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title: "建州弘釋錄 · No. 1606-C 建州弘釋錄敘"
description: "建州弘释录由明代高僧元贤编纂，是一部记载福建建州地区佛教历史的传记体著作。全书分卷记述自唐至明初建州高僧的行谊、语录及塔寺沿革，涵盖禅、教、律各宗人物。元贤在明末佛教复兴背景下编撰此书，旨在保存地方佛教文献、延续法脉传承。该书为研究闽地佛教史提供了珍贵史料，是区域佛教史志的重要代表，对了解明代佛教地方化与宗派发展具有较高学术价值。"
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### No. 1606-C建州弘釋錄敘

> 建州弘釈録序

弘釋錄者。錄能弘釋氏之道者也。斯道自金人見夢。白馬西來。代有作者大弘其斆。以故千燈競照。輝映今古。浩浩乎莫可紀也。其在我建則六朝以前槩未有聞。唐興始建梵剎。自馬祖入關肇化於建陽之佛蹟嶺。而禪學始大行焉。厥後雖禪教殊宗性相異旨。共能使玄化風飛法泉箭湧。皆我釋之津梁也。逮明興以來二百餘載。宗燈絕焰教海亦湮。間有二三亦落落如晨星。則弘道之責將屬之何人乎。賢潭邑之鄙人也。濫入緇流幸投法窟。雖螢火難照。鼯技俱窘。而好古一念每切愚悰。諦仰先標輙至揮涕。因思古此溪山也。此日月也。今亦此溪山也。此日月也。今之人豈獨異於古之人哉。夫何法門寥寂今古相懸乃爾。其無廼前踪既沒則觀感之無藉歟。狃於近習則激發之無人歟。用是不揣顓愚。愽探群籍。取諸師之產於建者。或開法顯化於建者。悉錄而傳之。俾晚學之士得見古人如是之辛苦。如是之嚴慎。如是之愽大。如是之遠到。倘能翻然易轍而趍望標而進。則唐宋之盛庶幾再見於今日。亦未可知也。嗚呼。人皆可為堯舜。子輿氏決非誑語在。有志者事竟成耳。若苟於自安。嚴於自畫。即使諸祖儼然臨而詔之。彼將掉頭弗顧。亦何貴有斯錄哉。斯錄之行。願與有志者共之。

> 『弘釋録』とは、釈尊の教えを広く伝える記録である。 この教えは、金色の仏像が夢に現れ、白馬に乗って西方から伝えられて以来、時代を重ねるごとに多くの人々によって大きく広められてきた。 そのため、無数の灯火が競い輝くように、古今にわたって光り輝き、その広大さは計り知れない。 わが建州（福建省）においては、六朝以前にはほとんど知られておらず、唐代になって初めて寺院が建立された。 馬祖道一禅師が関に入り、建陽の仏蹟嶺で教化を始めてから、禅の学びが大きく広まった。 その後、禅と教えでは宗派が異なり、性と相では宗旨が違っても、ともに玄妙な教化が風のように広がり、法の泉が矢のように湧き出て、これらはすべて仏教の架け橋となった。 しかし、明代になってから二百余年が経ち、宗派の灯火は消え、教えの海も埋もれてしまった。 わずかに二、三の灯火が残るものの、それはまるで明け方の星のようにまばらである。 では、教えを広める責任は誰が担うべきだろうか。 私は賢潭という田舎の出身で、僧侶の仲間入りをし、幸いにも法の洞窟に身を寄せることができた。 蛍の光では照らしきれず、鼯鼠の技も及ばないほど未熟ではあるが、古を尊ぶ一心は、愚かな私の胸に常に強く迫っている。 先人の足跡を仰ぎ見るたびに、涙がこぼれ落ちる。 思うに、昔も今も同じ溪山であり、同じ日月である。 今の人が昔の人と違うはずがない。 それなのに、なぜ法門はこれほどまでに寂しく、古今でこんなにも隔たりがあるのか。 それは、先人の跡が消え去り、感銘を受けるよりどころがなくなったからではないか。 近頃の習慣に安住し、奮い立たせる人がいなくなったからではないか。 そこで、私は自分の愚かさを省みず、多くの典籍を探求し、建州で生まれた師たち、あるいは建州で法を説き教化を顕わした師たちをすべて記録し、伝えることにした。 後の学び手たちが、古人がどれほど苦労し、どれほど厳しく慎み、どれほど広大で、どれほど遠くまで到達したかを知ることができるように。 もしも彼らが思い切って道を変え、目標を目指して進むならば、唐宋の盛んな時代が再び今日に甦るかもしれない。 ああ、人は皆、堯や舜になることができる。 孟子の言葉は決して嘘ではない。志ある者は、必ず成し遂げるのである。 もし自分に安住し、自分で限界を決めてしまえば、たとえ祖師たちが目の前に現れて教えを説いても、彼らは振り向きもしないだろう。 それでは、この記録に何の価値があろうか。 この記録が広まることを願い、志を同じくする者と共に歩みたい。

旹

> 時

崇禎庚午菊月朔旦　永覺道人　元賢　題

> 崇禎庚午年、菊月の初めの日、永覚道人　元賢　題す