。其子復將擲於江內，魚見吞食；漁人獲得詣市賣之，家人買歸破腹而得。復以金囊棄之於路，時人見者皆謂是蛇避之而去，子還收取。既作如是多種試驗，方知其母不失於物。復有苾芻行至寺外，見遺金囊持之而去。後有人來，苾芻報曰：「此是汝囊不？」彼人言：「是。」便與持去。次有一人急走而來，問苾芻曰：「見我金囊不？」報曰：「我已與他將去。」其人聞已懊惱命終。世尊知已告諸苾芻：「不應如是輒即與人。應問記驗相應者與，不同者勿與。」復有苾芻，見盛金囊棄之而去，佛言：「不應棄去，應以葉覆。」彼以葉覆棄之而去，佛言：「不應棄去，可以物蓋。應於其處七八日中來去看守，有人來認，問相當者應可與之；若不相當者，將歸寺中可貯僧庫。經五六月若有主來認，相當應與；無主來者，應將此物買牢器物而舉用之。後有主認，若記同者應將物示：『此是汝物買得，隨意將去。』若索利者，應報彼云：『汝物合失，得本應喜。何不知恩更求利物？』」爾時世尊以此因緣集苾芻眾，讚歎持戒告曰：「前是創制，此是隨開。乃至我觀十利，為諸苾芻制其學處，應如是說：

「若復苾芻寶及寶類，若自捉、教人捉，除在寺內及白衣舍，波逸底迦。若在寺內及白衣舍見寶及寶類，應作是念然後當取：『若有認者我當與之。』此是時。」

若復苾芻者，謂六眾也。

寶，謂七寶。

寶類者，謂諸兵器弓刀之屬，及音樂具鼓笛之流。

自捉使人及以結罪，廣如上說。

苾芻在寺中及以俗舍，若見寶等聽作是念然後收取：「若有主來我當持與。」

此中犯相其事云何？若苾芻自手、使人捉諸寶物，已磨治者皆得墮罪；未磨治者但得惡作，乃至捉假琉璃亦惡作罪。若捉嚴身瓔珞之具，皆得墮罪；乃至麥莛結為鬘者，捉亦惡作。若捉琵琶等諸雜樂具有絃柱者，便得墮罪；無絃，惡作，乃至竹筒作一絃琴，執亦惡作。若諸䗍貝是堪吹者，捉得墮罪；不堪吹者，惡作。諸鼓樂具堪與不堪，得罪重輕亦同此說。若執弓時有弦㣅者，便得墮罪；無者，惡作。若刀有刃箭有鏃頭，皆得本罪；異斯，惡作。乃至彈毛弓及草莛箭，亦皆惡作。若像有舍利，執得墮罪；無舍利者，惡作。若作大師想擎持者無犯。又無犯者，謂最初犯人，或癡狂、心亂、痛惱所纏。

時諸苾芻咸皆有疑，以何因緣毘舍佉母不失錢財？佛告諸苾芻：「汝等應聽！乃往古昔迦攝波佛涅槃之後，有一老母奉持戒行。時訖栗枳王，宮人遊戲園中遺瓔珞具，時彼老母得此瓔珞，繫竹竿頭欲求本主。時王遣人尋此瓔珞，於老母處得已奉王。王見物喜怪其奇異，嗟歎老母問曰：『既有好心理合嘉賞，今何所欲？』老母白王：『更無所欲，不求現利，願以此緣於未來世所生之處得不失財報。』由昔淨心今受斯果，往時老母者即今毘舍佉母是。由於往時不藏他物，發願力故，於生生中雖失珍財終還獲得。是故苾芻！得他物時，勿盜藏舉，如是應學。」