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title: "法苑珠林 · 宋司馬文宣"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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宋司馬文宣。河內人也。頗信法。元嘉九年丁母難弟喪。月望旦忽見其弟。身形於靈座上不異平日。迴遑歎嗟諷求飲食。文乃試與言曰。汝平生時修行十善。若如經言應得生天。若在人道。何故乃生此鬼中耶。說吟俯仰默然無對。文宣即夕夢見其弟。云生所修善。蒙報生天。旦靈床之鬼。是魔魁耳。非其身也。恐兄疑怪。故詣以白兄。文宣明旦請僧轉首楞嚴經。令人撲繫之。鬼乃逃入床下。又走戶外。形稍醜惡舉家駭懼詈叱遣之。鬼云。餓乞食耳。積日乃去。頃之母靈床頭有一鬼。膚體赤色身甚長壯。文宣長息。孝祖與言往反。答對周悉。初雖恐懼末稍安習之。鬼亦轉相附狎。居處出入殆同家人。於時京師傳相報告。往來觀者門巷疊跡。時南林寺有僧。與靈味寺僧含沙門。與鬼言論亦甚欵曲。鬼云。昔世甞為尊貴以犯眾惡。受報未竟果此鬼身。去寅年有四百部鬼。大行疾癘。所應鍾災者。不忓道人耳。而犯橫極眾多濫福善。故使我來監察之也。僧以食與之。鬼曰。我自有糧不得進此食也。含曰。鬼多知我生。何來何因作道人。答曰。人中來。出家因緣本誓願也。問諸存亡生死所趣。略皆答對。具有靈驗條次繁多。故不曲載。含曰。人鬼道殊。汝既不求食何為久留。鬼曰。此間有一女子應在收捕。而奉戒精勤。故難可得。比日稽留用此故也。藉亂主人有愧不少。自此已後不甚見形。後往視者但聞語耳。時元嘉十年也。至三月二十八日語文宣云。暫來寄住。而汝傾家營福。見畏如此那得久留。孝祖云。聽汝寄住。何故據人先亡靈筵耶。答曰。汝家亡者各有所屬。此座空設。故權寄耳。於是辭去。

> 宋の司馬文宣は、河内の出身で、仏法をかなり敬っていた。元嘉九年、母と弟を相次いで亡くした。月の十五日の朝、突然、弟の姿が霊座の上に現れ、生前とまったく変わらなかった。彼はうろうろとため息をつき、食べ物をねだった。文宣は試しに言った。「お前は生きているとき十善を修行した。経典の言葉どおりなら天に生まれるはずだ。もし人としての道にあるなら、なぜこの鬼の中に生まれたのか。」弟はうつむいたり見上げたりして黙り込み、答えなかった。 その夜、文宣は夢に弟を見た。弟は言った。「生前に修めた善行の報いを受けて、天に生まれました。あの霊座の鬼は魔物の頭目であり、私の姿ではありません。兄上が疑い怪しむのを恐れ、そのことをお伝えに参りました。」文宣は翌朝、僧を招いて『首楞厳経』を転読させ、人に命じて鬼を打ち据えさせた。鬼は逃げて床下に入り、また戸外へ走り出た。姿は次第に醜悪になり、家族は皆おびえてののしり追い払った。鬼は「空腹で食べ物を乞うているだけだ」と言い、何日かして去って行った。 しばらくして、母の霊座の枕元に一人の鬼が現れた。肌は赤く、体は非常に大きくたくましかった。文宣の長男・孝祖がこれと言葉を交わし、その応対はすべて整っていた。初めは恐れたが、後には次第に慣れてなじんだ。鬼もまた次第に親しみ寄り添い、居所や出入りはほぼ家族同然となった。このころ、都中でその噂が伝わり合い、見物に来る者たちの門や路地は足跡が重なった。 その時、南林寺の僧と霊味寺の僧・含は、鬼と話をして非常に意気投合した。鬼は言った。「昔、私は貴い身分でありながら、多くの悪を犯しました。その報いがまだ終わらず、この鬼の身となったのです。去る寅年には四百の鬼の一団がいて、激しい疫病を流行らせました。その災いを受けるべき者は、道人だけは妨げませんでした。しかし、横暴で無実の者が非常に多く、福ある善人にまで及んだため、私がここに派遣されて監察しているのです。」僧が食べ物を与えようとすると、鬼は「私は自分の糧を持っており、この食べ物を受けることはできません」と言った。 含が「鬼は多くのことを知っているようだ。私はどこから来て、何の因縁で道人となったのか」と尋ねると、鬼は「人中から来ました。出家の因縁はもとより誓願によるものです」と答えた。また、生存者や死者が生死の間でどこへ向かうかを問うと、おおよそ答えが得られ、その霊験は多くの例があり、煩わしいのでここには詳しく記さない。 含が「人と鬼の道は異なる。お前は食べ物を求めないのなら、なぜ長く留まるのか」と言うと、鬼は「この家に一人の女子がいて、捕らえるべきところだが、戒律を精進して守っているため、容易に手が出せない。近ごろ留まっているのはそのためだ。それに主人を惑わしてしまい、恥じるところが少なくない」と答えた。 それ以降、あまり姿を現さなくなり、後に行って見た者はただ声を聞くだけであった。時に元嘉十年のことである。三月二十八日、鬼が文宣に言った。「しばらく仮に泊めてもらっていたが、お前は家を挙げて福を営み、このように恐れられているので、どうして長く留まれるだろうか。」孝祖が「お前が仮に泊まるのは構わないが、どうして先に亡くなった者の霊の座を占拠するのか」と言うと、鬼は「お前の家の亡者たちはそれぞれ所属する場所がある。この座は空席であったので、仮に借りたまでだ」と答えた。そしてついに去って行った。