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title: "法苑珠林 · 4 畜生部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 畜生部第四

> 畜生部 第四

如一切智光明仙人慈心不食肉經云。佛住摩伽提國寂滅道場彌迦女村自在天寺精舍。時有迦波利婆羅門子。名曰彌勒。軀體金色。相好具足。威光無量。來至佛所。時有結髮梵志五百人等。遙見彌勒清淨白佛言。世尊。如此童子光明無量。與佛無異。於何佛所初發道心。受持誰經。為我解說。佛告式乾梵志。汝今諦聽。當為汝說。乃往過去無量無邊阿僧祇劫。時有世界。名勝華敷。佛號彌勒。常以慈心教化一切。彼佛說經名慈三昧光大悲海雲。若有聞者。即得超越百億萬劫生死之罪。必得成佛。時彼國中有大婆羅門。名一切智光明。聰慧多智廣博眾經聞佛出世說慈三昧經。即便信伏為佛弟子。發菩提心。而作是言。我今誦持大慈三昧經。願於未來必得成佛。而號彌勒。於是捨家即入深山。八千歲中少欲無事乞食自活。誦持此經一心除亂。時連雨不止洪水暴漲。仙人端坐不得乞食。經歷七日。時彼林中有五百白兔。有一兔王母子三獸。見於仙人七日不食。而作是言。今此仙人為佛道故不食多日。命不云遠。法幢將崩。法海將竭。我今當為無上大法令得久住不惜身命。即告諸兔。一切諸行皆悉無常。眾生愛身空生空死。未曾為法。我今欲為一切眾生作大橋梁。令法久住供養法師。爾時兔王告諸兔言。我今以身欲供養法師。汝等宜當各各隨喜。時諸山樹神等。即積香薪以火然之。兔王母子圍繞仙人足滿七匝。白言。大師。我今為法供養尊者。仙人告言。汝是畜生。雖有慈心何緣能辦。兔白仙人。我自以身供養仁者。為法久住令諸眾生得饒益故。作此語已即語其子。汝可隨意求覓水草繫心思惟正念三寶。爾時兔子聞母所說。跪白母言。如尊所說無上大法欲供養者。我亦願樂。作此語已自投火中。母隨後入。當於菩薩捨身之時。天地大動。乃至色界及以諸天。皆雨天華持用供養。肉熟之後。時山樹神白仙人言。兔王母子為供養故。投身火中。今肉已熟。汝可食之。時彼仙人聞樹神語。悲不能言。以所誦經書置樹葉上。又說偈曰。

> 『一切智光明仙人慈心不食肉経』にはこう説かれています。 釈尊がマガダ国の寂静な道場、ミガ女村の自在天寺の精舎におられた時、迦波利という婆羅門の子で、弥勒という者がいました。その体は金色に輝き、三十二相八十種好を具え、その威光は限りなく、仏のもとにやって来ました。 その時、五百人の結髮梵志たちが、遠くに弥勒を見て、清らかな心で仏に申し上げました。「世尊よ、この童子の光明は限りなく、仏と変わりありません。どの仏のもとで初めて道心を発し、どのような経を受持してきたのでしょうか。どうか私たちに説いてください」 仏は式乾梵志に告げられました。「あなたは今、よく聞きなさい。あなたのために説きましょう。遥か昔、無量無辺の阿僧祇劫の昔、勝華敷という世界がありました。そこに弥勒という名の仏がおられ、常に慈心をもって一切を教え導かれました。その仏が説かれた経は『慈三昧光大悲海雲経』といい、これを聞く者は、即座に百億万劫の生死の罪を超え、必ず成仏することができました。 その国に、一切智光明という大婆羅門がいました。聡明で智恵が多く、様々な経に通じていました。彼は仏が世に出て『慈三昧経』を説かれたと聞き、すぐに信伏して仏弟子となり、菩提心を発してこう誓いました。 『私は今、この大慈三昧経を誦し持って、未来に必ず成仏し、弥勒と名乗ろう』 こうして家を捨てて深山に入り、八千年の間、欲を少なくし、事を求めず、托鉢して自らの命を支え、この経を一心に誦持して、心の乱れを除きました。 ある時、雨が降り続き、洪水が激しく起こりました。仙人は端座したままで、托鉢に出ることができず、七日間が過ぎました。その林の中に五百匹の白兎がいて、その中に兔王とその子の三匹がいました。彼らは仙人が七日間も食事をとっていないのを見て、こう言いました。 『この仙人は仏道のため、長い間食事をとらず、命も遠くない。法の幢は倒れようとし、法の海は尽きようとしている。今こそ私は、無上の大法のために、この身を惜しまず供養しよう』 そして諸々の兔に告げました。 『あらゆる行いはすべて無常である。衆生は身を愛するが、空しく生まれ空しく死に、まだ法のためになったこともない。私は今、一切の衆生のために大いなる橋となり、法を長く住せしめ、法師を供養しよう』 その時、兔王は諸々の兔に告げました。 『私は今、この身をもって法師を供養しよう。あなた方もそれぞれ随喜しなさい』 すると山の樹神たちが香りのよい薪を積み、火をつけました。兔王とその子は仙人の周りを七回巡り、こう申し上げました。 『大師よ。私は今、法のために尊者を供養いたします』 仙人は言いました。 『あなたは畜生である。慈心があるとはいえ、どうしてそれができるのか』 兔は仙人に答えました。 『私は自らの身をもって、仁者を供養いたします。法を長く住せしめ、諸々の衆生に利益を得させたいがためです』 こう言ってから、その子に言いました。 『あなたは思いのままに水草を求め、心を一つにして三宝を正しく念じなさい』 その時、子兎は母の言葉を聞いて、ひざまずいて母に申し上げました。 『尊者がおっしゃるような無上の大法を供養するならば、私も喜んでそういたします』 こう言って自ら火の中に飛び込み、母もその後に入りました。 この菩薩が身を捨てられた時、天地は大きく動き、色界や諸天にまで及んで、皆、天の花を降らせて供養しました。 肉が焼けた後、山の樹神が仙人に告げました。 『兔王とその子は供養のため、身を火中に投じました。今、肉は焼けました。あなたはどうかこれを召し上がれ』 その時、仙人は樹神の言葉を聞いて、悲しみのあまり言葉も出ませんでした。そして、誦していた経を樹の葉に書き記し、さらに次の偈を説きました。

寧當然身破眼目 不忍行殺食眾生諸佛所說慈悲經 彼經中說行慈者寧破骨髓出頭腦 不忍噉肉食眾生如佛所說食肉者 此人行慈不滿足迷沒生死不成佛

> たとえ自分の身が破れ、目を見えなくなることがあっても 生き物を殺して食べることは忍びない。 諸仏が説かれた慈悲の経典、 その経典には「慈しみを行う者」と説かれている。 たとえ骨髄を破り、頭脳を取り出すことがあっても 生き物の肉を食べることは忍びない。 仏がおっしゃるように、肉を食べる者は その人の慈しみの行いは満たされず、 迷いと生死に沈み、仏になることはできない。

時彼仙人說此偈已因發誓心。願我世世不起殺想。常不噉肉。入白光明慈三昧。乃至成佛制斷肉戒。作此語已自投火坑與兔并命。是時天地六種震動。天神力故樹放光明。金色晃曜照千國土。時彼國人見此光者。皆發無上正真道心。佛告式乾。汝今當知。爾時白兔王者。今我身是。時兔兒者。今羅睺羅是。時誦經仙人者。今此眾中婆羅門子彌勒菩薩是。時五百群兔者。今摩訶迦葉等五百比丘是。時二百五十山樹神者。今舍利弗目揵連等二百五十比丘是。時千國王跋陀婆羅等者。今千菩薩是。從我出世乃至樓至。於其中間受法弟子得道者是。佛告式乾。菩薩求法勤苦歷劫不惜身命。投於火坑以身供養。便得超越九百萬億劫生死之罪。時式乾等五百梵志。求佛出家成阿羅漢。時彼仙人投火坑已生於梵世。乃至成佛。其食肉者犯於重禁。後身生處常飲熱銅。

> 時にその仙人はこの偈を説き終えると、誓いの心を起こして願いました。「どうか私は世々にわたって殺すという考えを起こさず、常に肉を食べず、白光明慈三昧に入り、ついには悟りを開いて肉食を断つ戒めを定めますように。」そう言い終えて、自ら火の穴に飛び込み、兎とともに命を絶ちました。その時、天地は六種に震動し、天神の力によって木々から光明が放たれ、金色の輝きは世界を照らし、千の国土にまで及びました。その国々の人々は、この光を見て、皆、最高の正しい悟りへの心を起こしました。 仏は式乾に告げられました。「あなたは今、知らねばなりません。あの時の白兎の王は、現在の私です。あの時の子兎は、現在の羅睺羅です。あの時に経を誦えていた仙人は、この会の中にいる婆羅門の子、弥勒菩薩です。あの時の五百の兎の群れは、今の摩訶迦葉ら五百の比丘たちです。あの時の二百五十の山の木の神々は、今の舎利弗や目犍連ら二百五十の比丘たちです。あの時の千の国王、跋陀婆羅らは、今の千の菩薩たちです。私の出世から楼至に至るまで、その間に教えを受け継ぎ、悟りを得た弟子たちです。」 仏はさらに式乾に告げられました。「菩薩は法を求めるにあたり、幾劫にもわたって苦しみに耐え、身の命をも惜しまず、火の穴に身を投じて身を捧げたのです。その功徳によって、九百萬億劫の生死の罪を超えることができました。」 その時、式乾ら五百の梵志は仏に出家を求め、阿羅漢の悟りを得ました。あの仙人が火の穴に身を投じた後、梵天の世界に生まれ、ついには仏となりました。肉を食べる者は重い禁を犯すこととなり、後の生まれ変わる所では常に熱した銅を飲むことになるのです。

又大集經云。佛言。善男子。過去世有一師子王住深山窟。常作是念。我是一切獸中之王。力能視護一切諸獸。時彼山中有二獼猴。共生二子。時二獼猴向師子王作如是言。王若能護一切獸者。我今二子以相委付。我欲餘行求覓飲食。時師子王即便許可。時彼獼猴留其二子。付彼獸王。即捨而行。是時山中有一鷲王。名曰利見。師子王眠。即便搏取獼猴二子。處嶮而住。時王寤已。即向鷲王。而說偈言。

> また『大集経』にはこう説かれている。 仏は言われた。「善男子よ、過去の世に、一頭の獅子王が深い山の洞窟に住んでいた。常にこう思っていた。 『私はすべての獣たちの王である。その力で、すべての獣たちを見守り護ることができるのだ』と。 その時、その山の中に二匹の猿がいて、共に二匹の子を産んでいた。その二匹の猿は獅子王のもとへ行き、こう言った。 『王がもしすべての獣たちを護ってくださるなら、私たちは今、この二匹の子をあなたにお預けします。私たちは別の場所へ行き、食べ物を探してまいります。』 獅子王はすぐにそれを承諾した。そこでその猿たちは二匹の子を残し、獣王に預けて立ち去った。 その時、その山中に一羽の鷲の王がいた。名を利見という。獅子王が眠っている隙に、その鷲王は猿の二匹の子をさらって行き、険しい場所に止まった。 獅子王が目を覚ますと、すぐに鷲王に向かって、次の偈を説いた。

我今啟請大鷲王 唯願至心受我語幸見為故放捨之 莫令失信生慚恥

> 私は今、大鷲の王よ、あなたにお願い申し上げます。 どうか心から、私の言葉を受け入れてください。 私のために、どうかその思いを手放してください。 どうか、信頼を失い、恥をかくことのないように。

鷲王說偈報師子王曰。

> 鷲王が偈を唱えて師子王に答えた。

我能飛行游虛空 已過汝界心無畏若必欲護是二子 為我故應捨是身

> 私は虚空を自由に飛び回ることができる。 すでにあなたの領域を超え、心に恐れはない。 もしどうしてもこの二人の子を守りたいのなら、 私のために、その身を捨てるがよい。

時師子王言。

> 獅子王が言いました。

我今為護是二子 捨身不惜如枯草若我護身而妄語 云何得稱如說行

> 私は今、この二人の子を守るために、 枯れ草のように迷わずに身を捨てよう。 もしわが身を守ろうとして偽りの言葉を言うなら、 どうして〈説かれたままに行う〉者と言えるだろうか。

師子王說是偈已。即至高處欲捨其身。爾時鷲王復說偈言。

> 師子王がこの偈を唱え終えると、すぐに高い場所へと登り、自らの命を捨てようとしました。その時、鷲王（じゅうおう）もまた偈を唱えて言いました。

若為他故捨身命 是人即受無上樂我今施汝獼猴子 願大法王莫自害

> もし他人のために命を捨てるならば、その人は最高の幸いを受ける。 私は今、あなたにこのサルの子をお与えします。 どうか偉大なる法の王よ、自らを傷つけないでください。

善男子。師子王者。即我身是。雄獼猴者。即迦葉是。雌獼猴者。善護比丘尼是二獼猴子者。即今阿難羅睺羅是。時鷲王者。即舍利弗是。是故為護依止者不惜身命。

> よい人々よ。獅子王とはすなわち私のことである。雄の猿とは迦葉（かしょう）である。雌の猿とは善護比丘尼（ぜんごびくに）である。二匹の子猿とは、今現在の阿難（あなん）と羅睺羅（らごら）である。また、その時の鷲王とは舎利弗（しゃりほつ）である。このように、身を守り頼る者を護るためには、自分の命さえ惜しむことはなかったのである。