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title: "法苑珠林 · 宋時韓伯子等指廟女像冥婚怪"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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宋時弘農華陰潼鄉陽首里人也。服八石得水道仙。為河伯。幽明錄曰。餘杭縣南有上湘。湘中央作塘。有一人乘馬看。戲將三四人至岑村飲酒。小醉暮還。時炎熱。因下馬入水中枕石眠。馬斷走歸。從又悉追馬。至暮不反。眠覺日已向晡。不見人馬。見一婦來。年可十六七。云女郎再拜。日既向暮。此間大可畏。君作何計。問女郎姓何。那得忽相問。復有一年少。年可十三四。甚了了乘新車。車後二十人至。呼上車云。大人暫欲相見。因迴車而去。道中路駱驛。抱火尋城郭邑。車至便入城。進廳事。上有信幡。題云河伯信。見一人年三十許。顏容如畫。侍衛繁多。相對欣然。勅行酒炙云僕有小女乃聰明。欲以給君箕󰆠。此人知神。敬畏不敢詎逆。便勅備辦令就郎中婚。承白已辦。送絲布單衣及紗袷絹裙紗衫褌履屐。皆精好。又給十小吏青衣數十人。婦年可十八九。姿容婉媚。便成。三日後大會客拜閤。四日云禮既有限。當發遣去。婦以金甌麝香囊與婿別泣洟而分。又與錢十萬藥方三卷云。可以施功布德。復云。十年當相迎。此人歸家。遂不肯別婚。辭親出家作道人。所得三卷方者。一卷脈經。一卷湯方。一卷丸方。周行救療皆致神驗。後母老邁兄喪。因還婚宦右此一驗出搜神記。

> 宋の時代、弘農郡華陰県潼郷陽首里の出身である。八石を服用して水仙となり、河伯となった。『幽明録』に記す。「余杭県の南に上湘という場所があり、湘の中ほどに堤があった。一人の者が馬に乗って見物に来て、三、四人を連れて岑村に赴き酒を飲んだ。少し酔って夕方に帰ろうとしたが、その時は暑かったので、馬を下りて水の中に入り、石を枕にして眠った。馬は綱が切れて走り帰り、供の者たちも皆馬を追いかけ、夕方になっても戻らなかった。目が覚めると、日は既に午後に傾いていた。人も馬も見当たらず、一人の娘が現れた。年は十六、七歳くらいで、『女郎が二度お辞儀をしております。日がもう暮れようとしております。この辺りはとても恐ろしい所です。あなたはどうお考えですか』と言った。男が『女郎の姓は何というのですか。どうして突然お尋ねになるのですか』と問うと、また一人の若者がやって来た。年は十三、四歳くらいで、分別がありそうで、新しい車に乗り、その後ろに二十人が従っていた。『車にお乗りください。ご尊父が暫時お会いしたいとのことです』と言って、車を回して去った。道中、松明が連なり、火を抱えて城郭や村邑を探し進んだ。車が城に入ると、すぐに廳事に進んだ。上には信幡があり、『河伯の信』と記されていた。一人の三十歳ほどの男がおり、顔立ちは絵のように美しく、侍衛が大勢いた。互いに喜んで向かい合い、酒や焼き肉を出すよう命じた。その人は神であることを知り、畏れ敬って逆らうことができなかった。そこで、準備を整えさせて、郎中（婿）の婚儀を執り行うよう命じた。承諾して既に準備が整い、絹の単衣や紗の袷、絹裙、紗衫、褌、履、屐が届けられ、すべて精巧で上等だった。また、十人の小吏と数十人の青衣が与えられた。娘は十八、九歳で、姿かたちはしなやかで美しかった。こうして結婚が成立した。三日後、大いに客を集めて閤で拝礼した。四日目に『礼には限りがあるので、お別れして送り出すことになる』と言い、妻は金の椀と麝香の袋を婿に贈り、涙と共に別れを告げた。さらに十万の金銭と三巻の薬方書を渡し、『功徳を施し布くのに役立てなさい』と言った。また、『十年後に迎えに来る』と言った。この男は家に帰ると、再婚を拒み、親に別れを告げて出家し道士となった。得た三巻の方書は、一巻は脈経、一巻は湯方、一巻は丸方だった。周りを巡って治療にあたると、皆神験を示した。後に母が年老い、兄が亡くなったため、還俗して結婚し官職に就いた。 <note>右此一驗出搜神記</note>