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title: "法苑珠林 · 7 戰鬪部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 戰鬪部第七

> 第七章 戦闘の部

如增一阿含經云。爾時世尊告諸比丘。受形大者莫過阿須倫王。形廣長八萬四千由延。其口縱廣千由旬。或欲觸犯日時。倍復化身十六萬由旬往日月前。日月王見已各懷恐怖不寧本處。以形可畏故。日月王懼不復有光明。然阿須倫不敢前捉日月。何以故。日月威德有大神力。壽命極長顏色端正。受樂無窮住壽一劫。復是此間眾生福祐。令日月不為阿須倫所見觸惱。時阿須倫便懷愁憂即於彼沒。

> 『増一阿含経』にこう説かれています。 その時、世尊は比丘たちに告げられました。「身体の大きいものとして、阿修羅王に勝るものはいない。その体の横幅は八万四千由旬、口の縦横は千由旬もある。ある時、太陽を犯そうとして、さらに身を変えて十六万由旬にまで大きくし、太陽や月の前に立ちはだかった。すると太陽や月の王たちはこれを見て、それぞれ恐怖し、自分の場所に安んじていられなくなった。その姿が恐ろしいゆえに、太陽や月の王たちは畏れ、もはや光を失ってしまった。しかし、阿修羅はあえて太陽や月を捕まえようとはしなかった。なぜか。太陽や月の威光と徳には大きな神力があり、寿命は極めて長く、姿も端正で、尽きることのない楽しみを受け、一劫もの間、寿命を保つからである。また、この世の人々の福徳によって、太陽や月が阿修羅に捕らえられ、悩まされることがないのである。その時、阿修羅は憂い悲しみ、その場から消え去った。」

又長阿含經云。阿修羅大有威力。而生念言。此忉利天王及日月諸天行我頭上。誓取日月以為耳璫。漸大瞋恚加欲捶之。即命舍摩梨毘摩質多二阿修羅王及諸大臣。各辦兵仗往與天戰。時難陀跋難陀二大龍王。身繞須彌周圍七匝。山動雲布。以尾打水大海浪灌須彌。忉利天曰。修羅欲戰矣。諸龍鬼神等各持兵從次交鬪。天若不如皆奔。四天王宮嚴駕攻伐。先白帝釋。帝釋告上乃至他化自在天。無數天眾及諸龍鬼前後圍繞。帝釋命曰。我軍若勝以五繫縛毘摩質多阿修羅。將還善法堂我欲觀之。修羅亦曰。我眾若勝亦以五繫縛帝釋。還七葉堂。我欲觀之。一時大戰兩不相傷。但觸身體生於痛惱。於帝釋現身乃有千眼。執金剛杵頭出煙焰。修羅見之乃退敗。即擒質多修羅繫縛將還。遙見帝釋便賜惡口。帝釋答曰。我欲共汝講說道義。何須惡口。壽天千歲少出多減。惡心好鬪。而不破戒。大修布施故。然以諂慢故受此身餘經以諂心修福而受此身也觀佛三昧經云。此毘摩質多羅阿修羅王母鬼食法。唯噉淤泥及渠藕根。其兒長大見於諸天婇女圍繞。即白母言。人皆伉儷我何獨無。其母告曰。香山有神。名乾闥婆。其神有女。容姿美妙色踰白玉。身諸毛孔出妙音聲。甚適我意念為汝娉。適汝願不。阿修羅言。善哉善哉。願母往求。爾時其母行詣香山告彼樂神。我有一子威力自在。於四天下而無等倫。汝有令女可適吾子。其女聞已願樂隨從。時阿修羅。納彼女已。未久之間即便懷孕。經八千歲乃生一女。其女顏容端正挺特。天上天下更無有比。面上姿媚八萬四千。左邊右邊各有八萬四千。前後亦爾。阿修羅見。以為殊異。如月處星。甚為奇特。憍尸迦聞求女為妻。修羅聞喜以女妻之。帝釋立字。號曰悅意。諸天見之歎未曾有。視東忘西。視南忘北。乃至毛髮皆生悅樂。帝釋至歡喜園。共諸婇女入池遊戲。爾時悅意即生嫉妬。遣五夜叉往白父王。今此帝釋不復見寵。與諸婇女自共游戲。父聞此語心生瞋恚。即與四兵往攻帝釋立大海水踞須彌山頂。九百九十九手。同時俱作撼喜見城搖須彌山。四大海水一時波動。帝釋驚怖靡知所趣。時宮有神。白天王言。莫大驚怖。過去佛說般若波羅蜜。王當誦持。鬼兵自碎。是時帝釋坐善法堂。燒眾名香發大誓願。般若波羅蜜是大明呪。是無上呪。是無等等呪。審實不虛。我持此法。當成佛道令阿修羅自然退散。作是語時。於虛空中有刀輪。帝釋功德故。自然而下當阿修羅上。時阿修羅耳鼻手足一時盡落。令大海水赤如蜯珠。時阿修羅即便驚怖。遁走無處。入藕絲孔。

> また『長阿含経』にはこう説かれている。阿修羅は大いなる威力を持つが、こう考えた。「この忉利天の王や日月の諸天は、我が頭上を歩いている。誓って日月を取って耳飾りとしてやろう」。次第に怒りを募らせ、彼らを打ち叩こうとした。そこで即座に、舎摩梨と毘摩質多の二人の阿修羅王、および諸々の大臣たちに命じ、それぞれに兵仗を整えさせて天と戦いに向かった。 その時、難陀と跋難陀の二大竜王が、須弥山の周りを七重に巻きつき、山は動き、雲は立ち込めた。尾で水を打つと、大海の波が立ち昇って須弥山に注いだ。忉利天は言った。「修羅が戦おうとしている」。諸々の竜や鬼神たちは、それぞれ武器を携えて、次々と交戦した。天の軍勢がもし劣れば、皆、四天王の宮殿に逃げ込んだ。四天王は厳かに戦車を整え、まず帝釈に告げた。帝釈は上に告げ、ついには他化自在天にまで至った。無数の天の衆や諸々の竜・鬼神が前後を取り巻いた。 帝釈は命じた。「我が軍が勝ったならば、五つの縄で毘摩質多阿修羅を縛り、善法堂に連れ戻せ。私はそれを見たい」。修羅もまた言った。「我々が勝ったならば、五つの縄で帝釈を縛り、七葉堂に連れ戻せ。私はそれを見たい」。一斉に大戦が始まったが、互いに傷つけることはできず、ただ体に触れて苦痛を生じるのみであった。 そこで帝釈が身に千の眼を現し、金剛杵を手に持ち、頭から煙と炎を出した。修羅はそれを見て退き敗れた。そして即座に毘摩質多修羅を捕らえて縛り、連れ戻そうとした。遠くから帝釈を見ると、悪口を浴びせた。帝釈は答えた。「私は君と道義を語り合いたいと思うのに、どうして悪口が必要なのか」。 寿命は天の千年で、若くして亡くなる者が多く、年を経る者は少ない。心は悪く、闘いを好む。しかし戒を破ることはない。大いに布施を行ったからである。しかし、諂（へつらい）と慢心によって、このような身体を受けたのである。＜注：他の経典では、諂う心で福を修めてこの身を受けたと説く＞ 『観仏三昧経』にはこう説かれている。この毘摩質多羅阿修羅王の母は、鬼が食べる法によって生きている。ただ淤泥や溝の蓮根のみを噛んで食べる。その子が成長し、諸天の婇女たちに囲まれているのを見て、母に言った。「人の世には皆、夫婦がいるのに、なぜ私は一人だけ独り身なのか」。母は告げた。「香山に神がいる。名を乾闥婆という。その神には娘がおり、容貌は素晴らしく美しく、白玉よりも優れている。体の諸々の毛穴からは妙なる音声が出て、まことに我が心に適っている。君のために妻として迎えようと思うが、君の願いに適うか」。阿修羅は言った。「善きかな、善きかな。どうか母上、求めてきてください」。 その時、母は香山に行き、あの楽神に告げた。「私には一人の子がいて、威力は自在であり、四天下に並ぶ者はいない。あなたには令嬢がおられる。私の子に嫁がせてはどうか」。その娘はこれを聞いて、喜んで従いたいと願った。 その時、阿修羅はその娘を娶った。間もなくして姙娠し、八千年を経て一女を産んだ。その娘の顔や容姿は端正で抜きん出ており、天上天下、これに比べるものはない。顔の上の媚態は八万四千あり、左にも右にもそれぞれ八万四千、前後も同様であった。阿修羅はこれを見て、特別に優れていると思った。あたかも星の中の月のごとくであり、まことに奇特であった。 憍尸迦（帝釈天）はこれを聞き、娘を妻にしたいと求めた。修羅は喜び、娘を妻として与えた。帝釈は名を付け、悦意と号した。諸天はこれを見て、かつてないものと嘆じた。東を見れば西を忘れ、南を見れば北を忘れ、毛の一本に至るまで、みな悦び楽しむのであった。 ある時、帝釈が歓喜園に行き、婇女たちと共に池に入って遊んでいた。その時、悦意は嫉妬を起こし、五人の夜叉を遣わして父王に告げさせた。「今、この帝釈は私を寵愛せず、婇女たちと共に自分勝手に遊んでおります」。父はこの言葉を聞いて怒りを起こし、すぐに四種類の兵を率いて帝釈を攻めに行った。大海の水を踏みしだき、須弥山の頂に立った。九百九十九の手を同時に動かし、喜見城を揺さぶり、須弥山を揺るがした。四大海の水は一斉に波立った。帝釈は驚き恐れ、どうしてよいかわからなかった。 その時、宮中に神がいて、天王に告げた。「あまり驚き恐れることはありません。過去の仏が般若波羅蜜を説かれました。王はこれを受持して誦しなさい。鬼の兵は自然に碎け散るでしょう」。そこで帝釈は善法堂に座り、さまざまな名香を焚き、大誓願を発した。「般若波羅蜜は大明呪であり、無上呪であり、無等等呪である。まことに虚偽ではない。私はこの法を保ち、仏道を成し遂げて、阿修羅を自然に退散させよう」。 こう語った時、虚空の中に刀輪があった。帝釈の功徳によって、自然に下りて阿修羅の上に当たった。すると阿修羅の耳、鼻、手、足が一時にことごとく落ちた。大海の水を赤くして、蜯珠のごとくにした。阿修羅は驚き恐れ、逃げる場所もなく、蓮の茎の穴に入り込んだ。