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title: "法苑珠林 · 西國行記人畜交孕怪"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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奘法師西國記云。僧伽羅國雖非印度之國路次附出此國本寶渚也。多有珍寶栖止鬼神。其後南印度有一國王。女聘隣國吉日送歸。路逢師子。侍衛之徒棄女逃難。女居輿中心甘喪命。時師子王負女而去。入深山處幽谷。捕鹿採菓以時資給。既積歲月遂孕男女。形貌同人性種畜也。男漸長大力格猛獸。年方弱冠人智斯發。請其母曰。我何謂乎。父則野獸母乃是人。既非族類如何配偶。母乃述昔事以告其子。曰人畜殊途宜速逃逝。曰我先已逃不能自濟其子於後逐師子父。登山踰嶺。察其游止可以逃難。伺父去已遂檐負母下趣人里。母曰。宜各慎密勿說事源。人或知聞輕鄙我等。於是父國。國非家族宗祀已滅。投寄邑人。人謂之曰。爾曹何國人也。曰我本此國流離異域。子母相携來歸故里。人皆哀愍更共資給。其師子王還無所見。追戀妻兒憤恚既發。便出山谷往來村邑。咆哮震吼。暴害人物殘毒生類。邑人輒出遂取而殺。擊鼓吹貝負弩持鉾。群從成旅然後免害。其王懼仁化之不洽也。乃縱獠者期於擒獲。王躬率四兵眾以萬計。掩捕林藪彌跨山谷。師子震吼人畜僻易。既不擒獲。尋復招募其有擒執師子除國害者。當酬重賞式旌茂績。子聞王之令。乃謂母曰。飢寒以久宜可應募。或有所得以相撫育。母曰。言不可。若是彼獸雖是畜也猶是汝父。豈以艱辛而興逆害。子曰。人畜異類禮義安在。既以違阻此心何異。乃抽小刃。出應招募。是時千眾萬騎雲屯霧合。師子踞在林中。人莫敢近。子即其前父遂馴伏。於是乎親愛忘怒。乃剚刃於腹中。尚懷慈愛猶無忿毒。乃至刳腹含苦而死。王曰。斯何人哉。若此之異也。誘之以福利。震之以威禍。然後具陳始末備述情事。王曰。逆哉。父而尚害況非親乎。畜種難馴兇情易動。除民之害其功大矣。斷父之命其心逆矣。重賞以酬其功。遠放以誅其逆。則國典不虧王言不貳。於是裝二大船多儲糧糗。母留在國周給賞功。子女各從一舟隨波飄蕩。其男船泛海至此寶渚。見豐珍玉便於中止。其後商人採寶復至渚中。乃殺其商主留其子女。如是繁息子孫眾多。遂立君臣以位上下。連都築邑據有疆域。以其先祖擒執師子。因舉元功而為國號。其女船者。泛至波剌斯西。神鬼所魅產育群女。故今西大女國是也。故師子國人。形貌卑黑方頤大顙。情性獷烈安忍鴆毒。斯亦猛獸遺種故。其人多勇健斯一說也。若據佛法所記。則依起世經。昔此寶洲大鐵城中。五百羅剎女之所居也。

> 三蔵法師玄奘の『大唐西域記』によると、僧伽羅国（※インド本国ではないが、旅程の途中にあるので、ここに記しておく）は、もともとは宝の渚であった。多くの珍宝があり、鬼神が住み着いていた。その後、南インドのある王が、娘を隣国に嫁がせるため、吉日に見送り出した。道中、一行は獅子に出くわした。護衛たちは娘を見捨てて逃げ去った。娘は輿の中に残り、死を覚悟した。すると獅子の王が娘を背負い、深山幽谷へと連れ去った。獅子は鹿や果物を捕ってきては、娘に与えて養った。やがて月日が経ち、娘は男女の子を身ごもった。その子らの姿は人間と同じだが、その種は獣であった。男の子は成長するにつれて力が強くなり、猛獣をも倒すようになった。20歳になる頃には人間の知恵も備わり、母に問うた。「私はいったい何者なのでしょうか。父は野獣、母は人間です。種族も違うのに、どうして結婚などできるでしょうか。」母はかつての出来事を子に語り、「人と獣は違う道を歩むべきだ。すぐに逃げなさい」と言った。子は「以前も逃げようとしましたが、うまくいきませんでした」と答えた。その後、子は獅子の父の後をつけ、山を越え峠を越え、その行動を観察し、逃げ出す機会を伺った。父が留守にしている隙に、母を背負って里へと急いだ。母は「各自、慎重に振る舞い、事の次第を漏らしてはならない。もし誰かに知られたら、我々は軽蔑されるだろう」と告げた。こうして父の国に帰ったが、もはや家族もおらず、祭祀も絶えていた。そこで村人に身を寄せた。村人は「あなたがたはどこの国の者か」と尋ねた。「もともとはこの国の者ですが、離散して異国にいました。親子連れ立って故郷に帰ってきました」と答えた。人々は哀れに思い、互いに助け合って生活の糧を与えた。一方、獅子の王は帰っても妻も子もおらず、恋しさと怒りが湧き起こり、谷を出て村々を往来し、咆哮して人や物を害し、生き物を虐殺した。村人たちは太鼓や法螺貝を打ち鳴らし、弓や矛を手に集団で立ち向かい、ようやく難を免れた。王は仁慈の教化が行き届いていないのを憂い、狩人を放って捕獲を期した。自ら四種の兵を率い、万を数える兵で山林を包囲し、谷々を埋め尽くした。獅子が咆哮すると、人も獣も逃げ散った。捕獲できず、今度は広く人材を募った。「獅子を捕らえ、国害を除く者には、重い褒美を授け、その功績を顕彰しよう」と。子はこの王の令を聞き、母に言った。「飢えと寒さに長く耐えてきました。この募に応じましょう。もしかしたら褒美を得て、私たちを養えるかもしれません。」母は「それはならない。あの獣は確かに獣だが、お前の父だ。艱難辛苦のゆえに、どうして逆賊の害をなすことができようか」と言った。子は「人と獣は種が違います。礼儀や義理などありましょうか。すでに縁が断たれたのなら、心にためらうことなど何がありましょう」と言い、小刀を抜いて募に応じた。その時、大軍が雲霞のごとく集まり、獅子は林の中にうずくまり、誰も近づけなかった。子が前に出ると、父獅子はおとなしくなった。親子の情愛ゆえに怒りを忘れたのである。子は獅子の腹に刃を突き立てた。獅子はなおも慈愛を抱き、憎しみの毒はなかった。ついに腹を裂かれ、苦しみながら死んだ。王は言った。「この者は何者か。これほど不可思議な者はいない。」利益で誘い、威厳と禍で震え上がらせてから、子は初めから終わりまで詳しく事情を語った。王は言った。「実に親不孝だ。父でさえ害するのに、ましてや親族ではない者ならなおさらだ。獣の種は驯らし難く、凶暴な心は動きやすい。民の害を除いた功績は大きい。しかし父の命を断った心は背逆だ。功績には重い褒美を与え、背逆には遠くへ流罪にする。国の法を損なわず、王の言葉も違えずに済む。」そこで二艘の大きな船を用意し、多くの食料を積み込んだ。母は国に留まり、褒美を与えて功績を労った。息子と娘はそれぞれ別々の船に乗り、波に漂った。男の子の船は海を渡り、この宝の渚に着いた。豊かな珍宝があるのを見て、そこに留まった。その後、商人たちが宝を求めて再びこの渚に来た。男は商人の頭を殺し、娘たちを自分のものにした。こうして子孫が増え、ついには君臣を立てて上下の秩序を定め、都を築き、城壁を巡らせ、領土を治めた。先祖が獅子を捕らえた故事にちなみ、その大功によって国号とした。女の子の船は、西の波斯の彼方に漂着した。そこで鬼神に魅入られ、多くの女の子を産んだ。現在の西の大女国がそれである。だから獅子国の人々は、容貌は卑しく黒く、四角い顎に大きな額をしている。性格は荒々しく残忍で、毒を常用する。これらはすべて猛獣の遺伝子のためである。そのため、人々は非常に勇猛であるという。これが一つの説である。仏法の記述によれば、『起世経』に基づく異説がある。昔、この宝の洲には大きな鉄の城があり、五百人の羅刹女が住んでいたということだ。

又屈支國東境城北天祠前有大龍池。諸龍易形交合牝馬。遂生龍駒之子。方乃馴駕。所以此國多出善馬。聞諸先志曰。近代有王號曰金華。政教明察感龍馭乘。王欲終沒鞭觸其耳。因即潛隱以至千金。城中無井取彼池水。龍變為人與諸婦人會。生子驍勇走及奔馬。如是漸染人皆龍種。恃力作威不恭王命。王力乃引搆突厥殺此人。少長俱戮略無噍類。城今荒蕪人煙斷絕右二驗出奘法師傳。

> また、亀茲国の東の境にある城の北、天祠の前に大きな龍の池がある。龍たちが形を変えて、雌馬と交わり、龍の子である駒を生ませた。人がこれを馴らして車に繋いだ。そのため、この国には良い馬が多いのだ。 昔の記録にこうある。近年、金華と名乗る王がいた。政治と教えは明らかに通じており、龍を感応させて、それに乗っていた。王が死のうとしたとき、鞭で龍の耳を打ったところ、龍はたちまち姿を隠してしまった。城の中には井戸がなく、あの池の水を使っていた。龍は人に化けて女性たちと会い、子どもを産ませた。その子どもは勇敢で、馬のように速く走った。このように次第に人々は染まっていき、皆が龍の種となった。力に頼って威張り、王の命令に従わなくなった。王は力を用いて突厥を招き入れ、この人々を殺した。老若男女すべてを殺し、一人残らず絶やした。今では城は荒れ果て、人の煙は絶えている。

述曰。數見愚俗邪說之人云。貴賤不同人畜殊別。何有人作畜生畜生。作人。佛說虛誑恐不依實。若汝守愚不信佛言者。何故。前列俗典書史具述。目驗所覩豈亦不信。如行恩含忍。即同楚子蛭痼疾皆愈。宋公不禱妖星夕退。若也行惡如漢鴆趙王如意。蒼狗成肉。齊殺彭生立豕為祟。近事尚然。況復行因善惡業報。昇沈殊趣累劫受殃也。

> よく見かけることですが、愚かで誤った考えを持つ俗人がこう言います。「身分の貴賤や人と獣の違いははっきりしている。どうして人が獣に生まれ変わり、獣が人に生まれ変わることがあり得ようか。仏の教えは嘘であり、真実に基づいていないのではないか」と。 もしあなたがそのような愚かさに固執して仏の言葉を信じないなら、なぜ古典や史書に記された事例を無視するのですか？それらは実際に目で見て確かめられたことです。例えば、楚の王が虫さえも慈悲の心で救ったところ、重い病がたちまち癒えたという話や、宋の公が祈らなかったのに凶兆の星が夜に消え去ったという話があります。 反対に、悪事を働けば、漢の時代に趙王如意が毒殺された際、蒼い犬が肉となって現れたことや、斉の彭生が殺された後に豚となって祟りをなした例があります。身近な出来事でさえこのような報いがあるのです。ましてや、善悪の行いによる業の報いが、長い時間を経て生死を繰り返す中で現れるのは、なおさらのことです。

## 法苑珠林卷第六

> 法苑珠林 巻第六