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title: "法苑珠林 · 2 會名部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 會名部第二

> 第二部　会の名称

畜生者。如婆沙論中釋。生謂眾生。畜謂畜養。謂彼橫行。稟性愚癡。不能自立。為他畜養。故名畜生。問曰。若以畜養名畜生者。如諸龍水陸空行。豈可為人所養名為畜生耶。答曰。養者義寬。具滿人間及以六天。不養者處狹。唯在人中山野澤內。又古昔諸龍亦為人養。具在文史。今從畜養偏多。故名畜生。又立世論云。畜生梵名底都履反栗車。由因諂曲業故。於中受生故。復說。此道眾生多覆身行。故說名底栗車。

> 畜生について。『婆沙論』に次のように解かれている。「生」は生きもの、「畜」は飼い養うことを意味する。つまり、彼らは横に歩き、生まれつき愚かで、自立できず、他の者に飼い養われるため、畜生と名づけられる。 問う：もし飼い養うことが畜生の名の由来ならば、龍のように水・陸・空を自由に行き来するものは、人間に養われることがないのに、どうして畜生と呼ばれるのか。 答える：養うという意味は広く、人間界や六欲天にも及ぶが、養われない場所は狭く、ただ人間界の山・野・沢に限られる。また、昔の龍は人間に養われたこともあり、それは文献に詳しく記録されている。現在は飼い養われることが多いため、畜生と名づけるのである。 また『立世論』にはこうある。畜生の梵語は「底栗車」（都履の反音）という。諂い曲がった業の因により、その中に生まれるからである。さらに、この道の衆生は身を覆う振る舞いが多いため、底栗車と呼ばれる。

依新婆沙論。名為傍生。故問。云何傍生趣。答其形傍故行亦傍。故形亦傍。是故名傍生。有說。彼諸有情由造作增上愚癡身語意惡行。往彼生闇鈍。故名傍生。謂此遍於五趣皆有。如𭡠落迦中。有無足者。如孃矩吒蟲等。有二足者如鐵嘴鳥等。有四足者如黑駮狗等。有多足者如百足等。於鬼趣中。有無足者如毒蛇等。有二足者如烏鴟等。有四足者如狐狸象馬等。有多足者如六足百足等。於人趣三洲中。有無足者如一切腹行蟲。有二足者如鴻雁等。有四足者如象馬等。有多足者如百足等。於拘盧洲中。有二足者如鴻雁等。有四足者如象馬等。無有無足及多足者。彼是受無惱害業果處故。四天王眾天及三十三天中。有二足者如妙色鳥等。有四足者如象馬等。餘無者如前釋。上四天中。唯有二足者如妙色鳥等。餘皆無者。空居天處轉勝妙故。問彼處若無象馬等者如何為乘。亦聞彼天乘象馬等。云何言無。答由彼諸天福業力故。作非情數象馬等形。而為御乘自娛樂也。

> 『新婆沙論』によれば、これを傍生（ぼうじょう）と名づける。問う「いかなるをか傍生趣と謂ふ。」答えていわく「その形傍（かたわ）なるが故に行もまた傍なり。故に形もまた傍なり。ここをもって名づけて傍生とす。」或る説には「彼の諸の有情は、愚癡の身・語・意の悪行を増上に造作することによりて、彼の暗鈍の生に往く。これを名づけて傍生という。この趣は五趣に遍く存在す。地獄には足なきもの、例えば娘矩吒蟲（にゃくこたけ）などの如きあり。二足のもの、例えば鉄嘴鳥（てつしちょう）などの如きあり。四足のもの、例えば黒駮狗（こくはくく）などの如きあり。多足のもの、例えば百足（ひゃくそく）などの如きあり。鬼趣にも足なきもの、例えば毒蛇などの如し。二足のもの、例えば烏鴟（うし）などの如し。四足のもの、例えば狐狸、象、馬などの如し。多足のもの、例えば六足、百足などの如し。人趣の三洲には、足なきもの、例えばすべての腹行蟲（ふくぎょうちゅう）の如し。二足のもの、例えば鴻雁（こうがん）などの如し。四足のもの、例えば象、馬などの如し。多足のもの、例えば百足などの如し。倶盧洲（くるす）には、二足のもの、例えば鴻雁などの如く、四足のもの、例えば象、馬などの如く存在すれども、足なきもの及び多足のものは無し。彼の地は悩害なき業の果報を受くる処なればなり。四天王の衆及び三十三天には、二足のもの、例えば妙色鳥（みょうしきちょう）などの如く、四足のもの、例えば象、馬などの如く存在す。その他は無きは前の説明の如し。上の四天には、ただ二足のもの、例えば妙色鳥などの如きのみあり。その他はすべて無し。空居天の処は、より勝れて妙なるが故なり。」問う「彼の処に象、馬などの無ければ、いかんが乗り物と為すや。また彼の天は象、馬などに乗ると聞く。云何が無しと言うや。」答えていわく「彼の諸天の福業の力によりて、非情の数の象、馬などの形を造りて、御乗（ぎょじょう）として自ら娯（たの）しむが故なり。」

依樓炭經說。畜生不同。大約有其三種。一魚。二鳥。三獸。於此三中。一一無量。魚有六千四百種。鳥有四千五百種。獸有二千四百種。於彼經中。但列總數不別列名。正法念經。種數不同有四十億。亦不列名。

> 『樓炭経』によれば、獣（畜生）の種類は大きく分けて三つあります。第一に魚、第二に鳥、第三に獣です。この三つのうち、それぞれの種類が無量に存在します。魚には六千四百種、鳥には四千五百種、獣には二千四百種があります。しかし、あの経典では総数だけを挙げて、個別の名前は記されていません。『正法念経』では、種類の数が異なり、四十億種あるとされますが、やはり個別の名前は挙げられていません。