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title: "法苑珠林 · 4 報謝部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 報謝部第四

> 第四部 報謝の章

依新婆沙論云。諸天中將命終位。先有二種五衰相現。一小。二大。云何名為小五衰相。一者諸天往來轉動。從嚴身具出五樂聲。善奏樂人所不能及。將命終位此聲不起。有說。復出不如意聲。二者諸天身光赫奕晝夜相照。身無有影。將命終時身光微昧。有說。全滅身影便現。三者諸天膚體細滑入香池浴。纔出水時水不著身。如蓮華葉。將命終位水便著身。四者諸天種種境界悉皆殊妙漂脫諸根。如旋火輪不得暫住。將命終位專著一境。經於多時不能捨離。五者諸天身力強盛眼甞不瞬。將命終時身力虛劣。眼便數瞬。云何為大五衰相。一者衣服先淨今穢。二者華冠先盛今萎。三者兩腋忽然流汗。四者身體欻生臭氣。五者不樂安住本座。前五衰相現已或可轉。時天帝釋以有五種小衰相現。不久當有大衰相現。心生怖畏作是念言。誰能救我如是衰厄。我當歸依。便自了知。除佛世尊無能救護。尋詣佛所求哀請救。佛為說法。便得見諦。令彼衰相一時皆滅。故於佛前歡喜踊躍。作諸愛語說此伽他曰。

> 『新婆沙論』によれば、天界の者たちが命終わろうとする時、まず二種類の五衰相が現れるという。一つは小、もう一つは大である。 では、小五衰相とは何か。 第一に、天人は往来し、動き回る際に、その身を飾る装具から五種の楽音が生じる。これは優れた楽人さえ及ばないほどである。しかし命終わろうとする時、この音は生じなくなる。あるいは、心に適わぬ音を発するとも言われる。 第二に、天人の身体の光は赫奕として輝き、昼も夜も照らし合い、その身に影はない。しかし命終わろうとする時、その身の光は微かに曇る。あるいは完全に消え去り、その身に影が現れるとも言われる。 第三に、天人の皮膚や肉体は細やかで滑らかであり、香りの池に入って沐浴し、ようやく水から上がる時、水が身に付くことはない。それは蓮の葉のようである。しかし命終わろうとする時、水が身に付くようになる。 第四に、天人は様々な境界がことごとく殊勝微妙であり、諸々の根を漂い放つ。それは回る火の輪のようで、一時も留まることがない。しかし命終わろうとする時、一つの境界にのみ専念し、長い間それを捨て離れることができない。 第五に、天人の身体の力は強く盛んであり、目は常に瞬くことがない。しかし命終わろうとする時、身体の力は虚ろで弱まり、目は頻繁に瞬くようになる。 では、大五衰相とは何か。 第一に、衣服がかつては清浄であったが、今は汚れる。 第二に、華の冠がかつては盛んであったが、今は萎える。 第三に、両腋の下に忽然と汗が流れ出る。 第四に、身体に突然、臭気が生じる。 第五に、元の座に安住することを楽しまなくなる。 先の五衰相が現れても、あるいは転ずることができる。その時、帝釈天に五種の小衰相が現れたため、間もなく大衰相が現れるであろうことを知り、心に怖れを生じて、このように思った。「誰が我をこのような衰えの厄から救ってくれるのだろうか。私は帰依しよう。」そして自ら悟った。「仏世尊をおいて他に救護する者はない。」そこで直ちに仏のもとに赴き、哀れみを請い、救いを求めた。仏が彼のために法を説くと、彼は真理を見ることができた。それによって彼の衰相は一時にすべて消え去った。そのため、仏の前で歓喜し踊躍し、種々の愛語を述べて、この伽他を説いたのである。

大仙應當知 我即於此座還得天壽命 唯願尊憶持

又折伏羅漢經云。昔忉利天宮有一天。壽命垂盡有七種瑞現。一項中光滅。二頭上華萎。三面色變。四衣上有塵。五腋下汗出。六身形瘦。七離本座。即自思惟。壽終之後下生鳩夷那竭國疥癩母猪腹中作豚。甚預愁苦不知何計。餘天語言。今佛在此為眾說法。唯佛能脫卿之罪耳。即到佛所稽首作禮未及發問。佛知告曰。一切萬物皆歸無常。汝素所知。何為憂愁。得離豚身常誦三自歸。如是三日却後七日天即壽盡下生維耶離國。作長者家子。在母胞胎日三自歸。始生墮地亦跪自歸。其母免身又無惡露。母傍侍婢怖而棄走。母亦深怪。謂之熒惑意欲殺之。父知貴子令好養之。年向七歲與其輩類於道邊戲。遇舍利目連。兒前作禮。眾聖驚怪。具說天上事。此兒請佛到家。佛為說經。兒及父母內外親屬皆得阿惟越致。此云不退依經天有多種。具如前三界篇中三十二門說。今對六道略述四門。

> また、『折伏羅漢経』には次のように説かれている。 昔、忉利天の宮殿に一人の天人がいたが、その寿命が尽きようとして、七つの異変が現れた。すなわち、首の光が消え、頭の花が萎れ、顔色が変わり、衣に塵がつき、脇の下に汗が出、身形がやせ細り、自らの座を離れることであった。そこで彼は思い悩んだ。「寿命が終われば、鳩夷那竭国の疥癩の母猪の腹に生まれ変わり、子豚となるであろう」。たいへん憂い悲しみ、どうすればよいか途方に暮れていた。 そこへ他の天人が言った。「今、仏がここにおられ、人々のために法を説いておられる。あなたの罪を取り除けるのは、唯仏のみである」。 そこで彼は仏のもとへ赴き、頭を地につけて礼拝したが、質問を発する間もなかった。仏は彼の心を知り、告げられた。「一切の万物はすべて無常に帰する。これはお前がもともと知っていることではないか。どうして憂えることがあろう。豚の身から脱するためには、常に三自帰（仏・法・僧に帰依すること）を唱えなさい」。 そのようにして三日が過ぎ、七日後には天人としての寿命が尽き、維耶離国に生まれ変わった。長者の家の子として、母の胎内にいる間も毎日三自帰を唱えた。生まれ落ちて地に落ちた時も、ひざまずいて自ら帰依した。その母は難産もなく、悪露もなかった。側に仕えた侍女は驚き怖れて逃げ去った。母も深く怪しみ、これを火の怪しいものと思い、殺そうと考えた。しかし父はこの子が尊い子であると知り、大切に育てさせた。 七歳になり、同年輩の子どもたちと道端で遊んでいた時、舍利弗と目連に出会った。この子は進み出て礼をした。聖者たちは驚き怪しみ、天子が天上での出来事を詳しく語った。この子は仏を家に招き、仏は経を説かれた。子と父母、内親外戚のすべてが阿惟越致（不退転の位）を得た。 <注>経典によれば、天には多くの種類がある。先に述べた三界篇の三十二門に詳しい。ここでは六道に対して、四門を略説する。