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title: "法苑珠林 · 晉時盧充有冥婚怪"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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晉時有盧充。范陽人。家西三十里有崔少府墓。年二十時。先冬至一日。出宅西獵戲。見有一麞便射之。射己麞倒而復走起。充步步趁之。不覺遠去。忽見道北一里間。瓦屋四周有如府舍。不復見麞。到門中有一鈴下唱客前。復有一人。捉一襆新衣曰。府君以此衣將迎郎君。充便取著以進見少府。語充曰。尊府君不以僕門鄙陋。近得書為君。索小女為婚。故相迎耳。便以書示充。充父亡時。充雖小然己識父手迹。便即歔欷無復辭託。崔便勅內盧郎已來。便可使女郎莊嚴就東廊至黃昏內白女郎。嚴飾竟。崔語充。君可至東廊。既至郎。婦已下車。立席頭。即共拜。時為三日供給飲食。三日畢謂充曰。君可歸去。若女有相生男。當以相與。生女當自留養。勅外數車送客。充便辭出。崔送至中門執手洟零。出門見一獨車駕青牛。又見本所著衣及弓箭。故在門外。尋遣傳教。將一人捉襆衣。與充相聞曰。姻媛始爾。別甚悵恨。今致衣一襲。被縟自副。充便上車去。馳如電逝。須臾至家。母問其故。充悉以狀對。別後四年三月三日。充臨水戲。忽見傍水有獨車乍沈乍浮。既而上岸。四坐皆見。而充往開其車後戶。見崔氏女與四歲男兒共載。女抱兒以還充。又與金鋺別。并贈詩一首曰。

> 晋の時代、范陽に盧充という人物がいた。家の西三十里のところに崔少府の墓があった。盧充が二十歳の時、冬至の前日、家の西へ狩りに出かけた。すると一頭の鹿を見つけ、射った。鹿は倒れたが、また立ち上がって逃げ出した。盧充は追いかけ、いつの間にか遠くまで来ていた。ふと見ると、道の北側一里ほどのところに瓦葺きの家が四角に並び、役所のような様子だった。鹿はもう見えなかった。門に着くと、鈴を鳴らす者がいて客の来訪を告げた。さらに一人の者が新しい衣の包みを持って現れ、「殿がこの衣でお迎えするよう仰せです」と言った。盧充はそれを受け取り着て、中に入ると少府に会った。少府は言った。「あなたの父君は我が家を卑しく思わず、近頃手紙をいただき、あなたのために娘を娶わせたいと望まれました。ですからお迎えしたのです」と言って、手紙を見せた。盧充の父は亡くなっていたが、盧充は幼いながらも父の筆跡を覚えていた。すぐに声をあげて泣き、断る言葉もなかった。崔少府は内へ「盧殿がお見えになった。娘に飾り立てて東の廊下に出るよう伝えよ」と命じた。日が暮れる頃、侍女が「娘は装いを終えました」と告げた。崔少府は盧充に「東の廊下へおいでください」と言った。行くと、既に婦人は車を降り、座席の前に立っていた。二人は共に拝礼した。三日間、食事が供され、三日が過ぎると崔少府は言った。「あなたはお帰りください。もし娘が男の子を産んだら、あなたにお渡しします。女の子なら私が育てましょう」と命じ、外に数台の車で客人を見送らせた。盧充は辞去しようとした。崔少府は中門まで見送り、手を握り涙を流した。門を出ると、青牛に引かれた一頭立ての車が見えた。また、自分が着ていた衣や弓矢が門の外にあった。やがて使いの者が一人、衣の包みを持つ者を連れて来て、盧充に伝言した。「婚姻は始まったばかりなのに、お別れはとても悲しく辛いものです。今、衣一揃いと布団一式を贈ります」。盧充は車に乗って去った。走ること電光のようで、瞬く間に家に着いた。母が理由を問うと、盧充はすべてをありのままに話した。別れてから四年後の三月三日、盧充が水辺で遊んでいると、ふと水辺に一台の車が浮いたり沈んだりしているのを見た。やがて岸に上がり、その場にいる者たち皆が見た。盧充が行って車の後ろの戸を開けると、崔氏の娘と四歳の男の子が乗っていた。娘は男の子を抱いて盧充に返し、さらに金の鉢と共に、一首の詩を贈った。

煌煌靈芝質 光麗何猗猗華豔當時顯 嘉會表神奇含英未及秀 中夏羅霜萎榮耀長幽滅 世路永無施不寤陰陽運 哲人忽來儀今時一別後 何得重會時

> 輝く霊芝の質は、いと美しく麗しい。 その花は、世に咲き誇り、素晴らしい集いで神秘を現した。 しかし、蕾のまま開かず、夏の盛りに霜に遭い萎れてしまった。 栄光は長く消え去り、世の道は永遠にその効力を失った。 陰陽の理が巡ることに気づかぬまま、賢人は忽然と訪れた。 今、一度別れた後、再び会える時はいつ来るのだろうか。

充取兒鋺及詩。忽然不見。充後乘車詣市賣鋺。冀有識者。有一婢識此鋺。還白大家曰。市中見一人乘車賣崔女郎棺中金鋺。大家即是崔氏親姨母也。遣兒視之。果如婢言。乃上車敘其姓名。語充曰。昔我姨姊少府女出而亡。家親痛之。贈一金鋺著棺中。可說得鋺本末。充以事對。兒亦悲咽。便齎還白母。母即令充家迎兒還五親悉集。兒有崔氏之狀。又有似充之貌。兒鋺俱驗。姨母曰。此我外甥也。即字溫休。溫休者。是幽婚也。兒大為郡守。子孫冠蓋相承至今。其後植字子幹。有名天下右一驗出續搜神記。