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title: "法苑珠林 · 7 受報部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 受報部第七

> 第七章 報いを受ける

依賢愚經云。爾時有諸估客欲詣他國。其諸商人共將一狗。至於中路。眾賈頓息。伺人不看。狗便盜肉。眾人瞋打而折其脚棄野而去。時舍利弗天眼見狗。𤼣躄飢餓困篤垂死。著衣持鉢入城乞食。得已持出飛至狗所。慈心憐愍以食施與。狗得其食活命歡喜。即為狗說微妙之法。狗便命終。生舍衛國婆羅門家。後舍利弗獨行乞食。婆羅門見。而問言。尊者獨行無沙彌耶。舍利弗言。我無沙彌。聞卿有子。當用見與。婆羅門言我有一子。字曰均提。年既孤幼。不任使令。比前長大當用相與。後至七歲。以其兒付令使出家。便受其兒。將至祇桓聽為沙彌。漸為說法。心開意解得阿羅漢果。功德悉備。均提沙彌始得道已。自以智力觀過去世本造何行遭聖獲果。觀見前身作一餓狗。蒙和上恩今得人身并獲道果。欣心內發而自念言。我蒙師恩得脫諸苦。今當盡身供給所須。求作沙彌不受大戒。佛告阿難。由過去世迦葉佛時。均提出家少年聲好。善巧讚唄人所樂聽。有一老僧音聲濁鈍不能經唄。已得羅漢功德皆具。年少比丘自恃好聲。見而訶之聲如狗吠。時老比丘便呼年少。汝識我不。我得羅漢儀式悉具。年少聞說。心驚毛竪惶怖自責。即於其前懺悔過咎。由其惡言五百世中常受狗身。由其出家持淨戒故。今得見我蒙得解脫。又智度論云。愚癡多故。受蚯蚓𧏙蜋螻蟻鵂鶩角鵄之屬諸騃蟲鳥。龍樹菩薩或云。婬欲情多故欲受鶩身。或云。愚癡多故亦受鶩身。此二鶩身為同為異。答謂習欲生者是水鳥鳧鴨之流。習癡生者是陸鳥鵄梟之類。或晝見夜亦見。由欲生故恒多連飛。並汎鳥之類。或夜見晝不見。由癡生故恒多夜游伺。鼠鴟亦二種。習欲生者是老鴟。則晝見夜不見。習癡生者是角鴟。則夜見晝不見。又長阿含及增一經云金翅鳥有四種。一卵生。二胎生。三濕生。四化生。皆先大布施。由心高陵虛苦惱眾生心多瞋慢生此鳥中。有如意寶珠以為瓔珞。變化萬端無事不辨。身高四十里。衣廣八十里。長四十里。重二兩半。食黿鼉蟲鼈以為段食涅槃經云。能食能消一切魚金銀等寶唯除金剛也洗浴衣服為細滑食。亦有婚姻。兩身相觸以成陰陽。壽命一劫。或有減者。大海北岸一樹。名究羅瞋摩。高百由旬。蔭五十由旬。樹東有卵生龍宮。卵生金翅鳥宮。樹南有胎生龍宮。胎生金翅鳥宮。樹西有濕生龍宮。濕生金翅鳥宮。樹北有化生龍宮。化生金翅鳥宮。各各縱廣六千由旬。莊飾如上。若卵生金翅鳥飛下海中。以翅搏水水即兩披。深二百由旬。取卵生龍隨意而食之華嚴經云。此鳥食龍所扇之風。風若入人眼人眼則失明故不來人間恐損人眼也胎濕化等亦復如是涅槃經云唯不能食受三歸者有化龍子。於六齋日受齋八禁。時金翅鳥欲取食之。銜上須彌山北大鐵樹上。高十六萬里。求覓其尾了不可得。鳥聞亦受五戒。又觀佛三昧經云。金翅鳥王。名曰正音。於眾羽族快樂自在。於閻浮提日食一龍王及五百小龍。於四天下更食。日日數亦如上。周而復始。經八千歲死相既現。諸龍吐毒不能得食。飢逼慞惶求不得安。至金剛山。從金剛山直下。從大水際至風輪際。為風所吹還上金剛山。如是七返。然後命終。以其毒故。令十寶山同時火起。難陀龍王懼燒此山。即降大雨滴如車軸。鳥肉消盡唯餘心存心。又直下七返如前住金剛山。難陀龍王取為明珠。轉輪聖王得為如意珠。若人念佛心亦如是。又樓炭長阿含經等云。龍還有四。皆先多瞋恚心曲不端。大行布施今受此形。由施福故以七寶為宮宮之所在如前金翅鳥中說也身高四十里。衣長四十里。廣八十里。重二兩半。神力自在。百味飲食。最後一口變為蝦蟇。若自化眷屬發於道心乞施皂衣能使諸龍各興供養者。沙不雨身及離眾患亦能變身為蛇等。不遭蝦蟇及金翅鳥。

> 『賢愚経』によれば、こういう話がある。ある時、商売人たちが他国へ行こうとしていた。彼らは一匹の犬を連れて行った。途中で皆が休息している隙に、番人が目を離したすきに、犬が肉を盗み食いした。怒った人々は犬を打ちのめして足を折り、野原に置き去りにして去って行った。 その時、舎利弗（シャーリプトラ）が天眼でこの犬を見た。足を引きずり、飢えに苦しみ、瀕死の状態だった。舎利弗は衣を整え、鉢を持って城に入り托鉢し、得た食物を持って飛んで犬のところへ行った。慈しみの心で憐れみ、食物を犬に与えた。犬は食物を得て生き長らえ、喜んだ。舎利弗はすぐに犬に微妙な法を説いた。すると犬は命を終え、舎衛国のバラモンの家に生まれ変わった。 その後、舎利弗が一人で托鉢に行くと、そのバラモンが彼を見て尋ねた。「尊者よ、お一人でおられて、沙弥（見習い僧）はいらっしゃらないのですか？」舎利弗は答えた。「私には沙弥がいません。あなたに息子がいると聞きました。ぜひ私にください。」バラモンは言った。「私には均提（ジュンテイ）という一人の息子がおりますが、まだ幼くてお使いに立てません。もう少し大きくなったら差し上げましょう。」そして七年後、バラモンはその子を舎利弗に託し、出家させた。舎利弗はその子を連れて祇園精舎に行き、沙弥とした。そして徐々に法を説くと、彼は心が開けて智慧が生じ、阿羅漢果を得た。功徳はすべて備わっていた。 均提沙弥は悟りを得た後、自らの智慧で過去世を観察した。どのような行いを積んで、聖者に遇い、果を得たのか。彼は、前世で飢えた犬であったこと、和尚（師）の恩によって今、人身を得て、道の果をも得たことを観た。喜びが心の内から湧き上がり、こう思った。「私は師の恩によってあらゆる苦しみから解脱した。今こそ、一身を捧げて師の必要な物を供養しよう。沙弥としてとどまり、大戒（具足戒）は受けまい。」 仏は阿難に告げた。「過去世、迦葉仏の時、均提は出家していた。その声は少年のように美しく、讃嘆の唄を巧みに歌い、人々は皆喜んで聞いた。ところが、ある老僧の声は濁っていて鈍く、経典を唄うことができなかった。だが、彼はすでに阿羅漢であり、功徳はすべて備わっていた。その若い比丘は自分の美声を恃み、老僧を見て『その声は犬の吠え声のようだ』と罵った。すると老僧は若い比丘に言った。『私を知っているか。私は阿羅漢であり、すべての儀式を備えている。』若い比丘はこれを聞いて、心は驚き、毛が逆立ち、恐れおののいて自らを責めた。すぐに老僧の前で過ちを懺悔した。」 「彼の悪口の報いとして、五百回の生涯の間、常に犬の身を受けた。しかし、出家して清らかな戒を守った功徳によって、今、私に遇い、解脱を得ることができたのである。」 また、『大智度論』にはこうある。「愚かさが強い者は、蚯蚓（みみず）、糞虫、蟻、梟、木兎（みみずく）などの愚かな虫や鳥の類を受ける。」龍樹菩薩はある時は「情欲が多いために、鴨の身を受けることもある」と言い、またある時は「愚かさが多いために、鴨の身を受けることもある」と言う。この二種の鴨の身は同じなのか、異なるのか。答えていう。「欲によって生まれるのは水鳥の鴨や鳧（かも）の類である。愚かさによって生まれるのは陸の鳥の梟や木兎の類である。あるものは昼も夜も見える。欲から生まれたものは常に連なって飛ぶ、水鳥の類である。あるものは夜だけ見えて昼は見えない。愚かさから生まれたものは常に夜に行動し、鼠を狙う鴟（とび）にも二種ある。欲から生まれたものは老鴟で、昼は見え夜は見えない。愚かさから生まれたものは木兎で、夜は見え昼は見えない。」 また、『長阿含経』と『増一阿含経』にはこうある。金翅鳥には四種ある。一に卵生、二に胎生、三に湿生、四に化生である。これらは皆、先に大いに布施をしたが、心が高慢で、虚空に飛び上がり、苦しみを生じさせる心が多く、瞋り慢りの心が多いためにこの鳥の身を受ける。如意宝珠を瓔珞として持っている。様々に変化し、できないことは何もない。身の丈は四十里、翼の幅は八十里、長さは四十里、重さは二両半。鼉（すっぽん）や亀、虫などを食べる。沐浴と衣服を細滑の食とする。婚姻もあり、互いの身を触れ合わせて陰陽を成す。寿命は一劫。短いものもいる。 大海の北岸に、究羅瞋摩という一本の木がある。高さは百由旬、枝葉の陰は五十由旬。木の東に卵生の龍の宮殿と、卵生の金翅鳥の宮殿がある。南に胎生の龍宮と胎生の金翅鳥の宮殿がある。西に湿生の龍宮と湿生の金翅鳥の宮殿がある。北に化生の龍宮と化生の金翅鳥の宮殿がある。それぞれ縦横六千由旬で、装飾は前述の通りである。卵生の金翅鳥が海に飛び下り、翼で水を打つと、水は左右に分かれて深さ二百由旬に及ぶ。そして卵生の龍を取って好きなように食べる。胎生、湿生、化生の金翅鳥も同じようにする。ただし、三帰依を受けた龍は食べることができない。 ある化生の龍の子が、六斎日に八つの斎戒を受けた。その時、金翅鳥が彼を捕らえようとしたが、彼をくわえて須弥山の北の大鉄樹に乗せた。高さ十六万里。尾を探しても見つけることができなかった。これを聞いて、金翅鳥も五戒を受けた。 また、『観仏三昧経』にはこうある。金翅鳥王は正音と名づけられる。鳥たちの中で楽しく自在である。閻浮提では毎日一匹の龍王と五百匹の小龍を食べる。四天下でも食べ、その数は同じで、これを繰り返す。八千年が経ち、死相が現れると、龍たちが毒を吐き、食べ物を得られなくなる。飢えに苦しみ、慌てふためき、安らぎを得られない。金剛山に行き、金剛山からまっすぐ下り、大水際から風輪際に至る。風に吹かれてまた金剛山に戻る。これを七回繰り返してから命終する。その毒のため、十宝山が同時に火を噴く。難陀龍王はこの山が焼けるのを恐れ、大雨を降らせる。水滴は車軸のようで、鳥の肉はすべて溶け、心臓だけが残る。心臓は再び七回下って元のように金剛山に留まる。難陀龍王はそれを取り出して明珠とし、転輪聖王は如意宝珠を得る。人が仏を念ずる心もまたこのようである。 さらに、『楼炭経』や『長阿含経』などにはこうある。龍にもまた四種がある。皆、先に瞋りの心が強く、曲がって正直でなかったが、大いに布施を行った。その布施の功徳により、七宝の宮殿を持つ。身の丈は四十里、衣の丈は四十里、幅は八十里、重さは二両半。神通力は自在で、百味の飲食を楽しむ。最後の一口は蛙に変わる。もし自ら眷属を教化し、道心を起こさせて僧侶に衣を施させ、諸々の龍に供養を起こさせることができれば、砂が身に降りかかることなく、苦しみから逃れられる。また、蛇などに変身して、蛙や金翅鳥の災いを免れることもできる。

食黿鼉魚鼈以為段食。洗浴衣服為細滑食。亦有婚姻。身相觸以成陰陽。壽命一劫。或有減者。得免金翅鳥食。唯有十六王。一娑竭。二難陀。三跋難陀。四伊那婆羅。五提頭賴吒。六善見。七阿盧。八伽句羅。九伽毘羅。十阿波羅。十一伽㝹。十二瞿伽㝹。十三阿耨達。十四善住。十五憂睒伽波頭。十六得叉迦。

> 龍や大蛇、魚や亀などを食べて、これを粗雑な食べ物とします。また、水浴びや衣服は、なめらかで快い食べ物とします。また、婚姻もあり、身体が触れ合うことで男女の別が生じます。寿命は一劫であり、あるいはそれより短い者もいます。金翅鳥に食べられることから免れているのは、ただ十六の王だけです。一に娑竭、二に難陀、三に跋難陀、四に伊那婆羅、五に提頭頼吒、六に善見、七に阿盧、八に伽句羅、九に伽毘羅、十に阿波羅、十一に伽㝹、十二に瞿伽㝹、十三に阿耨達、十四に善住、十五に憂睒伽波頭、十六に得叉迦といいます。

又樓炭華嚴經云。娑竭龍王住須彌山北大海底。宮宅縱廣八萬由旬。七寶所成。牆壁七重。欄楯羅網。嚴飾其上。園林浴池眾鳥和鳴。金壁銀門。門高二千四百里。廣二千二百里。彩畫殊好。常有五百鬼神之所守護。能隨心降雨。群龍所不能及。住淵涌流入海。青瑠璃色。又海龍王經云。龍王白佛言。我從劫初正住大海。從拘樓秦佛時。大海之中妻子甚少。今者海龍眷屬繁多。佛告龍王。其於佛法出家。違犯戒行不捨直見不墮地獄。如斯之類壽終已後皆生龍中。佛告龍王。拘樓秦佛時。九十八億居家出家。違其禁戒皆生龍中。拘那含牟尼佛時。八十億居家出家。毀戒恣心。壽終之後皆生龍中。迦葉佛時。六十四億居家出家。犯戒皆生龍中。於我世中九百九十億居家出家。鬪諍誹謗經戒。死生龍中。今已有出者。以是之故。在大海中。諸龍妻子眷屬不可稱計。泥洹後多有惡優婆塞違失禁戒。當生龍中或墮地獄。

> 『樓炭華厳経』にはこう説かれている。娑竭羅龍王は須弥山の北、大海の底に住む。その宮殿は縦横八万由旬にわたり、七宝で造られ、七重の壁と欄干や羅網で飾られている。園林や浴池があり、多くの鳥が美しく鳴き合う。壁は黄金、門は銀で、門の高さは二千四百里、広さは二千二百里。華やかな彩色が施され、常に五百の鬼神が守護している。龍王は心のままに雨を降らせることができ、他の龍たちはその域に達しない。その淵から水が湧き出て海に流れ込み、青瑠璃色をしている。 また『海龍王経』にはこうある。龍王が仏に申し上げた。「私は劫の初めから大海に住んでおります。しかし、拘留孫仏の時代には、大海の中に妻や子はごくわずかでした。ところが今や海の龍の眷属は数えきれないほど増えてしまいました。」 仏は龍王に告げられた。「それは、仏法のもとで出家しながら戒律を破り、なおも見解を曲げず、地獄に堕ちなかった者たちだ。そのような者たちは命終えた後、皆、龍の中に生まれるのである。」 仏はさらに告げられた。「拘留孫仏の時代には、九十八億の在家・出家が戒律を破り、龍の中に生まれた。拘那含牟尼仏の時代には、八十億の在家・出家が戒律を破り、心のままに振る舞い、命終えた後、皆、龍の中に生まれた。迦葉仏の時代には、六十四億の在家・出家が戒律を犯し、皆、龍の中に生まれた。そして、私の時代には、九百九十億の在家・出家が争い、誹謗し、経典や戒律に背き、死んで龍の中に生まれた。今、すでにそこから出た者もいる。このような理由により、大海の中には龍の妻や子、眷属が計り知れないほどいるのである。」 「また、私の入滅後には、多くの悪しき優婆塞（在家の信者）が戒律を失い破るであろう。彼らは龍の中に生まれるか、あるいは地獄に堕ちるであろう。」

又僧護經云。爾時世尊告僧護比丘。汝於海中所見龍王。受此龍身。牙甲鱗角。其狀可畏。臭穢難近。以畜生道障出家法。不能得免金翅鳥王之所食噉。龍性多睡。有五法不能隱身。一生時。二死時。三婬時。四瞋時。五睡時。復有四毒不能如法。一以聲毒故不能如法。若出聲者聞則害人。二以見毒故不能如法。若見身者必能害人。三以氣毒故不能如法。若被氣噓必能害人。四以觸毒故不能如法。若觸身者必能害人。

> また『僧護経』にはこう説かれている。その時、世尊は僧護比丘に告げられた。「お前が海の中で見た龍王たちは、この龍の身を受けて、牙や甲羅、鱗や角を持ち、その姿は恐ろしく、臭気は汚らわしくて近づきがたい。畜生道であるために出家の妨げとなり、金翅鳥王の捕食を免れることができない。龍の性質は多く眠ることにあり、五つの法によって身を隠すことができない。一つは生まれる時、二つは死ぬ時、三つは情欲の時、四つは怒りの時、五つは眠りの時である。また、四つの毒のために法のようにふるまうことができない。一つは声の毒のために法のようにふるまえない。もし声を出せば、それを聞く者は害される。二つは見る毒のために法のようにふるまえない。もしその姿を見れば、必ず人を害する。三つは気の毒のために法のようにふるまえない。もし息を吹きかけられれば、必ず人を害する。四つは触れる毒のために法のようにふるまえない。もしその体に触れれば、必ず人を害する。」