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title: "法苑珠林 · 3 住處部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 住處部第三

> 第三章 住処

依正法念經云。脩羅居在五處住。一在地上眾相山中。其力最劣。二在須彌山北。入海二萬一千由旬有脩羅。名曰羅睺。統領無量阿脩羅眾。三復過二萬一千由旬有脩羅。名曰勇健。四復過二萬一千由旬有脩羅。名曰華鬘。復過二萬一千由旬有脩羅。名曰毘摩質多。此中出聲徹於海外。自云。我是毘摩質多阿脩羅。故云響高。其毘摩之母。依長阿含經云。劫初成時。昔有光音天入海洗身。水精入身生一肉卵。經八千歲乃生一女。身若須彌。千頭少一。頭有千眼。口別有千少一。口別四牙。牙上出火。猶若霹靂。有二十四脚。有九百九十九手。此女有時。在海浮戲水精入身生一肉卵。復經八千歲生毘摩質多。有九頭。頭有千眼。口常水出。手有千少一。脚唯有八。納香山乾闥婆女生舍脂羅睺。舍脂羅睺者。是帝釋取為夫人。羅睺阿脩羅。亦云障日日。是帝釋前軍。先放日光射脩羅眼令不見天眾。故彼以手障之。由有勢力多共天諍。又新婆沙論。問。諸阿素洛退住何處。有說。妙高山中有空缺處。如覆寶器。其中有城是彼所住。問何故經說。阿素洛云。我所部村落住鹹海中。而阿素洛王住彼山內。有說。大鹹海中於金輪上有大金臺高廣各五百踰繕那。臺上有城是彼所住。阿素洛王亦有四苑。一名慶悅。二名歡喜。三名極喜。四名可愛。如三十三天有波利夜怛羅樹。阿素洛王所居樹亦有。阿素洛其形云何。答其形上立。問語言云何。答皆作聖語。問何趣所攝。有說。是天趣。有說鬼趣攝。

> 『正法念経』によれば、阿修羅は五つの場所に住んでいる。第一に地上にある衆相山で、最も力が弱い。第二に須弥山の北、海底二万一千由旬のところに「羅睺」という阿修羅がおり、無量の阿修羅の衆を統率している。第三に、さらに二万一千由旬を超えたところに「勇健」という阿修羅がいる。第四に、さらに二万一千由旬を超えたところに「華鬘」という阿修羅がいる。さらに二万一千由旬を超えたところに「毘摩質多」という阿修羅がいる。この者の叫声は海の外にまで響き渡り、「我こそは毘摩質多阿修羅である」と自称する。そのため「響高」とも呼ばれる。 毘摩質多の母については『長阿含経』によれば、劫の初めに、かつて光音天が海に入って体を洗ったところ、水の精華が身に入り一つの肉の卵を生んだ。八千年を経て一人の女が生まれた。その身は須弥山のようであり、千の頭（ただし一つ足りない）があり、それぞれの頭には千の眼がある。口もそれぞれ千（ただし一つ足りない）あり、口ごとに四本の牙があり、牙からは霹靂のような火を吹き出す。足は二十四本、手は九百九十九本ある。この女が海に浮かんで遊んでいた時、水の精華が身に入り一つの肉の卵を生み、さらに八千年を経て毘摩質多が生まれた。毘摩質多には九つの頭があり、頭ごとに千の眼があり、口からは常に水を出す。手は千（ただし一つ足りない）あり、脚は八本のみである。香山の乾闥婆の娘を妻とし、舍脂羅睺を生んだ。舍脂羅睺は帝釋天が妻として迎えた者である。 羅睺阿修羅は「障日」とも呼ばれる。彼は帝釋天の先陣を務め、まず日光を放って阿修羅の眼を射、天の衆を見えなくする。そのため阿修羅は手で日光を遮る。勢力が強いため、しばしば天と争う。 また『新婆沙論』によれば、「諸々の阿素洛（阿修羅）はどこに退き住むのか」という問いがある。ある説では、妙高山の中に宝器を伏せたような窪みがあり、そこに城があって彼らの住まいであるという。ではなぜ経典で阿素洛が「我が部族の村は鹹海の中にある」と言い、一方で阿素洛王はその山の中に住むと言われているのか。ある説では、大鹹海の中の金輪の上に、高さも広さも五百由旬の大きな金の台があり、その台の上に城があって彼らの住まいであるという。阿素洛王にも四つの苑がある。一を慶悦、二を歓喜、三を極喜、四を可愛という。三十三天に波利夜怛羅樹があるように、阿素洛王の住むところにも樹がある。阿素洛の形はどのようか。答えて曰く、その形は立っている。言葉はどうか。答えて曰く、全て聖語を用いる。どの趣に属するか。ある説では天趣、またある説では鬼趣に属するという。

又起世經云。須彌山王東面去山過千由旬。大海之下有鞞摩質多羅阿修羅王國土住處縱廣八萬由旬。七重欄楯七重金銀鈴網。外有七重多羅行樹。皆是七寶所成。莊嚴校飾不可述盡。大城之中別立宮殿。名曰設摩婆啻。宮城縱廣一萬由旬。七重城壁並七寶合成。高百由旬。厚五十由旬。園池華菓眾鳥和鳴廣說如經。不煩具錄須彌山王南面過千由旬。大海之下有踊躍阿修羅王宮殿。其處縱廣八萬由旬。須彌山王西面亦千由旬。大海水下有奢婆羅阿修羅王宮殿。其處縱廣八萬由旬。須彌山王北面過千由旬。大海水下有羅睺羅阿修羅王宮殿。其處縱廣八萬由旬住處精妙共前相似摩婆帝城王所住處。有羅睺羅阿修羅王聚會之所。亦名七頭。其處縱廣八萬由旬。牆壁欄楯各有七重。七寶合成。四面左近並有眾多諸小阿修羅不可述盡備如經說。

> 『起世経』にも次のように説かれています。 須弥山の東側、山から千由旬（約１万３千キロ）離れた大海の下には、ビーマ・チトラリン（鞞摩質多羅）阿修羅王の国土と住処があり、その広さは縦・横ともに八万由旬（約百四万キロ）あります。七重の欄干と七重の金銀の鈴網が巡らされ、外側には七重の多羅樹（ヤシの木）が並んでいます。これらはすべて七種の宝物で作られており、その荘厳な飾りつけは言葉に尽くせないほどです。 大城の中には別に「シャーマ・バチャ（設摩婆啻）」という宮殿が建てられています。宮城の広さは縦・横ともに一万由旬（約十三万キロ）で、七重の城壁はすべて七宝でできており、高さは百由旬、厚さは五十由旬もあります。園や池には花や果実が咲き乱れ、多くの鳥たちが美しく鳴き合っています。 〈注：詳しくは経典に説かれる通りで、ここでは煩雑になるので省略する〉 また、須弥山の南側、千由旬の大海の下には、ウドゥバラ（踊躍）阿修羅王の宮殿があり、その広さは縦・横ともに八万由旬です。 須弥山の西側、千由旬の大海の下には、シュヴァバラ（奢婆羅）阿修羅王の宮殿があり、その広さは縦・横ともに八万由旬です。 さらに、須弥山の北側、千由旬の大海の下には、ラーフラ（羅睺羅）阿修羅王の宮殿があります。その広さも縦・横ともに八万由旬で、住処の素晴らしさは前のものと同様です。 〈注：住処の精巧さは前のものと共通している〉 摩婆帝城（マーハー・バティ城）は王の住まいであり、ラーフラ阿修羅王の集会の場所でもあります。別名を七頭（しちとう）とも言います。その広さは縦・横ともに八万由旬で、城壁や欄干はそれぞれ七重になっており、すべて七宝で作られています。四方の近くには数えきれないほど多くの小阿修羅たちが住んでいます。 〈注：詳しくは経典に説かれる通りである〉