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title: "太平廣記選輯（卷八十七～一三四） · 佛陀薩"
description: "《太平廣記選輯（卷八十七～一三四）》由北宋李昉等人奉宋太宗之命編纂，成書於太平興國年間，是中國古代大型類書《太平廣記》中聚焦佛教內容的選輯部分。該書收錄漢至宋初的佛教故事、高僧傳奇、因果報應及靈驗事蹟，反映佛教在中國民間社會的傳播與影響。其內容融合儒釋道思想，展現宋代佛教與文化的交融，對研究中國佛教史、文學及社會觀念具有重要價值，是了解佛教中國化進程的權威文獻之一。"
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### 佛陀薩

> 仏陀

有佛陀薩者。其籍編於岐陽法門寺。自言姓佛氏。陀薩其名也。常獨行岐隴間。衣黃持錫。年雖老。然其貌類童騃。好揚言於衢中。或詬辱群僧。僧皆怒焉。其資膳裘紵。俱乞於里人。里人憐其愚。厚與衣食。以故資用獨饒於羣僧。陀薩亦轉均於里中窮餓者焉。里人益憐其心。開成五年夏六月。陀薩召里中民告曰。我今夕死矣。汝為吾塔瘞其尸。果端坐而卒。於是里中之人。建塔於岐陽之西岡上。漆其尸而瘞焉。後月餘。或視其首。髮僅寸餘。弟子即剃去。已而又生。里人大異。遂扃其戶。竟不開焉。出宣室志

> 仏陀薩という者がいた。その記録は岐陽の法門寺に編纂されている。自らは仏氏を姓とし、陀薩がその名であると語っていた。常に一人で岐隴の地を歩き、黄衣をまとい錫杖を携えていた。年は老いていたが、その容貌は子供のように無邪気であった。よく大通りで大声をあげ、時には僧侶たちを罵り辱めた。僧たちは皆、彼に怒りを覚えた。彼の食事や衣服はすべて里の人々に乞うて得ていた。里人は彼の愚かさを哀れみ、衣食を厚く与えた。そのため、彼は僧侶たちの中でひときわ豊かな暮らしをしていた。陀薩もまた、里の貧しく飢えた人々にそれを分け与えた。里人はますます彼の心根を憐れんだ。 開成五年夏六月、陀薩は里の民を集めて告げた。「私は今夜死ぬ。あなたがたは私の塔を建て、遺体を埋葬してほしい」。果たして端座したまま亡くなった。そこで里の人々は岐陽の西の丘に塔を建て、遺体を漆で固めて埋葬した。一か月余り後、誰かが彼の頭を見ると、髪が一寸ほど伸びていた。弟子が剃り落とすと、また生えてきた。里人は大いに驚き、戸を閉ざして二度と開けなかった。<note>宣室志より</note>