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title: "法苑珠林 · 2 出時部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 出時部第二

> 第二部 出時

述曰。今據賢劫一代分為四時。一成二住三壞四空。就此四中。成劫已住。壞空未至。今在住劫。故有千佛出現。大約而言。三佛已往。今是第四釋尊遺法。此四時中各分二十小劫。總為八十小劫。始為一大水火風劫。名為賢劫也。就住中二十別小劫內。依立世阿毘曇論云。十一劫是未來。八劫是過去。今釋迦佛當第九劫內成佛。

> 述べよう。今、賢劫という一つの時代を四つの時期に分ける。第一は「成」（形成）、第二は「住」（持続）、第三は「壊」（崩壊）、第四は「空」（空虚）である。この四つのうち、成劫から住劫は過ぎたが、壊劫と空劫はまだ来ていない。今は住劫の時代にあたるため、千人の仏が出現するのである。大まかに言えば、すでに三仏が過ぎ去り、今は第四番目の釈尊の教えの遺された時代である。 この四つの時期には、それぞれ二十の小劫がある。合計すると八十の小劫となり、それが一つの大きな水・火・風の劫となる。これを賢劫と名付ける。 住劫の中の二十の小劫について、『立世阿毘曇論』によれば、十一の劫は未来、八つの劫は過去である。そして、今の釈迦仏は第九の劫の中で成仏したのである。

問此賢劫中成壞空劫佛不出世。唯取住劫。此住劫中復未來唯十一小劫。何得須有九百九十六佛一時出世耶。答曰。實如來難。古來諸佛亦有斯妨會意稍難。今依藥王藥上佛名經等。略知途路。且先錄藥王藥上經文。後引佛名經和會。劫有延促不同。故藥王藥上經云。爾時釋迦牟尼佛告大眾言。我曾往昔無數劫時。於妙光佛末法之中。出家學道聞是五十三佛名。聞已合掌心生歡喜。復教他人令得聞持。他人聞已展轉相教。乃至三千人。異口同音一心敬禮。即得超越無數億劫生死之罪。

> 質問：この賢劫において、成・住・壊・空の四劫のうち、仏は住劫にのみ出世される。この住劫の中でも、未来にはわずか十一の小劫しか残っていない。それなのに、なぜ九百九十六もの仏が一度に出世される必要があるのか。 答え：まことにおっしゃる通りです。古来の諸仏にも同じような疑問があり、その意味を解くのは難しい面があります。ここでは、『薬王薬上佛名経』などに基づき、大まかな道筋をお示しします。まず、薬王薬上経の文を引用し、その後で佛名経を引いて説明します。 劫には長短の違いがあります。薬王薬上経にはこう説かれています。「その時、釈迦牟尼仏が大衆に告げた。『私は過去の無数の劫の昔、妙光仏の末法の時代に、出家して学道し、この五十三仏の名号を聞いた。聞いてから合掌し、心に喜びを生じた。さらに他の人々に教え、聞いて覚えさせた。他の人々も聞いてから、互いに教え伝えた。ついに三千人の者たちが、同じ声で一心に敬礼した。すると、即座に無数の億劫の生死の罪を超えることができた』と。」

初千佛者。華光佛為首。下至毘舍浮佛。於莊嚴劫得成為佛。過去千佛是也。此中千佛者。拘留孫佛為首。下至樓至如來。於賢劫中次第成佛。

> 最初の千仏は、華光仏を始めとし、毘舎浮仏に至るまで、荘厳劫において仏となりました。これが過去の千仏です。 次の千仏は、拘留孫仏を始めとし、楼至如来に至るまで、賢劫の中で次々に仏となりました。

後千佛者。日光如來為首。下至須彌相佛。於星宿劫中當得成佛。

> 後の千仏においては、日光如来を始めとし、下は須弥相仏に至るまで、星宿劫の中で仏となるでしょう。

若依佛名經。過去九十一劫有佛名毘婆尸如來。過去三十劫有佛出世名尸棄如來。即此劫中復有佛出世。名毘舍浮如來。問曰。此九十一劫為大為小。答曰。是大劫也。

> 『仏名経』によれば、過去九十一劫には毘婆尸如来という仏がおられた。さらに過去三十劫には尸棄如来という仏が世に現れた。そして、同じ劫の中に毘舎浮如来という仏もまた世に現れたという。 問う。「この九十一劫とは、大きな劫のことか、小さな劫のことか。」 答える。「それは大劫のことである。」

問曰。何以得知。依舊婆沙論云。釋迦菩薩因地從毘婆尸佛以來種相好業。至今第九住劫。以經九十一大劫。故舊俱舍論云。釋迦菩薩由禮底沙佛精進力故。即得超九大劫究竟成佛。故知九劫既大。餘九十一劫寧不是大。又依藥王藥上經。莊嚴劫賢劫星宿劫。各有千佛出世。即知此劫亦是大阿僧祇劫。又藥王經中。若善男子善女人。及餘一切眾生。聞是五十三佛名者。是人於百千萬億阿僧祇劫不墮惡道。依此文勢。展轉名莊嚴劫賢劫星宿劫等。各有千佛出世。故知是過於大劫阿僧祇劫。至今賢劫中四佛出世者。亦是阿僧祇劫。非是住小劫也。既是大劫。故於賢劫之中千佛出世。無所疑也。又長阿含經云。過去九十一劫有佛名毘婆尸。復過去三十一劫有佛出世名尸棄。復過去三十一劫有佛出世名毘舍婆。此尸棄佛及毘舍婆佛。依佛名經即此劫中有二佛出世不別。或容阿含翻譯乘此三十一劫也。又更一釋云。依立世阿毘曇論。二十住劫中過去八劫。已有三佛出世。釋迦當現在第九劫出世。即以前九劫已有四佛出世。未來猶有十一劫。焉知不有多佛出世耶。故經云。或有一劫中有無量佛出世。或無數劫中空過無有一佛出世。以此義准。縱是小劫多佛出世。亦自無妨。良由眾生根有強弱。故感見不同也此義難知更推後哲。

> 問うて曰く、何をもって知るべき。旧（ふる）き『婆沙論』に云く、「釈迦菩薩は因地において毘婆尸仏より以来、相好の業を種え、今第九住劫に至るまで、九十一大劫を経たり」と。故に旧き『倶舎論』に云く、「釈迦菩薩は底沙仏を礼する精進の力によりて、すなわち九大劫を超越して究竟に成仏することを得たり」と。ゆえに知る、九劫すでに大なり、余の九十一劫もまた大ならざるや。 また『薬王薬上経』に依れば、荘厳劫・賢劫・星宿劫、各々千仏の出世あり。すなわちこの劫もまた大阿僧祇劫なることを知る。 また『薬王経』の中に、「善男子・善女人および一切の衆生、この五十三仏の名を聞かば、その人百千万億阿僧祇劫において悪道に堕ちず」とあり。この文の勢いに依れば、転々として荘厳劫・賢劫・星宿劫等、各々千仏の出世ありと名づく。ゆえに知る、これは大劫・阿僧祇劫を過ぎたるものなり。今の賢劫において四仏の出世せるも、また阿僧祇劫なり。住劫の小劫にあらず。すでに大劫なれば、賢劫の中に千仏出世すること、疑うなし。 また『長阿含経』に云く、「過去九十一劫に毘婆尸と名づくる仏あり。また過去三十一劫に尸棄と名づくる仏出世す。また過去三十一劫に毘舎婆と名づくる仏出世す」と。この尸棄仏および毘舎婆仏は、『仏名経』に依れば、この劫の中に二仏の出世して別ならず。あるいは『阿含』の翻訳、この三十一劫に乗ぜしめること容るるか。 またさらに一つの解釈に云く、『立世阿毘曇論』に依れば、二十住劫の中、過去八劫すでに三仏の出世あり。釈迦は現在の第九劫に出ずる。すなわち前の九劫すでに四仏の出世あり。未来なお十一劫あり。焉（いず）くんぞ多仏の出世なきを知らんや。故に経に云く、「あるいは一劫の中に無量の仏出世し、あるいは無数劫の中に空しく過ぎて一仏も出世せず」と。この義をもって准（なぞら）ふれば、たとい小劫にして多仏の出世あるも、また妨げなし。まことに衆生の根に強弱あるにより、感ずるところ見るところ同じからざるなり。 <note>この義は知り難し。さらに後哲に推さる。</note>

述曰。此賢劫千佛。所化住境隄封周統。奄及三千大千世界。所居土地最為中也。以佛是能化之人心實虛中。所化之人及以方處。亦皆是中。故此有金剛之座。餘方餘域無此座故佛則不居。故瑞應經云。此方國土三千日月萬二千天地之中央也。佛之威神不生邊地。若居邊地。地為之傾斜。是以古往佛興。皆出於此。同斯成感。良為明證也。

> この賢劫（現在の大劫）における千人の仏たちが教化する領域は、一つの世界に留まらず、三千大千世界全体に及んでいます。そして、その中心となる土地が最も重要です。というのも、仏は教化する側であり、その心は真に虚ろで偏りがないからです。教化される人々もその場所も、すべて中道にかなっています。ゆえにここには金剛座（悟りを開くための不動の座）が存在します。他の土地や場所にはこの座がないため、仏はそこにはお住まいになりません。したがって『瑞応経』にはこうあります。「この国土は三千の日月と一万二千の天地の中央である。仏の威力と神通力は辺境の地には生じない。もし辺境の地に住めば、その地は傾いてしまう。それゆえ、昔から仏が現れるのは、すべてこの中央の地においてである。」このように、同じく感応によって現れるということは、確かな証拠と言えるでしょう。

如長阿含經云。過去九十一劫有佛出世名毘婆尸。人壽八萬歲。復過去三十一劫有佛出世名尸棄。人壽七萬歲。復過去三十一劫有佛出世名毘舍婆。人壽六萬歲。復過去賢劫中有佛出世名拘樓孫。人壽五萬歲。又賢劫中有佛出世名拘那含。人壽四萬歲。又賢劫中有佛出世名迦葉。人壽二萬歲。我今出世人壽百歲少出多減。依智度迦延論。據釋迦人壽一萬歲世時合出。為觀眾生。一萬歲已來無機可度。乃至百歲眾生見苦敦逼。劫欲將末。故出乎世。故論云。劫末佛興世。劫初轉輪王出。二不同如下輪王篇說。

> 『長阿含経』にはこう説かれています。 遠い過去、九十一劫（※劫＝極めて長い時間の単位）の昔、毘婆尸（びばし）という仏がこの世に現れました。その時の人間の寿命は八万歳でした。 さらにその前に、三十一劫の昔には、尸棄（しき）という仏が現れ、寿命は七万歳でした。 さらにそのまた前に、三十一劫の昔には、毘舎婆（びしゃば）という仏が現れ、寿命は六万歳でした。 その後、現在の「賢劫（こうごう）」という時代に入り、まず拘楼孫（くるそん）という仏が現れました。その寿命は五万歳でした。 同じく賢劫には、拘那含（くなごん）という仏が現れ、寿命は四万歳でした。 さらに同じく賢劫には、迦葉（かしょう）という仏が現れ、寿命は二万歳でした。 そして、今、私・釈迦がこの世に現れましたが、今の人間の寿命はわずか百歳です。それも減少の一途をたどり、さらに短くなりつつあります。 『智度論』や『毘曇（びどん）』などの論によれば、本来、釈迦は人間の寿命が一万歳の時に現れるはずでした。しかし、当時の衆生にはまだ教えを受け入れる心の準備（機根）がなかったため、何度も機会をうかがいました。やがて寿命が百歳にまで短くなり、人々が苦しみに強く迫られるようになり、この世界（劫）も終わりに近づいた時、ようやく仏として世に現れるに至ったのです。 このことから、論には「劫の終わりに仏が世に現れ、劫の始めには転輪聖王（てんりんじょうおう）が現れる」と説かれています。この二つが同時に現れることはありません。詳しくは、後の「輪王の章」で述べられます。