---
title: "法苑珠林 · 9 施福部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcy5axwt064al404nlw784s8"
---

### 施福部第九

> 布施功徳の章 第九

如百緣經云。佛在世時。王舍城中有一長者。財寶無量不可稱計。其婦生女尋即能語。家中自然百味飲食皆悉備有。時父母見其如是。謂是非人毘舍闍鬼。畏不敢近。時彼女子見其悑畏。合掌向母而說偈言。

> 『百縁経』にこう説かれている。仏が在世のころ、王舎城に一人の長者がいた。財宝は無量で、数え尽くすことができなかった。その妻が娘を産むと、娘はすぐに言葉を話すことができた。家の中には自然と百種類の味の飲食物がすべて備わっていた。その時、父母はその様子を見て、これは人間ではない、毘舎闍鬼（食人鬼）だと思い、恐れて近づこうとしなかった。その時、娘は両親が恐れているのを見て、手を合わせて母に向かって偈を説いた。

願母聽我語 今當如實說實非毘舍闍 及諸餘鬼等我今實是人 業行相逐隨善業因緣故 今獲如是報

> 母よ、我が言葉を聞きたまえ。今こそ真実を語ろう。 我は鬼子母神や他の鬼などではない。 我は今、まこと人間であり、業の行いが我に従い寄り添っているのだ。 善い業の因縁によって、今このような報いを得たのである。

爾時父母聞女說偈。喜不自勝。尋前抱取乳哺養育。因為立字。名曰善愛。時彼女子見母歡喜合掌白母言。為我請佛及比丘僧。尋即與請。百味飲食皆悉充足。即於佛前渴仰聞法。佛即為說得須陀洹。後求出家。佛告善來比丘尼。頭髮自落。法服著身成比丘尼。精勤修習得阿羅漢果諸天世人所見敬仰。爾時世尊將千二百五十比丘。詣於他邦。到曠野中。食時已至。告善愛尼言。汝今可設飲食供養佛僧。尋取佛鉢擲虛空中。百味飲食自然盈滿。如是次第取千二百五十比丘鉢。飯亦皆滿都令豐足。阿難見已歎未曾有。請佛說本因緣。佛告阿難。此賢劫中。有佛出世號曰迦葉。著衣持鉢將諸比丘入城乞食。次到大長者家。設諸餚饍欲請賓客。客未至頃有婢使。見佛及僧在於門外乞食立住。不白大家。取其飲食盡持施與佛及眾僧。後客來坐。勅彼婢言。辦設食來。婢答大家。今有佛僧在其門外乞食立住。我持此食用布施盡。大家聞已尋用歡喜。即語婢言。我等今者值是福田。汝能持此飯食施與。快不可言。我今放汝隨意所求。婢答大家。若見放者聽在道次。尋即聽許。作比丘尼。一萬歲中精勤無替。便取命終不墮惡趣。天上人中百味飲食應念即至。今得值我出家得道。比丘聞已歡喜奉行。

> その時、両親は娘が偈を唱えるのを聞いて、喜びのあまり堪えきれず、すぐに近づいて抱き上げ、乳を飲ませ養育しました。そして名を付けて「善愛」といいました。その時、この娘は母が喜ぶのを見て、合掌して母に申し上げました。「どうか私のために、仏様と比丘の僧伽をお招きください。」すぐに招きに応じて、百種類の味わいの飲食をすべて十分に用意しました。そして仏の前にて心から法を聞くことを渇望しました。仏はそのために説法し、彼女は須陀洹（預流果）を得ました。後になって出家を求めたので、仏は「善来比丘尼」と告げられました。すると髪は自然に落ち、法衣は身に付き、比丘尼となりました。精進して修行に励み、阿羅漢果を得て、諸天や世の人々から敬われ仰がれました。その時、世尊は千二百五十人の比丘を連れて他国へ向かいました。荒野に至り、食事の時が来たので、善愛尼に告げられました。「あなたは今、飲食を設けて仏と僧伽を供養しなさい。」彼女はすぐに仏の鉢を取り、虚空に投げ上げました。すると百種類の味わいの飲食が自然と満ちあふれました。このようにして次々と千二百五十人の比丘の鉢を取り、飯もすべて満たされ、すべてが豊かに十分でした。阿難はこれを見て、未曾有のことだと歎じ、仏にこの因縁の物語をお請いしました。仏は阿難に告げられました。「この賢劫の中に、仏が世に現れて迦葉と号された。衣を身に付け、鉢を持ち、比丘たちを連れて城に入り乞食した。やがて大長者の家に至ったが、そこでは様々な料理を用意して賓客を招待しようとしていた。客がまだ来ない間に、一人の婢がいた。仏と僧伽が門の外に乞食のために立っているのを見て、主人に告げずに、その飲食を取ってすべて仏と僧伽に布施した。後で客が来て座に就くと、その婢に『食事を用意せよ』と命じた。婢は主人に答えた『今、仏と僧伽が門の外に乞食のために立っておられます。私はこの食べ物をすべて布施してしまいました』と。主人はこれを聞いてすぐに喜び、婢に言った『私たちは今、福田に値したのだ。あなたがこの飯を布施したのは、喜ばしいことだ。私は今、あなたを解放し、望むままにさせよう』と。婢は主人に答えた『もし私を解放して下さるなら、出家の道に入らせてください』と。すぐに許され、比丘尼となりました。一万年の間、精進して怠ることがなく、命終わりの時には悪趣に堕ちませんでした。天上や人の間で、百種類の味わいの飲食が念に応じてすぐに現れました。今、私に出会い、出家して道を得ることができました。比丘たちはこれを聞いて、歓喜して行いを奉じました。」

又百緣經云。佛在舍衛國祇樹給孤獨園。時夏安居竟。將諸比丘欲游行他國。時頻婆娑羅王將諸群臣出城。遙望如來來受我供。爾時世尊遙知王意深生渴仰。及比丘僧漸欲游行。詣摩竭提國值諸群鳥。中有鸚䳇子王遙見佛來飛騰虛空逆道奉迎。唯願世尊及比丘僧。慈哀憐愍詣我林中受一宿請。佛即然可。時鸚䳇王知許可已。還歸本林。勅諸鸚䳇。各來奉迎。爾時世尊將諸比丘。詣鸚䳇林。各敷座具。在於樹下。坐禪思惟。時鸚䳇王見佛比丘寂然宴坐。甚懷喜悅。通夜翔繞佛比丘。四向顧視無諸師子虎狼禽獸及以盜賊觸惱世尊比丘僧。至明清旦世尊進引。鸚䳇歡喜在前引導。向王舍城。白頻婆娑羅王言。世尊今者將諸比丘遂來在近。唯願大王。設諸餚饍逆道奉迎。時王聞語已。勅設餚饍。執持幢幡香華伎樂。將諸群臣逆道奉迎。時鸚䳇王於其夜中即便命終生忉利天。忽然長大如八歲小兒。便作是念。我造何福生此天上。尋自觀察知從鸚䳇由請佛故一宿止住得來生此。我今當還報世尊恩。頂戴天冠。著諸瓔珞。莊嚴其身。齎持香華。而供養佛。却坐一面。佛即為其說四諦法。心開意解得須陀洹果。繞佛三匝還歸天上。時諸比丘白佛言。今此天子宿造何業生鸚䳇中。復修何福得生天上。來供養佛聞法獲果。爾時世尊告諸比丘。此賢劫中波羅柰國有佛出世。號曰迦葉。於彼法中有一長者。受持五戒。便於一時毀犯一戒。故生鸚䳇中。餘四完具。今得值我出家得道。佛告諸比丘。欲知彼時優婆塞者。今鸚䳇是。聞佛所說歡喜奉行。

> また『百縁経』にこう記されています。 ある時、仏は舎衛国の祇樹給孤独園にいらっしゃいました。夏の安居が終わると、仏は多くの比丘たちを連れて、他の国へ巡りに行こうとされました。その時、頻婆娯羅王は家臣たちを率いて城外に出て、はるかに仏を望み見て、「どうか私の供養をお受けください」と思いました。 その時、世尊は王の深い渴仰の心を遠くに知り、比丘たちと共にゆっくりとマガダ国へ向かわれました。すると様々な鳥たちに出会いました。その中に鸚鵡の王がいて、遥か遠くに仏の来られるのを見て、虚空に舞い上がり、道に逆らって出迎えました。そして言いました。 「どうか世尊と比丘僧伽よ、慈しまれ哀れみ給い、私の林に来て一夜の宿をお受けください」 仏はすぐにこれを許されました。鸚鵡の王は許しを得たことを知ると、自分の林に帰り、すべての鸚鵡たちに告げて、それぞれ出迎えさせました。 その時、世尊は多くの比丘たちを連れて鸚鵡の林に赴かれました。それぞれが座具を敷き、木の下で坐禅し観想されました。鸚鵡の王は仏と比丘たちが静かに坐っているのを見て、大いに喜びました。一晩中、仏と比丘たちの周りを飛び回り、四方を見渡して、獅子や虎、狼、野獣、また盗賊が仏や比丘僧伽を悩ませることがないように見守りました。 夜が明けて朝になると、世尊は進み出られました。鸚鵡は喜び、先に立って導き、王舎城へ向かいました。そして頻婆娯羅王に告げました。 「世尊は今、多くの比丘たちを連れて、まさに近くに来られています。どうか大王よ、様々な珍しい料理を用意して、道まで出迎えてください」 王はこの言葉を聞くと、料理を用意するよう命じ、幢幡、香華、伎楽を持ち、家臣たちを率いて道まで出迎えました。 その時、鸚鵡の王はその夜のうちに命を終え、忉利天に生まれました。忽然として八歳の子供のように成長し、こう思いました。 「私はどんな福を造って、この天に生まれてきたのだろうか」 すぐに自ら観察すると、鸚鵡として仏を請い、一夜宿を供養したことでこの天に生まれてきたのだと知りました。 「私は今、世尊の恩に報いなければならない」 天冠を頂き、瓔珞を身に着け、身を荘厳し、香華を持って仏を供養しました。そして一隅に坐りました。仏はそのために四諦の法を説かれました。天子の心は開かれ、悟りを得て、須陀洹果を証得しました。そして仏の周りを三度巡り、天上に帰っていきました。 その時、多くの比丘たちが仏に問いました。 「今の天子は、前世でどんな業を造って鸚鵡に生まれたのでしょうか。また、どんな福を修めて天上に生まれることができたのでしょうか。そして仏を供養し、法を聞いて果を得たのです」 その時、世尊は比丘たちに告げられました。 「この賢劫の中に、波羅奈国に仏が出世され、迦葉と名付けられた。その教えの中に一人の長者がおり、五戒を受けていたが、ある時一つ戒を破った。そのために鸚鵡に生まれたのだ。残りの四戒は完全に保たれたので、今私に遇って出家し、道を得ることができたのだ」 仏は比丘たちに告げられました。 「あの時の優婆塞を知っているか。それが今の鸚鵡の王である」 仏の説かれたことを聞いて、皆は喜んで奉行しました。

又付法藏經云。昔過去九十一劫毘婆尸佛入涅槃後。有一比丘甚患頭痛。薄拘羅爾時作一貧人。見病比丘即便持一呵梨勒果施病比丘。比丘服訖病即除愈。緣施藥故九十一劫天上人中。受福快樂未曾有病。最後生一婆羅門家。其母早亡。父更娉妻。拘羅年幼。見母作餅從母索之。後母嫉妬。即捉拘羅擲置𨫼上。𨫼雖燋熱不能燒害。父從外來見薄拘羅在熱𨫼上。即便抱下。母於後時釜中煮肉。時薄拘羅從母索肉。母益瞋恚。尋擲釜中亦不燒爛。父覓不見。即便喚之。拘羅聞喚釜中而應。父即抱出平復如故。母後向河拘羅逐去。後母瞋忿而作是言。此何鬼魅妖祥之物。雖復燒煮不能令死。即便捉之擲置河中。值一大魚即便吞食。以福緣故猶復不死。有捕魚師捕得此魚。詣市賣之。索價既多。人無買者。至暮欲臭。薄拘羅父見即隨買。持來歸家。以刀破腹。兒在魚腹高聲唱言。願父安庠勿令傷兒。父開魚腹抱兒而不傷損。年漸長大求佛出家得阿羅漢果。從生至老年百六十未曾有病。乃至無有身熱頭痛。由施藥故得是長壽。五處不死。𨫼鑠不焦。釜煮不爛。水溺不死。魚吞不消。刀割不傷。以是因緣。智者應當作如是事。

> 『付法蔵経』にもこう説かれています。 昔、九十一劫の昔、毘婆尸仏が涅槃に入られた後、一人の比丘がひどい頭痛に悩んでいました。その頃、薄拘羅（はっくら）は貧しい人として生まれていて、病んだ比丘を見ると、すぐに一つの阿梨勒果（ありろくか）を持って施しました。比丘がそれを飲むと、病はすぐに治りました。 この薬を施した縁により、九十一劫の間、天にも人にも生まれ変わり、福楽を受けて、一度も病にかかることはありませんでした。最後に婆羅門の家に生まれましたが、母は早くに亡くなり、父は後妻を迎えました。 拘羅（くら）が幼い頃、継母が餅を作っているのを見て、餅をねだりました。継母は嫉妬に駆られ、拘羅を捕まえて熱した鉄板の上に投げ捨てました。しかし鉄板は焦げるほど熱かったのに、彼を焼くことはできませんでした。 父が外から帰ってきて、薄拘羅が熱い鉄板の上にいるのを見て、すぐに抱き下ろしました。その後、継母は釜で肉を煮ていましたが、薄拘羅が肉をねだると、継母はますます怒り、彼を釜の中に投げ込みましたが、煮えも爛れもしませんでした。 父が彼を探しても見つからないので、呼びかけました。拘羅は釜の中で声を聞いて返事をしました。父は彼を抱き出し、彼は元のように無事でした。 その後、継母が川へ行くとき、拘羅がついていきました。継母は怒りに満ちて言いました。「これは何の鬼か妖怪か。焼いても煮ても死なないとは。」そして彼を捕まえて川に投げ込みました。 すると大きな魚が現れ、彼を飲み込みました。しかし福徳の縁によって、彼はまだ死にませんでした。漁師がこの魚を捕まえて市場で売りに出しましたが、値段が高くて買う人がいませんでした。夕方になって魚が臭くなりかけたとき、薄拘羅の父がそれを見て買い取り、家に持ち帰りました。 刀で魚の腹を割くと、子供は魚の腹の中で大きな声で言いました。「父よ、どうか静かに、私を傷つけないでください。」父は魚の腹を開けて、子供を抱き出しましたが、少しも傷ついていませんでした。 彼は年を取り、ついに仏のもとで出家し、阿羅漢果を得ました。生まれてから老年に至るまで、百六十歳で、一度も病にかかったことがありませんでした。身体が熱くなることも、頭痛がすることもありませんでした。 薬を施した縁によって、このように長寿を得て、五つの場所で死を免れました。鉄板に焼かれても焦げず、釜で煮られても爛れず、水に溺れても死なず、魚に飲まれても消えず、刀で切られても傷つきませんでした。 この因縁によって、智慧ある者は、このような善い行いを行うべきなのです。

又十誦律云。時王舍城中有居士。名尸利仇多。大富多財。是外道婆羅門弟子。此人每疑。沙門瞿曇有一切智不。行到佛所白言。沙門瞿曇明日我舍食。佛以彼應度故默然受請。時居士還到舍。於外門間作大火坑令火無煙焰。以沙覆上。即入舍敷不織坐床又以毒和食。心生口言。瞿曇若是一切智人當知此事。若非一切智人當墮此坑及中毒死。遣使白佛言。飲食已辦。佛語阿難。令諸比丘皆不得先佛前行。時佛著衣持鉢前行。比丘從後入尸利仇多舍。佛變火坑作蓮華池。滿中淨水既甘而冷。種種蓮華遍覆水上。時佛與僧皆行華葉上入舍。坐不織床變令成織。告尸利仇多。當除心中疑。我實是一切智人是居士見二神力。信心即生。尊重於佛。叉手白佛言。此食毒藥不堪佛食。佛言。但施此食僧不得疾。佛告阿難。僧中宣令。未唱等供一不得食。是時佛祝願。婬欲瞋恚愚癡是世界中毒。佛有實法除一切毒。以是實語故毒皆得除。食即清淨。是時居士行澡水手自斟酌。眾僧飽滿竟洗手執鉢。居士取小坐具於佛前坐聽法。即於坐處得法眼淨。佛還已。以是事集僧告言。從今不得在佛前行及和尚師僧上座前行。未唱等供不得食也。

> また『十誦律』にこうあります。その時、王舎城に尸利仇多という居士がいました。大変裕福で多くの財産を持っており、外道のバラモンの弟子でした。この人は常に、「沙門瞿曇（ゴータマ）は一切智を持つ者なのだろうか」と疑っていました。彼は仏のもとへ行き、こう申し上げました。「沙門瞿曇よ、明日は私の家で食事をお受けください。」仏は、この人が度されるべき者であると知って、黙って請けを受けられました。 その時、居士は家に帰ると、外門の間に大火坑を作り、煙も炎も立たないようにして、その上に砂を覆いました。それから家の中に入り、織らない座具を敷き、毒を食物に混ぜました。そして心の中でこう言いました。「瞿曇がもし一切智の人ならば、このことを知るであろう。もし一切智の人でなければ、この坑に落ちて毒で死ぬであろう。」 使いを仏のもとに送って、「食事はすでに用意いたしました」と告げさせました。仏は阿難に言われました。「すべての比丘たちに、仏より先に家に入ってはならないと告げなさい。」 その時、仏は衣を着け鉢を持って先に行かれ、比丘たちは後に従って尸利仇多の家に入りました。仏は火坑を蓮の池に変えられました。池は清らかな水で満ち、味は甘く冷たく、種々の蓮華が水面を覆っていました。仏は僧たちと共に、花や葉の上を歩いて家に入り、織らない座具に座られると、それを織った座具に変えられました。 そして尸利仇多に告げられました。「心の中の疑いを取り除きなさい。私は実に一切智の人である。」 この居士は二つの神通力を目の当たりにして、信心が生まれ、仏を敬い尊びました。手を合わせて仏に申し上げました。「この食物には毒が入っており、仏のお食事に堪えません。」 仏は言われました。「ただこの食事を施しなさい。僧たちは病気になることはないでしょう。」 仏は阿難に告げられました。「僧たちの中に告げなさい。『等供』の唱和が終わるまでは、誰も食べてはならない、と。」 その時、仏は願をかけられました。「婬欲・瞋恚・愚痴は、この世界の毒である。仏は真実の法を持って、すべての毒を除く。この真実の言葉のゆえに、毒はすべて除かれ、食物は清らかになった。」 その時、居士は洗浄の水を差し出し、自ら酌をして僧たちに盛りました。僧たちが満腹し終わると、手を洗い鉢を取られました。居士は小さな坐具を取って仏の前に座り、法を聞きました。すると、その場で法眼の清らかさを得ました。 仏は還られてから、このことをもって僧たちを集め、告げられました。「今より、仏の前や和尚・師僧・上座の前を歩いてはならない。『等供』を唱えるまでは、食べてはならない。」

又摩得勒伽論云。眾僧行食時上座應語。一切平等與。使唱僧跋然後俱食。

> また、摩得勒伽論にはこうある。僧侶たちに食事を配るとき、上座は「すべての人に平等に与えなさい」と言うべきである。そして、僧跋（すべての僧侶が平等に食事を受けたことを示す唱和）を唱えてから、皆で一緒に食べるようにしなさい。

頌曰。

> 偈に曰く。

法會設佳供 齋日感神靈普召無別請 客主發休禎凡聖俱晨往 災難普安寧良由慈善力 翻惡就福城

> 法会に良い供え物を設け、斎日には神霊を感じる。 すべてを広く招き、別に請うことなく、客も主も吉兆を発す。 凡夫も聖者も共に朝に赴き、災いや難はすべて安らぎとなる。 これもひとえに慈しみと善の力によるもので、悪を転じて福の都へと向かう。