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title: "大日經義釋 · No. 438-C 大毗盧遮那成道經義釋目錄緣起"
description: "《大日經義釋》又稱《大日經疏》是唐代高僧一行禪師對密宗根本經典《大日經》的權威注釋由一行禪師口述其弟子記錄整理而成該書撰寫於盛唐時期密宗在中原興盛之際內容系統闡釋了《大日經》的密教教義包括胎藏界曼荼羅修持法門三密相應等核心思想並對經中名相事相作了詳盡疏解此書是理解《大日經》的關鍵著作被歷代奉為漢傳密宗最權威的注疏之一對中國密宗及日本東密的形成與發展產生了深遠影響在佛教思想史上佔有極高地位是研究密教不可或缺的根本文獻"
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### No. 438-C大毗盧遮那成道經義釋目錄緣起

> 『大毘盧遮那成道經義釋目録縁起』

錄之來由者，如余所聞件義釋，從大唐來我國，且五本焉，今見有四。謂西大寺得清大德或書德字請來本一十一卷大曆七年到唐，未委歸年也，次高雄寺法名神護空海和尚本二十卷貞元二十一年到唐，大同元年歸朝，次當寺慈覺大師本一十四卷開成三年到唐，承和十四年歸朝，余賫來本一十卷大中七年到唐，天安二年歸朝，都盧對勘，大同小異，不免巧拙也。又聞平城山階寺法名興福有一本，此玄昉師入唐將來，昔我比叡祖大師借看昉本，不堪可寫，登時還却寫西大本，自充披覽。大師緣彼本二卷已下，元欠內題，重復繕寫，准外題加添之，兼錄經品，示于當卷所釋起盡，故入藏有前後兩本也。其高雄本，以世多行，更不入藏。今記數本，題為令後代會事之由，及名是非。非者，此疏也。是者，義釋也。斤疏體者，初以筆語談於大宗，撮略釋題，後更開章，分科解釋。諸家章疏，大綱如此，而今不爾，所以題疏與尾不合，披而可辨。其義釋者，直爾釋文，無有拆開章段等事，以為祕教，不同常途，對眾講演，只會文意，潛通佛意。而我輩未諳，凡有解釋，混言為疏，學之未遇師匠耳。古今□本，題額各異，不此將傳，諸德之望，隨得入手，有何是非？□□之家，非無改潤，染毫云疏，斷筆稱釋，若會斯趣，詎偏執之？余失本慨歎，早不親抄，近偶還得，書其首目，竝近頭邊，兩二行文，猶備失漏，覽者詳察，取捨□宜云爾。

> この記録の由来を述べる。私の聞いたところによると、この『義釈』という書は、大唐から我が国に伝わり、諸本を合わせて五本ある。現在、現存するのは四本である。 第一に、西大寺の得清大徳（あるいは「徳」の字と書くこともある）が請来した本、十一巻（大暦七年に唐に到着し、帰国の年は明らかでない）。 第二に、高雄寺（法名は神護）の空海和尚の本、二十巻（貞元二十一年に唐に到着し、大同元年に帰朝）。 第三に、当寺の慈覚大師の本、十四巻（開成三年に唐に到着し、承和十四年に帰朝）。 第四に、私が攜行した本、十巻（大中七年に唐に到着し、天安二年に帰朝）。 これらすべてを照合したが、大同小異で、優劣をつけがたい。 また、平城の山階寺（法名は興福）に一本あると聞く。これは玄昉師が入唐した際に請来したものである。かつて我が比叡の祖大師（伝教大師）が玄昉の本を借りて見たが、写経するに堪えず、ただちに返却して、代わりに西大寺本を書き写し、自らの閲覧用とした。 大師はその本の二巻以下がもともと内題を欠いていたため、改めて書き写し、外題に準じて題名を付け加えた。さらに経品を併記して、当該巻で釈義される経文の始まりと終わりを示した。それゆえ、蔵に入れられた本には前後の二本がある。 その高雄本は、世に広く流通していたため、あえて蔵に入れなかった。 今、数本を記録し、後代の者が事の由来および名称の正否を明らかにできるようにする。 「非」とは何か。これは『疏』のことである。 「是」とは何か。これは『義釈』のことである。 『疏』の体裁を検討すると、初めに筆語で経の大要を述べ、題を簡略に釈し、その後さらに章を開き、段落を分けて解釈する。諸家の章疏は、おおよそこのような構成である。 しかし、今のこの本はそうではない。それゆえ、題と末尾が合致せず、開けば区別できる。 その『義釈』は、直接経文を解釈するだけで、章段を開いたり分けたりといったことはない。これを秘教とし、常式の経疏とは異なる。衆の前で講演する際には、単に文意を理解し、暗に仏意に通じることを旨とする。 だが、我々は未熟で、解釈するたびに混同して『疏』と呼んでしまう。師匠に遇わずに学んできたからである。 古今の写本は、題額がそれぞれ異なる。これによって伝承を否定することはできない。諸徳の意向としては、手に入れたものに従うだけであり、何の正否があろうか。 ある家々には、改訂・潤色がないわけではない。筆を染めれば「疏」と書き、筆を断てば「釈」と呼ぶ。もしこの趣旨を理解するならば、どうして偏執することがあろうか。 私は原本を失ったことを慨嘆し、早く自ら書き写さなかったことを悔いた。近年、偶然にも再び入手できたので、その巻首や目録を書き記し、さらに巻頭近くの二、三行の文も併記して、脱落に備える。読者は詳しく考察し、取捨を適宜に行われたい。

元慶八年歲次甲辰五月二十六癸酉據三代實錄，當作乙酉，延曆寺前入唐尋教釋圓珍，在總持衙□□坊准據開元釋教廣品歷章記錄。

> 元慶8年、甲辰の年の5月26日、癸酉の日（※三代実録によれば、乙酉が正しい）、延暦寺の前入唐求法僧である円珍は、総持衙の某坊において、『開元釈教広品歴章』に基づいて記録した。

第一延曆寺藏本一部十四卷

一上梵本毗盧遮那成佛經抄記

> 一（上）梵本毘盧遮那成仏経の抄記

大毗盧遮那經義記卷第二上

> 大毘盧遮那経義記 巻第二上

第二同藏本一部十四卷新寫

> 第二は、蔵本と同じで、一部十四巻<note>新しく書写されたもの</note>

大毗盧遮那成佛神變加持經義記第一之上

> 大毘盧遮那成仏神変加持経義記 第一の<note>上</note>

山家勘定本已上十四卷者，更寫西大寺本云：三卷已下題目，竝指示當卷所釋本文，雖非別本，題目歷歷，仍為一本，來哲知之。

> <note>山家勘定本</note>以上の十四巻について、さらに西大寺本を書き写したものにいわく、三巻以下の題目は、それぞれ当該巻で解説する本文を指し示している。別本ではないが、題目がはっきりとしているため、これを一つの本として扱う。後世の学び手よ、このことを知っておきなさい。

第三高雄寺衙院北本一部二十卷

> 第三高尾寺衙院北本一部二十巻

大毗盧遮那成佛經疏卷第一

> 大毘盧遮那成仏経疏 巻第一

沙門　一行阿闍梨　記

> 沙門 一行阿闍梨 記す

已上二十卷者，高雄寺空海和尚從西京所傳本也，須改疏字作義釋耳。

> 以上二十卷，是高雄寺的空海和尚從西京所傳來之本。應將「疏」字改為「義釋」。

第四總持院藏本一部十四卷

> 第四總持院藏本、一部十四巻。

毗盧遮那成佛神變加持經義釋序釋溫古

> 毘盧遮那成仏神変加持経義釈序<note> 釈温古 </note>

毗盧遮那成佛神變加持經義釋第一

沙門　一行　述記

> 沙門一行が述べ記す。

已上一十四卷，此總持院本，即是慈覺大師從長安所傳也。此本有序，異於三本，是可仰重歟？

> 以上十四卷は、この総持院本であり、慈覚大師が長安から伝えたものである。この本には序があり、他の三本とは異なっている。これは敬い重んじるべきであろうか。

第五圓珍隨身本一部十卷序在別

> 第五 円珍随身本 一部十巻<note>序は別にあり</note>

毗盧遮那成佛經義釋卷第一

> 毘盧遮那成仏経義釈 巻第一

沙門　一行　述記

> 沙門 一行 述記