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title: "法苑珠林 · 趙居士石長和驗"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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趙石長和者。趙國高人也。年十九時病一月餘日亡。家貧未能及時得殯殮。經四日而蘇說。初死時東南行見二人治道。在和前五十步。和行有遲疾。二人治道亦隨緩速。常五十步。而道之兩邊荊棘森然皆如鷹爪。見人甚眾群走棘中身體傷裂地皆流血。見和獨行平道。俱歎息曰。佛子獨行大道中。前至見瓦屋行樓。可數千間。有屋甚高。上有一人。形面壯大著皂袍四縫。臨窓而坐。和拜之。閣上人曰。石君來耶。一別二十餘年。長和爾時意中便若憶此別時也。和相識有馬牧孟承。夫妻先死已積年歲。閣上人曰。君識孟承不。長和曰識。閣上人曰。孟承生時不能精進。今常為我司掃除之役。孟承妻精進居處甚樂。舉手指西南一房曰。孟妻在此也。孟妻開窓見和厚相慰問。遍訪其家中大小安否消息曰。石君還時可更見過。當因書也。俄見孟丞執󰆠提箕自閣西來。亦問家消息。閣上人曰。聞魚龍超精進為信。爾何所修行。長和曰。不食魚肉酒不經口。常轉尊經救諸疾痛。閣上人曰。所傳不忘也。語久之。閣上人問都錄主者。審案石君名錄。勿謬濫也。主者案錄云。餘三十年命在。閣上人曰。君欲歸不。和對曰願歸。乃勅主者以車騎兩吏送之。長和拜辭上車而歸。前所行道更有傳館吏民飲食儲跱之具。倐忽至家。惡其屍臭不欲附之。於屍頭立。見其亡妹於後推之踣屍面上。因得蘇活。道人支法山時未出家。聞和所說遂定入道之志。法山者咸和時人也右三人出冥祥記。

> 趙石長和という人物がいた。趙國の高邑の人である。十九歳の時、病気にかかり一ヶ月余りで亡くなった。家が貧しかったため、すぐに葬儀を執り行えず、四日が経ってから蘇生した。その話によると―― 初めて死んだ時、東南の方へ歩いて行くと、二人の者が道を整えているのを見た。彼らは和の前方五十歩のところにいた。和の歩く速度が速かったり遅かったりするのに合わせて、二人の道を整える速度も同じように変化した。常に五十歩の距離を保っていた。道の両側には、茨が鷲の爪のように生い茂っていた。大勢の人がその茨の中を逃げ惑い、体は傷つき裂け、地面は血で染まっていた。しかし和だけは平坦な道を一人で歩いていたので、皆がため息をついて言った。「仏の弟子はただ一人、大通りを進んでいる」と。 さらに進むと、瓦屋根の楼閣が何千となく見えてきた。その中に特に高い建物があり、その上に一人の人物がいた。体つきはたくましく、黒い袍をまとい、四つの縫い目がある服を着て、窓辺に腰掛けていた。和が礼拝すると、楼上の人が言った。「石君、来たか。別れてから二十年以上になるな」と。長和はその時、確かにその別れを思い出したような気がした。 和の知り合いに、馬牧の孟承という者がいた。その夫妻は先に亡くなってから何年も経っていた。楼上の人が言った。「君は孟承を知っているか」長和は「はい、知っています」と答えた。楼上の人は続けた。「孟承は生きている時、精進することができなかった。今は私の掃除の仕事を常に務めている。孟承の妻は精進していたので、その住まいは非常に快適である」と。そして手を上げて南西の一室を指して「孟承の妻はここにいる」と言った。孟承の妻は窓を開けて和を見ると、親しくねぎらいの言葉をかけた。そして家の中の大小様々な人々の安否を尋ね、「石君が帰る時には、また立ち寄ってください。手紙をお願いします」と言った。 しばらくして孟承がほうきとちりとりを持って、楼閣の西の方からやって来て、同じく家の様子を尋ねた。楼上の人が言った。「魚龍超が精進していると聞くが、それは本当か。お前はどのような修行をしているのか」長和は答えた。「魚や肉を食べず、酒も口にしません。常に尊い経典を読誦し、様々な病の苦しみを救っています。」楼上の人は言った。「その教えを忘れてはならぬ」と。長い間語り合った後、楼上の人は都録主者に命じた。「石君の名簿を詳しく調べよ。誤りがあってはならぬ。」主者が名簿を調べて言った。「あと三十年の寿命が残っています。」楼上の人は言った。「君は帰りたいか。」和は「帰りたいと思います」と答えた。そこで主者に命じて、車馬と二人の吏を遣わして送らせた。長和は礼を述べて別れ、車に乗って帰路についた。 来た道にはさらに伝舘があり、役人や民衆のための飲食物や備えが整えられていた。たちまち家に着いたが、自分の遺体の腐った臭いを嫌って、それに近づこうとしなかった。遺体の頭のところに立つと、死んだ妹が後ろから押してきて、遺体の顔の上に倒れ込んだ。そのために蘇生することができた。 道人・支法山という者は、当時はまだ出家していなかったが、和の話を聞いて、ついに入道の志を固めた。法山は咸和の時代の人である。 <訳注：以上三人の話は『冥祥記』に収められている。>