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title: "法苑珠林 · 1 述意部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 述意部第一

> 第一品 述意部

夫劫者。蓋是紀時之名。猶年號耳。然則時無別體。約法而明。所以聖教弘宣多所攸載者。雖非理觀之沖規。亦懲勸之幽旨也。若迺涉迷津於曩識。微塵之數易窮。返覺路於初心。僧祇之期難滿。此迷悟之異也。自有無間獄中等芥城。而限命先行。天上儔衣石。以受形。此善惡之殊也。至若娑婆世界。謂俄頃為百齡。袈裟剎土將永劫以浹日。斯染淨之別也。統而言之。不過大小。大小之內各有三焉。大則水火風而為災。小則刀饉疫以成害。是知六年華觀。終焚煬於沈灰。千梵瓊臺。卒漂淪於驟雨。加復診候無徵。雩祈失効。霜戈接刃。星劍交鋒。酷毒生人崩亡殆盡。恐三界而未悟。嗟六道而悲夫。

> さて、「劫」とは、もとより時を刻む名称であり、いわば年号のようなものである。しかし、時そのものには別に実体があるわけではなく、法則によって明らかになるものだ。したがって、聖なる教えが広く説き示される中で多く語られるのは、真理を観じる修行の厳格な規範ではないにせよ、人を戒め励ます深い趣旨があるからである。 もし迷いの川に入るのが過去の意識によるものならば、微塵の数さえも数え尽くせる。しかし、悟りの道へと戻るのが最初の心によるものならば、無限の劫という期間は満たし難い。これが迷いと悟りの違いである。 また、阿鼻地獄においては、芥子を積む城さえも寿命の限りとし、天界においては衣を磨く石を旅するように姿を現す。これが善と悪の相違である。 さらに、娑婆世界ではわずかな時間を百年と呼び、袈裟の国土では永遠の劫を一日のうちに収める。これがけがれと清らかさの違いである。 総じて言えば、大小の違いにすぎない。大小の中には、それぞれ三つのものが含まれる。大では水・火・風が災いとなり、小では刀兵・饑饉・疫病が害をなす。知られる通り、六年の花の観賞も、ついには灰燼の中で焼け尽きる。千の梵天の玉楼も、ついに豪雨の中で漂い沈む。さらに加えて、診断の効き目もなく、祈りも功を奏さない。霜のような刃が交わり、星のような剣がぶつかり合う。酷毒によって生きる者たちは崩れ亡び、ほとんど絶えてしまう。三界は悟れず、六道を嘆き悲しむことよ。