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title: "法苑珠林 · 11 舍宅部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 舍宅部第十一

> 第11章 住居の部

如婆沙論說。有威德者。便有宮宅七寶莊嚴。一切山河諸神悉有舍宅。依之而住。無威德者。如浮游浪鬼。飢渴之徒悉無舍宅。權依塚墓。暫止叢林。草木巖穴。是其居處。

> 『婆沙論』に説かれているように、功徳のある鬼神には、七宝で飾られた立派な宮殿や屋敷がある。また、すべての山河の神々にも、それぞれ住まいとなる館があり、それに依って住んでいる。 一方、功徳のない鬼神は、あたかも漂う浮遊霊や、飢えに苦しむ者のように、住む家もない。ただ仮に墓場に寄り添い、林の中にしばらく身を止める。草や木、岩の穴などが、その住まいとなるのである。

故。莊嚴論云。佛言。我昔曾聞有大商主子。名曰億耳。入海採寶。既得迴還。與伴別宿。失伴慞惶。飢渴所逼。遙見一城。謂為有水。往至城邊欲索水飲。然此城者是餓鬼城。到彼城中。四衢道頭眾人集處。空無所見。飢渴所逼唱言。飢渴所逼。又見一城謂為有水。往至城邊欲索水飲。然此城者是餓鬼城。到彼城中四衢道頭眾人集處。空無所見。飢渴所逼。唱言水水。諸餓鬼輩聞是水聲。皆來雲集。誰慈悲者欲與我水。此諸餓鬼身如焦柱。以髮自纏。皆來合掌作如是言。願乞我水。億耳語言。我渴所逼故來求水。爾時餓鬼聞億耳為渴所逼自行求水。悕望都息。皆各長歎。作如是言。汝可不知。此餓鬼城。云何此中而索水耶。即說偈言。

> そこで『荘厳論』にはこう説かれている。 「仏はおっしゃった。『私はかつて、大商人の子で“億耳”という名の者が、宝を求めて海に入った。帰途につき、仲間と別れて一人で泊まったが、仲間とはぐれて不安と恐怖に駆られ、飢えと渇きに苦しめられた。遠くに一つの城が見え、水があると思って、その城へ行き、水を飲もうとした。しかし、この城は餓鬼の城だった。その城の中にある四辻の道端の、人々が集まる場所に行っても、何も見えず、飢えと渇きに苦しめられて「飢えと渇きに苦しめられている」と叫んだ。また別の城が見え、水があると思って、その城へ行き、水を飲もうとした。しかし、この城もやはり餓鬼の城だった。その城の中の四辻の道端の、人々が集まる場所に行っても、何も見えず、飢えと渇きに苦しめられて「水、水」と叫んだ。餓鬼たちはこの水の声を聞いて、皆、雲のように集まってきた。「誰か慈悲深い方が、私に水をください」と。この餓鬼たちは体が焦げた柱のようで、髪の毛で自分を縛りつけ、皆、合掌してこう言った。「どうか私に水を恵んでください」と。億耳は言った。「私は渇きに苦しめられて、水を求めに来たのです」と。その時、餓鬼たちは、億耳が渇きに苦しめられて自ら水を求めに来たと聞き、希望は全て消え去った。皆、それぞれ長いため息をついて、こう言った。「あなたはご存じないのですか。これは餓鬼の城です。どうしてここで水を求めることができるでしょうか」と。そして、次の偈を唱えた。』

我等處此城 百千萬歲中尚不聞水名 況復得飲者譬如多羅林 熾然被火焚我等亦如是 肢節皆火燃頭髮悉蓬亂 形體皆毀破晝夜念飲食 慞惶走十方飢渴所逼切 張口馳求索有人執杖隨 尋逐加楚撻搥打不得近 我等憂此苦云何能得水 以用慧施人我等先身時 慳貪極嫉妬不曾施一人 漿水及飲食自物不與他 抑彼令不施以是重業故 今受是苦惱

> この城にいて、百千万年の間、 水の名前すら聞いたことがなく、ましてや飲むことなどできません。 あたかも多羅の林が、激しく燃える火に焼かれるように、 私たちも同じく、手足の節々が炎に包まれています。 髪の毛はみな乱れ、体はすべて傷つき壊れ、 昼も夜も食べ物と飲み物を思い、恐れ慌てて十方へと逃げ回ります。 飢えと渇きにせまり、口を開けて求め続けます。 ある者は棒を持って追いかけ、探し出しては打ちのめし、 叩いて近づけません。私たちはこの苦しみを憂い、 どうすれば水を得て、それを施すことができるのでしょうか。 私たちが前世にいたとき、非常にけちで嫉妬深く、 一人に対しても、水や食べ物を施したことはありません。 自分のものを他人に与えず、他人が施すのを妨げました。 その重い業のゆえに、今この苦しみを受けているのです。