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title: "法苑珠林 · 5 現報部"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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### 現報部第五

> 現報部 第五

佛說行七行現報經云。爾時世尊告諸比丘。有七種人。可事可敬。是世間無上福田。云何七種人。一者行慈。二者行悲。三者行喜。四者行護。五者行空。六者行無相。七者行無願。其有眾生行此七法。於現法中獲其果報。阿難白佛言。何故不說須陀洹。斯陀含。阿那含。阿羅漢。辟支佛。乃說此七事乎。世尊告曰。行慈七人。其行與須陀洹乃至佛等。其事不同。雖供養須陀洹等不現得報。然供養此人者。於現世得報。是故阿難當勤勇猛成辨七法。又雜寶藏經云。昔乾陀衛國有一屠兒。將五百頭小牛盡欲刑。犍時有內官。以金錢贖牛。作群放去。以是因緣現身即得男根具足。還到王家。遣人通白。某甲在外。王言。是我家人。自恣來去。未曾通白。今何故爾。王時即喚問其所以。答王言曰。向見屠兒將五百頭小牛而欲刑殘。臣即贖放。以是因緣身體得具。故不敢入。王聞喜愕。深於佛法生信敬心。夫以華報所感如此。況其果報豈可量也。

> 仏が説かれた『行七行現報経』にはこうある。 その時、世尊は比丘たちに告げられた。「七種の人がいる。仕えるべきであり、敬うべきであり、世の中におけるこの上ない福田である。その七種とは何か。第一に慈を行う者、第二に悲を行う者、第三に喜を行う者、第四に捨（護）を行う者、第五に空を行う者、第六に無相を行う者、第七に無願を行う者である。これらの七つの行を修める者がいれば、現世においてその果報を得るのである。」 阿難が仏に尋ねた。「なぜ須陀洹（預流果）、斯陀含（一来果）、阿那含（不還果）、阿羅漢、辟支仏（独覚）を挙げず、これらの七つを説かれるのですか。」 世尊は答えて言われた。「慈などを行う七人の修行は、須陀洹から仏に至るまでと等しい。しかし、その具体的内容は異なる。須陀洹などに供養しても、すぐに報いは現れない。しかしこれらの七人に供養すれば、現世で報いを得ることができる。だから阿難よ、怠らず努め励み、この七つの法を成就しなさい。」 また『雑宝蔵経』にはこうある。 昔、乾陀衛国に一人の屠殺業者がいた。五百頭の子牛をすべて去勢しようとした。その時、一人の内官（宮中の役人）がいて、金銭でその牛を買い取り、群れにして放した。この因縁によって、現身で男根が完全なものとなった。王の元に帰り、使いに通報させた。「某が外にいます」と。王は言った。「私の家臣だ。自由に出入りして構わない。今まで通報したことはなかったではないか。どうして今日はそうするのだ。」王はすぐに呼び寄せて理由を尋ねた。役人は王に答えた。「先ほど屠殺者が五百頭の子牛を去勢しようとしているのを見かけました。臣はすぐに金で買い取り、放してやりました。この因縁で身体が完全に元通りになりましたので、恐れ多くて入ることができません。」王はこれを聞いて驚き喜び、深く仏法への信心と敬いの心を起こした。 そもそも、このように華報（現世の報い）でさえもこのような感応があるのだ。ましてや未来の果報は、どうして計り知ることができようか。

又新婆沙論云。昔有屠販牛人。驅牛涉路。人多糧盡。飢渴熱乏。息而議曰。此等群牛終非己物。宜割取舌以濟飢虛。即時以鹽塗諸牛口。牛貪鹹味。出舌舐之。即用利刀一時截取。以火煨炙而共食之。食已相與臨水澡漱。俱嚼楊枝揩齒既了。擘以刮舌。惡業力故。諸人舌根。猶如爛果。一時俱落此皆現報以業重故。

> また、新婆沙論にはこう説かれている。 昔、牛を屠り売る者がいた。彼らは牛を追って道を進んでいたが、食料が尽き、飢えと渇きと暑さに苦しみ、立ち止まって話し合った。 「これらの牛は、結局は自分のものではない。舌を切り取って、飢えをしのごうではないか」 そこで彼らはすぐに、牛の口に塩を塗った。牛は塩味に引かれて舌を出し、それを舐めた。彼らは鋭い刀で一気に舌を切り取り、火であぶって焼き、皆で食べた。 食べ終わると、彼らは一緒に水辺に行き、口をすすぎ、楊枝を噛んで歯を磨いた。そして楊枝を割いて舌をこすった。 その悪業の力によって、彼らの舌の根は、まるで腐った果実のように、全て一度に落ちてしまったのである。 <註>これはすべて、業が重いゆえに現世で報いを受けた例である。