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title: "法苑珠林 · 9 苦樂部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 苦樂部第九

> 第9章 苦と楽

如婆沙論說。鬼中苦者。即彼無威德鬼。恒常飢渴累年不聞漿水之名。豈得逢斯甘饍。設值大河欲飲即變為炬火。縱得入口即腹爛燋。然如斯之類。豈不苦哉。第二鬼中樂者。即彼有威德中。富足豐美。衣食自然。身服天衣。口餐天供。形常優縱。策乘輕馳。任情游戲。共天何殊。如斯之類。豈不樂哉。問曰。既有斯樂便勝於人。何故經說人鬼殊趣。答曰。經說鬼神不如人道。略述二意。一受報公顯不及於人。為彼鬼神晝伏夜游故。不及於人二。虛怯多畏不及於人。雖有威德以報卑劣常畏於人。縱晝夜值人恒避路私隱。問曰。既劣於人何得威德報同於天。答然由前身大行檀故。得受威報由前身諂曲不實故。受斯鬼道也。

> 『婆沙論』にこう説かれています。鬼道の中でも苦しみを受ける者、それは「威徳なき鬼」です。常に飢えと渇きに苛まれ、長年にわたって飲み物の名前すら耳にすることがありません。ましてや美味しい食物に出会うことなど、ありえません。たとえ大河に出会っても、飲もうとすればたちまち炎と化してしまいます。口に入れても、腹は爛れ焦げるばかりです。このような者は、なんと苦しみが多いことでしょう。 第二に、鬼道の中でも楽しみを受ける者、それは「威徳ある鬼」です。富み満ち足り、衣服や食物が自然と備わっています。身には天人の衣をまとい、口には天の供物をいただきます。姿は常に優雅で、馬車に乗って軽やかに駆け巡り、心のままに遊び楽しみます。天の者と何の違いがありましょうか。このような者は、なんと楽しみが多いことでしょう。 問い「楽しみがあるなら、それは人間より優れているのではないでしょうか。それなのに経典では、人と鬼は異なる道であると説くのはなぜですか。」 答え「経典で鬼神は人道に及ばないというのは、二つの意味があります。第一に、その受ける報いは公に現れ、人に及びません。鬼神は昼は伏し、夜に遊ぶからです。第二に、彼らは心が虚ろで臆病であり、人に及びません。威徳があるといっても、その報いは卑しく劣っているため、常に人を恐れます。昼も夜も、人に出会えば必ず道を避けて隠れます。」 問い「では人間より劣っているのに、どうして威徳の報いが天と同じなのでしょう。」 答え「それは前世で大いに施しを行ったから、威力という報いを受けるのです。しかし、前世で心が歪んで真実でなかったため、この鬼道を受けるのです。」