---
title: "法苑珠林 · 晉時憑馬子感女重生怪"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcy5b0co08hvl404de9dxdml"
---

晉時東平憑孝將。為廣州太守。兒名馬子。年二十餘。獨臥厩中。夜夢見女年十八九。言我是前太守北海徐玄方女。不幸早亡。亡來出入四年。為鬼所枉殺。案主錄當八十餘。聽我更生。要當有依馬子乃得生活。又應為君妻。能從所委見救活不。馬子答曰。可爾。與馬子剋期當出。至期日床前地頭髮。正與地平。令人掃去。逾分明。始寤是所夢見者。遂除左右人。便漸漸額出。次頭面出。次項形體頓出。馬子便令坐對榻上。陳說語言。奇妙非常遂與馬子寢息。每戒云。我尚虛自節。問何時得出。答曰。出當得本生。生日尚未至。遂往厩中。言語聲音人皆聞之。女計生日至。女具教馬子。出已養之方法。語畢拜去。馬子從其言。至日以丹雄雞一隻黍飯一盤。清酒一升。醊其喪前。去厩十餘步。祭訖掘棺出開視女身體貌全如故。徐徐抱出著氈帳中。唯心下微暖口有氣。令婢四人守養護之。常以青羊乳汁瀝其兩眼。始開口能咽粥。積漸能語。二百日中持杖起行。一朞之後顏色肌膚氣力悉復常。乃遣報徐氏。上下盡來。選吉日下禮。娉為夫婦。生二男一女。長男字元慶。永嘉初為祕書郎中。小男字敬度。作太傅掾。女適濟南劉子彥。徵士延世之孫右二驗出續搜神記。

> 晋の時代、東平の憑孝という人物が広州の太守となった。その息子の名は馬子といい、二十歳余りであった。ある日、彼が厩舎で一人で寝ていると、夜の夢に十八、九歳の娘が現れて言った。「私は前の太守、北海の徐玄方の娘です。不幸にも早くに亡くなり、亡くなってから四年ほど経ちます。しかし、鬼に不当に殺されてしまいました。冥界の記録によれば、私は本来八十歳以上まで生きるはずでした。私を生き返らせてください。そのためには、馬子様の助けが必要なのです。また、私はあなたの妻となるべき身です。どうかこの私を助けていただけませんか。」馬子は答えた。「承知しました。」そして、娘と出てくる日取りを決めた。約束の日、床の前の地面から髪の毛が生え、地面と同じ高さになっていた。人に掃かせても、ますますはっきりと見えるようになった。そこで馬子は、これが夢で見た娘であると悟り、周りの者を下がらせた。すると、徐々に額が現れ、次に頭と顔、そして首から体全体が現れた。馬子は彼女を向かいの床几に座らせ、言葉を交わした。その話しぶりは非常におかしく、馬子はついに彼女と共に寝るようになった。彼女はいつも戒めて言った。「私はまだ虚弱ですから、慎みを持ちましょう。」馬子はいつ出てこられるのかと尋ねると、彼女は答えた。「出たら、もとの生を得るはずです。誕生日はまだ来ていません。」そして、彼女は厩舎に戻っていった。その言葉や声は誰もが聞くことができた。やがて彼女の誕生日が来たので、彼女は馬子に自分を出して育てる方法を詳しく教え、言い終えると礼をして去っていった。馬子は彼女の言葉に従い、その日に赤い雄鶏一羽、黍の飯一皿、清酒一升を彼女の喪の前に供え、厩舎から十余歩離れた場所で祭りを行った。祭りが終わると棺を掘り出して開けてみると、娘の体は完全に生前のままだった。そっと抱き出して毛氈の帳の中に置くと、心臓の下がほのかに温かく、口には息があった。四人の召使いの娘に守らせて養生させ、常に青い羊の乳で彼女の両目を湿らせた。ようやく口を開けて粥を飲み込み、次第に言葉を話せるようになった。二百日ほどで杖をついて立ち上がり、一年後には顔色も肌も気力もすべて元通りになった。そこで、徐氏のもとに使いを送って知らせると、一族の者が皆やって来た。良い日を選んで結納を交わし、妻として迎えた。その後、二人の男の子と一人の女の子をもうけた。長男は元慶と名付けられ、永嘉の初めに秘書郎中となった。次男は敬度と名付けられ、太傅の属官となった。娘は済南の劉子彦、征士延世の孫に嫁いだ。 <注>右の二つの証験は『続捜神記』に出ている。