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title: "法苑珠林 · 5 相生部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 相生部第五

> 第五 相生の章

依中阿含經云。過去有輪王出世。名曰頂生。奉持齋法修行布施。國中貧者出財用給。後經多時。然國中有貧窮者。不能出物用給恤乏。人轉窮困。因窮便盜他物。其主捕伺收縛。送詣剎利頂生王所。白曰。天王。此人盜我物。願天王治。王問彼人曰。汝實盜耶。彼曰。實盜。所以者何。以貧困故。若不盜者便無自濟。王即出財而給與之。語盜者曰。汝等還去後莫復作。由斯之故人作是念。我等亦應盜取他物。於是各競行盜。是謂因貧無物不能給恤。故人轉窮困因盜滋甚。故彼人壽轉減形色轉惡。父壽八萬歲。子壽四萬歲。彼人壽四萬歲。時有人復盜送王。王聞已便作是念。若我國中有盜他物。更出財物盡給與者如是竭藏盜遂滋甚。我今寧可作極利刀。若我國中有偷盜者。便收捕取坐高標下斬截其頭。作此念已便勅行之。於後彼人効此利刀。持行劫物。捉彼物主截斷其頭。因貧盜甚刀殺轉增。故彼人壽轉減形色轉惡。父壽四萬歲。子壽二萬歲。人壽二萬歲時。時彼盜者便作是念。王若知實。或縛鞭我。或擯罰錢。或貫標上。我寧妄言欺誑王耶。念已白王。我不偷盜。是為因貧無物。不能給恤盜殺轉增。便妄言兩舌。故彼人壽轉減形色轉惡。父壽二萬歲。子壽一萬歲。人壽一萬歲時。人便嫉妬邪婬轉增。故彼人壽轉減形色轉惡。父壽一萬歲。子壽五千歲。人壽五千歲時。三法轉增。非法欲惡貪邪法。故父壽五千歲。子壽二千五百歲。人壽二千五百歲時。復三法轉增。兩舌麁言綺語。故彼壽轉減形色轉惡。故父壽二千五百歲。子壽千歲。人壽千歲時。一法轉增。邪見是也。因一法增故。彼人壽轉減形色轉惡。父壽千歲。子壽五百歲。人壽五百歲時。彼人不孝父母。不能尊敬沙門梵志。不行順事。不作福業。不見後世罪。故父壽五百歲。子壽二百五十歲。或二百歲。今若長壽。或壽百歲。或不啻者。佛復告比丘曰。未來久時。人壽十歲。女生五月即便出嫁。人壽十歲時。有穀名稗子。為第一美食。如今糠糧以為上饌。所有蘇油鹽蜜甘蔗一切盡沒。唯行十惡業道者為人所敬。都未有善。母於其子極有害心。子亦於母極有害心。父子兄弟姊妹親屬。展轉相向有賊害心。猶如獵師見彼鹿已極有害心。人壽十歲時。乃有七日刀兵劫盛。彼若捉草即化成刀。若捉樵木亦化成刀。以此刀兵各各相殺。彼於七日刀兵劫過七日便止。爾時亦有人。生慚恥羞愧厭惡不愛。彼人七日刀兵劫時。便入山野在隱處藏。過七日已則從山野於隱處出。更互相見生慈愍心極相愛念。猶如慈母唯有一子。與久離別遠來相見。極相愛念便作是語。諸賢我今相見令得安隱。我等由坐生不善心令親族死盡。我等寧可共行善法離斷殺業。行善法已壽便轉增形色轉好。壽十歲人生子壽二十。壽二十人復作是念。若求善者壽色轉好。我等應可更增行善共離不與取。行是善已壽便轉增。人生子壽四十歲。復離邪婬。行是善已壽色轉好。人生子壽八十歲。復離妄言。行是善已壽色轉好。人生子壽百六十歲。壽百六十已。復離兩舌。行是善已壽色轉好。人生子壽三百二十歲。復離麁言。行是善已壽色轉好。人生子壽六百四十歲。復離綺語。行是善已壽色轉好。人生子壽二千五百歲。復離貪疾。行是善已壽色轉好。人生子壽五千歲。復離瞋恚。行是善已壽色轉好。人生子壽一萬歲。復離邪見。行是善已壽色轉好。人生子壽二萬歲。復離非法欲惡貪行邪法。我等寧可離此三惡不善法。行是善已壽色轉好。人生子壽四萬歲。壽四萬歲時。孝順父母。尊重恭敬沙門梵志。奉行順事。修習福業。見後世罪。行是善已。人生子壽八萬歲。人壽八萬歲時。此閻浮洲極大豐樂多有人民。村邑相近如雞一飛。女年五百歲乃當出嫁。唯有七病。寒熱大小便利婬欲飢渴老等。更無餘患。時有王名螺。為轉輪王。聰明智慧。有四種軍整御四天下。七寶千子具足。端正勇猛無畏能伏他眾。統領大地乃至大海。不以刀仗。以法教令令得安樂餘有疾病飢饉作法延促並皆同前。

> 『中阿含経』によると、昔、頂生という名の転輪聖王がこの世に現れました。彼は斎法を守り、布施を実践していました。国の中に貧しい者がいれば、財を出して助け与えていたのです。 長い時が過ぎ、国に貧しい者が現れるようになりましたが、彼らは物を差し出して助け合うことができません。人々はますます貧しくなり、貧しさゆえに他人の物を盗むようになりました。盗まれた者は盗人を捕まえて縛り上げ、頂生王のところへ連れて行き、こう申し上げました。「王よ、この者が私の物を盗みました。どうか王の御裁きをお願いします。」 王はその者に尋ねました。「お前は本当に盗んだのか。」すると彼は答えました。「確かに盗みました。なぜなら、貧しくて他に生きる道がなかったからです。盗まなければ、自活することができなかったのです。」王はすぐに財を出して彼に与え、こう言いました。「お前たちは帰れ。今後は二度とするな。」 このことから、人々は「我々も他人の物を盗むべきだ」と考えるようになり、互いに競って盗みを働くようになりました。これが、貧しくて物を与えられないために人々がますます貧しくなり、盗みが増大した原因です。その結果、人々の寿命は減り、容姿は醜くなっていきました。父の寿命が八万歳であったのが、子の寿命は四万歳になりました。 寿命が四万歳の時、再び盗人が王のもとに連れて来られました。王はこれを聞いて考えました。「我が国で他人の物を盗む者が出るたびに、国庫の財を尽くして与えれば、盗みはますます増えるばかりだ。今こそ、鋭い刀を用意しよう。我が国で盗みを働く者があれば、捕らえて高い台の下に座らせ、その首を切り落とすのだ。」こう考えて、王はその命令を実行しました。その後、人々はこの強力な刀を真似て持ち歩き、強奪を働くようになりました。人々は物の持ち主を捕まえて首を切り落としました。貧しさゆえに盗みが増え、刀による殺害がさらに増えたのです。 こうして人々の寿命は減り、容姿は醜くなりました。父の寿命が四万歳であったのが、子の寿命は二万歳になりました。寿命が二万歳の時、ある盗人はこう考えました。「王が真実を知れば、私を縛って鞭打つか、罰金を課すか、高い台にさらすだろう。ならば、嘘をついて王を欺こう。」そう考えて、彼は王に「私は盗んでいません」と申し上げました。これが、貧しさゆえに物を与えられず、盗みと殺しが増え、さらに虚偽と中傷が広まった原因です。 こうして人々の寿命は減り、容姿は醜くなりました。父の寿命が二万歳であったのが、子の寿命は一万歳になりました。寿命が一万歳の時、人々は嫉妬と邪淫をますます増やしました。その結果、人々の寿命は減り、容姿は醜くなりました。父の寿命が一万歳であったのが、子の寿命は五千歳になりました。寿命が五千歳の時、三つの悪法（非法な欲、悪い貪り、邪な行い）が増えました。そのため、父の寿命が五千歳であったのが、子の寿命は二千五百歳になりました。 寿命が二千五百歳の時、さらに三つの悪法（中傷、荒い言葉、無駄話）が増えました。その結果、寿命は減り、容姿は醜くなりました。父の寿命が二千五百歳であったのが、子の寿命は千歳になりました。 寿命が千歳の時、一つの悪法が増えました。それが邪見です。この一つの法が増えたために、人々の寿命は減り、容姿は醜くなりました。父の寿命が千歳であったのが、子の寿命は五百歳になりました。 寿命が五百歳の時、人々は父母に孝行せず、沙門や梵志を敬わず、正しい行いをせず、福となる業を積まず、来世の罪を恐れなくなりました。そのため、父の寿命が五百歳であったのが、子の寿命は二百五十歳、あるいは二百歳になりました。今現在、長寿の人でも百歳、あるいはそれ以下です。 さらに仏は比丘たちに告げられました。「遠い未来、人々の寿命が十歳になると、女性は生後五ヶ月で嫁ぐようになる。寿命が十歳の時、穀物は雑穀が最上の美食となり、今でいう糠のような粗末なものがご馳走となる。すべての酥油、塩、蜜、甘蔗は消え去る。ただ十の悪業を行う者のみが人々から敬われる。善いことは全く行われなくなる。母は子に対し極めて害心を抱き、子もまた母に対し極めて害心を抱く。父、子、兄弟、姉妹、親族は互いに敵意と害心を持つ。まるで猟師が鹿を見て害心を抱くように。寿命十歳の時、七日間の刀兵劫が起こる。草を取ればそれが刀となり、木の枝を取ればそれも刀となる。この刀で互いに殺し合う。七日間の刀兵劫が過ぎれば、それは終わる。その時、恥じる心、厭う心、嫌悪する心を持つ人々もいる。彼らは刀兵劫の七日間、山野の隠れた場所に身を隠す。七日が過ぎて山野の隠れ場所から出て来ると、互いに顔を合わせ、慈悲の心が生まれ、深く愛し合うようになる。それはあたかも、一人の子を持つ慈しみ深い母が、長く離れ離れになっていた子と遠くから再会し、深く愛し合うように。彼らはこう言う『尊き方々よ、今、こうして会えて本当に安らかです。私たちは不善な心を起こしたために、親族が皆死んでしまいました。私たちは共に善い行いを実践し、殺生の業を断ち切りましょう。』善い行いを実践すれば、寿命は増え、容姿は良くなる。」 寿命十歳の人々から生まれた子の寿命は二十歳になりました。寿命二十歳の人々は考えました。「善を求めるならば、寿命と容姿は良くなる。ならば、さらに善行を増やし、与えられない物を取ることをやめよう。」この善行を実践すれば、寿命は増えました。人々から生まれた子の寿命は四十歳になりました。さらに邪婬を離れました。この善行を実践すれば、寿命と容姿は良くなりました。人々から生まれた子の寿命は八十歳になりました。さらに虚偽の言葉を離れました。この善行を実践すれば、寿命と容姿は良くなりました。人々から生まれた子の寿命は百六十歳になりました。 寿命百六十歳の時、さらに中傷を離れました。この善行を実践すれば、寿命と容姿は良くなりました。人々から生まれた子の寿命は三百二十歳になりました。さらに荒い言葉を離れました。この善行を実践すれば、寿命と容姿は良くなりました。人々から生まれた子の寿命は六百四十歳になりました。さらに無駄話を離れました。この善行を実践すれば、寿命と容姿は良くなりました。人々から生まれた子の寿命は二千五百歳になりました。さらに貪りと嫉妬を離れました。この善行を実践すれば、寿命と容姿は良くなりました。人々から生まれた子の寿命は五千歳になりました。さらに怒りを離れました。この善行を実践すれば、寿命と容姿は良くなりました。人々から生まれた子の寿命は一万歳になりました。さらに邪見を離れました。この善行を実践すれば、寿命と容姿は良くなりました。人々から生まれた子の寿命は二万歳になりました。 さらに、非法な欲、悪い貪り、邪な行いを離れました。人々は言いました。「私たちはこれら三つの悪い不善法を離れよう。」この善行を実践すれば、寿命と容姿は良くなりました。人々から生まれた子の寿命は四万歳になりました。 寿命四万歳の時、人々は父母に孝行し、沙門や梵志を敬い尊重し、正しい行いを実践し、福となる業を修習し、来世の罪を恐れるようになりました。この善行を実践して、人々から生まれた子の寿命は八万歳になりました。 寿命八万歳の時、この閻浮提は大いに豊かで楽しく、多くの人々が住み、村々は鶏が一度飛ぶほどの近さにありました。女性は五百歳で嫁ぎました。ただ七つの病気（寒、熱、大小便、淫欲、飢渇、老い）があるのみで、他の悩みはありませんでした。その時、螺という名の王が転輪王として現れました。彼は聡明で智慧があり、四種の軍を備えて四天下を統治しました。七宝と千人の子を具え、端正で勇猛、恐れることなく他を従え、大地から大海に至るまでを支配しました。刀杖を用いず、法の教えによって人々を安楽に導きました。 <note>その他の病気や飢饉に関する方法の説明は、いずれも同じである</note>