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title: "建州弘釋錄 · No. 1606-B 敘弘釋錄"
description: "建州弘释录由明代高僧元贤编纂，是一部记载福建建州地区佛教历史的传记体著作。全书分卷记述自唐至明初建州高僧的行谊、语录及塔寺沿革，涵盖禅、教、律各宗人物。元贤在明末佛教复兴背景下编撰此书，旨在保存地方佛教文献、延续法脉传承。该书为研究闽地佛教史提供了珍贵史料，是区域佛教史志的重要代表，对了解明代佛教地方化与宗派发展具有较高学术价值。"
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### No. 1606-B敘弘釋錄

> 弘釈録叙

告假南旋道經潭陽。聞邑有覺公者。幼補諸生。即斷絕一切聲色游娛。併心白業。嗣薙髮壽昌無明為之師。無異為之友。日以向上一道相鼓唱。邇廼建大法幢於荷山。謂建州古稱法窟。而紀載多所缺略。爰攷羣籍成一種畸史。曰弘釋錄。志達本。志顯化。志崇德。志輔教。而建州法燈得覺公復炳焉。與余門人魏去非締世外交。予喜得而披對之。因嘆曰。道不虗行。人能弘道。丁茲教法陵替。以覺公之解之行於以弘斆而儀世。宜乎腰包而趨者盡南方也。且其答子侄偈。有骨鯁從來生銕鑄。百千呼喚不回頭之句。則達本崇德顯化不問而知。一肩子擔之矣。區區闡古德之幽光。開後人之榜樣。遂足竟覺公乎哉。

> 私は南方へ戻る途中、潭陽を通りました。その地に覚公という方がいると聞き及んでいます。彼は幼い頃から学問を修め、すべての享楽や遊びを断ち切り、ひたすら仏道に専心されました。その後、寿昌の無明和尚について出家し、無異和尚を友とし、日々向上の道を互いに励まし合っておられました。近頃は荷山に大法幢を建て、建州は古来より仏法の盛んな地でありながら記録が乏しいことを憂い、多くの典籍を調べて『弘釈録』という特異な歴史書を編まれました。その内容は、本質を究めること、教化を顕すこと、徳を尊ぶこと、教えを補うことを志とし、建州の仏法の灯を覚公によって再び輝かせたのです。彼は私の弟子である魏去非と深い交わりを結んでいます。私はこの書を手に取り、感嘆せずにはいられませんでした。道は虚しく行われるものではなく、人が道を広めるのだと。今、仏法が衰えゆくこの時代に、覚公の見識と実践によって教えを広め、世の規範となることは、南方の地に多くの求道者を引き寄せるにふさわしいことです。また、彼が子や甥に向けて詠んだ偈に「骨鯁はもとより鉄に鋳られ、百千の呼びかけにも振り向かず」という一節があります。これを見れば、本質を究め、徳を尊び、教化を顕すことが、彼の一身に担われていることは疑いの余地がありません。ただ古徳の功績を顕わし、後人の模範を示すだけでは、覚公の真価を語り尽くすことはできないでしょう。

辛未秋溫陵何喬遠書